S/T/R/I/P/P/E/R ー踊り子ー

誠奈

文字の大きさ
上 下
216 / 369
第18章   Emotion 

しおりを挟む
 ずっと感じていた不安は、その日の朝現実の物になった。

 いつも枕元に置いていた筈の目覚まし時計の音が、やたらと遠くに聞こえたことに不安を感じた俺は、隣で眠る和人を起こさないよう、そっとベッドから抜け出ると、潤一から持たされた音楽プレーヤーを手に部屋を出た。

 和人が起きてきた時のことを考えてバスルームに入った俺は、バスタブの縁に腰を掛け、イヤホンを両耳に差し込んだ。
 そしてプレーヤーの再生ボタンを押そうとしたその時、自分の指が震えていることに気が付いた。


 情けねぇな、こんなことくらいでビビるなんて……


 俺はついつい弱気になりそうな自分を振り払うように、頭をブルンと一振りすると、それでも震えの止まらない指で再生ボタンを押した。
 すると、イヤホンを通して流れて来る無数の音が、俺の頭の中に溢れ込んで来た。


 大丈夫、大丈夫だ……


 自分に言い聞かせながら、そっと左耳のイヤホンを外した。
 瞬間、俺は音の無い世界へと引き込まれ、瞬きをすることすら忘れた両目からは静かに涙が零れ、頬を伝って膝の上で握った拳の上に落ちた。


 大したことない、これくらいどうってことない。
 そうさ、ダンスを奪われ、夢まで奪われた潤一の絶望に比べれば、耳が片方聞こえないくらい、どうってことない……

 だってほら、こうしてまだ左耳は生きてて、ちゃんと音を感じることが出来る。

 なのに何でだろう、涙が止まんねぇ……


 俺は両耳に刺さったイヤホンを乱暴に引き抜くと、プレーヤーごと空っぽのバスタブの中に落とした。そしてシャワーヘッドをバスタブに向けた俺は、シャワーのコックを捻った。
 冷たい水がバスタブの中に満ちて行き、みるみるうちに音楽プレーヤーが底に沈んで行く。


 いっそのこと俺も水の底に沈んでしまえたら、少しは楽になるんだろうか……


 馬鹿な考えばかりが頭の中を駆け巡り始めたその時、「智樹、いるの?」磨りガラスの向こうから聞こえた声に、泣き顔を隠すように頭からシャワーを浴びた。

 「お、おぅ……、風呂、洗おうと思って……」

 咄嗟に思いついた言い訳をしながらドアを開けた俺を、驚いたように見開いた和人の目が、頭の先から足の爪先までを往復した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

機械に吊るされ男は容赦無く弄ばれる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

不良少年達は体育教師を無慈悲に弄ぶ

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...