君の声が聞きたくて

誠奈

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第9章   tempo rubato

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 せっかくのムードをぶち壊してくれた、忌々しい腹の虫を落ち着かせるため、俺達は駅前のコンビニで弁当と、我慢していたビールを買い込んだ。
 その間も、大田君は俺の顔を見ては、吹き出しそうになるのを必死で堪えていて……

 「もお、いつまで笑ってんの?」

 俺が口を尖らせると、それを見てはまた笑って……
 大田君の無邪気に笑う姿を見ていると、ついさっきまで感じていた胸のつかえがスっと抜けて行くような、そんな気がした。

 コンビニを出た俺達は、迷うことなく、大田君のアパートの方に足を向けた……が、大田くんが突然足を止めてしまう。

 「どうしたの? 疲れた?」

 振り返り、顔を覗き込んだ俺に、大田君は小さく首を横に振って、人差し指を俺に向けた。

 「俺? 俺がどうしたの?」

 首を傾げる俺に、大田君は俺の腕を引き、全く逆の方向に足を向けた。


 もしかして……、いや、違うと言って欲しいけど……


 「俺の部屋……とか言ってる?」

 若干顔を引き攣らせて聞き返すと、『うん!』、とばかりに大きく頷き、続けて『ダメ?』とばかりに上目遣いで俺を見上げる大田君。


 そんな顔されたら、とても「嫌」とは言えなくて……


 「分かった。分かったけどさ、片付けも何もしてないから、凄く散らかってるけど、ビックリしないでね?」


 出来れば、ちゃんと片付けをして、綺麗に掃除もして、それから大田君を招待したかったんだけど、仕方ないよな……


 俺達は駅前へと引き返すと、ロータリーにポツンと一台だけ停まっていたタクシーに乗り込んだ。

 俺のマンションまで、タクシーを使っても15分程。俺達は運転手の目を盗むように、膝の上に置いたブリーフケースの下でこっそり手を繋ぎ、顔を見合わせて笑った。




 深夜割増になった料金を支払い、タクシーを降りた俺達は、しっかりと手を繋いだままエレベーターに乗り込んだ。
 コンビニで温めて貰った弁当は、すっかり冷めている。

 「お弁当、温め直さないとね……」

 俺が言うと、大田君は『気にしないよ』と唇を動かした。


 ま……、この数分後には、大田君の顔から完全に笑顔が消えることになるんだけどね。
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