星屑オペラッタ ~もしもケルッツアが異世界に行けなかったら~

境 美和

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行こう!  日帰り旅行で砂漠に出発!!

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 星月夜。赤き砂漠が寝静まる頃、がきん、がごん、と物がぶつかる音が断続的に響き渡った。赤き砂にランプが一つ灯されたその場に居るのは、年の頃は四十も後半といった風情の黄色い飾り布をターバンに巻いた褐色の顔の男と、蒼い布をターバンに巻いた褐色の肌の十三歳位の男の子だった。互いに持っている枝を打ち付けあっているその様はじゃれているようにも見えたが、男の子の方は――――ケルッツアの方は真剣に、相手である砂漠の流民が一、キルシスのリュシカという男性を打ち負かそうと躍起になっていた。

 ケルッツアの鋭い突きを流れる様に交わしているリュシカの目は心底楽しそうだった。その様に益々といった様子でケルッツアは突きだけでなく足蹴りも繰り出している。

『散々な目に合った!!!』

 ケルッツアは、脚やら手やらを出しながらそれらすべてを軽くいなすリュシカに、噛みつかんばかりの勢いで怒声を放った。

『いや、役得だろ? 

 その歳で美女三人と三日三晩!!! 男の夢を叶えてやったのにその言い草はねえなあ』

 からからと笑うリュシカは、全員のした側が言う事かねえ? とさらに火に油を注ぐ発言をした。

 対するケルッツアは、のさなきゃ解放されないと思った!!! と一際鋭い足蹴りを放った。同時に巻き上がった砂の裏からリュシカの喉元めがけて遠慮のない突きをお見舞いする。

 リュシカの育ったキルシスという一族は、性にとっても開放的な事で知られる。キルシスの女性は皆娼婦の真似事を好きでするほどの男好きであり絶倫だった。今回、ケルッツアはリュシカ流の成人の儀として、キルシスの年若い美女三人と夜の営みの実地訓練を受けた。キルシスの女性は気に入らなければ客を蹴る事でも知られているが、子供は作らないという条件の元、ケルッツアの成人の儀に勝手に三人も参加したのだった。

 砂の合間に見えた一撃を首の皮の寸での所で受け返して、リュシカは尚も攻め続けてくるケルッツアに苦笑を返す。



『まあまあ、いざって時に困んない為だよお客さん!』

『いざって時なんて、永久に来るもんか!!!』



 ふざけた答えにケルッツアは怒鳴った。

 と、ここで、この光景が過去の記憶から来るものだと、ケルッツアは思い当たる。この後自分は腹立ちまぎれにナイフの代わりに持たされた木の枝をリュシカに思い切り投げつけた。それでこの時のナイフの稽古――――リュシカが、母サルッサロッツを訪ねた際に行われていたリュシカ流のケルッツアとの遊びは終わった筈だった。

 だが、場面は続く。ケルッツアはまだ木の枝を持って――――持って、佇んでいた。

 リュシカは中腰だった恰好からしゃがみこみ、何だよ、と同じく持っていた木の棒を肩にかける。

「気づいちまった?

 で、あの姫さん好きなんじゃねーの?」

 ケルッツアは、灰色の三白眼を大きく見開き、ついで盲目した。天を仰ぎ、この稽古が最後になったのだったかと、目の前の、記憶と違わぬ相手を見る。いつもターバンに黄色い布を飾り布として巻いていたこの男は、砂漠を渡るには随分と派手な色の――――黄色い長そで長ズボンの衣装を身にまとっていた。

 これは、夢だ。ケルッツアはどこかでそう思う。では彼は現実では生きているのかいないのか。答えは風だけが知っている話だった。恐らくは、母と呼ぶべき女性、サルッサロッツも。

「うり! どうしたよ?

 あの姫さん好きなんじゃねーですか!」

 ケルッツアの感慨など知らず、生前のまま、ケルッツアが十四の誕生月――――ケルッツアの場合は拾われた月である七月、に科学大国へと一人旅立った、その前の晩のままの姿でそこに居た。持っているナイフの代わりの木の枝で、ちょい、とケルッツアの持つ木の枝を突いてきた。

 何のつもりだ、とケルッツアは思う。今更、何のつもりで夢に現れて、こんなことを聞いてくるのか。突かれて突かれて、この男と居るとやはりいつも腹が立つなと思いつつも、応え返す。

「好きだよ。今までにないくらい大好きな人だ!!!

