H･I･M･E ーactressー

第１章 ｓｃｅｎｅ１：校舎

２

　少しのつもりが、思ったより深く寝入ってしまったのか……

　「着いたぞ、起きろ」

　後部座席のドアが乱暴に開けられ、そのせいで吹き込んできた冷たい風に、僕は身体を震わせ瞼を持ち上げた。

　「寒っ……」

　ブランケットを肩まで引き寄せながらシートを起こし、ぼやけた視界に目を凝らす。

　「ねぇ、ここは……？」

　トランクから忙しく機材（……と言っても、そんなに大がかりな物ではないけど）を降ろし始めた二人に問いかけてみる。

　「見たところ学校みたいだけど……」
　「ああ、今は廃校になってるけどな。でも安心しろ、電気も水道も……、それからガスもしっかり通ってるから」
　「へぇ、そうなんだ……」
　「まあな。良く映画やドラマのロケに使われることもあるから、そのおかげでな」


　ふーん、撮影場所としてはそう悪くもない……って言うか、寧ろ良い方かも？


　ただ一つ不安があるとしたら、廃墟には付き物のアレ・・が出やしないかってことくらいで、この間の真剣に逃げ出したくなるくらい酷い現場でもなさそうだし、らうんとマシな気がする。

　「そんなことより、そろそろ準備しないと間に合わないぞ？」

　全ての機材を降し終え、ハッチバックが閉められると、僕は急かされるようにブランケットに包まったまま、衣装一式と自前のメイクボックスを抱えて車から飛び降りた。

　「あ、シャワーとか使えるんだよね？」


　水道もガスも通ってるって言ってたし……


　「使えるはずだが……なんだ、浴びてこなかったのか？」
　「違うよ、そうじゃなくて、一応さ……」

　最後にシャワーを浴びてからそう大して時間も経ってないし、別に汚れているわけでもない。
　ムダ毛の処理だって完璧な筈だし、アソコだってちゃんと洗っては来たけど、やっぱり撮影には綺麗な身体で臨みたい。

　「分かった、着いて来い」

　男……長井さんは機材の入ったクリアケースを二つ重ね、それを軽々と持ち上げると、校舎の丁度土間に通じるドアを押し開いた。
　来客用のスリッパに履き替え、空気までシンと静まり返った校舎の中を歩く。


　映画やドラマのロケで使われることが多いって言ってたけど、人の気配を感じない学校って、どうしてこうも不気味なんだろう……


　僕は長井さんに置いて行かれないよう、速足でその後を追った。