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完全無欠の二重奏 五話
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「やって来たぞ~! 廃病院~!」
そんなわずかな希望は打ち砕かれ、俺と藤原先輩は街外れにある閉鎖されている廃病院の前に来た。相変わらずのテンションな藤原先輩に、俺はついていけなかった。
俺は特に霊具や霊装を必要としないから制服のまま手ぶらで来ているが、藤原先輩は色々な道具を持ってきていた。だけどどれもこれもがおかしなものだった。
「あの、藤原先輩」
「ん~? いる?」
俺が藤原先輩に話しかけると、藤原先輩はどこに持っていたのか魚肉ソーセージを食べて俺に一つ差し出してきた。
「いや、いいです。それよりも何ですか、その恰好」
「えっ? 任務用の服装」
「いや、デート用みたいに言われても困りますよ」
藤原先輩は制服を着て、腰には霊符が入ったケースを下げているまではいい。だけど大きなバックを背負って、カメラを首から下げ、手には訳の分からない装置を持っている。
「……その手に持っているのは何ですか?」
「霊魂がどこにいるのか知らせてくれる道具だよ。ネットで安かったんだよねぇ」
「どうして本場の陰陽師がネットで訳の分からない道具を買っているんですか」
「ちなみに今のところ百%知らせてくれてないよ」
「ぼったくられてますよね?」
「そんなことはないよ! 百%知らせてくれないということは、とんでもなく優秀でしょ! だって百%だよ⁉」
「知らせてくれる機能が付いていなければ百%でしょうね」
「あっ、そっか」
俺は藤原先輩を冷たい目で見た後に早めに終わらせようと思い、廃病院に入ろうと足を進めようとする。
「今魚肉ソーセージを食べるからちょっと待ってて!」
「……早く食べてください」
そんなものを食べているからだろうが置いて行くぞこのクソ先輩がぁ! と言うのをおさえて俺は大人な対応をする。
「よしそれじゃあ行こう!」
「……そうですね」
見事なまでに藤原先輩のペースに呑まれていることに諦めを覚えながら俺と藤原先輩は廃病院に入っていく。
閉鎖されているとは言え、簡単に廃病院に入ることができ色々とボロボロになっている廃病院は映画の舞台になりそうなくらいの迫力がある。
「霊魂ちゃーん! 出ておいでぇ~!」
藤原先輩の声が廃病院によく響く中で歩いて行くが、昼間の廃病院はあまり雰囲気がない。本当に廃病院という印象しかない。
「大量発生しているって言われている割には、全く見ませんね……、藤原先輩?」
近くでうるさい気配がしなくなっていることに気が付いて周りを見ると、物が散乱しているところで腰を下ろしていた。
「何かありましたか?」
「す、すごい……! こ、こんな恐ろしいものが……!」
何か見つけたのかと思って背後から前を覗き込むと、藤原先輩は廃病院にしては綺麗な状態で残っている注射器を持っていた。
「……うん?」
その注射器を霊力を使って見たりどう工夫して見ても、俺からすればただの注射器にしか見えなかった。もしかしたら藤原先輩には何か別の物が見えているのかもしれない。
「藤原せんぱ――」
「き、きっとこれでここにいる人たちがゾンビにされたのに違いない……! これは人をゾンビにする薬が入っていた注射器だ……! な、なんて恐ろしいものが、こんなところにあるんだ……!」
その言葉を聞いてポケットに折り畳んで入っている任務の紙を取り出してみるが、そういう情報は一切ない。
「グサッ! ぎ、ぎゃぁぁぁ! ぐぐぐぐぐ、ぞ、ゾンビにゾンビになってしまうぅ……!」
その注射器を持って腕に刺すふりをして、苦しそうな声を上げて転げ回っている藤原先輩の姿を見て俺はゴミを見る目で藤原先輩を見る。
