異世界には娯楽がない!

山椒

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06:アホの姉。

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 俺がジャンケンとコイントスをこの村で教えたことで、この村で殴り合いは極端に減った。

 鍛錬などで殴り合うことはあれど、何かを決めることで殴り合いに発展することはなくなった。

 いつそれに巻き込まれるのかと思ってひやひやしていたあの時の俺はもういない。

 でもこれは一過性のものだと思っているから、どんどんと娯楽を増やして殴り合いに発展するということを減らしたい。

 だって、この村の人たちはゴリラなんだから軽い殴り合いだけでも家が吹き飛ぶことがあるんだもん。

 次は何をするか、それはトランプだと決めている。

 トランプほど多種多様なゲームを行える道具はないからな。

 でも俺は紙が作れないし、完全に均一なカード一枚一枚を作ることはできないから、職人を探すところから始まる。

「ロイ! 遊ぼ!」

 指で金貨を弾き、それをキャッチする遊びをしながら家の中でボーっとしていると、アンがいつものように扉を乱暴に開け放ってそう言ってきた。

「おいアン。いつになったらここが人の家だと分かるんだ?」
「それは分かってるよ?」
「なら遠慮して入ってこい。ここはてめぇの家じゃないんだから、それをやられたら驚くだろ」
「家でも怒られる!」
「それならやめたらどうだ?」
「なんで?」
「……もういい」

 アホの子には諦めが肝心だな。

「遊ぶならトムはどうした?」
「分かんない」

 ふむ? トムならずっとアンに付いて行くと思っていたが、どうしたんだろうか。

 こいつがここに来るだろうが。全く、そういうところを自覚してもらわないと困るんだよな。

「適当に走り回っていればいいだろ」
「えぇー! それじゃあものたりないよ! 何か違う遊びを教えてー!」

 ほら出たよ。もう次の物を教えてと言い出す始末だ。

 前まで走るのは面白いとか言っていた奴がものたりないと言っている。

「分かった。なら交換条件だ」
「じょうけん?」

 こいつはアホだが役に立つアホだ。

「この村で物作りが得意な奴を紹介してくれ」

 誰かに呼ばれるまでは家から出ることがほとんどない俺とは違い、アンは村の中で面白いことがないか走り回っている奴だから、村の中で顔は広い。

 それに俺が知らないことまで知っているということはかなりある。そういう時にマウントをとられるとキレそうになるが。

「なら私のお姉ちゃんはどう!?」
「アンのお姉さんか……」

 俺はアンのお姉さんを一回しか見たことがないし、顔を見ただけで名前すら知らない。

「どうしてそのお姉さんなんだ?」
「えっとね、お姉ちゃんは何でもできるんだけど、作ることはもっとできるんだって!」
「ほぉ? どんなものを作ったんだ?」
「いろんなもの!」
「それを聞きたいんだよ」
「うーん……色々!」

 あぁ、俺がこう聞いたのが間違いだったな。聞き方を変えよう。

「アンのお姉さんは、こういうものを作れそうか?」

 俺は机の上にあるミッション達成報酬である知恵の書を開いてトランプが載っているページをアンに見せる。

「なにこれ!? これはどうやってあそぶの!? 見たい見たい!」
「だからこれを作れる人を探しているんだよ。アンのお姉さんはできそうか?」
「できると思う! でもやるかは分からないかな」
「どういうことだ?」
「お姉ちゃんはねー、ロイみたいだから!」

 俺みたい? どこをどうとって比喩表現を使っているんだ? ……想像がつかないな。

「でもロイと会ったら絶対にやると思うよ!」
「かなりの自信だな」
「だってお姉ちゃんは私だもん!」
「いや、アンはお姉ちゃんじゃないぞ?」
「いいから!」

 まあ、会ってみれば分かることか。

 意味の分からないアンの言動はさておき、俺とアンはアンの家へと向かうことになった。

「わぁ……色々な面白そうなものがのってるね……!」
「実際面白いしな」
「これちょうだい!」
「ダメに決まってるだろ。見るのはいいけど」

 歩きながらアンは知恵の書を見て目を輝かせていた。

 意外にもアンは体を動かすよりもこういうことに興味があることに驚きだ。

 アホだからと決めつけていた節があったようだ。

「これなんか面白そう!」

 アンが見ていたのはリバーシのページだった。書かれているのはバトルフィールドであるボードがどれくらいの大きさで、線は何本あるとか道具の大きさの説明が書かれている。

「これはどうやって遊ぶの!?」
「この中央に自身と相手の石をななめになるように四つ置いて、相手の石を自身の石で挟めば相手の石はこちらの石になって裏返すことができる。これを続けて、最後に石が多い方の勝ちだ」
「ふーん……?」
「分かってないだろ。どうせ口で説明しても分からないんだから聞くなよ」
「ロイ、聞かないと分からないよ?」
「はいはい、そうだなー」

 よく考えたらこいつの姉なんだよな……大丈夫なのか?

