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騎士と神器

080:騎士とお姫さま。⑥

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 いつものルネさまが話題を出しながら会話していると街を抜け、街から離れるにつれ人が少なくなっていき、ついに目的の場所が近づいてきた。視界に入っていないが、それでも近くにあると分かるほどの花の香りが俺の元まで来ている。こんなにも花の香りが来るものなのか? それともこの世界の花だからか? 基本的にこの世界の物とあちらの世界の物は似ているものが多いが、それでも魔物みたいにあちらの世界にはない生物が存在しているのも事実。

「あっ! 見えてきたよ!」

 ルネさまの仰る通り、俺たちの視線の先に腰くらいまでの柵で全体が囲まれているお花畑があった。近づくにつれて、その花畑の大きさと花の多さに圧巻された。ここまでの花畑は元の世界でもないくらいの大きさだ。どれだけ大きい花畑を作っているんだよ。

「このお花畑は今は亡き現国王の前の奥さまがお作りになられたんだって」

 現国王の前妻と言えば、現国王がその前妻をユルティス大公に寝取られて斬首刑に処されたという、あの現国王の前妻か。その人の情報と言えば、それしか知らないから良し悪しも分からないが、ただこの壮大なお花畑をお作りになったのだから、すごい人ではあったのだろう。それならば、どうして現国王を裏切るという大罪を犯したのだろうか。良く分からない。

「あそこが入口みたいだね。入ろうか」
「そうだな」
「はい、そうですね」

 ルネさまは一部だけ柵がない場所を指さされて、三人で手をつないで歩いていく。あぁ、さっきからずっとこの手を離したいと思っている。だって、俺の手から汗がにじみ出ていることを絶対にお二人にバレている。バレていて、それでも何も言ってこられないのなら、気を遣われていて恥ずかしさで死にそうだ。

「うわぁ・・・・・・、すごく綺麗な場所だね」
「・・・・・・そうだな、すごく素敵な場所だ」

 外から見ていてもすごかったが、中から見ると全然違うように見える。花の種類や広さもそうだが、その花の色どりから花の配置などから、どこか夢の世界にある現実とはかけ離れた場所にいるような感覚に陥ってしまう。この世界も、未だに現実世界ではないのかと思ってしまう時があるものの、それは死にかけたことを思い出して現実だと再認識している。

 近くに来ると花の香りが増してきて身体全体を包み込まれる感覚だが、それでも嫌な気持ちにはならない。これも花の香りの効能か何かなのか? 別に俺は花が好きではないのに、今は花が好きだと思ってしまう、一種の洗脳に感じる。

「ほら、あっちのお花を見て! すごく色とりどりのお花だよ!」

 ルネさまが指さされた方向を見ると、そこには美しく、赤、緑、青、橙、白銀の五色の割合が同じ虹色の花が無数にあった。よく白銀なんて色が出せているなと不思議に思いながら俺たちはその花の近くに行く。ルネさまはしゃがみ込んでその虹色の花を近くで見ておられる。俺もすぐ近くで見るが、・・・・・・この花の形、どこかの図鑑で見たことがあるぞ。どこだったか・・・・・・、思い出せない。

「うわぁ、こっちには鮮やかな色で咲いているお花があるよ」

 この虹色の花の周りには単体で赤、緑、青、橙、白銀の色をした花が五種類あった。・・・・・・よく考えたら、この花の色って呼び出される勇者が持っている神器の色と同じじゃないか? いや、考えすぎか? そんな偶然があるのか?