「に、逃げて理世くん……! わ、私のことは置いて行って良いからぁッ!」
迫真の演技を見ている状況なら、上手いと言わざるを得ないほどだ。だが、今は任務中でその目的の場所で遊んでいるとしか思えない。いや、遊んでいるんだ、こいつは。
「すぅぅぅぅぅぅ……」
あぁ、ダメだ。すごく殴りたい。それが身動きを取れなくして海に放り投げたい。でも俺はそんなことをしない。でも殴るくらいはする権利はあると思う。
「ハァハァハァハァ……、ぐぅぃ! がぁぁぁっ……」
ゾンビ映画をよく見ているのか、とてつもなくゾンビの真似が上手いけど女性がしてはいけない涎を垂らした顔をしている藤原先輩に、俺はどうすれば良いのか分からない。
「……藤原先輩?」
「あ、あ、ああああああっ!」
ゾンビに成り果てた藤原先輩がフラフラとした足取りで立ち上がって俺に襲い掛かろうとする。それを見た俺は瞬時に左に避けて藤原先輩の後ろに素早く立ってから重そうなカバンをつかんだ。
「ゾンビになったままでも良いですから、早く行きますよ」
「ああああああっ、ああああああぁっ!」
そして藤原先輩はゾンビをやめないまま俺に引っ張られて後ろ向きで歩き始める。もうこれが正解な気がしてならない。それに俺はこの茶番にに付き合うつもりはない。
藤原先輩を置いて行かないのはただの霊魂が大量にいるだけの場所でも、成績が一番悪い人が何かできるか分からなかったからだ。何かあっても藤原先輩が奇行を起こしておいて行ったらこうなってましたと言えば良いが、人としてどうかと思ったからやめた。
廃病院の大きさは大きくもなく小さくもない普通なくらいだったから、それほど回るのに苦労しないと思いながら一階にある診察室や病室を回っていく。
「何も異常はないですね……」
「そうだね。全裸のちゃんねぇの霊を見れると思ったのに」
ゾンビごっこに飽きた藤原先輩は俺と一緒に病院を見て回っている。でも、何もいないのはおかしすぎる。廃病院などに幽霊が一人もいないのは以上だと言わざるを得ない。
「感知しても霊魂の気配も全くありませんから、もしかしたら何かあるのかもしれませんね」
「おぉ~、その道の人っぽ~い!」
「あなたもその道の人ですよ」
気配が全くないから誰かが霊魂をすべて送還した可能性もある。だから俺の胸騒ぎはただの勘にしか過ぎない。でも、時並先輩からこの世界は本の世界よりもあり得ないことが起こると言われているから油断はしない。
「藤原先輩は何ができるんですか?」
色々なところを回りながら、俺はそれとなく藤原先輩に聞いた。今のところ藤原先輩の情報は、言動がヤバくて二年生の中で成績が一番悪いということだけだ。成績が一番悪くてどれくらいなのか分からない。
一年生の中で成績が一番悪くて、俺と同じように一般家庭から来た女の子で霊魂の送還をようやくでき始めたところだ。
「息」
「それができない人がいるんですか? そうじゃなくて、陰陽師として何ができるんですかという話です」
「えっ? それならそうやって言ってよ~。もう、理世くんは抜けているんだから」
「……そう、ですね。俺が抜けてましたね、すみません!」
俺はなるべく笑顔で対応しているが、青筋を立てて目は笑っていないと思う。藤原先輩に殺意が湧いてくるレベルだ。
「うーん、何ができるって言われても……、逆に何ができてほしい?」
「まぁ、今回で言えば霊魂の送還ですかね」
「ふむふむ、他には?」
「えっと、自衛の術があれば俺が戦いやすいですね」
「ほーん、他には?」
「……欲を言えば攻撃手段があったり結界を張れるのなら良いですね」
「ふーん、そっか」
「それでどうなんですか?」
「ふっふっふっふっふっ、聞いて驚いてくれたまえ、後輩くん」
この感じはもしかして二年生の中で成績が一番悪くても、二年生のレベルがとてつもなく高くて藤原先輩が普通くらいでも落ちこぼれだと言われているパターンか?
