ヤンヤンデレデレデレ

山椒

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01:佐倉春香の場合。

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「ふっ!」

 刀を手に持ち、様々な武器を構えているリザードマンたちの元へと走り一瞬ですべてのリザードマンを切り伏せた。

 そしてリザードマンたちの肉体と武器は霧のように消え、代わりに魔石が落ちていた。

「おっ、レベルアップした」

 視界の端で『レベルアップしました』という表示が出てきたのを見ながら落ちている魔石を拾い集める。

 レベルが三桁を超えてからレベルの上がりが悪くなるが、下に行けば行くほど経験値は高くなるからそれほどレベルの上がりは気にならない。

「今日はこれくらいにするか」

 今のダンジョン階層は五十八階層だから、ここから帰るためには今の時間では睡眠時間は四時間ほどしかなくなるな。

 まだ下に向かいたい気持ちがあるのだが、じっくりとこのダンジョンを攻略したいという気持ちがあるから今日はここまでにする。

 それにしても……一年とちょっとで五十八階層。あれ? 在学中に百階層までたどり着けるんじゃないのか俺?

 この世界には全部で九つのダンジョンがあるから……大体三年で一つのダンジョンだとしても、二十七年でダンジョン制覇することになる。

 ……まあ、百階層までに色々な困難が待ち構えているとは思うからそう上手くいかないだろう! 例えレベルが上がり続けていても。

 いやぁ、このゲームの世界に転生してきてどうなるかと思ったけど、案外楽しめているな俺。

 ☆

 ダンジョンから帰還した次の日の朝、いつものように通っている学校に登校していた。

 高校に近づくにつれ、同じ学校の生徒が道に増えてくるが、その中で俺が混じっていたとしても俺を見つけれないくらいにモブをしているのがとても気持ちよかった。

 そしてとても分かりやすいのは、こういう集団で浮いている人々がこの世界のネームドキャラなのだ。

 教室に入り自身の席に座ると、すでに三人組のネームドキャラが集まって喋っていた。

 一人は運動神経がよさそうなイケメンで服を着崩しているモテそうな、というかモテている男子生徒。

 一人は眼鏡をかけて知的な雰囲気を感じさせるが顔面偏差値はモブよりも少し高い男子生徒。

 一人はあまり特徴はないがどこか人を引き寄せる感じがするややイケメンな男子生徒。

 俺はこの最後の一人を見た瞬間、「あぁ、こいつがこの世界の男主人公だ」と確信してしまった。

 この世界は『恋とダンジョン』という恋愛ゲームの世界で、俺は前世の記憶を持ちながらこのゲームの世界に転生してしまったのだ。

 それを知った瞬間、俺は絶望してしまった。

 どうせなら主人公が決まっているゲームの世界じゃなくて異世界が良かったなとか、そういうことだ。この世界が鬼畜とか、そういうわけではない。

 何ならゲームをする上で題名にダンジョンと言っているのに恋愛をするのならダンジョンに入っている暇はないのだ。ダンジョンを攻略していたら恋愛している暇はないという現象に陥る。

 まあ前世ではこのゲームをプレイして、恋愛要素など全くせずにダンジョンに潜っているだけだった。

 俺はこのゲームに転生するのはかなり嫌だったが、幸いにもこの世界のダンジョンはかなり作り込まれていたからダンジョンは好きだ。

 だから、今の攻略している知っているダンジョンを攻略したら残りの八つのダンジョンを攻略して、死ぬくらいしか今のところこの世界で目標はない。

 前世では童貞で、この世界でもまだ童貞だからお嫁さんや子供がほしいとか、そういう願望はすっぱりと死んだときに諦めがついたからモブとして目立たないように動いているわけだ。

 一応恋愛主体のゲームであっても、戦闘要素はあってモブじゃなければ巻き込まれると思うからモブを貫いている。

 俺の目標はダンジョンの攻略であって、色恋沙汰ではない。

「ん?」

 バイブレーションモードにしている俺のスマホが振動して、俺はスマホをポケットから取り出した。

「……ゲッ」

 メールの相手は『佐倉春香』であり、メールの内容は『おはようレンくん! 今日の昼休みに屋上に来てね!』というものだった。

 この佐倉春香はこの世界においてネームドキャラであり、ばか騒ぎしている男主人公の攻略相手の一人だ。

 正直メールをするだけでも嫌なのに、昼休みに一緒に過ごすとかモブではない。まあそれを佐倉が分かっていて、屋上というベタなところに誘ってくれるが、俺は関わりたくないのだ。

 攻略相手だから可愛いし、人気もあるのだからモブである俺が関わることなどない。それなのに関わるとか絶対に嫌だ。

 だからメールをとっとと削除していつものように前を見てボーッとする。

 昨日ダンジョンに入ったが、また今日も入ろうかと思っているとまたスマホが振動した。

 正直見たくない。でも見ないと来るかもしれない。でもそもそも返事をしなかったからまたメールが来たのだから無視してもいいのではないか。

 そういう思考が巡りながらも、メールを開いた。

『そっちに、行くね』
『今見たから来なくていいよ』

 ふぅ、あぶねぇ~。もう少しで来るところだった。

 俺がこんなにも早くメールを返せれるようになったのは彼女たちのおかげだ。

 安堵しているとすぐに佐倉からメールが返ってきた。

『ウソ。見てたよ?』

 そのメールを見ると同時に、すぐさま俺に突き刺さる視線を感じてそちらに視線を向けた。

 教室の扉から少しだけ顔を出している茶髪を肩まで伸ばしたメインヒロインを張れるほど活発さを本来持っているはずなのに、何を考えているのか分からない目をした女子高生がこちらを見ていた。

 人類で一番ダンジョンを攻略しているはずの俺が、こんな小娘ごときに恐怖を感じていると言うのか!?

