H･I･M･E ーactressー

第10章 日常４：彼のベッド

１

　僕のアパートとは比べ物にならない、広くて立派なキッチンに立つ。
　僕の目の前には、頬杖を着いた格好で、新聞をパラパラ捲りながら、タブレットを弄る桜木くんの姿があって、僕は絶対に有り得ないことと分かっていながら、とっても不謹慎な想像をしてしまう。


　だってさ、こうしてると新婚さんのお家みたいなんだもん♡


　想像しただけで顔が緩んでしまうし、おまけにどこで入ったのか分かんないけど、ＨＩＭＥスイッチまでＯＮになりかけてる。

　しかもさ、そういう時に限って見られてんだよね、桜木くんに。
　一応さ、新聞で顔隠してはいるけどさ、手はプルプル震えてるし、肩だってずっと揺れっぱなしなんだもん。
　そりゃ、桜木くんと新婚さんみたい……なんて、有り得ない想像をしたのは僕だけどさ、そんなに笑われたら、流石の僕でも恥ずかしくなっちゃうよ。


　もぉ……、桜木くんの馬鹿。


　僕は冷蔵庫にあった有り合わせの食材で、適当にオムライスを二人分作ると、八人くらいは座れそうな、大きなダイニングテーブルに、残り野菜をちぎっただけのサラダを並べた。

　「はい、どうぞ」

　多分桜木くんのお母さんの物だと思うけど、勝手に借りたエプロンを外し、空いた椅子に引っ掛けると、桜木くんと向い合せに座った。

　「適当に作っただけだから、味は補償しないけど……」

　なんて言ってるけど、こう見えて一人暮らし歴はけっこう長い方だから、簡単な物だったら作れるし、それなりに自信はある。

　でも相手は桜木くんだもん……

　断崖絶壁から突き落とされても大丈夫なように、先に予防線を張っておいた方が身のため……って思ってたんだけどな……

　「心配しないで良いよ、俺自他共に認める味音痴だから」

　誇らしげに言うもんだから、僕はホッとして良いのやら何やらで……

　「そ、そうなんだ？　じゃ安心……かな」

　満面の笑みでスプーンを握る桜木くんの前で、僕はひたすら苦笑を浮かべていた。