 知恵の書を読みながら興奮しているアンと共に歩くこと数分でアンの家にたどり着いた。

「ただいまー!」
「お邪魔します」

 我が家でも扉を乱暴に開け放ち元気よく入って行くアンの後ろに付いて行く。

「あー……?」

 家に入るとまず見えたのが、ベットから頭が落ちて足をかけている、長い白銀の髪がボサボサになっているだらけた十歳ほどの女の子と視線が合った。

「あー、こんな姿で何だけど初めましてだねー」
「……どうも、初めまして」
「あたしはレベッカ。それの姉をしているよ」
「ロイです」
「あー、キミがアンがいつもお世話になっているロイくんかー。いつも悪いねー」
「まあ、はい」

 ずっとベットからほぼ落ちている状態で話しているレベッカさん。

 だが俺はアンの姉ということを念頭に置いていたから驚きはしなかった。

「ね! ロイみたいでしょ?」
「どこが俺みたいなんだ?」
「だらけているところ!」

 アンの目には俺がこんなにだらけているように見えたのだろうか。これはだらけているとかじゃなくて堕落しているんだよ。

「ねぇねぇお姉ちゃん!」
「なによ、あたしは忙しいのー」
「これ見て!」

 アンが俺の知恵の書を開けてレベッカさんに見せると、一瞬の静寂の後すぐさま立ち上がってアンから本を奪い取った。

「あっ! 返してよ!」
「妹の物は姉の物よ」
「いや、それ俺のです」

 さっきまでの堕落がウソのかのように立ち上がり、熱心に本を見ているレベッカさん。

「これは、ロイくんが描いたの?」
「まあ、そんなところです。それよりも、レベッカさんが何でも作ることができるとアンに聞いたのですが本当ですか?」
「えぇ、神器以外なら何でも作れるわ。神器もあと少しすれば作れるようになるけど」

 神器? なんだそれ。そんな中二病心くすぐるものがこの世界に存在するのか?

 いや? 前にマーちゃんがこの村は神に関係する村だと言っていた。もしかしてここは神器を作ることができる人たちが集まっている村とか?

 ……これ以上考えても無駄か。

「本を返してください」
「はい」

 俺の言葉で素直に知恵の書を返してくれたレベッカさん。

 知恵の書を開いてトランプのページを開こうとすると、左右からアンとレベッカさんが本を覗きこんでくる。

「この紙、トランプを作れますか?」

 俺の示したトランプのページはかなり詳細に書かれており、じっと見るレベッカさん。

「……可能だわ。でもこれをどうするの?」
「これはゲームをするための道具です。これさえあれば、色々なゲームをすることができます」
「ゲーム……ジャンケンやコイントスみたいなもの?」
「あれは前座ですよ。トランプカードで遊ぶ時、順番を決めるのにどのゲームでも使うゲームです。だからトランプを作って遊ぶゲームがゲームです」

 ジャンケンやコイントスごときであんなに大騒ぎになるとは思っていなかったけどな。

 まあジャンケンやコイントスでもゲームとしては面白いけど、楽しむのなら違うゲームにする。

「あの……?」

 俺が数十秒ほど待ってもレベッカさんから返事が返ってこないから声をかける。

「面白そうね! トランプカードで遊ぶゲームなんて、しかもジャンケンやコイントスが前座!? それは作らないといけないわよ!」
「何言っているのか分かんなかったけど面白そう!」

 あぁ、レベッカさんとアンはやっぱり姉妹だな。同じ銀髪とかじゃなくて、テンションが一緒だ。アホと天才は紙一重と言ったところか。

 それよりもレベッカさんが俺の両脇を手でもって持ち上げて回っているんだが。

「あの、レベッカさん、やめてください」
「そうとなればすぐに取りかかるわよ! 行くわよ、アン!」
「行くぅ!」

 レベッカさんに持ち上げられたまま、家の外へと駆け始めたレベッカさんとアン。

 ……悪夢だ。アンみたいなのがもう一人増えるとか悪夢以外の何物でもないだろ。
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