愛玩人形

第６章 宿望…

５

　屋敷に戻った僕を出迎えたのは、父様でも母様でもなく、そして智子でもなく、僕が一番会いたくないと思っていた人物、潤一だった。

　「おかえりなさい、お義兄様」

　潤一は嫌味口調で言うと、両手に下げていた大きめの鞄を、いとも軽々と持ち上げた。

　「どうして貴方がここに？」
　「嫌だなあ、何言ってるんですか？　俺はこれでも智子さんの婚約者ですよ？　婚約者の俺がこの屋敷にいたって、何も不思議なことはない筈ですけど？」


　まだ正式に婚約も交わしていないのに、なんて厚かましい。
　そもそも、僕は貴方の義兄になったつもりなど、これっぽっちも思ってはいない。

　喉元まで出かかった言葉を、僕は必死で飲み込み、引き攣る顔に笑みを作った。

　幼い頃から、父様や母様の顔色を伺っては、幾つもの仮面を被ってきた僕だから、今更これくらい何の造作もない。

　「ところで智子の姿が見えないけど……」


　いつもなら、階段の縁に座って僕の帰りを待っている筈のに。
　誰よりも真っ先に僕を出迎えてくれていたのに……

　その智子の姿が、どこにも見当たらない。


　「ああ、智子さんなら、ここ最近体調がすぐれないようでね。今日も部屋で臥せっているよ」

　潤一が階段の上、智子の部屋のある方に視線を向けた。


　智子が病気……？
　ついこの間まで、あんなにも元気な笑顔を見せてくれていたのに、どうして……


　「どういうことだ」

　僕は知らずしらずのうちに、潤一の襟を掴んでいた。