「こっちのお花も綺麗。あっ、こっちのお花も綺麗だなぁ」
「・・・・・・そんなに花を見るのが良いのか?」
「うん! だって、こんなに綺麗なお花が並んでいると自分も綺麗になった気分になるから」

 この場所に相当興奮しておられるルネさまは色々な花を一つ一つじっくりと見ていく。俺は綺麗だと思うだけで、そこまでじっくりと見ることはない。花が好きだと思ってしまっても、ここで時間を使うまでには至らない。だけど、ルネさまが嬉しそうな顔をしている姿を見ているだけで俺はここにいる意味がある。

「おい、そんなに見ているとフローラさまの機嫌が悪くなるぞ」
「ッ! ・・・・・・ありがとうございま。それにしても、ニコレットさんも気が付いていたのですね」

 俺はニコレットさんの言葉でハッとしてルネさまを凝視するのをやめた。ふぅ、危なかった。ルネさまのほんわかとしたお顔を見ているとつい凝視してしまっていた。俺はあまりフローラさまのお顔を凝視することはないから、フローラさまの機嫌を損ねるところだった。

 別にフローラさまのお顔よりルネさまのお顔が良いと言っているわけではなく、ただ見ていると気が付かれるか気が付かれないかの違いだ。フローラさまの方を見ると絶対にフローラさまはこちらを見ていることが多い。だからあまり見ないようにしている。まぁ、こっそりと見ているけれど、見ているということがバレると取り返しのつかないくらいに見てしまいそうで怖い。

「あっ・・・・・・、これは知ってる」
「どの花だ?」

 ルネさまが急に止まって目の前の花をしゃがんで見ておられる。俺もその花を見るが、四輪しか生えていない黄色の花でどんな花か全く分からない。結構有名な花なのか、それともルネさまがたまたま知っていた花なのか。

「これって、たぶん一瞬で傷を癒すことができる超速再生のポーションを作成する時に必要な花だよ。名前は忘れたけれど、希少な花であることは間違いないよ」

 へぇ、こんな花が希少な花で傷を癒すポーションの元なのか。そんな希少な花をこんな無防備なところで植えていていいのかと思ったが、それは心配ご無用であった。ここら一帯には花に触れられないように結界が張られている。この結界は匂いだけが外に出るような仕組みになっているようだ。

「これがそんな花なのか。よくそんな花がここに植えられているな」
「うん、本当に驚いちゃった。・・・・・・この花は種を入手するのも難しいけれど、育てるにも時間と魔力がかかったと思う」

 希少な花の所以はそういうことか。でも、ポーションなんて一回も使ったことがないし使おうとも思ったことがないから、俺には縁がないのだろう。フローラさまたちにお持ちいただくという手はあるが、その前に俺がどうにかして守っている。

「・・・・・・ねぇ、アユムくん。もしかして楽しんでない? 私だけが楽しんでる?」

 花畑を見ながら歩いていると、急にルネさまが不安な顔でこちらを見られてきてそう仰った。俺はそんなにもつまらなさそうな顔をしていただろうか。至って普通で、ルネさまの顔を見て楽しんでいたと自負しているんだが。

「いや、楽しんでるぞ? どうしてそう思ったんだ?」
「だって、こんなところは男の子が行くような場所ではないよね? お花を見ても楽しいと思っているのは私や女性だけかもしれない。今も周りには女性しかいないから、もしかしたらアユムくんにとってはここに連れてこられて迷惑だったのかなと思ったの」

 ルネさまが仰る通り、この花畑の中には人がいるが、俺を除けばすべて女性なのだ。だからと言って男が花を見ることに苦だと思っていない、ルネさまの勘違いに過ぎない。花自体詳しくないし、花をじっくりと見ようとは思わない。だけど、それが楽しくないと思われるのは心外だ。

「俺はここで花を見ることが楽しくないと思ったことはない。花が綺麗だと思っているし、手間暇かけて育てられていると感心している。だから、楽しいし迷惑だと思っていない。それに、ルネやニコレットさん、それにフローラさまにブリジット、サラさんと一緒にいることで楽しく感じる。だから、遠慮なく俺を連れまわせばいい、それだけで十分幸せだ。それで言えば、ここでルネとニコレットさんの三人で花を見て歩くことが幸せに感じる。何よりそんな顔をされる方が一番嫌だ」