「私、全部できないから!」
「まぁ、分かってましたけどね」
最悪のパターンを想定していたから何も驚かない。むしろ落ちこぼれだと言われていて何かできることがあったら驚くまである。……それにしても、霊魂の送還もできないのか。
「何かできることでもあるんですか?」
「囮ならできるよ?」
「……それ以外は?」
「塩! お札! お香! 火打石! 除霊グッズならお任せあれ!」
「あぁよく分かりました。ここは俺がしますので藤原先輩は大人しくしていてください」
えっ? 本当に俺は藤原先輩のお守なのか? 何もできないって何だよ。一年生で一番成績が悪い奴でも霊魂の送還はできるんだぞ。それなのに陰陽舎に所属しているのは家があるからか?
そう思いながら俺と藤原先輩が二階に足を踏み入れた瞬間に空気が変わったことに気が付いた。昼間であるにもかかわらず、二階は夜のように暗く、電気が通っていないのに照明がちかちかとついている。
「のみこまれたか」
現実と乖離した場所に連れ込まれてしまった。ここは奴らのテリトリーであり、奴らが獲物を逃さないようにするための結界だ。
「うわぁ、不気味!」
藤原先輩はケラケラと笑いながらそう言ってカメラで写真を撮っている。こういう言動を続けられるのも、この世界にとっては必要なことなのかもしれないと俺は藤原先輩と一緒に先に進む。
「……来たな」
「えっ、何が?」
藤原先輩の問いかけを目で促したその先には、患者衣を着たやせ細っている男性がおぼつかない足取りでこちらに向かってきていた。
「大量の霊魂って聞かされていたけど、まさか妖魔が出るなんてね」
「そっちの方が一階に霊魂が全くいなかったことに辻褄が合います」
霊魂はそれ自体には善も悪もない存在だが、人間の憎悪、嫌悪など負の感情に触れた瞬間に悪の存在に成り果てる。それが妖魔であり、人間にあだなす存在だ。
「ちなみに藤原先輩は妖魔との戦闘経験はありますか?」
「あるよ! 逃げている経験ならいくらでも話してあげる!」
「あぁ、はい分かりました。俺がやりますから下がっていてください」
「なんの! 後輩に任せる先輩がいるわけないじゃん!」
「それじゃあ何ができるんですか?」
「この手にある粗塩がすべてを解決してくれるだろう」
「はいはい。大人しくしていてください」
塩を手にして投げつけようとしている藤原先輩を下がらせて俺が前に出る。
「はらが……はらが、すいたぁ……はらが、はらが、はらがはらがはらがはらがはらがはらが、腹がすいたぁぁぁぁぁっ!」
おぼつかない足取りで来ていた男性は立ち止まり、そう叫んで体のあちこちが膨れていき頭と四肢はある人型であるが、その薄緑色の巨体は人間とは言えない物だ。
さっきの倍以上はあるその巨体で俺に襲い掛かろうとする妖魔に、俺は口を開く。
「炎」
そのたった一言で、妖魔が炎に包まれ妖魔はどんどんと焼き焦がされて行っている。
「ぐ、ぎぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
妖魔は叫びながら転げまわり炎を消そうとしているが、俺はそれを許さずに追撃を行う。
「炎!」
さっきよりも霊力を込めて術式を行使して火だるまになっている妖魔が炎を消すことはできずにいた。
「おぉ、すごいね。威力が凄いけど、それって汎用術式?」
「はい、そうです」
汎用術式は基本的に誰でも使うことができる術式で、一番最初に教えられる攻撃術式がこの炎だ。俺の場合は俺の術式を中心に鍛えてもらっていたから、汎用術式は霊力で無理やりレベルを上げている荒削りの術だ。
「ぐぁぁぁぁぁ!」
「わおぉ」
「まぁそうなるわな」
ただ汎用術式の中でも〝炎〟のような一言だけで済むような術式は、今のようにすぐに突破されてしまうのが関の山だ。
