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第3章 marcat
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夕方を過ぎ、人気も疎らな海岸沿いのベンチに並んで座る。
つい数時間前までガンガンに照り付けていた陽射しが落ちたせいか、海面を撫でながら吹き上げて来る風が汗ばんだ肌に心地よい。
不意に彼の手が俺の手に触れた。
「あ、ご、ごめん……」
俺は咄嗟に、握っていた彼の手を離した。
ずっと握りしめていたことにも気付かないなんて、本気でどうかしてる。思いもかけない自分の大胆さに俺は苦笑し、そして訪れた沈黙の時間。
彼に再び会うことがあったら、話したいことは山程あった。聞きたいことだって同じくらいにあった。何せ名前と恋人がいるってことくらいしか、俺は彼のことを知らないんだから。
なのにいざとなると何から話して良いものか、さっぱり分からなくなる。
これでも営業部ではそこそこの成績を納めてる筈なんだけど。情けないな俺……
俺はスッと息を吸い込むと、沈み始めた夕陽を真っ直ぐに見つめる彼の顔を覗き込んだ。
「大田……君、だったかな?」
夕陽に照らされ、茜色に染まった顔がハッとしたように俺を振り返り、小さく頷いた。
「急にごめんね、こんなトコ連れてきちゃって……」
自分の強引さを詫びる俺に、彼は首を横に振って答える。
「あ、でもさっき言ったのは嘘じゃないから。その……、君のこと探してたって言うか、もう一度君の歌が聞きたくて……」
そう言った瞬間、彼の顔が酷く曇っていたのを、俺は全く気付いてなかった。
「君に会いたかった……」
だから、深く考えることもなく、俯いてしまった彼の手を握った。でも彼は俺の手をそっと振り解くと、ポケットからスマホを取り出し、小刻みに震える指で何かを打ち始めた。
そして全てを打ち終えた彼は、スマホの画面を俺に向けた。
「え、何……?」
首を傾げる俺に、彼は唇だけを動かして「見て」と言う。彼がどうしてそういう態度を取ったのか……、その理由は、彼が俺に向けたスマホの画面にあった。
彼は……声を失っていたんだ。
つい数時間前までガンガンに照り付けていた陽射しが落ちたせいか、海面を撫でながら吹き上げて来る風が汗ばんだ肌に心地よい。
不意に彼の手が俺の手に触れた。
「あ、ご、ごめん……」
俺は咄嗟に、握っていた彼の手を離した。
ずっと握りしめていたことにも気付かないなんて、本気でどうかしてる。思いもかけない自分の大胆さに俺は苦笑し、そして訪れた沈黙の時間。
彼に再び会うことがあったら、話したいことは山程あった。聞きたいことだって同じくらいにあった。何せ名前と恋人がいるってことくらいしか、俺は彼のことを知らないんだから。
なのにいざとなると何から話して良いものか、さっぱり分からなくなる。
これでも営業部ではそこそこの成績を納めてる筈なんだけど。情けないな俺……
俺はスッと息を吸い込むと、沈み始めた夕陽を真っ直ぐに見つめる彼の顔を覗き込んだ。
「大田……君、だったかな?」
夕陽に照らされ、茜色に染まった顔がハッとしたように俺を振り返り、小さく頷いた。
「急にごめんね、こんなトコ連れてきちゃって……」
自分の強引さを詫びる俺に、彼は首を横に振って答える。
「あ、でもさっき言ったのは嘘じゃないから。その……、君のこと探してたって言うか、もう一度君の歌が聞きたくて……」
そう言った瞬間、彼の顔が酷く曇っていたのを、俺は全く気付いてなかった。
「君に会いたかった……」
だから、深く考えることもなく、俯いてしまった彼の手を握った。でも彼は俺の手をそっと振り解くと、ポケットからスマホを取り出し、小刻みに震える指で何かを打ち始めた。
そして全てを打ち終えた彼は、スマホの画面を俺に向けた。
「え、何……?」
首を傾げる俺に、彼は唇だけを動かして「見て」と言う。彼がどうしてそういう態度を取ったのか……、その理由は、彼が俺に向けたスマホの画面にあった。
彼は……声を失っていたんだ。
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