君の声が聞きたくて

第６章 amabile

５

　「俺、店閉めてくるよ」

　閉店時間が迫っていたこともあって、暖簾を入れるために雅也さんが席を立って店の外へと出て行く。俺も後を追いかけようと思ったけど、俺の手はずっと桜木さんの手の中にあって……

　「座ったら？」

　潤一さんに言われて、俺は仕方無しに隣に腰を下ろした。


　まだ片付け終わってないのに……


　頭の片隅に、シンクに溜まった食器の山が浮かぶけど、それも桜木さんと目が合う度に、消えてはまた浮かぶ。


　ヤバい……、昨日も会ったっていうのに、俺めっちゃ緊張してんじゃん……


　まるで繋いだ手から、鼓動が聞こえてしまうんじゃないかってくらいに、緊張してる。

　そんな俺の心境を知ってか知らずか、

　「俺の聞き間違いじゃなかったら、さっき一目惚れとか言ってたよね？　ってことはさ、桜木さん《も》智樹のこと好きってことだよね？」

　看板と暖簾を仕舞い終えた雅也さんの無駄に明るい口調と、やたら能天気な声が無人の店内に響いた。


　つか、《も》って強調してんじゃねぇよ、ったく……


 「え、《も》ってことは、えっ、智樹《も》って……そういうことなの、智樹？」

　俺達の向かいに座った二人の視線が、俺と桜木さん、交互に注がれる。


　だから……、《も》って強調してんじゃねぇよ！


 「良かったじゃん、智樹」

　潤一さんの声が心なしか弾んでいるような気がするのは、俺の気のせいなんかじゃない。

　でも俺はまだ……

 「あ、あの……、違うんだ、そうじゃなくて、俺が一方的に大田君のことを好きになっただけで、その……大田君には一緒に暮らしている恋人がいるって聞いてるし、だ、だから俺の片思いっつーか……」

　いつになく早口で、なのに時折言葉を詰まらせながら言う桜木さんの横顔を見ていると、何だか急に胸が締め付けられるように苦しくなる。


　だって仕方ないじゃん、桜木さんは和人が死んだことなんて知らないだろうから……


　でも、それでも、「迷惑だったよね」って、「ごめんね？」って静かに離れて行ってしまった手が寂しくて……


　違うんだ、そうじゃないんだ。桜木さんに好きって言って貰えて、本当は嬉しかったんだ。


　伝えたいのに、その術を持たない俺は、ただ首を横に振ることしか出来ずにいた。