そうならないためには長ったらしい言葉を覚えたり、呪文が書かれた霊符を使ったりするなどして術式を使うことになる。
「やっぱりここは俺の粗塩が火をふくことになるぜ」
「どういうキャラですか。そういうのは良いですから」
また前に出ようとする藤原先輩を後ろに下げて手っ取り早く固有術式を使うことにした。とりあえずこの妖魔がこの空間を作り出したわけではないと分かっているから、その根源を殺さない限りは終わらない。
「そんなに肉が食べたいのなら自分の肉を食べればいい」
俺はそう言って妖魔を対象に術式を使ったところ、妖魔は躊躇せず自身の腕にかじりつき、まるで獲物を得た動物のように一心不乱に食べている。
「何あれ? あれは理世くんの術式?」
「まぁ、そんなところです」
「うわぁ……、何と言うか、言って良いか分からないけど普通に言うね。酷い術式だね」
「普通に言うならその前の言葉いりました?」
「ハッ! 待って、その術式を使えば妖魔を使ってゾンビ映画を……」
「藤原先輩の方が酷いことを言っている自覚はありますか?」
藤原先輩の言葉はともかくとして、妖魔はどんどんと自身の体を食べていく。口に持っていける場所ならそのままかじりつき、口に届かない場所は手でちぎって食べている光景はまさにグロテスクとしか言えない。
そしてしばらくすると妖魔のほとんどの肉がなくなり、動けなくなり、倒れ込んだ妖魔は血や肉などのすべてが塵のように消えていった。
「見事なお手前ですな」
「そうですか。それよりも早く終わらせるために先に進みましょう」
「ほーい」
俺と藤原先輩はその場を後にして歩き始める。さっきの妖魔との戦いが初めての戦いだったから少しだけ緊張したが、大したものではなかった。あれはたぶんEランク相当の妖魔だから、特別威圧感もなかったからか。
「どこに行っているの?」
「下の階です」
「上じゃなくて?」
「下から妖魔の気配がするので、この空間を作り出した妖魔はそこにいると思います」
「えっ、でも下から来たよ?」
「……妖魔が作るテリトリーの入り口が二階にあったからと言っても別にテリトリーが二階から上というわけではありませんよ。テリトリーに入れば一階も未探索エリアです」
「へぇ、そうなんだ」
えっ? この人先輩だよな? 何で俺が教えているんだよ。最悪の事態は、この先輩がヤバい言動で何もできず、何も知らないという状況だ。でもさすがにそれはないだろ。時並先輩の知り合いだろうし時並先輩が何とかしてくれているはずだ。
「藤原先輩?」
俺の隣を歩いていた藤原先輩が急に止まったことで俺は振り返って藤原先輩に声をかけた。だが藤原先輩はそれに答えず、廊下の先の虚空を見ていた。
また何か奇行が始まるのかと思ったが、始める気配はなくずっとボーっとしているから何かおかしいと思った。
「藤原先輩、大丈夫ですか?」
「えっ⁉ な、なに?」
俺が藤原先輩の肩を軽く叩きながら声をかけると驚いたような顔をして返事をしてくれた。
「大丈夫ですか? 少しの間虚空を見ていましたけど」
「そ、そう? 少し疲れているのかもしれないかなぁ~」
「……無理そうだったら、今すぐに先輩だけをここから出しますよ?」
「う、ううん、大丈夫! このくらいへっちゃらだから!」
俺の前でVの字を指で見せてくれた藤原先輩はどうにも調子が悪いらしい。でもそんなに突然なるのかと疑問を抱いた。何かトリガーがあってなっているのかもしれないけど。
「それなら行きますか。なるべく早く終わらせて帰りましょう」
「う、うん、そう、だね……」
もうこれは自分何か隠していますよと言わんばかりの態度をしている。それを俺が聞くのもあれかなと思って何も聞かないまま俺と藤原先輩は進んで行く。
