全能で楽しく公爵家!!

山椒

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全能の爆誕

030:摸擬戦。後編

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 第四試合が終わったことで、第五試合のルーシー姉さんとクレアさんが向かい、不貞腐れたシルヴィー姉さんと不満そうなノエルさんが戻ってきた。

「ねぇ~、あの試合はどう考えても私が勝ってたよね? アーサーくん」
「ノエルの炎が私に通じるわけがない。だから私が勝っていた」
「いやいや、あんな鎧で私の炎が勝てるわけがないでしょ?」
「あんな大きくしただけの炎で私の鎧に勝てない」

 こうやって言い争いを延々と続けるのは、まぁ百歩譲っていいとしよう。だけど俺を間に置いて言い争うのはやめてほしい。

「私でしょ? アーサーくん」
「アーサーに聞くまでもなくアーサーは分かっている」
「えっと……」

 ガチで答えるのなら、あのままだとシルヴィー姉さんが負けていただろうな。あの火力を耐えたいのならまだ鎧と魔法の練度が足りない。

「私」
「私だよね?」

 それを真面目に答えることはしないが、それでもこの状況をどうにかしてほしい。どうしてそんなことで俺に詰め寄ってくるんだよ。

 シルヴィー姉さんに至っては、俺に近づいても一切気にしていないのは負けを認めたくはないのだろう。

 答えないと二人は俺を逃してくれなさそうだから、早めに答えてルーシー姉さんとクレアさんの試合を観戦したい。

「えっと、シルヴィー姉さんじゃないかなぁ……?」
「……分かっている人は分かっている。残念、ノエル」
「身内ひいきをしているんじゃないぞ~!」

 実姉と、かき乱してくる婚約者の姉、どちらの味方をするかと聞かれればそれは実姉に決まっているからこう言うしかない。

「そういう身内ひいきにはこうだ!」
「うわっ」

 ノエルさんにつかまってヘッドロックをかけられる。

 ただ本当にじゃれている程度なのだが、十一歳とは思えないノエルさんのお胸があるからむしろご褒美なのでは。

「ノエル。アーサーは身内ひいきではない」
「いったーい!」

 シルヴィー姉さんはノエルさんの頭部にチョップを叩きこみ、俺を解放するノエルさん。

「アーサーにちょっかいをかけるなら私にすればいい」
「えー? そう言いながらアーサーくんにちょっかいをかけられたくないんじゃないの~?」
「……そんなことはない」

 ゴチャゴチャとまだ言っているシルヴィー姉さんとノエルさんをよそに、ルーシー姉さんとクレアさんの試合が始まった。

 ルーシー姉さんがクレアさんとの距離を詰め、鋭い一撃をクレアさんに放った。

 クレアさんは木剣でルーシー姉さんの木剣を受けたが耐え切れずに木剣が手から離れて尻もちをついたことで勝負はついた。

 今までで一番早い試合だったんじゃないのか? ルーシー姉さんが少しとげとげした感じでクレアさんに攻撃していたから、一撃で決めるつもりだったんだろう。

「アーサーがあんたに何を言ってあんたを納得させたのかは知らないけど、その程度でアーサーの婚約者になるのなら、私が許さないわ」
「ッ……!」

 ルーシー姉さんがクレアさんだけに聞こえる声でそう言ったのを俺はご自慢の全能で聞こえていた。

 全く、そうやって婚約者に文句を言うとかやり過ぎだろ。俺のことを思ってくれているのは分かるけど、過保護にも程がある。

「次、アーサーとシルヴィーの戦いだよ」

 すごく悔しそうに、悲しそうな顔をしているクレアさんにどう声をかけようかと思ったが、第六試合は俺とシルヴィー姉さんだから声をかけるのは後回しになった。

「……私は、本気で行く」

 今までは俺に直接話しかけずに俺に言葉を投げかけていたが、今度はしっかりと、でも俺の方を見ずにそう言ってきたシルヴィー姉さん。

 それだけこの摸擬戦でやる気があるということか。

「僕も本気で行けばいいの?」
「……そう」

 俺が本気で行けばそれはかなり瞬殺できるけど、俺が今現時点の強さでもシルヴィー姉さんに圧勝することは可能だ。

 まあ最初からそのつもりだったからシルヴィー姉さんに言われるまでもない。

「うん、分かった」
「……ありがとう」

 俺の言葉にシルヴィー姉さんは本当に気持ちがこもったありがとうを言ってきた。

「……準備はいいようだね。それでは第六試合、始めッ!」

 お父上様の言葉にシルヴィー姉さんは纏鎧で白銀の鎧を即座に纏った。

 さて、一撃で終わらせてもいいのだが、それだとあまりシルヴィー姉さんのためにもならないだろう。

 これは摸擬戦で、成長を促すための戦いなのだからシルヴィー姉さんにも得るものがないといけない。

 俺はシルヴィー姉さんがこちらに向かってくる前に距離を詰め、胴体に摸擬剣を叩きこもうとする。

「くっ……!」

 それに何とか対応したシルヴィー姉さんは白銀の盾を作り出して受け流していた。

 だけど体勢を崩したシルヴィー姉さんにさらに打ち込む。

「まだ……!」

 それでもシルヴィー姉さんは必死に食らいつきに来るが、白銀の鎧や盾は俺の摸擬剣によって砕かれたりヒビが入ったりしており、それを早め早めに修復している。

 見た感じ、創剣と纏鎧は纏鎧の方が消費魔力が多いのか。まあルーシー姉さんの創剣は手数を多くするためのものだから、シルヴィー姉さんの守っている状況とは考え方が違うか。