 俺は本心をルネさまにぶつけると、ルネさまは段々と顔を赤くされて俺から背けられた。これは照れておられるのか? 俺も照れているからお互い様だな。ついでに言えば、ニコレットさんにも飛び火したようでニコレットさんも顔を少し赤くされている。くそっ、何だよこの雰囲気は。他から見れば甘ったるそうだな。

 どうにかしてこの雰囲気を脱したいところだが、俺が言い出したことだから言い出しにくい。だけどこのままではいかない。どうしたものか。

「・・・・・・私も、この状況を楽しく思っているし、幸せに感じている」

 この雰囲気の中、ニコレットさんが俺の答えに返答してくれた。良かった、この雰囲気の中で花を見るとかできなかったぞ。まぁ、ニコレットさんも同じことを言って恥ずかしいことは変わりないんだけどね。

「ルネさまはどうなのですか? 私やアユムといて楽しいですか?」
「それはもちろん楽しいよ! 楽しくなかった日なんてないよ!」

 ニコレットさんの質問に、ルネさまは食い気味に答えた。食い気味に答えるところではなかった気がするが、ルネさまが楽しいのなら良いけど。

「それは良かったです。私は今まで、こんな人生でルネさまに会えたこと以外で幸福だと思えたことがありませんでした。ただ使用人としての役目を全うするために育てられた私は、主の幸せが自分の幸せで、本当の意味で自分の幸せがないものだと思っていました。ですが、今は違います。良き主に恵まれ、愛する者まで現れました。人ではなく人形だと思っていた私にとって、人間にしてくれたルネさまとアユムはかけがえのない人物になりました。本当にありがとうございます」

 ・・・・・・この雰囲気をどうにかしてくれるのかと思いきや、これは悪化させに来ているぞ? 俺も恥ずかしくなっているし、雰囲気は甘くなっていくし、どうすれば良いんだよ⁉

「本当にそうだね。私もアユムくんみたいな人と出会って楽しく過ごせるなんて夢にも思わなかった。それくらいの人だし、アユムくんは私に生きる力を与えてくれた。私にとってもとても大切な人になっているんだよ? ・・・・・・私がこんなに幸せになって良いのかなって思うくらいにね」 

 ルネさまが最後辺りで声音が暗かったものの、二人ともどうして乗っかるんだよ! この雰囲気から脱したいのに、どんどんと雰囲気が悪化していく。もう俺がこの場でどうすることもできないから、強硬手段に出る。

「そろそろで他の場所に行きましょう」

 二人の手を取って俺は強引に他の場所に移動しようとする。こうでもしないとこの雰囲気は脱せない気がする。みんなが幸せだということはもう十分に分かったから、もう必要ないだろう。



 俺が強硬手段を使ってあの雰囲気から抜け出して、俺たち三人は他の花を見て時間が過ぎていった。時間が過ぎるのが早いと思ったが、これは花を見て時間が早く感じたのか、三人でいるから時間が早く感じたのか。絶対に後者だろうけどな。そう思いながら、ルネさまがポツリとお花畑を見ながら呟かれた。

「本当に、素敵な場所だね。・・・・・・一体どうすればこんな場所が作り出せるのかな?」
「ルネさ、・・・・・・ルネはお花畑を作りたいと思っているのか?」

 どこか羨ましそうで、妬ましい目でこのお花畑を見ているルネさまに俺は問いかけた。あまりルネさまの将来の夢や、したいことを聞いたことがなかったから新鮮な気持ちだ。思ったら、俺の知っているルネさまは本当にルネさまなのだろうか。本当は俺は何も見ていないのではないか? まぁ、見えているのなら何も苦労せずに済みそうだな。

「そういうわけではないけど、・・・・・・いつか誰かを魅了するお花畑を作れたらいいなぁ、とは思っているよ。でも誰かを魅了するということは、それだけの手間暇をかけて育てないといけない。・・・・・・私には到底考えられないことだから、考えるだけ無駄だよね」

 またしてもルネさまが無表情になろうとしている。ニコレットさんが話題を変えようとするが、俺はここでルネさまのことを聞こうとしてニコレットさんを止めた。ニコレットさんは怪訝な顔をしてこちらを見てくるが、俺の目を見たニコレットさんは渋々納得して下がってくれた。

「どうしてそう思うんだ? ルネも綺麗な花を咲かせれるじゃないか」
「・・・・・・そうじゃないの。私は、綺麗な花を咲かせるために丹精込めて育てていないの。お花が枯れないように醜いお花にならないように育てていたの」

 うん? どういうことだ? お花を育てたくて育てていたのではないのか? 話の概要が全く分からない。これは深くまで聞かないといけないようだ。そう思って俺はニコレットさんの方を見ると。ため息を吐いて頷いて了承してくれた。いざとなれば、後ろで付いてこられている人たちにも手伝ってもらおう。

「花を育てたくて育て始めたのではないのか?」
「始まりは・・・・・・、どうだったかな。確か、貴族の集まりに参加して、周りからの視線にやられてふさぎ込んでいた時にお母さまに何か趣味を持てば良いと言われたね。そこでお母さまから言われたのが、お花を育てることだったんだ。そこからお花を育てるようになったと思うよ」

 やはり、美醜逆転している世界でのシャロン家の人々は周りから不公平な立場に立たされているようだ。だからこそ、俺はこの世界をシャロン家の人々が過ごしやすい世界にする。だが、その前に行われた心の傷を与えることまで俺には何ともできない。過去のことだからな。少しでも癒せれば儲けものだ。

「そうか。それで、それのどこがいけないことなんだ? お花を育てることが趣味なら、誰かを魅了する花を育てることも良いだろう。それがどうしてルネに到底考えられないことになるんだ?」
「最初は綺麗に育てようと思っていたよ。でも、最初に育てたお花はダメだった。お母さまに育てるための少しの知識と本を渡されて良く読んでお花を育てたけれど、初心者が育てられるわけがないよね。そのお花は開花することもなく、枯れてしまったの」

 そう言ったルネさまの表情は、もう無表情になっていた。だが、ルネさまの口からルネさまが思っていることを聞かないと何も分からない。誰かに言われるより、ルネさまが今思っていることをお話ししてもらうことが大事だろう。それは俺や、フローラさま、ブリジットの時でもそうだった。

「その時、私はその枯れてしまったお花と、私を重ね合わせた。こんな顔だから、他の貴族の人たちに陰で笑いものにされたり、面と向かってバカにされたりしていたけれど、誰もが醜いものを見ている目だった。それはまさに価値も何もない、枯れているお花と変わりなかった。・・・・・・だから、私はお花を枯れないように育て始めた。お花が枯れれば、誰かが笑っている声が聞こえてくる。お花が綺麗に咲いていないと誰も見てくれないの」

 ・・・・・・なるほど、これは確かにやばいな。枯れた花と嘲笑された自分を重ね合わせ、花を綺麗に咲かせることで自分の価値を見出している。これが誰かを魅了するお花畑を作るという考えにならないわけであり、ルネさまの心の傷。この傷はシャロン家の人々や、この世界で美しくないからという理由で他者からつけられた深い傷。

 この深い傷を補うためには、誰もが何かしらの逃げ道を作っている。フローラさまなら、自分が傷つかないために他者にきつく当たる。ランディさまならご自身から逃れるために女装をする。ランベールさまなら女性ではなく男性に逃げる。エスエルさまはご自身の立場から逃れるためにすべてをすぐに捨てれる不貞を働こうとする逃げ。

 こうして自分が壊れないように自分を保っている。だが、ルネさまは危うい状態に陥っている。何かに逃げることは確かに良いが、ルネさまはご自身とご自身が育てている花を重ね合わせている。それは自分自身を苦しめている楔に他ならない。綺麗に育てないといけないという、逃げとはまた異なる誓約を作り出している。

 ・・・・・・これはまたどうしたものか。
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