そんなわずかな希望は打ち砕かれ、俺と藤原先輩は街外れにある閉鎖されている廃病院の前に来た。相変わらずのテンションな藤原先輩に、俺はついていけなかった。
俺は特に霊具や霊装を必要としないから制服のまま手ぶらで来ているが、藤原先輩は色々な道具を持ってきていた。だけどどれもこれもがおかしなものだった。
「あの、藤原先輩」
「ん~? いる?」
俺が藤原先輩に話しかけると、藤原先輩はどこに持っていたのか魚肉ソーセージを食べて俺に一つ差し出してきた。
「いや、いいです。それよりも何ですか、その恰好」
「えっ? 任務用の服装」
「いや、デート用みたいに言われても困りますよ」
藤原先輩は制服を着て、腰には霊符が入ったケースを下げているまではいい。だけど大きなバックを背負って、カメラを首から下げ、手には訳の分からない装置を持っている。
「……その手に持っているのは何ですか?」
「霊魂がどこにいるのか知らせてくれる道具だよ。ネットで安かったんだよねぇ」
「どうして本場の陰陽師がネットで訳の分からない道具を買っているんですか」
「ちなみに今のところ百%知らせてくれてないよ」
「ぼったくられてますよね?」
「そんなことはないよ! 百%知らせてくれないということは、とんでもなく優秀でしょ! だって百%だよ⁉」
「知らせてくれる機能が付いていなければ百%でしょうね」
「あっ、そっか」
俺は藤原先輩を冷たい目で見た後に早めに終わらせようと思い、廃病院に入ろうと足を進めようとする。
「今魚肉ソーセージを食べるからちょっと待ってて!」
「……早く食べてください」
そんなものを食べているからだろうが置いて行くぞこのクソ先輩がぁ! と言うのをおさえて俺は大人な対応をする。
「よしそれじゃあ行こう!」
「……そうですね」
見事なまでに藤原先輩のペースに呑まれていることに諦めを覚えながら俺と藤原先輩は廃病院に入っていく。
閉鎖されているとは言え、簡単に廃病院に入ることができ色々とボロボロになっている廃病院は映画の舞台になりそうなくらいの迫力がある。
「霊魂ちゃーん! 出ておいでぇ~!」
藤原先輩の声が廃病院によく響く中で歩いて行くが、昼間の廃病院はあまり雰囲気がない。本当に廃病院という印象しかない。
「大量発生しているって言われている割には、全く見ませんね……、藤原先輩?」
近くでうるさい気配がしなくなっていることに気が付いて周りを見ると、物が散乱しているところで腰を下ろしていた。
「何かありましたか?」
「す、すごい……! こ、こんな恐ろしいものが……!」
何か見つけたのかと思って背後から前を覗き込むと、藤原先輩は廃病院にしては綺麗な状態で残っている注射器を持っていた。
「……うん?」
その注射器を霊力を使って見たりどう工夫して見ても、俺からすればただの注射器にしか見えなかった。もしかしたら藤原先輩には何か別の物が見えているのかもしれない。
「藤原せんぱ――」
「き、きっとこれでここにいる人たちがゾンビにされたのに違いない……! これは人をゾンビにする薬が入っていた注射器だ……! な、なんて恐ろしいものが、こんなところにあるんだ……!」
その言葉を聞いてポケットに折り畳んで入っている任務の紙を取り出してみるが、そういう情報は一切ない。
「グサッ! ぎ、ぎゃぁぁぁ! ぐぐぐぐぐ、ぞ、ゾンビにゾンビになってしまうぅ……!」
その注射器を持って腕に刺すふりをして、苦しそうな声を上げて転げ回っている藤原先輩の姿を見て俺はゴミを見る目で藤原先輩を見る。
「に、逃げて理世くん……! わ、私のことは置いて行って良いからぁッ!」
