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第三十二話

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 だが、同時に地面にめり込んだ妖怪たちは、大きく閃光を放ち爆発した。地面をえぐり爆風は拓也と光子を吹き飛ばす。拓也の手榴弾とは違い、確実に人を生き物を殺す爆発だ。起こったことが理解出来ずただ吹き飛ばされ、拓也は悲鳴を上げる光子を離してしまった。
「嘘だろ……!」
「きゃああっ」
 なんとか着地出来た拓也と違い、光子はどしゃりと地面に落ちる。信じられない。妖怪達が爆発した箇所は大きくえぐれ、どさどさと吹き飛ばされた土や草が落ちた。破片で切れたのか、頬がずきりと痛んで血で濡れる。妖怪達の姿はない。爆弾となった八匹は、姿かたちを消した。爆弾となって死んだのだ。さっき妖怪を弾丸のように使い、地面にめり込ませた時も胸糞が悪かった。だが生きていた。今は操るだけじゃ飽き足らず、使い捨ての爆弾にして殺したのだ。
 体を起こした光子も、うそ、と震える声で言っているのが聞こえた。弾丸になった妖怪の中には、光子の家の周囲で見るものと同じ種類のものもいた。
「ドウ?あなたの手榴弾を見て思い付いたのヨ!」
「クソが!住んでいる世界が違っても、同じ命だろがよ!」
 拓也の頭が沸騰する。怒りで真っ赤になった視界に、再び万年筆を握りメモ帳に書き込もうとする、笑顔のカーミラが見えた。
 させない。ペン先が滑る前にピアスに触れ、叫ぶ。
「おふりぃすん!」
 ぐにりと現れたのは、ロケットランチャーだった。サブマシンガンを背中に回し、筒のようなそれをガシャンと肩に乗せて構え、何の躊躇いもなく撃つ。ボンと放たれた弾は、余裕で避けた筈のカーミラを追いかけた。追尾機能か。カーミラは舌打ちをうつと、ジャンパーからナイフを取り出し弾にあて、自分より幾分か遠くで爆発させる。
 爆発の際に出た粉塵から顔をかばうべく、両腕をクロスさせていたとき、その細い腰にぽすんと手榴弾が当たった。カーミラの水色の瞳が、丸く見開かれる。
「Wahnsinn !」
 一拍の時間を置いて、カーミラの至近距離で手榴弾が爆発する。もうもうと立ち込める土煙りの中、拓也はその中に更にサブマシンガンを撃ち込んだ。
 光子は一連の拓也の攻撃に、呆然と立ち尽くした。先程とは違い、あまりにも容赦がない。拓也に奪われた手榴弾を持っていた空の右手を見て、再びロケットランチャーを一度撫でてから構える拓也を見る。
「や、やりすぎじゃ」
「あの万年筆使わせると、また妖怪が爆弾にされて殺される。容赦しねえことに決めた!」
 妖怪が、殺され。光子が震える声で繰り返す。
 カーミラは上着を盾にしたらしい焦げたジャンパーを捨て、防ぎきれなかった衝撃で口中を切ったのか血を吐きだし、今までにないほどの強さでこちらを睨んでいる。拓也はそこにロケットランチャーをぼん、と撃ち込んだ。
「光子ちゃん、俺から離れて」
 さっきの攻撃で、ロケットランチャーの弾に追尾機能があるのは、カーミラもわかっている。ギッとこちらを睨んだときには、撃つとわかっていたのだろう、即座に走り出していた。
 拓也はロケットランチャーを地面に落しながら、それを目で追う。
「結界を背にして、カーミラから目を離すな。俺が引きつける。アメシストの腕輪持ってんだろ。それつけて念じてれば、爆風ぐらいは防げると思う。傍で守れなくて、ごめんな」
「そんな……!」
「走れ!」
 ナイフがジャンパーにしか入ってないとして、先程のように何かをぶつけて爆発を誘うことが出来ないなら、カーミラはこちらに向かって走ってくるだろう。鋭く光子に指示した瞬間、拓也は走り出した。光子のことを考え、カーミラに突っ込んでいく。
「殺すことを知らない癖に、オモチャを手に入れたからって、ハシャイでんじゃないわヨ!」
 ビリ、とメモ帳を破き、それが剣になった。書いた素振りはない。もともとメモ帳に書いてあったのを破いて発動させたのか、それとも破くと発動する仕掛けなのか。
「殺すことを知らないことが、俺は罪だと思わねえよ!」
