君の声が聞きたくて

誠奈

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第8章   a cappella

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 理由は分からないけど、桜木さんを怒らせてしまったってのは分かった。

 遠ざかって行く背中に問いかけたかった。「どうして」って。
 でもそれは叶わなくて……、だったら追いかけようって思ったのに、何故か身体が思うように動かなくて……

 ポツリポツリと降り出した雨の中、必死で声を絞り出そうとするけど、そう思えば思うほど、喉の奥がヒリヒリと痛くて、苦しくて……

 そしたら、「何してんのっ!」って、桜木さんの声がして、もうその後は何がなんだか分かんなくなって、でも桜木さんが誤解してることだけは、その声と表情を見たら、なんとなくだけど分かった。

 だから、玄関まで送ってくれた桜木さんを、ちょっと(?)だいぶ(?)強引な方法ではあったけど引き止めた。

 そのせいで桜木さんは、ビックリするくらい見事な尻もちを着いてしまったんだけど、それだって仕方ないじゃん? 今の俺にはそれしか術がないんだから。

 でもまさか桜木さんに抱き締められるなんてさ……、夢にも思ってもなかったから、驚きよりも動揺の方が激しくて……
 力強過ぎてちょっと苦しいのに、思いの他厚い胸板に頬を埋めていると、すごく嬉しくて……

 雨のせい……だよな、濡れたシャツをキュッと握って、胸をトンと叩いた。

 今まで、和人を含め恋愛経験が全くなかったわけじゃないけど、自分が抱き締めることはあっても、抱き締められるなんてことなかったから、なんだか妙に恥ずかしくて、俯いたままでいると、「大田君?」と名前を呼ばれて、咄嗟に桜木さんの手を掴んでいた。


 一緒にいて、って言いながら……


 そしたらさ、急に真剣な顔して「俺で良ければ……」なんて言うから、余計に恥ずかしくなって、ついでにドキドキも止まんなくってさ……


 「お邪魔します」なんてさ、律儀に断りを入れてから靴を脱いだ桜木さんの手を引いてはみたものの、さあどうしようか……


 とりあえず冷蔵庫に残っていた缶コーヒーを出して、俺はメモ帳にペンを走らせた。
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