迫真の演技を見ている状況なら、上手いと言わざるを得ないほどだ。だが、今は任務中でその目的の場所で遊んでいるとしか思えない。いや、遊んでいるんだ、こいつは。
「すぅぅぅぅぅぅ……」
あぁ、ダメだ。すごく殴りたい。それが身動きを取れなくして海に放り投げたい。でも俺はそんなことをしない。でも殴るくらいはする権利はあると思う。
「ハァハァハァハァ……、ぐぅぃ! がぁぁぁっ……」
ゾンビ映画をよく見ているのか、とてつもなくゾンビの真似が上手いけど女性がしてはいけない涎を垂らした顔をしている藤原先輩に、俺はどうすれば良いのか分からない。
「……藤原先輩?」
「あ、あ、ああああああっ!」
ゾンビに成り果てた藤原先輩がフラフラとした足取りで立ち上がって俺に襲い掛かろうとする。それを見た俺は瞬時に左に避けて藤原先輩の後ろに素早く立ってから重そうなカバンをつかんだ。
「ゾンビになったままでも良いですから、早く行きますよ」
「ああああああっ、ああああああぁっ!」
そして藤原先輩はゾンビをやめないまま俺に引っ張られて後ろ向きで歩き始める。もうこれが正解な気がしてならない。それに俺はこの茶番にに付き合うつもりはない。
藤原先輩を置いて行かないのはただの霊魂が大量にいるだけの場所でも、成績が一番悪い人が何かできるか分からなかったからだ。何かあっても藤原先輩が奇行を起こしておいて行ったらこうなってましたと言えば良いが、人としてどうかと思ったからやめた。
廃病院の大きさは大きくもなく小さくもない普通なくらいだったから、それほど回るのに苦労しないと思いながら一階にある診察室や病室を回っていく。
「何も異常はないですね……」
「そうだね。全裸のちゃんねぇの霊を見れると思ったのに」
ゾンビごっこに飽きた藤原先輩は俺と一緒に病院を見て回っている。でも、何もいないのはおかしすぎる。廃病院などに幽霊が一人もいないのは以上だと言わざるを得ない。
「感知しても霊魂の気配も全くありませんから、もしかしたら何かあるのかもしれませんね」
「おぉ~、その道の人っぽ~い!」
「あなたもその道の人ですよ」
気配が全くないから誰かが霊魂をすべて送還した可能性もある。だから俺の胸騒ぎはただの勘にしか過ぎない。でも、時並先輩からこの世界は本の世界よりもあり得ないことが起こると言われているから油断はしない。
「藤原先輩は何ができるんですか?」
色々なところを回りながら、俺はそれとなく藤原先輩に聞いた。今のところ藤原先輩の情報は、言動がヤバくて二年生の中で成績が一番悪いということだけだ。成績が一番悪くてどれくらいなのか分からない。
一年生の中で成績が一番悪くて、俺と同じように一般家庭から来た女の子で霊魂の送還をようやくでき始めたところだ。
「息」
「それができない人がいるんですか? そうじゃなくて、陰陽師として何ができるんですかという話です」
「えっ? それならそうやって言ってよ~。もう、理世くんは抜けているんだから」
「……そう、ですね。俺が抜けてましたね、すみません!」
俺はなるべく笑顔で対応しているが、青筋を立てて目は笑っていないと思う。藤原先輩に殺意が湧いてくるレベルだ。
「うーん、何ができるって言われても……、逆に何ができてほしい?」
「まぁ、今回で言えば霊魂の送還ですかね」
「ふむふむ、他には?」
「えっと、自衛の術があれば俺が戦いやすいですね」
「ほーん、他には?」
「……欲を言えば攻撃手段があったり結界を張れるのなら良いですね」
「ふーん、そっか」
「それでどうなんですか?」
「ふっふっふっふっふっ、聞いて驚いてくれたまえ、後輩くん」
この感じはもしかして二年生の中で成績が一番悪くても、二年生のレベルがとてつもなく高くて藤原先輩が普通くらいでも落ちこぼれだと言われているパターンか?
