君の声が聞きたくて

誠奈

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第9章   tempo rubato

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 でもそれよりも何よりも、凄く……悔しかった。

 何がって、大田君を恋人だって胸を張って言えなかった自分が情けなくて、腹立たしくてしょうがなかった。

 「ごめんね、せっかく楽しい気分だったのに、ぶち壊してしまって……」

 俺が言うと、大田君は静かに首を横に振って、俺の手をそっと握ってくれた。
 その手が「気にしないで」って俺に言ってるようで、余計に自分がちっぽけな人間に思えてくる。

 俺は道路脇にポツンと置かれたベンチに腰を下ろすと、つい数分前まで満開の花を咲かせていた夜空を見上げた。
 当然だが、花の散った後の夜空は、比べ物にならないくらい暗い。


 まるで今の俺の心みたいに……


 「さっきの、大田君と知り合う以前に付き合った彼女でさ……。俺が初めて、本気で結婚したい、って思った相手なんだ」

 ポツリポツリと、独り言のように語り始めた俺の言葉に、大田君は頷くこともせず、ジッと耳を傾けた。

 「一世一代……は大袈裟だけど、それくらいの気持ちでプロポーズしたんだけど、フラれちゃってさ……」

 だから一生ってことはないにしろ、もう会うこともないって思ってた。なのにまさかこんな場所で、しかも大田君と一緒にいる時に再会するなんて、思ってもいなかった。

 はあ……、と溜息と同時に俯いた俺の目の前に、大田君のスマホが差し出される。

 『あの時の指輪って、もしかして?』
 「え、ああ……うん、そう。彼女にプロポーズするために買ったんだけどね……」


 結局、一度も彼女の手に渡ることのなかった指輪を、俺は大田君に差し出したんだっけ……


 視界に入るのも嫌で、クローゼットの奥深くに仕舞った指輪の存在を思い出した。

 『桜木さんをフルなんて、あの人見る目ないね』

 再び差し出されたスマホの画面に視線を落とし、ふと大田君の顔を見ると、彼は月明かりの下で、とても穏やかで、優しく微笑んでいて……
 俺は大田君を抱き寄せると、そっと背中に腕を回し、上向いた彼を見下ろしながら、静かにその距離を詰めた。

 そしていよいよ彼と俺の唇が重なる……、そう思った瞬間、ギュルルルル……と、空腹に耐えかねた俺の腹が、そこそこの音量で鳴った。


 ……ったく、色気もクソもあったもんじゃない!
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