 でも年齢が違う! どれだけ離れていると思っているんだ!?

 そんなものを向けちゃいけない相手だ! ここは、大人の分別だ」

 ケルッツアは、十四歳のままでいた。蒼い布地をターバンに編みこんで、飾り布を右肩から腰に掛けて垂らした格好をしていた。あの時のまま。

 リュシカはほーん、と顔だけ宙を向き、目はケルッツアを見たまま、オマエでもそういうアタマはあるわけだ、と馬鹿にしたような顔をする。どういう意味だと食って掛かるケルッツアに、ガキってことだよ、とまたからから笑った。



「何が怖いよ? オマエ、女にも欲があるの知ってんだろ?

 姫さんがもしオマエに、そういうの持ってたら、オマエそれから逃げんのか?

 俺の見立てじゃあ、あの姫さん、お前と結婚したがるタイプだね!!!」

「け、結婚?!」



 突拍子もない一言に、ケルッツアは思わず目をむいた。ソフィレーナと結婚、それは、その相手は自分ではないだろうと思っていたケルッツアは、とかく驚いた。そんな事は望むまいと、せめて、傍にいる事だけ赦して貰おうとしていたケルッツアにとって、その言葉はあまりに遠い。

 やはりケルッツアの感慨など無視して、リュシカは、否、リュシカのいた場所にいる老人は、褐色の肌のしわくちゃの顔をやはりからからと更にしわくちゃにしていた。

「結婚。俺とサルッサロッツだってしてんだ。生涯ただ一人の伴侶だぞ。

 大方の女は、愛してる男と結婚したくなるんだ。ま、例外もいるだろーが。

 その辺、大人ならオマエ聞けるだろ? 聞いてみ?」

 棒切れを片手に、ケルッツアは今のままの、もう今年の七月で四十九という姿でリュシカと対峙していた。今更何を言いだすのか、とばかり、灰色の三白眼を困惑に揺らしている。

 そこで、目が覚めた。

 よりによってなんでこんな日――――ソフィレーナとの砂漠への日帰り旅行日の朝に、こんな夢を見るのか。年老いたケルッツアは皺皺の手を前髪に当てて、次いで後頭部を少し掻くとため息一つ。





*****





 気持ちよく晴れた朝だった。

 ウィークラッチ島朝一の船で本土港に向かったケルッツアは、港の砂漠行の船の待合室で先に待っていたソフィレーナと合流した。

 砂漠。国の古い言葉で千の花という意味のこの国の以南に広がる砂の海で、ケルッツアの故郷でもある場所。遺跡やらの保護活動の傍ら周辺諸部族とは提携を結んでいることもあって、この国からも旅行と貿易用の船が出ているが、ケルッツアもソフィレーナも生まれて初めて乗る船便だった。

 荷物は少なめで、昼食は現地で摂ろうという算段で纏めていたため、ソフィレーナは柔らかな材質の肩掛けバック一つに薄手のワイシャツと繋ぎ風のジーパンという格好をしていた。十月に差し掛かったこの国では随分と薄着の様相でも、国境と接しているとはいえ砂漠でならその恰好は丁度いいのではないかとケルッツアは思う。

 ケルッツアはと言えば、夏でも薄手のセーターが手放せない者とは思えない程薄手の、ゆったりと作られたワイシャツ一枚に長ズボンだけという格好だった。

「パスポートと外出許可証は出国審査官さんに見せるだけで良いんですよね」

「うん。それで大丈夫だと思うよ」

 そんな話をしていたら船に乗り込む時間となった。ケルッツアとソフィレーナとは連れ立ってチケット片手に同じ船に乗り込む客の後に続く。

 ここから南に四時間半の船旅が待っていた。観光と貿易を兼ねた船の中には客室もあり、ちょっとした飲み物やトイレ、売店なども完備されている。

 ソフィレーナは、ケルッツアの横でドキドキしながら自分の番を待っていた。何といっても外出、しかも国外外出だなどと、生まれて初めての経験に胸が張り裂けそう。

 なにより、この外出旅行が、ケルッツアからの贈りものだという事に、昨日の夜と言わずこの頃はは殆ど寝れなかった程興奮していた。

 彼女の記憶を辿る事、凡そ半月前。

 ソフィレーナは、国立図書館の総館長作業部屋での朝のお茶会の時間にケルッツアから旅行の話を切り出された。

 対置きの蒼いソファーの足の短い机の上に置かれた、ソフィレーナの国外外出許可証とケルッツアの国外外出許可証を前に、砂漠に行こう、と言われた時の衝撃は、思い返す今でも到底忘れられない。