「私、全部できないから!」
「まぁ、分かってましたけどね」
最悪のパターンを想定していたから何も驚かない。むしろ落ちこぼれだと言われていて何かできることがあったら驚くまである。……それにしても、霊魂の送還もできないのか。
「何かできることでもあるんですか?」
「囮ならできるよ?」
「……それ以外は?」
「塩! お札! お香! 火打石! 除霊グッズならお任せあれ!」
「あぁよく分かりました。ここは俺がしますので藤原先輩は大人しくしていてください」
えっ? 本当に俺は藤原先輩のお守なのか? 何もできないって何だよ。一年生で一番成績が悪い奴でも霊魂の送還はできるんだぞ。それなのに陰陽舎に所属しているのは家があるからか?
そう思いながら俺と藤原先輩が二階に足を踏み入れた瞬間に空気が変わったことに気が付いた。昼間であるにもかかわらず、二階は夜のように暗く、電気が通っていないのに照明がちかちかとついている。
「のみこまれたか」
現実と乖離した場所に連れ込まれてしまった。ここは奴らのテリトリーであり、奴らが獲物を逃さないようにするための結界だ。
「うわぁ、不気味!」
藤原先輩はケラケラと笑いながらそう言ってカメラで写真を撮っている。こういう言動を続けられるのも、この世界にとっては必要なことなのかもしれないと俺は藤原先輩と一緒に先に進む。
「……来たな」
「えっ、何が?」
藤原先輩の問いかけを目で促したその先には、患者衣を着たやせ細っている男性がおぼつかない足取りでこちらに向かってきていた。
「大量の霊魂って聞かされていたけど、まさか妖魔が出るなんてね」
「そっちの方が一階に霊魂が全くいなかったことに辻褄が合います」
霊魂はそれ自体には善も悪もない存在だが、人間の憎悪、嫌悪など負の感情に触れた瞬間に悪の存在に成り果てる。それが妖魔であり、人間にあだなす存在だ。
「ちなみに藤原先輩は妖魔との戦闘経験はありますか?」
「あるよ! 逃げている経験ならいくらでも話してあげる!」
「あぁ、はい分かりました。俺がやりますから下がっていてください」
「なんの! 後輩に任せる先輩がいるわけないじゃん!」
「それじゃあ何ができるんですか?」
「この手にある粗塩がすべてを解決してくれるだろう」
「はいはい。大人しくしていてください」
塩を手にして投げつけようとしている藤原先輩を下がらせて俺が前に出る。
「はらが……はらが、すいたぁ……はらが、はらが、はらがはらがはらがはらがはらがはらが、腹がすいたぁぁぁぁぁっ!」
おぼつかない足取りで来ていた男性は立ち止まり、そう叫んで体のあちこちが膨れていき頭と四肢はある人型であるが、その薄緑色の巨体は人間とは言えない物だ。
さっきの倍以上はあるその巨体で俺に襲い掛かろうとする妖魔に、俺は口を開く。
「炎」
そのたった一言で、妖魔が炎に包まれ妖魔はどんどんと焼き焦がされて行っている。
「ぐ、ぎぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
妖魔は叫びながら転げまわり炎を消そうとしているが、俺はそれを許さずに追撃を行う。
「炎!」
さっきよりも霊力を込めて術式を行使して火だるまになっている妖魔が炎を消すことはできずにいた。
「おぉ、すごいね。威力が凄いけど、それって汎用術式?」
「はい、そうです」
汎用術式は基本的に誰でも使うことができる術式で、一番最初に教えられる攻撃術式がこの炎だ。俺の場合は俺の術式を中心に鍛えてもらっていたから、汎用術式は霊力で無理やりレベルを上げている荒削りの術だ。
「ぐぁぁぁぁぁ!」
「わおぉ」
「まぁそうなるわな」
ただ汎用術式の中でも〝炎〟のような一言だけで済むような術式は、今のようにすぐに突破されてしまうのが関の山だ。