「ハァ……ハァ……」

 だから俺の剣を捌く集中力と鎧の修復を同時にしていると早めにばてる。

 実際、俺がこうして見せている実力はパスカルの半分くらいだからそうそうこの実力の奴が現れることはないだろう。

「もう終わり?」
「まだ……!」

 おっ、こうして戦っているからか、シルヴィー姉さんがすぐに答えてくれた。

「でももう止められると思うから、僕の最高の一撃を打つね」
「……望む、ところ……!」

 あまり長くやっていると俺の欠陥全能の方が心配だし、何よりシルヴィー姉さんが無理をしそうだからここら辺で終わらせる。

 シルヴィー姉さんが準備万端の状態になるのを待って、俺はシルヴィー姉さんと距離を詰めて白銀の鎧を一振りですべて砕けさせた。

「……負け……」
「おっと」

 俺の一撃は鎧にしかやっていないが、これまでの集中力の蓄積かシルヴィー姉さんが倒れた。

「勝者、アーサー」

 気を失っているシルヴィー姉さんをどこで休ませていいものかと思ったら、こちらにベラが来た。

「シルヴィーさまはこちらでお預かりします」
「うん、お願い」

 シルヴィー姉さんをベラに任せて、ルーシー姉さんとノエルさんと入れ替わりでクレアさんの近くに戻ってきた。

 クレアさんの隣に立つが、クレアさんから何か話しかけることはなかった。横目で見てもルーシー姉さんとノエルさんの方を向いているだけだった。

「クレアさん?」
「はい?」
「疲れているんですか?」
「二試合もしているので、疲れてはいます」
「もしかして、ルーシーお姉ちゃんに何か言われましたか?」

 ルーシー姉さんが何を言っていたのかを知っているが、クレアさんにそう聞くと分かりやすく少しだけ動揺してくれた。

「やっぱり、何か言われたんですね」
「いえ、アーサーさまが気になされることではありません」

 そう会話している間にルーシー姉さんとノエルさんの試合が始まったが、俺はクレアさんと会話を進める。

「ルーシーお姉ちゃんのことですから……弱かったら僕の婚約者として相応しくないと言われたのですか?」
「……アーサーさまはお姉さまのことをよく分かっていらっしゃいますね」

 分かっているというよりも聞いていたんだけどね。

「合っているようですね」
「合っています。でも私が弱いから、私が不甲斐ない戦いをしたから、ルーシーさまに注意を受けただけです」
「それで、僕の婚約者として相応しくないとか、また言うんですか?」
「いえ、そのようなことは言いません。ですが、私が不甲斐ないのは事実です。アーサーさまの婚約者として相応しくあるように鍛錬するのみです」

 えぇー、俺に相応しい奴とかこの世界で誰もいないぞ? それにそんなことをしたらクレアさんが倒れてしまいそうな未来しか見えない。

 クレアさんは戦闘に関してはどこまで行っても秀才の域から出ることはない。どれだけ工夫を凝らしても、どれだけ魔法を組み合わせたとしても、努力している天才に勝てる未来はない。

「クレアさんって、バカですよね」
「……はい?」

 突然俺の悪口に目を点にしたクレアさん。

「聞こえませんでした? クレアさんって――」
「き、聞こえていました。ですが、どうして突然そう言われたのかが理解できなかっただけで……」
「あぁ、ごめんなさい。バカではなく、バカ正直と言うべきでした」
「バカ、正直……?」
「そうです。戦闘面で僕と相応しくあるようにするのは、絶対にムリです。それをバカ正直に鍛錬することは時間の無駄でしかありません。戦闘面を鍛錬するのが無駄ということではなく、それを突き詰めていくことが無駄ということです」
「……では、どうしろと?」
「戦闘面で鍛錬するのではなく、クレアさんしかできない、誰にも真似できない才能を伸ばせばいいと思いますよ?」

 俺がそう言うとクレアさんは黙り込んで、何かを考えている様子だった。

「……私しか、できないこと」
「僕はそれを応援しますよ。戦うことがすべてな世界は、僕が終わらせますから」
「……はい」
「何より、僕の婚約者を悪く言うのは本人でも許しませんよ」
「は、はい……」

