君の声が聞きたくて

誠奈

文字の大きさ
上 下
65 / 337
第9章   tempo rubato

しおりを挟む
 顔を背けても背けても、覗き込んで来ようとする松下を押しのけ、グラスのコーヒーを一気に飲み干した俺は、スーッと息を吸い込んだ。

 「キス……は、したかな……」
 「うっそ、マジで?」

 目ん玉が落っこちるんじゃないかってくらいに目を見開き、松下がビタミンCたっぷりのフルーツジュースを啜った。


 しっかり小指が立ってるのが、ちょっと気になるけど……


 「え、じゃあ何? キスしちゃったから返事聞けなかった、ってこと?」


 まあ……、簡単に言うとそうなる、かな……


 俺は無言で頷いた。

 「ふーん、そっか。でもさ、別に智樹は拒んだりはしなかったんでしょ?」
 「それは……なかったと思う……」


 部屋も暗かったし、表情を見れたわけじゃないから、彼がどんな顔をしていたかは分からないけど……

 
 「だったらさ、OKってことなんじゃない?」
 「そ、そう……なのか?」
 「うん。だって、俺が知る限り智樹は、仮に遊び半分だったとしても、そう言うの簡単に受け入れる奴じゃないし……」

 松下がいつから大田君を知っていたのかは知らないが、俺よりは遥かに彼のことを知っている松下が言うのだから、多分間違いはないと思う。

 「でもさ、やっぱり気が早かったかな、って思って……」

 知り合って間もない上に、彼は恋人を亡くしたばかりなのに、ポッカリ空いた隙間に付け入るような真似は、俺としてはしたくなかったことで……
 だから性急過ぎたんじゃないか、って後悔もなくはない。

 「桜木の気持ちも分かんなくはないけどさ、俺はそれで良かったと思うよ?」
 「そう……かな?」
 「だって、返事を待つのももどかしくなるくらい、智樹のことが好きだったんでしょ?」


 うん……、俺自身も気付かないくらい、好きになってた……


 「放っておけなかったんでしょ?」


 うん……、静かに涙を流す彼を、一人にはしておけない、って思った。


 「だったら当たって砕けろだよ」


 いや……、砕けてはないけど……?


 「まあでも、これでちょっと安心した……ってのは変だけど、ホッとはしたかな、俺も雅也も」

 濃い目の顔に柔らかな笑みを浮かべ、そっと席を立った松下は、空になったグラスを二つ手に持ち、個室を出て行った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

処理中です...