そうならないためには長ったらしい言葉を覚えたり、呪文が書かれた霊符を使ったりするなどして術式を使うことになる。
「やっぱりここは俺の粗塩が火をふくことになるぜ」
「どういうキャラですか。そういうのは良いですから」
また前に出ようとする藤原先輩を後ろに下げて手っ取り早く固有術式を使うことにした。とりあえずこの妖魔がこの空間を作り出したわけではないと分かっているから、その根源を殺さない限りは終わらない。
「そんなに肉が食べたいのなら自分の肉を食べればいい」
俺はそう言って妖魔を対象に術式を使ったところ、妖魔は躊躇せず自身の腕にかじりつき、まるで獲物を得た動物のように一心不乱に食べている。
「何あれ? あれは理世くんの術式?」
「まぁ、そんなところです」
「うわぁ……、何と言うか、言って良いか分からないけど普通に言うね。酷い術式だね」
「普通に言うならその前の言葉いりました?」
「ハッ! 待って、その術式を使えば妖魔を使ってゾンビ映画を……」
「藤原先輩の方が酷いことを言っている自覚はありますか?」
藤原先輩の言葉はともかくとして、妖魔はどんどんと自身の体を食べていく。口に持っていける場所ならそのままかじりつき、口に届かない場所は手でちぎって食べている光景はまさにグロテスクとしか言えない。
そしてしばらくすると妖魔のほとんどの肉がなくなり、動けなくなり、倒れ込んだ妖魔は血や肉などのすべてが塵のように消えていった。
「見事なお手前ですな」
「そうですか。それよりも早く終わらせるために先に進みましょう」
「ほーい」
俺と藤原先輩はその場を後にして歩き始める。さっきの妖魔との戦いが初めての戦いだったから少しだけ緊張したが、大したものではなかった。あれはたぶんEランク相当の妖魔だから、特別威圧感もなかったからか。
「どこに行っているの?」
「下の階です」
「上じゃなくて?」
「下から妖魔の気配がするので、この空間を作り出した妖魔はそこにいると思います」
「えっ、でも下から来たよ?」
「……妖魔が作るテリトリーの入り口が二階にあったからと言っても別にテリトリーが二階から上というわけではありませんよ。テリトリーに入れば一階も未探索エリアです」
「へぇ、そうなんだ」
えっ? この人先輩だよな? 何で俺が教えているんだよ。最悪の事態は、この先輩がヤバい言動で何もできず、何も知らないという状況だ。でもさすがにそれはないだろ。時並先輩の知り合いだろうし時並先輩が何とかしてくれているはずだ。
「藤原先輩?」
俺の隣を歩いていた藤原先輩が急に止まったことで俺は振り返って藤原先輩に声をかけた。だが藤原先輩はそれに答えず、廊下の先の虚空を見ていた。
また何か奇行が始まるのかと思ったが、始める気配はなくずっとボーっとしているから何かおかしいと思った。
「藤原先輩、大丈夫ですか?」
「えっ⁉ な、なに?」
俺が藤原先輩の肩を軽く叩きながら声をかけると驚いたような顔をして返事をしてくれた。
「大丈夫ですか? 少しの間虚空を見ていましたけど」
「そ、そう? 少し疲れているのかもしれないかなぁ~」
「……無理そうだったら、今すぐに先輩だけをここから出しますよ?」
「う、ううん、大丈夫! このくらいへっちゃらだから!」
俺の前でVの字を指で見せてくれた藤原先輩はどうにも調子が悪いらしい。でもそんなに突然なるのかと疑問を抱いた。何かトリガーがあってなっているのかもしれないけど。
「それなら行きますか。なるべく早く終わらせて帰りましょう」
「う、うん、そう、だね……」
もうこれは自分何か隠していますよと言わんばかりの態度をしている。それを俺が聞くのもあれかなと思って何も聞かないまま俺と藤原先輩は進んで行く。
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