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第十七話
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ドーナツ屋は、ロータリーを挟んで向こう側に見えた。ぐるりと並んで歩きながら、そおだ、と東雲が跳ねるように拓也の顔を覗き込むように話し始めた。
「薔薇の棘って、知ってるぅ?」
「薔薇の棘?何だそれ。棘って、棘だろ?でもそういう意味じゃねえな?」
横断歩道を渡りながら、東雲は頷いた。
「反超自然生物思想の組織だよ。テロリストつったほーが早い?」
「ああ……超自然的生物は全て悪魔であり、問答無用で討伐すべきってやつか……」
聞いたことはある。拓也は肩を竦め答えた。
光子の母親のように拒絶する思想というのは、見えない側だけの話だけではない。見えるからこその拒絶もあり、人の形をしているほうが珍しい超自然的生き物達は、言い切ってしまえば化け物だ。幽霊も妖怪も歴史の上では、討伐対象になっているものが多い。今現代でも、解明されているものを数えたほうが、あっと言う間に終わるほど、不明な部分が多い存在だ。
肌の色が違うだけで、差別意識が生まれるのだ。姿形が違い、なまじ人間に害を加える可能性のある者達がいたら、話も聞かず悪と決めて倒しにかかるほうが、形としては想像しやすい。だが法律が制定している昨今、その思想に基づく行動はただのテロ行為だ。
そして、八百万の神を讃え、太古の昔から妖怪の話が多々残る日本では、あまり他人事ではない話である。拓也が肩を竦めたのはついにその話題が来たか、という思いがあってだ。
「おい、何で研修中のお前が、そんな組織の話知ってんだよ。俺んとこにだって回ってこねーぞ。危険だから」
「うひひ、俺の奇跡を褒めて褒めてぇ」
まあ俺の能力が誤作動して、うっかりちらっと見えちゃったんだけどね!そうてへへと言う東雲にあっさりと謎が解ける。むっちゃ口止めされたとにまにま笑う彼は、今まさに拓也にべらべらと話している。
「うーん、これは勘に近いんだけど、多分たっくんもちょっと、捜査に協力することになるんじゃないかなあ?」
「マジ?テロ組織だぞ?特殊部隊の出番だろ、公安の領分じゃん」
「でもさあ、俺が読めたんだよ?そんなに重要なものじゃないと思うんだよねぇ」
そう言われると確かに。ドーナツ屋の前に到着し、甘い匂いに店内を見回して頷く。喫茶店とは違うポップなオレンジ色が基調の店内に、東雲はうきうきとディスプレイを覗き込んだ。ドーナツは様々な種類があり、それぞれを一個ずつ頼めばあっと言う間に十個決められた。
嬉しそうだが、東雲の笑顔はやっぱりにまりとしていた。満足げに顔を上げ、続きを話す。
「見えたのが組織、って感じじゃなかったんだよねえ、薔薇の棘って名前が見えたけど、その内容の犯人は一人っぽかったし、一人で何かでっかいことしでかすってんなら、やっぱり俺には読めねぇし、大したことねえよぉ」
「ふーん?」
会計する拓也は、おまけにパイも一つ追加した。何でおまけ付き?あざーっす、そう笑う東雲に、薔薇の棘ぶん、と答える。正直、面白い話だった。パイ一つなら安いものだ。
「もしそうだったら、やべえな。不謹慎だけどうきうきする。調査の人員拡大とかで、俺も参加することになったらどうしよ?」
「さあー?そしたらすげえね、今度は俺がドーナツ奢ったげる。俺はどっちにしろ研修だから、参加出来ないだろーけどねえ」
犯罪は起こらないようにするものだが、こどもの好奇心がちらと見えた大きな組織にうきうきと弾み、それを隠さないで拓也が笑う。テロなら余計に起こらないよう尽力するものだが、そもそもそんな大きな案件は拓也が扱うことは無く、話を聞くことも滅多にない。
起こっていないから言えることだ。拓也も東雲もわかっている。こうして、一少女の生い立ちについて調べられるほど余裕がある今が一番だと、甘い匂いを漂わせる長細い箱をぶら下げながら歩きつつ、わかって笑顔で会話を交わしているのだ。暇が喜ばれる職業も珍しい。