『待って下さいドクター! これ、どうしたんですか!?』

『うん。この間ここの透明の膜を制御しただろう? そのご褒美』

 

 ご褒美、と事も無げに言ったケルッツアが、透明の膜の制御に成功した時以上に、今までになく嬉しそうにしている事に、ソフィレーナは何も言えなくなった。

 五カ月もの間どうしても叶えたい事がある、と言っていたケルッツアは、ついに叶えたい事、ウィークラッチ島の透明の膜の制御を成し遂げた、のだとばかり思っていたソフィレーナは、それが間違いだったと知る。ケルッツアの喜びようの違いから言って、透明の膜の制御はあくまで手段の一つだったのだ。なぜなら、ケルッツア自身の物だけならまだしも、ソフィレーナの国外外出許可証までご褒美にする意味がないのだから。



(じゃあ……ご褒美……が、本来の目的だったってことよね?)



 軽く混乱するソフィレーナに、ケルッツアは急に懇願の様相を呈して言い募った。

『ねえ、一緒に砂漠へ行かないかね?

 僕は君と言ってみたいんだけど……許可証があれば良いって、前に言ってたから……』

 それでソフィレーナは確信を得た。丁度五カ月前、五月中旬の春の宴の最後、バス停までケルッツアを見送った時に確かに旅行の話をした。その時の自分は、許可証が降りたら、と答えたはずだった。その話はそれで終わりだと、少なくともソフィレーナは思っていた。

 けれど、ケルッツアは違ったらしい。

『春の宴のバス停での話……覚えて……くださってたんですか…………』

 自然覚える感動に、ソフィレーナは胸がいっぱいになった。頬の紅潮が抑えられず、緩く首を振ると前髪の中に目元を隠して落ち着くが、全身を赤々と染める血流の煩さには叶わなかった。



(この、外出許可証を取る為に……五カ月もの間、動いていたの?)



 ソフィレーナは、豪奢な造りの自身の日帰り国外外出許可証に落としていた視線を、対置きソファーの向かいに座っているケルッツアに向けた。心の中で思った事を聞いてもみたかったが、やめて、自身の日帰り国外外出許可証を赤々と震える手に取ってみる。国外旅行など一生に一度あるかないか、その紙は透かし彫りが入った、軽い、奇麗な紙だった。この紙を取る為に、五か月もの間、ともう一度思った。

 感慨に浸っているソフィレーナに、遠慮がちな声が掛けられる。

『だ、駄目、かな……?いい、…行きたくない、かな……』

 ソフィレーナが、もう一度ケルッツアを見ると、彼は雨に打ち捨てられた野良犬のような目でソフィレーナを見ていた。

 ソフィレーナはケルッツアにそんな顔をさせたかったわけではないと首をぶんぶん振ると言い募る。



『そんな……。駄目なわけないです。旅行だけでも嬉しいのに、国外だなんて……!』

 凄く、楽しみです。ありがとうございます……!!!』

『よかったあ!!!!

 こ、断られたら、どうしようかと思った!!!!』



 ケルッツアは心底安堵したのか、詰めていたらしい息を一気に吐き切っていた。それを見て、ソフィレーナもたまらなく嬉しくなる。ソフィレーナにとって旅行は滅多に叶わない嬉しい事。それに国外がついて、おまけに尊敬するドクターと一緒の旅路とくれば、それは、喜ばない方がおかしい事だった。

 それから、半月の間、彼女は何を着ていこうかと迷いに迷った。本土港域の大型の本屋で砂漠についてあれやこれやと調べ、まだ夏物が買える内に、パンフレットや旅行本を参考に真新しい服を数着買った。ワンピースだと砂漠の日差しに肌が負けてしまうだろうか、砂に足を取られないように靴は何が良いか、換金は何時済ませようか、パスポートも取らなくてはならない、と、ワクワクでこの半月を過ごしていた。

 朝八時に出発した船が目的地に着いたのは、丁度正午近く。

 ついた場所は国外といってもほんの砂漠の入口で、大きめの街だった。丁度バザールがやっていたので、お昼はそこで買い食いをして済ませた。ケルッツアは、辛いものが苦手なソフィレーナの為に、白い実と白身魚の炒め物を薄い生地で挟んだ食べ物を選んでくれた。ソフィレーナはそれがとても美味しいと思った。

