H･I･M･E ーactressー

第15章 日常６：焦る僕と浮かれる彼

９

　「と、と、と、とにかく！　今のご時世、女だろうが男だろうが、見境なく襲って来る奴もいっから、あんま無防備にしてんな、ってことだよ」
　「わ、分かった……、気をつける……よ」

　僕が言うと、桜木くんは鼻をフンッと鳴らして、「分かればよろしい」って僕の肩をポンッと叩いた。


　なんだろう……
　僕も良くおじいちゃんみたいって言われること多いけど、今の桜木くんだって相当おじいちゃんみたいで、思わず笑ってしまいそうになるのに、桜木くんの手が僕の肩に触れた途端、白馬に乗った王子様（例え古すぎる？）みたく見えちゃって……


　思ったよりも広い背中に、胸がキュンキュンしちゃう。

　だってさ、心配してくれるってことは、僕のことちょっとは大事にしてくれてるってことだもんね？

　例えばそれが、沢山いる友達の中の一人を思ってのことだったとしても、僕だけに向けられた優しさだと思うと、嬉しくなっちゃうんだもん。


　僕……、勘違いしちゃいそうだよ……





　「なあ、一緒に帰らない？」

　トラブル続きのバイト時間も終わり、タイムカードを押したところで桜木くんが言った。
　当然、僕の答えはＹＥＳだ。

　方向が違うから仕方の無いことなんだけど、桜木くんと一緒に帰れるなんて滅多にあることじゃないんだもん。


　でも急に何で？


　僕は不思議に思いながらも、疑問よりも喜びの方が勝っていて……
　大急ぎでエプロンを外してリュックを背負うと、まだエプロンすら外していない桜木くんを、足踏みをしながら待った。
　まるで遠足を翌日に控えた子供みたいだけど、しょうがないじゃん、嬉しいんだもん♪

　「お待たせ。行こうか」
　「うん♪」

　僕達は揃って深夜スタッフに挨拶をすると、ゆっくりとした動きで自動ドアが開くのをもどかしく感じながら、レンタルショップを出た。

　自分でも不思議なんだけどね、来る前はあんなに憂鬱だった階段が、桜木くんと一緒だと全然憂鬱じゃないんだよね。
　おかげで、桜木くんの横顔に見蕩れていた僕は、危うく階段を踏み外しそうになった。