太陽が低い。夏に向かっている今はすっかり落ちるのが遅くなってきたが、真夏よりはまだゆるやかで、恐らくあと二時間でオレンジ色に変わり始めるだろう。ドーナツの袋を東雲に渡し、ううんと拓也は伸びを一つする。知りたいことは、これでだいたい終わりだ。
「あとは、光子ちゃんをひっぱたくきっかけだな。これが一番骨が折れそうだ……」
そう、きっかけだ。ぽかぽかとした午後の陽気を浴びて、拓也はぼやく。理由がわかったからといって、このまま真っ直ぐ光子をひっぱたけば全てが解決、というわけではないのだ。何事もタイミングが大切である。なんだかそれが途方も無いことのような感じがして、人の出入りが激しい駅に向かいながら思わず漏らしたそのぼやきは、東雲によってきらりと拾われた。
「わあお、たっくんサドに目覚めた?混ぜてほしいなぁ」
その反応に、拓也は余計にどっと疲れた。
「……いい加減にしろよ、クソヤロー。たっくんって呼ぶな。この前言ってたゲーム、一緒に攻略してやんない。自分でどうにかしろ」
「うわあやだあ!ゲームの神様お願いですうー神様がいないとクリア出来ないんですぅー」
知るか、拓也は切符を買っている東雲を置いて、ウォレットチェーンで繋がった定期入れを後ろのポケットから出し、ピッと改札の中に入った。それでも結局友達を辞めない俺は、とっても優しいな。そう深い溜息をこぼしても、歩く足は緩めなかった。後ろから追ってくる変態を振り払うべく、むしろ人ごみをぬい早足で階段をかけあがり、目的の電車に乗り込む。
駆け込み乗車ごめんなさい。そして東雲、ここでばいばい。急いで追ってきた東雲が、ホームで嘘ぉと驚いているのが見えたが、それも動く電車にすぐ見えなくなった。流石に良心が痛んで、今度やっぱりゲームしてやろうと心の中で謝罪する。俺ってやっぱり優しい。
で、だよ。拓也はうんざりしつつ、現在地を見つめた。薄暗い空の中、どんどんと黒く染まって行く森は、まさに光子宅前である。少しでも日が落ちると影を濃くする森は、相変わらず壁のようで、人通りの少なさは相変わらずだ。紺色の空にちらちらと輝いている星も、森や古いアスファルトの道路を照らすまでには至らない。
来てどうするつもりだよ。真っ直ぐとここまで来てしまった自分を、拓也は呪った。さて用意は出来ました、引っ張り上げましょう!とでも思ったのか。自分で自分にツッコミを入れつつ、アホらしさにしゃがみこむ。タイミングが一番大事だと思ったのは、ついさっきのことだ。駅からここまでの二十分の道で、冷静にならなかった事実に感服する。
「いや、でも、そうだ!」
はっとして立ち上がり、光子の家への出入り口を通り過ぎ角を曲がった。このまま真っ直ぐ行けば神社があり、恐らくは鑑識がいる筈だ。もしかしたら、ちょっとした様子を聞けるかも知れない。手鏡のことも、光子が暗い森に縛りつけられている原因なのだ。
ぐるりと回りながら、つくづくその暗さに圧巻される。枝やツタが荒い麻の布の様に入り組んで、あまり中の様子もよく伺えない。ちらかっているわけでもないが、完全に整備されているわけでもない。でも中に入ると空気はとても清らかで、住んでいる者たちには毒が無いのだ。
「……うん、なんつーかほんと、綺麗なんだよな」
「なにがあ?」
森を眺めながら歩いていたので、下の方から聞こえた声に思わず跳ねあがった。そのままの勢いで振り向けば、汐織がけらけら笑って立っていた。
「拓也にーちゃん、すげえびくってしたー!」
「な、なんだ、しぃか。そっか近所だっけ」
にこっと頷く汐織が指差した先には、汐織と少し似ている少年が袋を提げて、小走りにかけよってくるところだった。さらりとした短髪に汐織に似た顔立ちは確かに女顔であるが、きちんと大人の男性へと成長途中の骨っぽさがある。背丈が小柄に感じたが、それはさっきまで長身な東雲と一緒にいたからだ。汐織は明らかに中学一年生女子の身長より小さいが、少年の場合は高校一年生男子の平均身長だろう。
