君の声が聞きたくて

誠奈

文字の大きさ
上 下
43 / 337
第6章   amabile

しおりを挟む
 すっかり俯いてしまった俺の頭を、雅也さんの大きな手が、いつものようにポンと叩いた。でも俺は顔を上げることが出来なかった。

 「桜木さん、コイツ今日はもうバイト上がりなんで、アパートまで送ってって貰えません? 外、雨なんで……」

 それには流石に驚きを隠すことが出来なくて、咄嗟に顔を上げた俺に、雅也さんの笑顔が向けられる。ただ優しいだけの笑顔じゃない、その目はいつになく真剣で、俺はただただ激しく動揺したまま、首を横に振り続けた。


 だってそんなことしたら俺、自分の気持ち抑えらんなくなる。


 これ以上和人を裏切りたくないのに、俺の気持ちなんか全然知らない雅也さんは、

 「俺ね、つい最近義理ではあるんだけど、事故で弟を亡くしたばっかでさ……。だから、コイツのこと放っておけなくて……」

 更に強引に桜木さんに詰め寄った。


 つか、和人の死を事故だったって……、俺にはそんな風には思えないんだけど……


 雅也さんにとって、和人ってそれだけの存在だったのかと思うと、悲しくなってくる。

 「無理にとは言わないんだけどさ……、ダメかな?」

 雅也さんの再度の問いかけに、俺は横目で桜木さんをチラリと見た。きっと困ってるに違いないって、……そう思ってた。

 でも、違った。

 「いえ、俺も大田君のこと放っておけないし……」

 パッと顔を上げた桜木さんは、少し照れたような……そんな顔で俺の手を再び握った。

 「勿論、俺で良ければ……だけど、どうかな?」


 そんな優しく笑われたら、駄目……なんて言えるわけないじゃん……


 俺は桜木さんの顔を見ることなく首を横に振ると、ずっと右手に握り締めたままだったボールペンをメモ帳の上に走らせた。

 『お願いします』
 「よし、決まりだな。そうと決まれは、タイムカード押して、さっさと着替えておいで?」

 雅也さんに言われて一旦は頷くけど、俺の手はしっかり桜木さんの手の中にあって、席を立とうにもその場を離れることも出来ない。
 俺はボールペンとメモ帳をポケットに仕舞うと、空いた手で桜木さんの手を軽くつついた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

処理中です...