 ふぅ、何とか納得してもらうことができたかぁ。というか俺は最初からクレアさんに戦闘面を求めていない。それは誰が婚約者であろうと、俺がいれば事足りるからだ。

 そうこう話している内にルーシー姉さんとノエルさんの試合は終わり、ノエルさんが剣をすべて燃やし尽くし、炎を自在に操ったことでルーシー姉さんに勝った。

「アーサーさま、行ってまいります」
「はい、頑張ってください」

 第八試合は続けてノエルさんと、クレアさんでクレアさんはルーシー姉さんと入れ違いでノエルさんの元へと向かった。

 戻ってきたルーシー姉さんはわざわざ俺の横に立って、ジャンヌからタオルを受け取ってかなり流れている汗を拭いている。

「ねぇ」
「なに?」
「さっきクレアちゃんと何を話していたの?」
「見てたの?」
「少し視界に入っただけよ」
「世間話をしていただけだよ」
「ふーん……」

 どこか納得のいかないご様子のルーシーお姉ちゃん。ルーシー姉さんはクレアさんのことを気に入らないのか? 姑的な?

「クレアちゃんをあんまり甘やかすのは良くないと思うわよ」
「別に……僕は甘やかす立場じゃないよ……」
「どうだか。この世界で弱くていいことなんて一つもないわ」
「まあ、そうだね」

 この世界は人間以外の種族はいるし亜人、獣人、魔族はいるけど世界征服を望んでいるという定義の魔王がいるわけではくて、その代わりに前世と同じで国同士の戦争は起こる。

 今は停戦状態とは言え、和平を結ばれている状態ではない。だから強くなければ生き残れないという認識が強い。そこに男や女という壁はない。

「だから少しは厳しくしないと」
「……いいや、違うよ、ルーシーお姉ちゃん」
「何が違うのよ」
「それは戦争があるからそうなっているんだよ。僕は、この世から戦争をなくしたいんだ」
「……本気?」
「本気も本気だよ。だって、戦争があったら楽しく暮らすことなんかできないでしょ?」

 俺の目標の一番の障害はこの世界の状況だ。

 国と国同士が争い、命が落ちて行く。そんな前時代的な行い、この俺が全能を使って止めてやる。

 そうじゃなきゃダラダラしてネット環境を使うことなんかできやしない。

 そうだよ、俺のこの全能が何のためにあるのか、俺と周りの人が楽しく、幸せに暮らせるようにあるんだ。

 でもそれを俺が前に出てやるのは嫌だから誰かを育てるか……?

「それなら世界征服でもするつもり?」
「世界征服か、それもいいかもね」
「そう……それならアーサーは魔王ね」
「魔王か……それもありだね」

 魔神から力を与えられたんだから、魔王という認識は間違ってはいないな。

「私はアーサーの目標を達成できるまで、アーサーを守れるように強くなるわ。私はアーサーの第一眷属ね」

 勘弁してくれ、本当に俺が魔王になってしまう。

 ただまあ、スローライフを送るにはこの世界の問題をちゃちゃっと解決して戦争を終わらせた方が早い気がするなぁ……一瞬だけブリテン王国以外の国をぶっ飛ばせばいいよなって思ってしまった自分が恐ろしい……。

 ノエルさんとクレアさんの試合は終わり、純粋なノエルさんの剣技によってノエルさんが勝利を収めた。

 シルヴィー姉さんとルーシー姉さんの第九試合はシルヴィー姉さんがまだ回復していないことからルーシー姉さんの不戦勝となり、最後の第十試合、俺とクレアさんの試合のみとなった。

 クレアさんが連戦になるため、少し休憩した後に俺とクレアさんの試合になった。

「アーサーさま、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」

 俺と話していた時とは違い、クレアさんの顔つきが少し違っているように見えた。

 クレアさんがノエルさんと戦っている間に、ノエルさんと何か話したのかもしれないが、ルーシー姉さんと話していたから見てなかった。

「第十試合、始めッ!」
「はぁっ!」

 クレアさんは積極的に攻めてきて、俺は受けに回る。

 いやぁ、若い人は少し見ない間にすぐに変わるねぇ。俺は精神年齢が二十八だからあまり精神が成長したという気持ちが出ない。

「アーサーさまッ!」
「はい?」
「私は! アーサーさまに相応しく! 自身に合った道に! 進みます!」
「うん……それはとてもいいと思います」
「だから! 私のことを! お嫁さんにしてください!」

 激しく俺に攻撃しているからか、周りに人がいる状態で告白しているからか分からないが、クレアさんは顔を赤くしていた。

「こちらこそ! 僕のお嫁さんになってください!」

 ここでクレアさんだけに言わせるのは男としてどうかと思ったから、俺も思いっきり叫んだ。

「うっ……は、恥ずかしいぃ……」

 だが周りに人がいる状態で言ったのが効いたのか、突然木剣を放して両手で顔を覆ったクレアさん。

「ゴホン、勝者アーサー」

 その状態でできないと判断したお父上様は、少し気まずそうに俺の勝利を宣言してくれた。

 その横ではエリオットさんは笑っており、お母上様とゾーイさんはニコニコしてこちらを見ている。

 何とも言えない空気の中、すべての摸擬戦は終了した。

 アーサー・ランスロットが四勝したことで俺の優勝となった。
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