これが汐織の兄で、光子ちゃんの幼馴染さんか。そう認識したと同時に、兄ちゃんと一緒に光子ねーちゃんちに野菜貰いに行ってたんだよ!と汐織が教えてくれた。ぺこ、と汐織の兄が頭を微かに下げる挨拶をする。
「前話した、力の使い方を教えてくれる人!拓也にーちゃん、っていうの」
「ああ……はじめまして、小早川大智です。大きい叡智の智で、だいちっす」
表情も声も行動も落ち着きのない汐織と違い、こちらは表情も声も落ち着いている。素直な朝人と変に素直じゃない光子といい、兄弟と言うのは逆になんのか?拓也にはわからない。
兄の大智も、わずかに見える体質だった筈だ。だが気配を感じるのと、ときたまに見えるだけで、それ以上の成長も特に見られずスカウトはしなかったと聞いている。その程度なら、よっぽど悪ふざけでそういったところに突っ込む性格でなければ、放っておいてもあちらの領分を害することは滅多に無いし、逆もまた然りだ。
静江のようによくひっかける体質ならまた問題なのだが、この落ち着きようだったら大丈夫そうだな、拓也はにこりと笑って、どーもと挨拶を返した。
「俺は柴田拓也。指導つっても、遊び相手みたいなもんだけどさ、妹さん、結構力あっけど馬鹿だよね。兄ちゃんとしてどーなの?」
「馬鹿って言わないでよ!馬鹿って言う方が、馬鹿なんだぞ!」
じたばたとパンチを繰り出そうとした汐織を、大智が頭を掴んで引き寄せ、止める。その流れがあまりにも鮮やかで、元気いっぱい全力ダッシュな妹を長年面倒見ている、兄の風格が見えた。
「超心配っスね。俺はそうゆうのよくわかんねーんで、きちんと指導お願いします。あ、メルアド教えて下さい。妹のこと相談してぇし、そういう様子逐一聞きてえです」
「口悪いけど、しっかりしたお兄様だな!しぃはなんでそういうとこ、似ねぇんだよ!」
「でしょー!うちの兄ちゃん、ちょーかっこいいでしょ!」
駄目だ馬鹿だ。へっへーんと胸を張る汐織に苦笑しつつ、拓也と大智は携帯電話をかざし、赤外線を送りあってアドレスを交換した。かこかこと確認して、よしとズボンのポケットに押し込んだ。
「薔薇の棘って、知ってるぅ?」
「薔薇の棘?何だそれ。棘って、棘だろ?でもそういう意味じゃねえな?」
横断歩道を渡りながら、東雲は頷いた。
「反超自然生物思想の組織だよ。テロリストつったほーが早い?」
「ああ……超自然的生物は全て悪魔であり、問答無用で討伐すべきってやつか……」
聞いたことはある。拓也は肩を竦め答えた。
光子の母親のように拒絶する思想というのは、見えない側だけの話だけではない。見えるからこその拒絶もあり、人の形をしているほうが珍しい超自然的生き物達は、言い切ってしまえば化け物だ。幽霊も妖怪も歴史の上では、討伐対象になっているものが多い。今現代でも、解明されているものを数えたほうが、あっと言う間に終わるほど、不明な部分が多い存在だ。
肌の色が違うだけで、差別意識が生まれるのだ。姿形が違い、なまじ人間に害を加える可能性のある者達がいたら、話も聞かず悪と決めて倒しにかかるほうが、形としては想像しやすい。だが法律が制定している昨今、その思想に基づく行動はただのテロ行為だ。
そして、八百万の神を讃え、太古の昔から妖怪の話が多々残る日本では、あまり他人事ではない話である。拓也が肩を竦めたのはついにその話題が来たか、という思いがあってだ。
「おい、何で研修中のお前が、そんな組織の話知ってんだよ。俺んとこにだって回ってこねーぞ。危険だから」
「うひひ、俺の奇跡を褒めて褒めてぇ」
まあ俺の能力が誤作動して、うっかりちらっと見えちゃったんだけどね!そうてへへと言う東雲にあっさりと謎が解ける。むっちゃ口止めされたとにまにま笑う彼は、今まさに拓也にべらべらと話している。
「うーん、これは勘に近いんだけど、多分たっくんもちょっと、捜査に協力することになるんじゃないかなあ?」
「マジ?テロ組織だぞ?特殊部隊の出番だろ、公安の領分じゃん」
