君の声が聞きたくて

誠奈

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第7章   adagio

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 それだけは出来ない……、そう繰り返す俺に、大田君は尚も強引に俺の腕を引き寄せようとする。口は忙しなく動いているけど、俺には大田君が何を言いたいのかさっぱり読み取れない。


 もしかして俺は揶揄われているんだろうか……
 若しくは、今まで女性にしか興味の持てなかった俺が、本当に男と恋愛する気があるのか、試されているんだろうか……

 だとしたら、どちらにしたって最低だ。


 俺は乱暴に大田君の手を振り払うと、彼が呆然とするのも気にすることなく、足早にその場を立ち去った。


 そうだ……、大体が恋人がいる身で他の相手と、なんて……おかしいじゃないか。

 揶揄われてるとも知らないで、俺も相当な馬鹿だな……


 腹立ち紛れに大股で曲がり角まで行き、そこでふと足を止め、ポツリと額に落ちた雫に空を見上げた。

 「雨……?」

 ついさっきまであんなに星が瞬いていた空が、今は星一つ見えないくらいに、厚い雲で覆われている。


 しまったな……、こんな時に限って折り畳み傘は通勤用の鞄に入ったままだ。

 買うにしたって、一番近いコンビニは駅前にあったあの一軒だけだし、その間に雨足は強くなるだろうし……
 だからと言って、あんな風に別れてしまった大田君に、傘を貸してくれなんて、そんな都合の良いことは言えないし……

 それにもう彼は……


 「参ったな……」

 ポツリ呟いた俺は、そっとアパートの方を振り返った。


 いないだろうと、いる筈ないだろうと、そう思っていた。


 でも振り返った視線の先で、両手を首に巻き付け、苦悶の表情を浮かべる大田君が、雨に濡れるのも厭わず立っていて……

 「どう……して?」


 つか、何やってんだよっ!


 俺は色を変え始めたアスファルトの上を、全速力で駆け始めた。

 「ちょ……、何してんのっ!」

 雨粒なのか、それとも涙なのか、頬を濡らす大田君を抱きとめ、首に巻き付いた手を強引に引き剥がし、途端に激しく咳き込み始めた大田君を抱き抱えて、何とか雨のかからない場所まで移動した。
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