 視線を前に戻し、スマホに視線を落とした瞬間にまたメールが届いた。もちろん佐倉からだ。

『見てるよ?』
『そうみたいだな。昼休みに屋上か。分かった。昼休みになったらすぐに向かう』

 いつから見ているのか分からないし、どうして気が付かなかったのか分からないが、俺にはこう返事をするしかなかった。

『それなら良かった! 直接お願いしようと思っていたから!』
『俺が佐倉のお願いを断るわけがないだろ』

 ふぅぅぅぅぅぅぅぅ……奴らの手札には俺の最大の弱点である『モブ終了』があるから、従わざるを得ない……!

 ☆

 昼休みになり、すぐさま屋上に向かった。

 すぐに出たから人はあまりおらず屋上の前にスムーズにたどり着き、佐倉よりも早く来たと思いながら屋上の扉を開けた。

「レンくん! もう来てくれたんだ!」
「あ、あぁ、それはもう楽しみだったからな……」

 すでにベンチに座って待機している満面の笑みの佐倉を見て、授業をサボったんじゃないのかと思った。

「ささ、こちらへどうぞ!」
「これはどうも」

 佐倉の横に案内され、無駄だろうが少し離れた位置に座った。そして佐倉が俺と距離をゼロに詰めてきた。

「近くないですか?」
「そうかな? こんなものだよ?」
「いや近い」
「そんなことないよ~。友達ならこれくらい普通だよ?」
「それ同性の場合だろ。異性でこんなに近いのはおかしい」
「距離が近くてレンくんに困ることがあるの?」

 不思議そうに聞いてくる佐倉に心の中ではないと叫びつつ、でもモブである俺がこんなことをされるのは間違っている。

「困る。俺はモブだからメインヒロインの素質を持った佐倉にそんなことをされたらモブじゃなくなる」
「えへへ、ありがと! でもモブじゃなくなるのがそんなに悪いことなの? 他人を気にし過ぎだよ」
「そういうことじゃない。モブなら他の人が気にかけないだろ? それがいいんだよ」

 モブ、というかネームドキャラと関わらない状況がモブであるから、という説明を佐倉にできるはずがないから適当にはぐらかす。

「ふーん……まあ今はいいよ」
「永遠に勘弁してください」
「それはどうかなぁ」
「……本当に怖いからやめてくれ」

 奴らならやりそうで怖いのだが。何をやりそうなのか分からないのが怖いところだ。

「はい、お弁当!」
「本当にありがとうございます……!」

 会話がひと段落したところで佐倉からお弁当を受け取った。

 一人暮らしで料理があまり得意ではない俺にとっては、非常にありがたいお弁当だ。食堂で食べればいいのだが、魔石を授業以外で換金していない俺にそんなお金はない。

「いつも美味しそうなお弁当だな」
「えへへっ、レンくんのために頑張ったんだ!」

 弁当の蓋を開けると彩りがいいお弁当だった。

 メインヒロインの素質がある、というかメインヒロインである佐倉春香は勉強もできて運動もできて人格も良くて料理もできると言った女性として非の打ち所がない明るい彼女。

「いただきます」
「はい、召し上がれ」

 佐倉にガン見されながら佐倉のお弁当を食べる。

「美味しい」
「それなら良かった!」
「いつも美味しいって言って、しつこくないか?」
「しつこくないよ! 何度で言われても嬉しいから」
「それなら毎回言う」

 胃袋をつかまれている俺だが、佐倉とはどうにか離れたいと思っている。

 どうしたらいいのか、全く思いつかないのが最近の悩みだ。

 最悪、モブでなくなったとしても佐倉たちに冷たく接して無視を決め込めばいいと思ったが、それだと何か嫌な予感がするんだよな……。

 チラッと横を見ると俺の食べている姿をニコニコしながら見ている佐倉に少しだけゾクッとした。ニコニコしているだけなのに。

「佐倉は食べないのか?」
「食べるよ。でも今はレンくんが食べている姿を見ていたいから」
「そんなに見られると恥ずかしいんだが」
「大丈夫! レンくんに恥ずかしいところなんてないよ!」
「そういうことじゃねぇよ」

 それにしても疑問だが、どうして佐倉たちは俺に接するようになったのだろうか。

 全く分からないのにヒロインたちが俺のところに集まり始めた。心当たりは少しだけあるけど、あれで俺だと気が付かれないはずだからノーカウントだ。

「あれ? レンくん、首元にあざがあるよ?」
「そうなのか? 全く気が付かなかった」

 ダンジョンでどこかにぶつけてしまったのだろうか。気が付かないうちになるのはよくあることだ。

「……鬱陶しい虫が」
「ッ!?」

 近くにいるから佐倉がボソッと言ったいつもの佐倉では想像がつかない言葉が俺の耳に届いた。

 その言葉が俺の背筋を凍らせた。

「どうしたの? レンくん」
「あ、いや、え、いや、何でもないぞ」

 すぐに元の佐倉に戻ったことも、俺の恐怖をあおる一因になった。
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