君の声が聞きたくて

誠奈

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第13章  coda

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 俺の性格上、雨が降る中身重の彼女を一人帰すわけにはいかず、車で送ると申し出た俺に、彼女は「タクシーを拾うから必要ない」と、やんわり断りを入れて来たから、俺は玄関まで出ることもなく、リビングのソファに座ったままで彼女を見送った。

 マンション前の道路は、車通りは割とある方だから、そう雨に濡れることなくすぐにタクシーも捕まる筈だ。


 心配することはない…


 それに元々免許は持っているものの、普段全くと言って良い程車の運転をしない俺にとっては、雨で濡れた路面はある種の脅威でしかない。しかも睡眠不足の上にこの精神状態となったら、とてもまともな運転が出来るとは思えない。
 だから正直な気持ちを言えば、彼女が断ってくれたことに、内心ホッとしていた。

 せっかくこの日のためにと借りた車だが、乗らずに返却するのが最善策だろう。そもそも本来の目的を果たせないのだから、借りた意味があったのかさえ、今となっては疑問でしかないが……

 彼女が去った部屋に、キツイ香水の残り香と、彼女が置いていったエコー写真だけが、忌々しく……そして俺の心を押し潰すように重々しく残った。

 もう何も考えられなかった……と言うよりは、何も考えたくなかった。


 彼女のことも、彼女のお腹にいる子供のことも……智樹のことすらも、考えたくなかった。


 リビングのテーブルに置きっぱなしにされたスマホには、メッセージの受信を知らせる点滅と表示がされていたが、それを開く勇気もない。

 俺はベッドに身体を投げ出すと、僅か数時間のうちにマックスな状態まで蓄積された疲労を癒すかのように、深い眠りに落ちて行った。


 どれだけ眠ったとしても、

 どれだけ現実から目を背けようとしても、智樹を一度ならず二度までも裏切ってしまったという事実だけは、どうしたって変えようがないのに……
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