「でもさあ、俺が読めたんだよ?そんなに重要なものじゃないと思うんだよねぇ」
そう言われると確かに。ドーナツ屋の前に到着し、甘い匂いに店内を見回して頷く。喫茶店とは違うポップなオレンジ色が基調の店内に、東雲はうきうきとディスプレイを覗き込んだ。ドーナツは様々な種類があり、それぞれを一個ずつ頼めばあっと言う間に十個決められた。
嬉しそうだが、東雲の笑顔はやっぱりにまりとしていた。満足げに顔を上げ、続きを話す。
「見えたのが組織、って感じじゃなかったんだよねえ、薔薇の棘って名前が見えたけど、その内容の犯人は一人っぽかったし、一人で何かでっかいことしでかすってんなら、やっぱり俺には読めねぇし、大したことねえよぉ」
「ふーん?」
会計する拓也は、おまけにパイも一つ追加した。何でおまけ付き?あざーっす、そう笑う東雲に、薔薇の棘ぶん、と答える。正直、面白い話だった。パイ一つなら安いものだ。
「もしそうだったら、やべえな。不謹慎だけどうきうきする。調査の人員拡大とかで、俺も参加することになったらどうしよ?」
「さあー?そしたらすげえね、今度は俺がドーナツ奢ったげる。俺はどっちにしろ研修だから、参加出来ないだろーけどねえ」
犯罪は起こらないようにするものだが、こどもの好奇心がちらと見えた大きな組織にうきうきと弾み、それを隠さないで拓也が笑う。テロなら余計に起こらないよう尽力するものだが、そもそもそんな大きな案件は拓也が扱うことは無く、話を聞くことも滅多にない。
起こっていないから言えることだ。拓也も東雲もわかっている。こうして、一少女の生い立ちについて調べられるほど余裕がある今が一番だと、甘い匂いを漂わせる長細い箱をぶら下げながら歩きつつ、わかって笑顔で会話を交わしているのだ。暇が喜ばれる職業も珍しい。
太陽が低い。夏に向かっている今はすっかり落ちるのが遅くなってきたが、真夏よりはまだゆるやかで、恐らくあと二時間でオレンジ色に変わり始めるだろう。ドーナツの袋を東雲に渡し、ううんと拓也は伸びを一つする。知りたいことは、これでだいたい終わりだ。
「あとは、光子ちゃんをひっぱたくきっかけだな。これが一番骨が折れそうだ……」
そう、きっかけだ。ぽかぽかとした午後の陽気を浴びて、拓也はぼやく。理由がわかったからといって、このまま真っ直ぐ光子をひっぱたけば全てが解決、というわけではないのだ。何事もタイミングが大切である。なんだかそれが途方も無いことのような感じがして、人の出入りが激しい駅に向かいながら思わず漏らしたそのぼやきは、東雲によってきらりと拾われた。
「わあお、たっくんサドに目覚めた?混ぜてほしいなぁ」
その反応に、拓也は余計にどっと疲れた。
「……いい加減にしろよ、クソヤロー。たっくんって呼ぶな。この前言ってたゲーム、一緒に攻略してやんない。自分でどうにかしろ」
「うわあやだあ!ゲームの神様お願いですうー神様がいないとクリア出来ないんですぅー」
知るか、拓也は切符を買っている東雲を置いて、ウォレットチェーンで繋がった定期入れを後ろのポケットから出し、ピッと改札の中に入った。それでも結局友達を辞めない俺は、とっても優しいな。そう深い溜息をこぼしても、歩く足は緩めなかった。後ろから追ってくる変態を振り払うべく、むしろ人ごみをぬい早足で階段をかけあがり、目的の電車に乗り込む。
駆け込み乗車ごめんなさい。そして東雲、ここでばいばい。急いで追ってきた東雲が、ホームで嘘ぉと驚いているのが見えたが、それも動く電車にすぐ見えなくなった。流石に良心が痛んで、今度やっぱりゲームしてやろうと心の中で謝罪する。俺ってやっぱり優しい。
で、だよ。拓也はうんざりしつつ、現在地を見つめた。薄暗い空の中、どんどんと黒く染まって行く森は、まさに光子宅前である。少しでも日が落ちると影を濃くする森は、相変わらず壁のようで、人通りの少なさは相変わらずだ。紺色の空にちらちらと輝いている星も、森や古いアスファルトの道路を照らすまでには至らない。
