君の声が聞きたくて

誠奈

文字の大きさ
上 下
26 / 337
第4章   strascinando

しおりを挟む
 雅也さんが言いたいことなんて、わざわざ言われるまでもなく分かってた。

 和人を亡くして、おまけに声まで失くした俺を、雅也さんがどれだけ心配してくれてるかってことだってちゃんと知ってた。実際、喋れないってことが理由で困ることだってあるけど、元々口下手で口数の少ない俺からすれば、それだって慣れてしまえばどうってことない。
 ただ、スマホへの打ち込みや筆談だけは、面倒に感じることの方が多いけど……

 でも、今のアパート引き払って、雅也さんの所に厄介になるつもりは、これっぽっちもない。

 俺はメモ帳に、「それは出来ない」とだけ書いて雅也さんに見せた。

 「なんで? 俺の所に来れば金の心配だってしなくて良いし、何より智樹だって安心でしょ?」

 確かにそうかもしれない。
 今まで和人と折半で払っていた家賃だって、俺一人で負担するのは、正直不安でもある。いつ治るかどうかも分かんないこんな状態では、仕事だってろくに出来ないだろうし……


 だけどさ……


 良い想い出なんて特別ないけど、俺は和人と暮らしたあのアパートを離れたくないし、何より雅也さんの所に行けば、当然あの人……雅也さんの恋人と顔を合わせることになる。
 それだけは勘弁だ。

 俺は静かに首を横に振った。

 「そっか、残念だけど仕方ないね……」

 諦め顔で肩を落とした雅也さんに、俺は唇の動きだけで「ごめん」と言った。そんな俺に、雅也さんはやっぱり笑顔を絶やすことはない。

 「気が変わったらいつでも言って?」

 そう言うと、俺よりも幾分か大きい手で、俺の頭をポンと叩いた。

 雅紀さんの手はいつだって優しい。以前の……和人と知り合う前の俺だったら、間違いなく好きになっていたかもしれない。

 でも今俺の心の大半を占めているのは、和人でもなく、ましてや雅也さんでもなく、桜木さんだから……

 俺は一旦上げかけた腰をまた下ろすと、メモ帳とペンを手に、あの雨の日に桜木さんと出会ってから、ずっと桜木さんのことが頭から離れないこと、そして今日、偶然にも桜木さんと再会してしまったこと、全てを書き連ねた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

真柴さんちの野菜は美味い

晦リリ
BL
運命のつがいを探しながら、相手を渡り歩くような夜を繰り返している実業家、阿賀野(α)は野菜を食べない主義。 そんななか、彼が見つけた運命のつがいは人里離れた山奥でひっそりと野菜農家を営む真柴(Ω)だった。 オメガなのだからすぐにアルファに屈すると思うも、人嫌いで会話にすら応じてくれない真柴を落とすべく山奥に通い詰めるが、やがて阿賀野は彼が人嫌いになった理由を知るようになる。 ※一話目のみ、攻めと女性の関係をにおわせる描写があります。 ※2019年に前後編が完結した創作同人誌からの再録です。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

処理中です...