君の声が聞きたくて

誠奈

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第9章   tempo rubato

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 「マジで? ね、ね、それ本気なの?」

 昼下がりのオフィス街の一角、昼休憩のサラリーマンで混み合う、傾きかけた定食屋の片隅に、テーブルの上のグラスがひっくり返る勢いで身を乗り出す男が一人。そう、同僚の松下だ。
 俺は当然のように周りを気にしつつ、松下の口を塞いだ。

 「ったく、声デカイって……」
 「ごめんごめん、だってまさか桜木が智樹と……、ねぇ?」


 ねぇ、って一体誰に向かって言ってんだか……


 「で? 続きは?」
 「続きって?」

 目の前の生姜焼き定食の存在も忘れ、興味津々に聞いて来る松下に、俺はトンカツを頬張りながら首を傾げた。

 「やだなあ、もったいぶっちゃって」

 いやいや、勿体ぶるも何も……松下が何を言いたいのかサッパリ分からない俺は、分かるでしょとばかりにニタニタと笑う松下を前に、トンカツでいっぱいの口に味噌汁を流し込んだ。

 「だって泊まったんでしょ? 告って終わりってことはないだろうし、当然シタんでしょ?」
 「シタ……って、何を……?」

 益々意味の分からない俺は、トンカツを飲み込んで空になった口に、冷たい麦茶を流し込んだ。

 「何をって、セックスに決まってんでしょ?」


 セ、セックスって……!


 シレッととんでもないことを口にする松下。俺は吹き出す寸でのところでお茶を飲み込み、そのせいで激しく咳き込んだ。

 つか、松下に話したのは失敗だったのかも……って後悔したところでもう遅い。

 「ね、どうだった?」


 どうだったも何も、まだ何もしてねぇし……


 「どっちがどっちだったの? あ、智樹は根っからのタチだから、桜木がネコか……」


 いやいや、だからまだそんなトコまで行ってねぇし……!


 「どう? バージン奪われちゃった感想は?」

 興味津々を通り越して、ゴシップ雑誌の記者の如く質問を投げかけてくる松下に、俺は財布から取り出した千円札と伝票を押し付けると、その場から逃げるように店を飛び出した。


 つか、真っ昼間の、しかも同じ会社の社員連中がそこかしこにいる場所でする話じゃないっつーの!
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