来てどうするつもりだよ。真っ直ぐとここまで来てしまった自分を、拓也は呪った。さて用意は出来ました、引っ張り上げましょう!とでも思ったのか。自分で自分にツッコミを入れつつ、アホらしさにしゃがみこむ。タイミングが一番大事だと思ったのは、ついさっきのことだ。駅からここまでの二十分の道で、冷静にならなかった事実に感服する。
「いや、でも、そうだ!」
はっとして立ち上がり、光子の家への出入り口を通り過ぎ角を曲がった。このまま真っ直ぐ行けば神社があり、恐らくは鑑識がいる筈だ。もしかしたら、ちょっとした様子を聞けるかも知れない。手鏡のことも、光子が暗い森に縛りつけられている原因なのだ。
ぐるりと回りながら、つくづくその暗さに圧巻される。枝やツタが荒い麻の布の様に入り組んで、あまり中の様子もよく伺えない。ちらかっているわけでもないが、完全に整備されているわけでもない。でも中に入ると空気はとても清らかで、住んでいる者たちには毒が無いのだ。
「……うん、なんつーかほんと、綺麗なんだよな」
「なにがあ?」
森を眺めながら歩いていたので、下の方から聞こえた声に思わず跳ねあがった。そのままの勢いで振り向けば、汐織がけらけら笑って立っていた。
「拓也にーちゃん、すげえびくってしたー!」
「な、なんだ、しぃか。そっか近所だっけ」
にこっと頷く汐織が指差した先には、汐織と少し似ている少年が袋を提げて、小走りにかけよってくるところだった。さらりとした短髪に汐織に似た顔立ちは確かに女顔であるが、きちんと大人の男性へと成長途中の骨っぽさがある。背丈が小柄に感じたが、それはさっきまで長身な東雲と一緒にいたからだ。汐織は明らかに中学一年生女子の身長より小さいが、少年の場合は高校一年生男子の平均身長だろう。
これが汐織の兄で、光子ちゃんの幼馴染さんか。そう認識したと同時に、兄ちゃんと一緒に光子ねーちゃんちに野菜貰いに行ってたんだよ!と汐織が教えてくれた。ぺこ、と汐織の兄が頭を微かに下げる挨拶をする。
「前話した、力の使い方を教えてくれる人!拓也にーちゃん、っていうの」
「ああ……はじめまして、小早川大智です。大きい叡智の智で、だいちっす」
表情も声も行動も落ち着きのない汐織と違い、こちらは表情も声も落ち着いている。素直な朝人と変に素直じゃない光子といい、兄弟と言うのは逆になんのか?拓也にはわからない。
兄の大智も、わずかに見える体質だった筈だ。だが気配を感じるのと、ときたまに見えるだけで、それ以上の成長も特に見られずスカウトはしなかったと聞いている。その程度なら、よっぽど悪ふざけでそういったところに突っ込む性格でなければ、放っておいてもあちらの領分を害することは滅多に無いし、逆もまた然りだ。
静江のようによくひっかける体質ならまた問題なのだが、この落ち着きようだったら大丈夫そうだな、拓也はにこりと笑って、どーもと挨拶を返した。
「俺は柴田拓也。指導つっても、遊び相手みたいなもんだけどさ、妹さん、結構力あっけど馬鹿だよね。兄ちゃんとしてどーなの?」
「馬鹿って言わないでよ!馬鹿って言う方が、馬鹿なんだぞ!」
じたばたとパンチを繰り出そうとした汐織を、大智が頭を掴んで引き寄せ、止める。その流れがあまりにも鮮やかで、元気いっぱい全力ダッシュな妹を長年面倒見ている、兄の風格が見えた。
「超心配っスね。俺はそうゆうのよくわかんねーんで、きちんと指導お願いします。あ、メルアド教えて下さい。妹のこと相談してぇし、そういう様子逐一聞きてえです」
「口悪いけど、しっかりしたお兄様だな!しぃはなんでそういうとこ、似ねぇんだよ!」
「でしょー!うちの兄ちゃん、ちょーかっこいいでしょ!」
駄目だ馬鹿だ。へっへーんと胸を張る汐織に苦笑しつつ、拓也と大智は携帯電話をかざし、赤外線を送りあってアドレスを交換した。かこかこと確認して、よしとズボンのポケットに押し込んだ。
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