S/T/R/I/P/P/E/R ー踊り子ー

誠奈

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第24章   A piece

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 そして何かを描き上げると、俺に見せて来た。
 それは、思わず吹き出してしまうくらい下手くそな絵で、きっと絵を描くことなんて好きでもないし、寧ろ苦手なんだってことはすぐに分かった。


 でも俺が笑うから……


 男は何枚も何枚も……、畳が埋まるくらい、沢山の絵を描いては俺に見せた。


 楽しかった。


 こんなに笑ったのは何時ぶりかと思うくらい、沢山笑った。
 なのに、不意に抱き締められた瞬間、どうしてだか涙が溢れた。
 別に悲しいことなんて、何一つなかったのに、涙が次々溢れて止まらなかった。

 「智樹? 悪ぃ……、驚かせちまったな」

 俺の涙を見て、男の腕が俺から離れて行こうとする。


 違うのに、そうじゃないのに……


 「ごめんな。急にこんなの怖かったよな?」


 違う……、違う違うっ!


 俺は、一度は離れてしまった手を掴み、濡れた頬へと導いた。今の俺は、そうすることでしか、思いを伝える術を持ってないから。

 「智樹?」

 俺の頬に触れた男の指先が震えているのが分かった。

 「よ……で?」


 もっと呼んでくれよ、「智樹」って。
 その口で、その声で、俺の名前を呼んで欲しい……


 涙のせいだろうか、たった一言を声にするだけで、喉が引き攣れるように痛む。
 それでもどうにかして伝えたくて……

 「智……樹って、呼……で?」

 もどかしい想いだけを、外を白く染める雪のように積もらせ、俺は男の手をキュッと握った。

 「呼べって、言ってるのか? 俺に、お前の名前を?」
 「しょ……まに、呼んで……ほし……」


 翔真の口で、翔真の声で……


 「ここに来てから初めてだな、智樹が俺の名前呼んでくれたの、翔真って……」

 さっきまで震えていた筈の指先が、俺の頬を濡らす涙を拭う。


 どうしてだろう……
 この指が、この腕が、この声が、こんなにも懐かしく感じるのは……


 それは、初めてこの男に会った時から感じていたこと。
 もしかしたら、俺の記憶の片隅にある、あの光はこの男のことなんだろうか……?

 現に、この男に会ってからというもの、俺の中で光はどんどん大きく、輝きを増していっている。


 俺はこの男を知っている?


 固く閉ざした記憶の扉の向こうに、この男はいるんだろうか……
 もしそうなら俺は……

 過去へ通じる扉の鍵を永遠に開けることは出来ない……いや、しちゃいけないんだ。


 もし開けてしまったらその時こそ、俺は……


 だから今だけ……、この瞬間だけでいい、この胸に抱かれていたい。
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