H･I･M･E ーactressー

第17章 ｓｃｅｎｅ４：温泉宿

１

　いつもの待ち合わせ場所に、城田さんの運転するワンボックスカーが停る。

　「おはようございます」

　勝手に開いたスライドドアから車に乗り込んだ僕は、助手席に長井さんがいないことを不思議に思いながら、運転席に座る城田さんに挨拶をした。
　城田さんはバックミラー越しに僕に笑いかけると、ゆっくりと車を発進させた。

　「朝早いのに、完璧だね？」
　「長井さんからの指示だから……」
　「そうなんや？」
　「うん……」


　おかげで大変だったんだから……


　長井さんはさ、簡単に言ったよ？

　「当日はこれ着て待ってろ」って、衣装一式が入ったバッグを僕に差し出しなからね？
　でもさ、ＨＩＭＥの姿でアパートを出るわけにはいかないじゃん？
　誰が見てるかも分かんないしさ、ニキビくんみたいなストーカーみたいな人もいたわけだからさ。
　だから家で着替えを済ませておくことは出来なくて……

　悩んだ僕は、唯一僕がＨＩＭＥの正体だと知る和人を頼ることにした。

　和人は勿論相原さんも、僕の頼みを快く受け入れてくれて、まだ夜も開けきらないうちから僕をお迎えに来てくれて、ついでに待ち合わせ場所まで送ってくれた。


　おかげでちょっぴり寝不足気味だけど、見た目だけは完璧♪
　だってね、いつもはメイクも全部自分でするんだけど、和人が「特別だよ」って、お手伝いしてくれたから。


　だからかな……

　「今日、ちょっと雰囲気違うよね？」

　信号待ちのタイミングで振り返った城田さんが、僕の顔をマジマジと覗き込んだ。

　「ふふ、分かる？」

　城田さんとは月に何度も顔を合わせるから、ちょっとしたメイクの違いもちゃんと分かるんだろうね？

　あ、ウイッグも違うからかな？
　僕は、基本長めの、フワッとしたヘアスタイルを良く選ぶんだけど、衣装に合わないからって和人が貸してくれたのは、肩に付くか付かないかの……おかっぱ（って今は言わない？）スタイルのウィッグで……
　色もブラウン系が割と多めの僕にしては珍しい、黒髪なんだもん。

　そりゃ雰囲気違って見えちゃうよね。


　ってゆーか、気にしてくれるのは嬉しいけど、ちゃんと前向いててよね？
　事故でも起こしたら大変でしょ？