108 / 337
第13章 coda
4
しおりを挟む
沈黙のまま、時間だけが虚しく過ぎて行った。
ふと窓に視線を向けると、ついさっきまで晴れ渡っていた筈の空は曇り、まるで、智樹との旅行に心を踊らせていた俺を嘲笑うかのように、大粒の雨が降り始めていた。
約束の時間はとっくに過ぎているし、その上この雨だ、流石にもう待ってないよな……
俺は心の中で智樹に詫びると、目の前で足を組み、スマホの上で細い指を踊らせる彼女を見上げた。
「それで、どうするつもりだ」
「どうするって、決まってるでしょ、 産むわよ。 だって貴方言ってたじゃない、子供は三人は欲しいって」
そうだった。彼女と付き合っている頃は、そんな夢を想い描いたこともあった。
でも今俺の心の大半を占めているのは智樹ただ一人。
何の補償もないし、先のことなんて全く分からないけど、それでも僅かな希望に向かって歩もうとしている。
なのにまさか、こんなことになるなんて……
「まさか堕ろせなんて言わないわよね?」
「それは……」
彼女は知ってる。俺が、嘘でもその一言を言えない性格だってことを、彼女は良く知ってる。
八年だもんな、俺の性格も考えも、知っていて当然か……
「それで、今お腹の子は……」
「何ヶ月か、ってこと? そうね、丁度三ヶ月目に入ったところかしら」
「病院には?」
「あら、もしかして疑ってるの? ちゃんとお医者様にも診て頂いたわよ? 証拠だってあるわ」
そう言って彼女がバッグの中から取り出したのは、所謂エコー写真ってやつで、そこにはとても小さいけれど、確かにそれと思われる陰が映っていて、どこにも疑う余地などないってことを、そのたった一枚の写真が証明していた。
「ね、本当でしょ?」
「あ、ああ……」
「どうしたの、嬉しくないの? 貴方と私の赤ちゃんよ?」
長く伸びた爪を真っ赤に染めた指が俺の指に絡められ、そして心做しか腹回りのゆったりしたドレスを着込んだ彼女の腹に導かれた。
「ふふ、分かるかしら? パパよ?」
一時はそう呼ばれることに憧れを抱いた時期もあった。
でも何故だろう、今はそう呼ばれることに吐き気さえ感じる。
ふと窓に視線を向けると、ついさっきまで晴れ渡っていた筈の空は曇り、まるで、智樹との旅行に心を踊らせていた俺を嘲笑うかのように、大粒の雨が降り始めていた。
約束の時間はとっくに過ぎているし、その上この雨だ、流石にもう待ってないよな……
俺は心の中で智樹に詫びると、目の前で足を組み、スマホの上で細い指を踊らせる彼女を見上げた。
「それで、どうするつもりだ」
「どうするって、決まってるでしょ、 産むわよ。 だって貴方言ってたじゃない、子供は三人は欲しいって」
そうだった。彼女と付き合っている頃は、そんな夢を想い描いたこともあった。
でも今俺の心の大半を占めているのは智樹ただ一人。
何の補償もないし、先のことなんて全く分からないけど、それでも僅かな希望に向かって歩もうとしている。
なのにまさか、こんなことになるなんて……
「まさか堕ろせなんて言わないわよね?」
「それは……」
彼女は知ってる。俺が、嘘でもその一言を言えない性格だってことを、彼女は良く知ってる。
八年だもんな、俺の性格も考えも、知っていて当然か……
「それで、今お腹の子は……」
「何ヶ月か、ってこと? そうね、丁度三ヶ月目に入ったところかしら」
「病院には?」
「あら、もしかして疑ってるの? ちゃんとお医者様にも診て頂いたわよ? 証拠だってあるわ」
そう言って彼女がバッグの中から取り出したのは、所謂エコー写真ってやつで、そこにはとても小さいけれど、確かにそれと思われる陰が映っていて、どこにも疑う余地などないってことを、そのたった一枚の写真が証明していた。
「ね、本当でしょ?」
「あ、ああ……」
「どうしたの、嬉しくないの? 貴方と私の赤ちゃんよ?」
長く伸びた爪を真っ赤に染めた指が俺の指に絡められ、そして心做しか腹回りのゆったりしたドレスを着込んだ彼女の腹に導かれた。
「ふふ、分かるかしら? パパよ?」
一時はそう呼ばれることに憧れを抱いた時期もあった。
でも何故だろう、今はそう呼ばれることに吐き気さえ感じる。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
真柴さんちの野菜は美味い
晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。
そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。
オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。
※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。
※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる