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本編・現在(アーダム・エヴァ)
五組②。
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僕たちは、教室から外にある広い運動場へと移動した。今は凶暴な笑みをしているザイカくんと相対している。あんな笑みを浮かべるほど彼は戦いが好きなのだろうか。
「さぁ、始めようか、ザイカくん。どこからでもかかってくると良い」
「・・・対峙して分かるこの感じ、いつもモードに仕掛ける時に感じると同じか。・・・ゾクゾクするぞ」
モード・・・。あぁ、あそこにいるザイカくんの護衛である、短い黒髪に無表情でいるモード・ブレヴィルさんか。確かに彼女の強さはこの世界で上位に入るくらいだろう。その年でそこまで強いとは恐れ入る。今まで僕が見た中で一万人もはいなかった。
「どうしたんだい? 来ないのかい?」
「言われなくても行くぞ!」
ザイカくんは一歩で僕に接近し、僕の顔に殴りかかってくる。それを難なく片手で受け止め、もう片方で殴りかかってきたからもう片方の手で受け止めた。さらに、ザイカくんは雷を身体に纏わせて僕に放電して来る。僕は慌てずに身体に流れてきた電撃を地面に流して放電する。
雷を纏わせたザイカくんは、雷を纏ったことにより、さっきよりも早く僕に拳の連撃を打ってくる。さらに少し距離が開けば無詠唱の炎の魔法を放ってくる。
「『ファイア・ボム!』」
その魔法を周りに被害が出ないように片手で消し去る。僕がその動作をしている間に近づいて僕にまた殴りかかってくる。しかし、どんなに知恵を振り絞っても僕に攻撃を当てることはできていない。モードさんもそうだけど、このクラスには末恐ろしい子たちがたくさんいるね。
「まだまだ!」
その余りある王家の魔力を自身の身体能力向上に振り分けて、次々と戦闘の幅を利かせてくる。このザイカくんも間違いなく天才と言えるだろう。おそらくこれは自分で考えたものだ。型にハマらない戦い方に、どうやって勝てるかを考えて戦い方を変えている。僕、アーダム・エヴァ好みの戦い方だね。
「はははっ! ここまで攻撃が当たらないのは初めてだ!」
「ザイカくんは当たらないのに笑うんだね」
「当たり前だ! こんなにも実力の差を見せつけられたら、笑うしかないだろう! また倒したい目標ができた!」
「それならもっと打ち込んでくると良い。僕に君のすべてを見せてくれ」
「あぁ! もっと俺を見てくれ!」
ザイカくんの攻撃は激しさを増してくる。彼の魔力が活発に体内を循環しているのが分かる。僕に攻撃が当たらないから、攻撃が当たるようにどんどんと魔力を身体能力につぎ込んでいる。魔法が無意味なのは僕に一発撃ったことで理解したのだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・ッ、当たらない」
「そうだね、当たらないね」
ザイカくんは息を切らしているも、笑みを浮かべて、まだ僕に勝つことを諦めていない。その意思も大事なことである。勝とうとしなければ勝てない。ザイカくんが今、息切れしながら集中して動いている速度は、かなりのものだ。おそらく普通の人が見ようとしても見えないくらいに。それくらいに彼は成長している。戦闘の中で成長するものが一番恐ろしい。
「はぁ、はぁ・・・ふぅ・・・、少しは攻撃してほしいものだ。避けているだけでは先生の実力は分からないぞ?」
「それもそうだけど、僕が攻撃したらザイカくんの勝ち目がなくなるよ?」
「攻撃しなければ、勝ち目があるという言い方だな。冗談もほどほどにしてほしいものだ」
「ふっ、そうだね。でも、お望みであれば僕から動こう。時間も限られているわけだからね」
手合わせの際に、彼を傷つけない程度の実力を出すには相当に苦労する芸当だ。だから避ける方が楽で良かったのだが、全能の僕に不可能はない。僕は音も風圧も何もかも出さずにザイカくんの後ろへと立った。これは魔法ではなく、単なる体術だ。僕はすべてにおいて優れているから、これくらい当然だ。
「ッ!? どこ――」
「こっちだよ。そして隙だらけだ」
僕が急に消えたことでどこにいるのか周りを確認しようとしたザイカくんの背中に、ただ前に吹き飛ばすだけに威力を高めた魔法と、一瞬だけ地面と足を固定する魔法を同時に発動させて彼を前のめりにさせた。それも急にやられたものだから受け身も取れずに顔が地面にぶつかりそうになっていた。しかし、さすがにそれは良くないと腕をつかんで地面とぶつかるのを回避した。
「大丈夫かい?」
「・・・ははっ、こんなにもあっさりと負けるのも初めてだ」
「そう? それなら良かった。初めてを経験することは人を成長させる要因の一つだからね。ザイカくんは動きも考え方も悪くはなかったけど、結局は経験不足としか言えないね」
「経験を積めば、あんたみたいに強くなるのか?」
「さぁ、どうだろう。それはザイカくん次第だね。それよりもどうだい? 僕を先生として認めれそう?」
「何を言っているんだ。今更だろう、先生?」
ザイカくんは汗だくになりながら、僕にニヤリと口角を上げてそう言って来た。それならやった甲斐があったものだ。
「さて、他に僕と戦いたいものはいるかな? 今なら戦っても良いよ?」
「じゃあ、俺が行きます」
僕の言葉に前に出てきたのは、黒い髪に余裕の雰囲気を漂わせている男の子、テツタ・タマルくんであった。・・・が、何度見てもやはり、あの子はこの世界の人間ではない、異世界の人間か。ただ、見た感じ他の世界の神に送り込まれた転生者ではない。神の力が宿っていない。となれば、迷い込んできたのか? そこら辺は、この世界の害になれば適宜処分していけばいい。今は一生徒として接しよう。
「あぁ、良いよ。タマルくんだね?」
「はい、テツタ・タマルです。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね。タマルくんの好きな時に始めて良いよ」
「じゃあ、遠慮なく行かせてもらいます」
そう言うとタマルくんは手のひらを突き出して、そこに複数の魔法陣を重ね合わせた複合魔法陣を出現させた。見たことがない魔法陣だが解析できないことはないが・・・まさか、本気でそれをここで打つ気なのか。それを平気でできるというのか。
「俺の先生なら、これくらいの魔法を発動させても平気ですよね?」
そう言いながら、複合魔法陣を発動させた。魔法陣からはこの学園を更地にするほどの威力を持つ爆弾の核が現れ、今にも爆発しようとしていた。タマルくんはちゃっかりと魔法障壁を張って身を守っている。
「ッ! 全員伏せろ!」
ルースロさんが気が付いたようで警告するがそれではダメだ。タマルくんの魔法からすべてを守るために、魔法の威力に耐えることができる結界を爆弾の核の周りに作り出す。そして、爆弾が光を発しながら結界内で爆発した。結界は爆発・音・光をすべて抑え込み、変形せずにその場に結界だけが残った。
「おぉ、すごいですね」
「タマルくん、これは少しやりすぎだよ。僕が防がなかったらどうするつもりだったんだい?」
「防いだから良いじゃないですか。それよりも爆発を抑え込まれるとは思いませんでしたよ。爆発を相殺するかと思っていましたけど、あれを抑え込まれるとは、お見事です」
この子は、僕の実力を測った上で爆発を仕掛けたのか、それとも周りがどうなっても良いと思いながら仕掛けたのか。後者なら、歪んだ考えを持った子だ。本当に後者なら、処理しなければならない。世界の害として、“俺”の手で。
「あれ? 先生を怒らせてしまいましたか?」
「何事もなかったから怒ってはいないよ。ただ、看過できないかな。僕に何をするのは良いけど、周りを巻き込むのは良くないよ」
「あぁ、それはすみません。今度からは他に被害を加えずに、先生を殺す気で攻撃しますね」
タマルくんは僕に殺気を送りながら、僕の周りに数多の魔法陣を展開して、そこから放出された小さい球の魔法で僕に攻撃してくる。一点集中でこちらを貫こうとするその一撃はそこら辺のモンスターが粉々になるくらいの威力であった。
「これならどうですか!?」
タマルくんが僕だけを狙ってくれていて良かった。彼に悪意がないことから、とりあえず彼の処分はナシということで良いかな。今は彼との手合わせで彼を見極めることに集中しよう。
「威力と速さには申し分ないほどの大層な魔法だけど、僕に言わせてみればまだまだだよ」
真っすぐ、そして早く、無数に連続で放出される球と僕の間に、一瞬で消えるが威力を完全に消せて球の大きさに合わせた無数の魔法障壁を展開する。そして球が障壁にぶつかった瞬間に、障壁と球のどちらも消失した。次々に球が飛んで来るが、どれも障壁で防いでいく。僕全体を守る障壁と一つ一つを打ち消す障壁とでは、短期の場合一つ一つの方が展開時間と魔力消費量が少なくて済む。慣れていなければ全体を守ればいいけど、慣れれば後者の方で十二分に対応できる。
「すごい! これならどうですか?」
僕の対応に楽しそうにしながら、球の魔法陣の他に僕の周りに手のひらサイズの魔法陣を出現させた。タマルくんがそこに先ほどの攻撃魔法の球を放つと、魔法陣に当たった球は方向を変えて次の魔法陣へと飛んでいき、僕の周りには高速に球が飛び回り始めた。
「楽しそうにするね、タマルくん」
「今まで戦って来た相手はつまらなかったんですよ。分かり切っている手を出してくるばかり。でも、あなたは雰囲気から全然違いますね! 勝てる映像が見えない!」
「それは良かった。存分に楽しんで」
僕は高速に飛び回っている球を避けながら、反射させている魔法陣に干渉する。反射している魔法陣に設定されている反射という部分を威力消滅に書き換え、球を出している魔法陣には干渉して動かなくする。球を出していた魔法陣は球を出さなくなり、飛び回っていた高速の球は威力消滅の魔法陣で威力を消滅させて球自体が消え去った。
「俺の魔法に干渉するなんて、驚かされてばかりだ!」
「魔法陣さえ見ることができれば難しくないよ。不可視の魔法をかけていたようだけど、僕には足りない。次は凝ることだね」
「あなた以外に見ることができる人なんていないと思いますよ」
「なら、僕に勝ち逃げさせる気かい?」
「まさか! この戦い中に見えなくしますよ」
「その心意気は結構。今までしなかったことをすると良いよ」
タマルくんは様々な魔法で僕を攻めてくるが、ことごとくそれらの策を潰していった。タマルくんの攻撃は多彩でよく完成されている魔法だ。だけど、僕のような相手を想定して策を作っていないように思える。彼も天才で、努力もしてきたからこそ、ここまで素晴らしい魔法使いになっているのだろうね。
「ハァ・・・ハァ・・・魔力切れか」
彼は汗だくになり、息を切らしながら立つこともままならなくなっている。彼の言うように魔力切れが原因だ。
「そうだね。君の限界がそこだよ。君はこれまで魔力切れになったことがないんじゃないのかな?」
「ハァ・・・そうです。今までこれほどの策を駆使して戦って来た相手はいなかったので。・・・俺の負けです。完敗しました」
「次は僕に勝てると良いね」
「次は、勝ちます。それまで待っていてくださいよ」
「うん、それまで待っているよ。・・・さて、他に僕と戦いという人はいるかな?」
僕のその言葉に、誰も反応しなかった。ここまで僕の実力を見せれば十分だろう。
「じゃあ、今日から僕が五組の担任の先生だね。よろしくね、五組のみんな」
こうして僕が五組の担任の先生へと無事赴任した。これからこの子たちやベツィーやレナとどんなことが起こるのかと考えると楽しみだ。
手合わせが終わった後、ルースロさんは六組の教室に行き、僕たちは五組の教室に戻った。授業内容は彼らからの要望ですればいいとのことであった。五組と六組は環境が特殊で、それが認められていると言っていた。テストについては、それぞれにあった課題を出し判断するとのことであった。これほど特別待遇しているとは思わなかった。
「先生、俺はどうしたら強くなると思う?」
「先生、どうやってあんなに完璧と言えるほどに魔法を完成させられるのですか?」
授業をしようと思ったが、ザイカくんとタマルくんからの質問攻めにあいそれどころではなかった。あの戦いは僕を認めさせるものであったが、二人を十分すぎるほどに懐かせてしまったらしい。
「そんなに詰め寄らなくても後でしっかりと答えるよ。それよりもこのクラスはいつもはどんな授業をしていたんだい?」
「本当に後で答えてくれよ? いつもどんな授業をしていたか。そうだな・・・。色々していたが、あまりしっかりとした授業はしていなかったぞ。なぁ、テツタ」
「そうだな。このクラスは各々でやることを決めて自習という形を取っています。今も見ての通りほとんどの奴が自分がやりたいことをやっています」
ザイカくんとタマルくんが言うように、確かに他の八人を見ると他のことをしている。一人で教科書を持って勉強している子や、剣を磨いている子、本を見てにやにやしている子など様々であった。何をしていいのか分からずに周りを伺っているベツィーがものすごく目立つ。
「うぅーん、スタニック理事長やルースロ先生の時でもそんな感じだったのかい?」
「まぁ、そんな感じです。ルースロ先生はあそこにいるルクレールの要望で色々な授業をして、ほとんどの生徒は授業を聞きません。理事長は、昔話が多くてたぶん誰も聞いてません」
タマルくんがここの授業状況を教えてくれたが、スタニックくんは何をしているんだ。・・・それよりも、この現状をどう変えるかが問題だね。僕が先生になったからには、何かを学んでくれないと収まりがつかない。この『全能の魔法使い』が先生のクラスが、こんな無法地帯になっていてはいけない。
とは言え、ここは学校。戦い方だけではなく、色々なことを学ぶところ。色々なことを学ぶところであるからこそ、学びたいことは一人一人違う。タマルくんたちのこのクラスの現状が本当なら、五組の生徒は学ぶ権利を放棄させられたところと言ったところか。
だから、僕ができることはこのクラスに見合った授業をすること。当たり前のように聞こえて、おそらくこの学園ではそのレベルに合わせて授業ができないのだろう。この世界のことを一番知り尽くした僕が、それを実現できなはずがない。なれば、彼らが一番興味を持ってくれる授業内容は何だろうか。一番有名な話は『全能の魔法使い』であるが、裏話があったかな。
「・・・よし、これで行こうか。二人とも席について、今から面白い話をしてあげるよ」
「面白い話? それは何だ?」
「今からその話をするんだよ。良いから席について」
不思議そうにしながらもザイカくんは席に戻り、それに続いてタマルくんも席に戻った。僕は教壇に立ってみんなの方に話を聞かせる態勢に入る。今、僕を見ているのはザイカくんにタマルくん、それにベツィーとレナの四人だけだ。
「今から僕が知っていて、君たちも驚くようなとっておきの話をしてあげるよ。聞きたい人だけ聞いてくれたらいいよ」
その言葉で数人がこちらに顔を向けた。これで彼らの興味をこちらに引ければいいんだけどね。
「みんなは当然『全能の魔法使い』を知っているね?」
この言葉でこのクラスにいる全員がこちらに顔を向けた。おぉ、自分が当事者でこんなに有名になっているとは思わなかった。まさか前時代の遺物を処分しようとしたことが、数千年経った今でも昔話として語り継がれているとはね。
「みんなが彼の物語を知っていることを前提として話すね。・・・実はね、僕は『全能の魔法使い』の彼に仕えていた執事の末裔なんだ」
この言葉でみんなの顔色が変わった。こんな嘘を並べないと僕は何も真実を語れない。ルースロさんに口止めもされているわけだからね。
「バカなっ! そんな話は聞いたことがない! デタラメを言うんじゃない!」
僕の言葉に一番反応したのは、さっきまで聖剣を手入れしていた金髪の男の子であった。あの子はトリスタン・リジェルだったか。正真正銘、あの『剣の英雄』と呼ばれたジャック・リジェルの末裔だね。千年以上経っているのに、そこはかとなくジャックの面影がある。どんな遺伝子のいたずらなのだろうか。
「いいや、本当だよ。何なら、剣の英雄の一族にしか伝えられない重要な秘密を言っても良いくらいだよ」
「言えるものなら言ってみろ。嘘なら即座にお前を不敬罪で切り捨てる」
「怖いことを言わないでよ。まぁ、そんなことにはならないから良いけど」
僕は一瞬でリジェルくんの隣に移動する。突然僕が来たことに驚きを隠せないリジェルくんをよそに、耳元で僕は言葉を発する。
「槍の英雄は、裏切り者。信用せず、裏切れば切り捨てろ」
その言葉にリジェルくんは僕のことを信じられないかのような顔をして見てきた。これを知っているのは当たり前だよ、何せ槍の英雄の裏切りを阻止したのは僕で、剣の英雄にその後の槍の一族を見張るように頼んだのも僕だ。彼は僕に言われたように律儀に守ってくれていたようだね。
「僕の一族は『全能の魔法使い』について、代々伝承が書き換えられないように彼の生まれから彼の死まで記憶することを義務付けられている。だから、些細なことまで『全能の魔法使い』のことを知っているんだよ。さっき言った大事なことでもね」
こういう設定であれば、少し詳しくても押し通せるだろう。しかし『全能の魔法使い』の張本人である本人が別人のことのように話す時が来るとは思わなかった。やっぱり人生何が起こるか分からないものだね。
「リジェル。先生が何を言ったかは聞かないが、言ったことは本当だったか?」
ザイカくんがリジェルくんに確認すると、リジェルくんは頷いて肯定した。
「・・・あぁ、本当だった。あのことはリジェル家の当主にしか伝えられないことだ。他にそのことを知っているということは、『全能の魔法使い』が信用に足る人物に話したとしか言いようがない。本物と言っても良いだろう」
こうも簡単に信用してくれて助かった。槍の英雄にも少しは感謝しないといけないけど、そう言えば今の彼はどうなのだろうか。槍の英雄の末裔が今はいないけどこのクラスに所属している。
「リジェルくん。今代はどうなんだい?」
「・・・気を付けろ、としか言いようがない。あれもその気質は感じ取れる」
「そうかい。じゃあ話を始めようか」
「待て。まさかこの話をするんじゃ・・・」
「そんなことはないよ。それなら耳元で阻害魔法をかけて話したりしない。タマルくん、遠慮なく盗聴するのはやめてほしいな」
「ばれてました? それはすみません」
全然反省の色を見せないタマルくんをよそに、教壇に戻り話の続きをする。
「これは『杖の英雄』と『全能の魔法使い』しか知らない話だから、他言無用でお願いするね。・・・『全能の魔法使い』に記されていることで、杖の英雄と全能の魔法使いが敵の策略にハマり、魔法陣によってどこかに飛ばされたっていうところがあるよね?」
「あぁ、あるな。第三章、第四節の部分だが、どこに飛ばされたかとか二人が何をしていたとか記されていない数個しかない謎の一つだな」
ザイカくんが説明してくれたことで、全員の認識に間違いはないようだ。
「『剣の英雄』がそれを書いているから、本人たちに聞けない限り書きようがないところだね。だけど、僕はそこで何があったかを『全能の魔法使い』である彼に聞いているよ」
「それは本当か!? 人類が皆疑問に思っていることが、今解決されるのか!」
またしてもザイカくんが食いついてくる。彼は相当『全能の魔法使い』が好きなようだ。
「本当だよ。罠にかかった二人は、魔神王が統治している中央大陸に飛ばされた。そこでは多くの魔神王の軍勢が待ち伏せていたが、全能の魔法使いはその軍勢をものともせずに片づけた。だけど、その過程で杖の英雄が瀕死の重傷を負ってしまったんだよ。杖の英雄は今にも死にそうになっていたけど、全能の魔法使いの魔法で一命はとりとめた」
「・・・それは、秘密にすることなのか? 別に言っても良いことだと思うが」
ザイカくんのもっともな質問で、一部の生徒が同意見と言わんばかりに頷く。
「まだ話は終わっていないよ。・・・魔法をかけられた杖の英雄は、強すぎる全能の魔法使いの魔力に身体が耐えきれなかった。杖の英雄の身体は瀕死の重傷が治ったかと思いきや、すぐに全身が高熱になり今にも死にそうになった。そこで全能の魔法使いは最終手段を取った。・・・彼は、彼女に体外からだけではなく体内からも治すために房中術を行ったんだ。それで杖の英雄は誰にも話さず、彼女が話さないから全能の魔法使いも話さなかった。それがこの件が謎にされていた真相だよ」
それを聞いた生徒たちの反応は様々なものに分かれた。まず一番多かったのは、おそらく房中術という言葉が分からなかったから未だに分からないという顔をしている人たち。あとは顔を赤くしたり感心した顔をしたりとかだった。
「先生、房中術というのは何だ? 聞いたことがない言葉なんだが」
分からない人を代表してザイカくんが質問してくれた。
「房中術。それは、男と女が交わり身体の均衡を保つ行為のこと。簡単に言えば性行為ということだね。杖の英雄の膣に全能の魔法使いの魔力を注ぎ込んで、杖の英雄の身体を内から丈夫にしたんだよ。それに応じて魔力も元の状態とは比べ物にはならないものになっていたらしいよ」
「・・・そうか、そういうことか。それが本当なら、あまり描写されていなかったが杖の英雄が他の英雄より頭一つ抜き出ていたのも理解できる。それに全能の魔法使いは若さを保ち続けると書いていたな。その性質が魔力によるものなら杖の英雄がそれを受け継いでいてもおかしくない。本で描写されていた杖の英雄の謎がここに起因しているのなら、もう一つ謎が解ける」
このザイカくんは、すごく本を読みこむほどに『全能の魔法使い』が好きらしい。だって他の生徒が微妙に引いているのが分かる。これほどのものはそこまでいないことが彼らの反応で理解できた。
「まぁ、推理は良いが、この先生が本当のことを言っていたらという前提があってこそのものだ」
僕が言ったことに最もな意見を言ってくる、鼠色の髪でこちらを見透かしてくる男の子がいた。貴族生まれのヴァーノン・ピションくんという子であったか。戦闘能力が抜群だが、よく学校をさぼり問題を起こしている子であると資料に書かれていた。
「そうだね。僕が言ったことが真実かどうかは、もう誰にも分からないことだよ」
「いいや、分かる奴なら一人いるさ。なぁ、ルクレール」
「・・・今やっている最中だからちょっと黙ってて」
ピションくんに呼ばれたルクレールさんは、僕をじっと見つめた後に、ため息をついてピションくんのその質問に答えた。
「うそ偽りはなく、それを隠そうとする魔法の痕跡も何もないわ。先生は本当のことを言っていると言って間違いないわよ。これで満足?」
「おぉ、わざわざすまない。ありがてぇ」
ルクレールさんのしたことに大げさに感謝するピションくん。ルクレールさんは、この国で裁判長をしている女性が母親だと書かれていた。そして魔力性質にそのものが嘘をついているかを見抜ける性質を持っていると書かれている。つまり、彼女は生粋の裁判官だね。そんな彼女の言葉は、僕の信用を得る要因になりうるというわけか。
「すまねぇな、先生。先生を疑ってしまったぜ」
「別に構わないよ、こんなこと言われて信用できる人なんてそうはいないからね」
みんながルクレールさんの言葉に納得してくれて良かった。そうは言っても僕は嘘を嘘を言っているから素直に喜べるわけではない。僕は常日頃から僕の正体が分からないように精巧な阻害魔法がかかっている。それは神すらも欺ける魔法だ。神すらも欺けるから、人間が欺けないことはない。
子供たちをだますような形になって心苦しいものはあるけれど、正直なことを言ってはいけないのだから仕方がない。だけど、ただ一人だけ僕のことを信用しているものの、ルクレールさんの言葉を信用していない子はいるね。さっき僕と手合わせしたタマルくんだ。彼は僕を見て何か細工をしていないか探っている。
「僕はこの全能の魔法使いから受けた知識や、この強さを用いて、君たちがなりたいものへと導いていくよ。これからよろしくね、五組のみんな」
「さぁ、始めようか、ザイカくん。どこからでもかかってくると良い」
「・・・対峙して分かるこの感じ、いつもモードに仕掛ける時に感じると同じか。・・・ゾクゾクするぞ」
モード・・・。あぁ、あそこにいるザイカくんの護衛である、短い黒髪に無表情でいるモード・ブレヴィルさんか。確かに彼女の強さはこの世界で上位に入るくらいだろう。その年でそこまで強いとは恐れ入る。今まで僕が見た中で一万人もはいなかった。
「どうしたんだい? 来ないのかい?」
「言われなくても行くぞ!」
ザイカくんは一歩で僕に接近し、僕の顔に殴りかかってくる。それを難なく片手で受け止め、もう片方で殴りかかってきたからもう片方の手で受け止めた。さらに、ザイカくんは雷を身体に纏わせて僕に放電して来る。僕は慌てずに身体に流れてきた電撃を地面に流して放電する。
雷を纏わせたザイカくんは、雷を纏ったことにより、さっきよりも早く僕に拳の連撃を打ってくる。さらに少し距離が開けば無詠唱の炎の魔法を放ってくる。
「『ファイア・ボム!』」
その魔法を周りに被害が出ないように片手で消し去る。僕がその動作をしている間に近づいて僕にまた殴りかかってくる。しかし、どんなに知恵を振り絞っても僕に攻撃を当てることはできていない。モードさんもそうだけど、このクラスには末恐ろしい子たちがたくさんいるね。
「まだまだ!」
その余りある王家の魔力を自身の身体能力向上に振り分けて、次々と戦闘の幅を利かせてくる。このザイカくんも間違いなく天才と言えるだろう。おそらくこれは自分で考えたものだ。型にハマらない戦い方に、どうやって勝てるかを考えて戦い方を変えている。僕、アーダム・エヴァ好みの戦い方だね。
「はははっ! ここまで攻撃が当たらないのは初めてだ!」
「ザイカくんは当たらないのに笑うんだね」
「当たり前だ! こんなにも実力の差を見せつけられたら、笑うしかないだろう! また倒したい目標ができた!」
「それならもっと打ち込んでくると良い。僕に君のすべてを見せてくれ」
「あぁ! もっと俺を見てくれ!」
ザイカくんの攻撃は激しさを増してくる。彼の魔力が活発に体内を循環しているのが分かる。僕に攻撃が当たらないから、攻撃が当たるようにどんどんと魔力を身体能力につぎ込んでいる。魔法が無意味なのは僕に一発撃ったことで理解したのだろう。
「はぁ・・・はぁ・・・ッ、当たらない」
「そうだね、当たらないね」
ザイカくんは息を切らしているも、笑みを浮かべて、まだ僕に勝つことを諦めていない。その意思も大事なことである。勝とうとしなければ勝てない。ザイカくんが今、息切れしながら集中して動いている速度は、かなりのものだ。おそらく普通の人が見ようとしても見えないくらいに。それくらいに彼は成長している。戦闘の中で成長するものが一番恐ろしい。
「はぁ、はぁ・・・ふぅ・・・、少しは攻撃してほしいものだ。避けているだけでは先生の実力は分からないぞ?」
「それもそうだけど、僕が攻撃したらザイカくんの勝ち目がなくなるよ?」
「攻撃しなければ、勝ち目があるという言い方だな。冗談もほどほどにしてほしいものだ」
「ふっ、そうだね。でも、お望みであれば僕から動こう。時間も限られているわけだからね」
手合わせの際に、彼を傷つけない程度の実力を出すには相当に苦労する芸当だ。だから避ける方が楽で良かったのだが、全能の僕に不可能はない。僕は音も風圧も何もかも出さずにザイカくんの後ろへと立った。これは魔法ではなく、単なる体術だ。僕はすべてにおいて優れているから、これくらい当然だ。
「ッ!? どこ――」
「こっちだよ。そして隙だらけだ」
僕が急に消えたことでどこにいるのか周りを確認しようとしたザイカくんの背中に、ただ前に吹き飛ばすだけに威力を高めた魔法と、一瞬だけ地面と足を固定する魔法を同時に発動させて彼を前のめりにさせた。それも急にやられたものだから受け身も取れずに顔が地面にぶつかりそうになっていた。しかし、さすがにそれは良くないと腕をつかんで地面とぶつかるのを回避した。
「大丈夫かい?」
「・・・ははっ、こんなにもあっさりと負けるのも初めてだ」
「そう? それなら良かった。初めてを経験することは人を成長させる要因の一つだからね。ザイカくんは動きも考え方も悪くはなかったけど、結局は経験不足としか言えないね」
「経験を積めば、あんたみたいに強くなるのか?」
「さぁ、どうだろう。それはザイカくん次第だね。それよりもどうだい? 僕を先生として認めれそう?」
「何を言っているんだ。今更だろう、先生?」
ザイカくんは汗だくになりながら、僕にニヤリと口角を上げてそう言って来た。それならやった甲斐があったものだ。
「さて、他に僕と戦いたいものはいるかな? 今なら戦っても良いよ?」
「じゃあ、俺が行きます」
僕の言葉に前に出てきたのは、黒い髪に余裕の雰囲気を漂わせている男の子、テツタ・タマルくんであった。・・・が、何度見てもやはり、あの子はこの世界の人間ではない、異世界の人間か。ただ、見た感じ他の世界の神に送り込まれた転生者ではない。神の力が宿っていない。となれば、迷い込んできたのか? そこら辺は、この世界の害になれば適宜処分していけばいい。今は一生徒として接しよう。
「あぁ、良いよ。タマルくんだね?」
「はい、テツタ・タマルです。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね。タマルくんの好きな時に始めて良いよ」
「じゃあ、遠慮なく行かせてもらいます」
そう言うとタマルくんは手のひらを突き出して、そこに複数の魔法陣を重ね合わせた複合魔法陣を出現させた。見たことがない魔法陣だが解析できないことはないが・・・まさか、本気でそれをここで打つ気なのか。それを平気でできるというのか。
「俺の先生なら、これくらいの魔法を発動させても平気ですよね?」
そう言いながら、複合魔法陣を発動させた。魔法陣からはこの学園を更地にするほどの威力を持つ爆弾の核が現れ、今にも爆発しようとしていた。タマルくんはちゃっかりと魔法障壁を張って身を守っている。
「ッ! 全員伏せろ!」
ルースロさんが気が付いたようで警告するがそれではダメだ。タマルくんの魔法からすべてを守るために、魔法の威力に耐えることができる結界を爆弾の核の周りに作り出す。そして、爆弾が光を発しながら結界内で爆発した。結界は爆発・音・光をすべて抑え込み、変形せずにその場に結界だけが残った。
「おぉ、すごいですね」
「タマルくん、これは少しやりすぎだよ。僕が防がなかったらどうするつもりだったんだい?」
「防いだから良いじゃないですか。それよりも爆発を抑え込まれるとは思いませんでしたよ。爆発を相殺するかと思っていましたけど、あれを抑え込まれるとは、お見事です」
この子は、僕の実力を測った上で爆発を仕掛けたのか、それとも周りがどうなっても良いと思いながら仕掛けたのか。後者なら、歪んだ考えを持った子だ。本当に後者なら、処理しなければならない。世界の害として、“俺”の手で。
「あれ? 先生を怒らせてしまいましたか?」
「何事もなかったから怒ってはいないよ。ただ、看過できないかな。僕に何をするのは良いけど、周りを巻き込むのは良くないよ」
「あぁ、それはすみません。今度からは他に被害を加えずに、先生を殺す気で攻撃しますね」
タマルくんは僕に殺気を送りながら、僕の周りに数多の魔法陣を展開して、そこから放出された小さい球の魔法で僕に攻撃してくる。一点集中でこちらを貫こうとするその一撃はそこら辺のモンスターが粉々になるくらいの威力であった。
「これならどうですか!?」
タマルくんが僕だけを狙ってくれていて良かった。彼に悪意がないことから、とりあえず彼の処分はナシということで良いかな。今は彼との手合わせで彼を見極めることに集中しよう。
「威力と速さには申し分ないほどの大層な魔法だけど、僕に言わせてみればまだまだだよ」
真っすぐ、そして早く、無数に連続で放出される球と僕の間に、一瞬で消えるが威力を完全に消せて球の大きさに合わせた無数の魔法障壁を展開する。そして球が障壁にぶつかった瞬間に、障壁と球のどちらも消失した。次々に球が飛んで来るが、どれも障壁で防いでいく。僕全体を守る障壁と一つ一つを打ち消す障壁とでは、短期の場合一つ一つの方が展開時間と魔力消費量が少なくて済む。慣れていなければ全体を守ればいいけど、慣れれば後者の方で十二分に対応できる。
「すごい! これならどうですか?」
僕の対応に楽しそうにしながら、球の魔法陣の他に僕の周りに手のひらサイズの魔法陣を出現させた。タマルくんがそこに先ほどの攻撃魔法の球を放つと、魔法陣に当たった球は方向を変えて次の魔法陣へと飛んでいき、僕の周りには高速に球が飛び回り始めた。
「楽しそうにするね、タマルくん」
「今まで戦って来た相手はつまらなかったんですよ。分かり切っている手を出してくるばかり。でも、あなたは雰囲気から全然違いますね! 勝てる映像が見えない!」
「それは良かった。存分に楽しんで」
僕は高速に飛び回っている球を避けながら、反射させている魔法陣に干渉する。反射している魔法陣に設定されている反射という部分を威力消滅に書き換え、球を出している魔法陣には干渉して動かなくする。球を出していた魔法陣は球を出さなくなり、飛び回っていた高速の球は威力消滅の魔法陣で威力を消滅させて球自体が消え去った。
「俺の魔法に干渉するなんて、驚かされてばかりだ!」
「魔法陣さえ見ることができれば難しくないよ。不可視の魔法をかけていたようだけど、僕には足りない。次は凝ることだね」
「あなた以外に見ることができる人なんていないと思いますよ」
「なら、僕に勝ち逃げさせる気かい?」
「まさか! この戦い中に見えなくしますよ」
「その心意気は結構。今までしなかったことをすると良いよ」
タマルくんは様々な魔法で僕を攻めてくるが、ことごとくそれらの策を潰していった。タマルくんの攻撃は多彩でよく完成されている魔法だ。だけど、僕のような相手を想定して策を作っていないように思える。彼も天才で、努力もしてきたからこそ、ここまで素晴らしい魔法使いになっているのだろうね。
「ハァ・・・ハァ・・・魔力切れか」
彼は汗だくになり、息を切らしながら立つこともままならなくなっている。彼の言うように魔力切れが原因だ。
「そうだね。君の限界がそこだよ。君はこれまで魔力切れになったことがないんじゃないのかな?」
「ハァ・・・そうです。今までこれほどの策を駆使して戦って来た相手はいなかったので。・・・俺の負けです。完敗しました」
「次は僕に勝てると良いね」
「次は、勝ちます。それまで待っていてくださいよ」
「うん、それまで待っているよ。・・・さて、他に僕と戦いという人はいるかな?」
僕のその言葉に、誰も反応しなかった。ここまで僕の実力を見せれば十分だろう。
「じゃあ、今日から僕が五組の担任の先生だね。よろしくね、五組のみんな」
こうして僕が五組の担任の先生へと無事赴任した。これからこの子たちやベツィーやレナとどんなことが起こるのかと考えると楽しみだ。
手合わせが終わった後、ルースロさんは六組の教室に行き、僕たちは五組の教室に戻った。授業内容は彼らからの要望ですればいいとのことであった。五組と六組は環境が特殊で、それが認められていると言っていた。テストについては、それぞれにあった課題を出し判断するとのことであった。これほど特別待遇しているとは思わなかった。
「先生、俺はどうしたら強くなると思う?」
「先生、どうやってあんなに完璧と言えるほどに魔法を完成させられるのですか?」
授業をしようと思ったが、ザイカくんとタマルくんからの質問攻めにあいそれどころではなかった。あの戦いは僕を認めさせるものであったが、二人を十分すぎるほどに懐かせてしまったらしい。
「そんなに詰め寄らなくても後でしっかりと答えるよ。それよりもこのクラスはいつもはどんな授業をしていたんだい?」
「本当に後で答えてくれよ? いつもどんな授業をしていたか。そうだな・・・。色々していたが、あまりしっかりとした授業はしていなかったぞ。なぁ、テツタ」
「そうだな。このクラスは各々でやることを決めて自習という形を取っています。今も見ての通りほとんどの奴が自分がやりたいことをやっています」
ザイカくんとタマルくんが言うように、確かに他の八人を見ると他のことをしている。一人で教科書を持って勉強している子や、剣を磨いている子、本を見てにやにやしている子など様々であった。何をしていいのか分からずに周りを伺っているベツィーがものすごく目立つ。
「うぅーん、スタニック理事長やルースロ先生の時でもそんな感じだったのかい?」
「まぁ、そんな感じです。ルースロ先生はあそこにいるルクレールの要望で色々な授業をして、ほとんどの生徒は授業を聞きません。理事長は、昔話が多くてたぶん誰も聞いてません」
タマルくんがここの授業状況を教えてくれたが、スタニックくんは何をしているんだ。・・・それよりも、この現状をどう変えるかが問題だね。僕が先生になったからには、何かを学んでくれないと収まりがつかない。この『全能の魔法使い』が先生のクラスが、こんな無法地帯になっていてはいけない。
とは言え、ここは学校。戦い方だけではなく、色々なことを学ぶところ。色々なことを学ぶところであるからこそ、学びたいことは一人一人違う。タマルくんたちのこのクラスの現状が本当なら、五組の生徒は学ぶ権利を放棄させられたところと言ったところか。
だから、僕ができることはこのクラスに見合った授業をすること。当たり前のように聞こえて、おそらくこの学園ではそのレベルに合わせて授業ができないのだろう。この世界のことを一番知り尽くした僕が、それを実現できなはずがない。なれば、彼らが一番興味を持ってくれる授業内容は何だろうか。一番有名な話は『全能の魔法使い』であるが、裏話があったかな。
「・・・よし、これで行こうか。二人とも席について、今から面白い話をしてあげるよ」
「面白い話? それは何だ?」
「今からその話をするんだよ。良いから席について」
不思議そうにしながらもザイカくんは席に戻り、それに続いてタマルくんも席に戻った。僕は教壇に立ってみんなの方に話を聞かせる態勢に入る。今、僕を見ているのはザイカくんにタマルくん、それにベツィーとレナの四人だけだ。
「今から僕が知っていて、君たちも驚くようなとっておきの話をしてあげるよ。聞きたい人だけ聞いてくれたらいいよ」
その言葉で数人がこちらに顔を向けた。これで彼らの興味をこちらに引ければいいんだけどね。
「みんなは当然『全能の魔法使い』を知っているね?」
この言葉でこのクラスにいる全員がこちらに顔を向けた。おぉ、自分が当事者でこんなに有名になっているとは思わなかった。まさか前時代の遺物を処分しようとしたことが、数千年経った今でも昔話として語り継がれているとはね。
「みんなが彼の物語を知っていることを前提として話すね。・・・実はね、僕は『全能の魔法使い』の彼に仕えていた執事の末裔なんだ」
この言葉でみんなの顔色が変わった。こんな嘘を並べないと僕は何も真実を語れない。ルースロさんに口止めもされているわけだからね。
「バカなっ! そんな話は聞いたことがない! デタラメを言うんじゃない!」
僕の言葉に一番反応したのは、さっきまで聖剣を手入れしていた金髪の男の子であった。あの子はトリスタン・リジェルだったか。正真正銘、あの『剣の英雄』と呼ばれたジャック・リジェルの末裔だね。千年以上経っているのに、そこはかとなくジャックの面影がある。どんな遺伝子のいたずらなのだろうか。
「いいや、本当だよ。何なら、剣の英雄の一族にしか伝えられない重要な秘密を言っても良いくらいだよ」
「言えるものなら言ってみろ。嘘なら即座にお前を不敬罪で切り捨てる」
「怖いことを言わないでよ。まぁ、そんなことにはならないから良いけど」
僕は一瞬でリジェルくんの隣に移動する。突然僕が来たことに驚きを隠せないリジェルくんをよそに、耳元で僕は言葉を発する。
「槍の英雄は、裏切り者。信用せず、裏切れば切り捨てろ」
その言葉にリジェルくんは僕のことを信じられないかのような顔をして見てきた。これを知っているのは当たり前だよ、何せ槍の英雄の裏切りを阻止したのは僕で、剣の英雄にその後の槍の一族を見張るように頼んだのも僕だ。彼は僕に言われたように律儀に守ってくれていたようだね。
「僕の一族は『全能の魔法使い』について、代々伝承が書き換えられないように彼の生まれから彼の死まで記憶することを義務付けられている。だから、些細なことまで『全能の魔法使い』のことを知っているんだよ。さっき言った大事なことでもね」
こういう設定であれば、少し詳しくても押し通せるだろう。しかし『全能の魔法使い』の張本人である本人が別人のことのように話す時が来るとは思わなかった。やっぱり人生何が起こるか分からないものだね。
「リジェル。先生が何を言ったかは聞かないが、言ったことは本当だったか?」
ザイカくんがリジェルくんに確認すると、リジェルくんは頷いて肯定した。
「・・・あぁ、本当だった。あのことはリジェル家の当主にしか伝えられないことだ。他にそのことを知っているということは、『全能の魔法使い』が信用に足る人物に話したとしか言いようがない。本物と言っても良いだろう」
こうも簡単に信用してくれて助かった。槍の英雄にも少しは感謝しないといけないけど、そう言えば今の彼はどうなのだろうか。槍の英雄の末裔が今はいないけどこのクラスに所属している。
「リジェルくん。今代はどうなんだい?」
「・・・気を付けろ、としか言いようがない。あれもその気質は感じ取れる」
「そうかい。じゃあ話を始めようか」
「待て。まさかこの話をするんじゃ・・・」
「そんなことはないよ。それなら耳元で阻害魔法をかけて話したりしない。タマルくん、遠慮なく盗聴するのはやめてほしいな」
「ばれてました? それはすみません」
全然反省の色を見せないタマルくんをよそに、教壇に戻り話の続きをする。
「これは『杖の英雄』と『全能の魔法使い』しか知らない話だから、他言無用でお願いするね。・・・『全能の魔法使い』に記されていることで、杖の英雄と全能の魔法使いが敵の策略にハマり、魔法陣によってどこかに飛ばされたっていうところがあるよね?」
「あぁ、あるな。第三章、第四節の部分だが、どこに飛ばされたかとか二人が何をしていたとか記されていない数個しかない謎の一つだな」
ザイカくんが説明してくれたことで、全員の認識に間違いはないようだ。
「『剣の英雄』がそれを書いているから、本人たちに聞けない限り書きようがないところだね。だけど、僕はそこで何があったかを『全能の魔法使い』である彼に聞いているよ」
「それは本当か!? 人類が皆疑問に思っていることが、今解決されるのか!」
またしてもザイカくんが食いついてくる。彼は相当『全能の魔法使い』が好きなようだ。
「本当だよ。罠にかかった二人は、魔神王が統治している中央大陸に飛ばされた。そこでは多くの魔神王の軍勢が待ち伏せていたが、全能の魔法使いはその軍勢をものともせずに片づけた。だけど、その過程で杖の英雄が瀕死の重傷を負ってしまったんだよ。杖の英雄は今にも死にそうになっていたけど、全能の魔法使いの魔法で一命はとりとめた」
「・・・それは、秘密にすることなのか? 別に言っても良いことだと思うが」
ザイカくんのもっともな質問で、一部の生徒が同意見と言わんばかりに頷く。
「まだ話は終わっていないよ。・・・魔法をかけられた杖の英雄は、強すぎる全能の魔法使いの魔力に身体が耐えきれなかった。杖の英雄の身体は瀕死の重傷が治ったかと思いきや、すぐに全身が高熱になり今にも死にそうになった。そこで全能の魔法使いは最終手段を取った。・・・彼は、彼女に体外からだけではなく体内からも治すために房中術を行ったんだ。それで杖の英雄は誰にも話さず、彼女が話さないから全能の魔法使いも話さなかった。それがこの件が謎にされていた真相だよ」
それを聞いた生徒たちの反応は様々なものに分かれた。まず一番多かったのは、おそらく房中術という言葉が分からなかったから未だに分からないという顔をしている人たち。あとは顔を赤くしたり感心した顔をしたりとかだった。
「先生、房中術というのは何だ? 聞いたことがない言葉なんだが」
分からない人を代表してザイカくんが質問してくれた。
「房中術。それは、男と女が交わり身体の均衡を保つ行為のこと。簡単に言えば性行為ということだね。杖の英雄の膣に全能の魔法使いの魔力を注ぎ込んで、杖の英雄の身体を内から丈夫にしたんだよ。それに応じて魔力も元の状態とは比べ物にはならないものになっていたらしいよ」
「・・・そうか、そういうことか。それが本当なら、あまり描写されていなかったが杖の英雄が他の英雄より頭一つ抜き出ていたのも理解できる。それに全能の魔法使いは若さを保ち続けると書いていたな。その性質が魔力によるものなら杖の英雄がそれを受け継いでいてもおかしくない。本で描写されていた杖の英雄の謎がここに起因しているのなら、もう一つ謎が解ける」
このザイカくんは、すごく本を読みこむほどに『全能の魔法使い』が好きらしい。だって他の生徒が微妙に引いているのが分かる。これほどのものはそこまでいないことが彼らの反応で理解できた。
「まぁ、推理は良いが、この先生が本当のことを言っていたらという前提があってこそのものだ」
僕が言ったことに最もな意見を言ってくる、鼠色の髪でこちらを見透かしてくる男の子がいた。貴族生まれのヴァーノン・ピションくんという子であったか。戦闘能力が抜群だが、よく学校をさぼり問題を起こしている子であると資料に書かれていた。
「そうだね。僕が言ったことが真実かどうかは、もう誰にも分からないことだよ」
「いいや、分かる奴なら一人いるさ。なぁ、ルクレール」
「・・・今やっている最中だからちょっと黙ってて」
ピションくんに呼ばれたルクレールさんは、僕をじっと見つめた後に、ため息をついてピションくんのその質問に答えた。
「うそ偽りはなく、それを隠そうとする魔法の痕跡も何もないわ。先生は本当のことを言っていると言って間違いないわよ。これで満足?」
「おぉ、わざわざすまない。ありがてぇ」
ルクレールさんのしたことに大げさに感謝するピションくん。ルクレールさんは、この国で裁判長をしている女性が母親だと書かれていた。そして魔力性質にそのものが嘘をついているかを見抜ける性質を持っていると書かれている。つまり、彼女は生粋の裁判官だね。そんな彼女の言葉は、僕の信用を得る要因になりうるというわけか。
「すまねぇな、先生。先生を疑ってしまったぜ」
「別に構わないよ、こんなこと言われて信用できる人なんてそうはいないからね」
みんながルクレールさんの言葉に納得してくれて良かった。そうは言っても僕は嘘を嘘を言っているから素直に喜べるわけではない。僕は常日頃から僕の正体が分からないように精巧な阻害魔法がかかっている。それは神すらも欺ける魔法だ。神すらも欺けるから、人間が欺けないことはない。
子供たちをだますような形になって心苦しいものはあるけれど、正直なことを言ってはいけないのだから仕方がない。だけど、ただ一人だけ僕のことを信用しているものの、ルクレールさんの言葉を信用していない子はいるね。さっき僕と手合わせしたタマルくんだ。彼は僕を見て何か細工をしていないか探っている。
「僕はこの全能の魔法使いから受けた知識や、この強さを用いて、君たちがなりたいものへと導いていくよ。これからよろしくね、五組のみんな」
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