 捕まえれば、いいのだ。拓也は剣を振りかざすカーミラと、その後ろから迫る弾を見る。制服の上着を脱いで振りまわし、剣に巻きつけ軌道をそらした。自由な左手でカーミラの肩を掴み、地面に叩きつけるべく体重をかけると、ロケットランチャーの弾が目の前まで迫っていた。
 柴田さん!遠くで光子の声が聞こえる。
「ふろいぞん」
 臆することなく、拓也は閉じる言葉を呟いた。元は拓也が開く言葉で出したものだ。寸前まで迫っていた弾は消え、拓也は上着を引っ張って剣を落とし、右手で万年筆を狙う。これを取り上げてしまえば、捕まえるのは容易だ。く、と至近距離にあるカーミラの顔が笑った。
 カッ、と胸に挟まったメモ帳が光を放ち、メモ帳の表紙を引き裂きカーミラの服をかすりながら、剣の切っ先が生えてきた。はっと身を引こうとすると、逆にカーミラが拓也の体を掴む。
「殺すことを知らないのは、戦場では罪だわ」
 伸びてきた切っ先が、ず、と胸に刺さった瞬間、横から手が伸びてきて剣を掴んだ。その細い手首で、アメシストの腕輪がきらりと輝いた。
「させない!」
「光子ちゃ……!」
 剣を握ったことで、光子の手が切れて血が出る。尚も伸びる剣が拓也の体を突き抜こうとしたが、光子の血で刃が濡れた瞬間、ぼろりと崩れた。
 ギリ、とカーミラは歯ぎしりし拓也の胴を蹴り飛ばして、その反動で体を起こし光子を殴り飛ばした。ビスチェのひもが切れ、ゆるむ胸元からメモ帳が滑り落ちる。崩れる光子の背中を思い切り踏みつけ、咳き込む拓也をよそに悠々とぼろぼろになったメモ帳を拾い、万年筆を胸元から取り出した。
「お姫様は騎士様の戦っている姿だけ、見てればいいのヨ」
 ぐりりと踏む力が強まり、光子が呻く。殴られた頬は腫れ上がっている。
「私はもう、何もしないのは、出来ないのは嫌……!」
「フーン、そういうココロ、好きだわ」
 メモ帳にさらりと書き込み、カーミラは微笑んだ。先程の煩わしいものを見る表情でなく、そこには温かみが垣間見える。光子は腕に力を入れて体を少し起こし、カーミラが一瞬体のバランスを崩したが、そんなもの気にせず破こうと手を伸ばす。
 指で挟み引こうとした腕を、駆けてきた拓也ががしりと掴んだ。
「破かせるかよ!」
 掴まれて引かれた腕を追いかけ、拓也を鼻で笑ったカーミラは口でメモ帳を破り取った。ついでとばかりに、傷口の酷い脇腹に容赦なく膝を入れる。くぐもった声を上げる拓也をまた笑い、その隙にちぎった紙を更に八枚に引き裂いて撒き散らした。
 ハラリと無情にも紙が落ち、それを止めようと光子は這って手を伸ばす。手を伸ばした勢いで起こるわずかな風が、無情にももう少しのところで紙片を舞い上がらせ、はらりと離れた場所に落ちた。
 カーミラはそれを見て、声をたてて笑った。
「同じイノチだって、笑っチャウ。ただの化け物じゃない。人間だって、モノのように扱われることがあるのに」
 むくりと、また瞳を赤くした八匹の妖怪たちが体を起こす。突かれた痛みをこらえ、拾うのが間に合わず呆然と起き上がるのを見ていた光子の腕を引き、拓也は小さな体を引き起こし、逃げるべく走り出す。妖怪はその場でめり込まず、走る拓也と光子を追って来た。
 だめ、光子が喘ぐように言う。浮き上がる妖怪達は、カーミラが手を横に振ることでこちらに向かってきて、光子は拓也の腕を振り払って両腕を伸ばした。
「光子ちゃん!駄目だ!」
 迫りくる爆弾と化した妖怪から逃がそうと、拓也は光子を抱きしめた。それでもなお光子は身をよじって両腕を伸ばす。
 光子の脳裏に、目の前で爆発して跡形もなく消えた妖怪たち、一人部屋に閉じ込められていたときに自分を慰めようとしてくれたものたち、祖父母との生活で触れたものたちが、次々とフラッシュバックして消えた。
「お願い!元に戻って!」
 かあ、とアメシストの腕輪が輝く。今までにない大きな輝きを放ち、飛び込んできた妖怪たちを呑み込んだ。暖かい光に触れると、頭に乗っていた紙片がじゅわりと溶けて、瞳の赤い輝きも嘘のように消えていく。
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