 ソフィレーナは、一応この半月間で、片言のムータ語、砂漠圏内で使われている言葉を学んでいた為、異国での買い物にも挑戦した。生まれて初めての経験に心臓が張り裂けそうだったが、相手は慣れたもので片言の彼女でも買い物をすることが出来た。

 少しぎくしゃくした場面はすかさずケルッツアが請け負ってくれた。

 ソフィレーナは、店の人と陽気に話すケルッツアが珍しくてその姿にもドキドキした。

 春の宴から、ケルッツアは無精ひげを止めたらしく、いつもこざっばりとした顔でいるようになった。それが、今年で四十九という歳よりも僅かばかり彼を若返って見せていた。褐色の肌に、ひしゃげても高く筋の通った鼻、目元の涼しさを見てもケルッツアの顔は比較的整っている。そんな顔が頭四つ分は違うと言っても始終近くにあるものだから、ソフィレーナは緩々紅潮する頬を止められなかった。

 バザールでは色々なものが売られていた。地元の魚介類や乾燥処理をした鶏肉や魚、香辛料。ソフィレーナは家族と友人へのお土産用に露店で売られていた腕輪を幾つか購入した。腕輪にはそれぞれ意味がある様で、友情であったり、親愛であったり、一つ一つケルッツアが教えてくれた。それが、ソフィレーナは嬉しかった。

 ソフィレーナが奇麗な虹色の材質のペンダントに見とれていると、ケルッツアが話しかけてきた。



「貝殻のペンダントだよ。つけてみる?」

「え、いいんですか?」



 ケルッツアは店の人と話し、ソフィレーナにそのペンダントを取ってくれた。

 ソフィレーナはドキドキしながらそれを受け取った。そのペンダントはとても可愛い花形に磨き抜かれた貝が幾つかと小さな貝殻を一つ付けたデザインで、ソフィレーナの衣装に良く似合った。

「どうですか? に、似合います?」

 ソフィレーナが緊張を誤魔化しおどけてケルッツアに聞くと、ケルッツアは子供のようににっこりとして、良く似合ってる、と言った。それだけで嬉しくなった彼女はこのペンダントの購入を決め、お金を出そうと財布を取りだしたが、一足早くケルッツアが店の人と何某か話していた。

「ドクター!? 私自分で買えますよ?!」

 気付いたソフィレーナは慌てたが、ケルッツアは嬉しそうに、心なし耳を赤らめてかすれた声で言った。

「い、いいんだ。記念に。ぼぼ…僕が買いたいと思ったから……だめかな?」

 そう言われてしまえば、ソフィレーナに返す言葉はない。大好きな人からの贈りものがもう一つ増えた事に心臓の高鳴りは最高潮に達した。せめて、買って貰ってばかりは嫌だとソフィレーナが言うと、じゃあそれを付けて一緒に写真を撮ろう、という話になった。

「僕は、特に欲しいものもないし。それだけでもき…記念になるから」

 ということで、バザールの華やかな噴水の前で、二人で揃って写真を撮った。

 ソフィレーナはこの街に来て様々なものにカメラを向けたが、この時の写真が一番気に入った。ケルッツアと並んで二人で撮った写真というものは、この時が生まれて初めてだった。彼女は何にも増して、たまらなく嬉しくなった。

 ソフィレーナは貝殻のペンダントを本当に気に入っていたが、元から身に付けている銀鎖に通された指輪のネックレスとは取り合わせが悪い。母からの守護リングを外すわけにもいかず、結局貝殻のペンダントは丁寧に荷物の中にしまい込むことにした。

 その時、ケルッツアがその様子に少しだけ淋しそうな表情をしていたのが、ソフィレーナは少し不思議だった。

 と、ある服屋の前に、一際きれいな蒼い衣装があるのが見えた。長袖長ズボンの白い下地に襟元や袖元を大きく覆い隠す蒼い布は、よく見ると布ではなく、幾重にも同じ色の刺繍が花形に施された飾りだった。上下揃いのその衣装は、他の衣装の中群を抜いて輝いて見えた。マネキンはターバンに蒼い飾り布を編みこんだ格好で、その蒼い衣装を着ていた。

 ソフィレーナは、その蒼さに国立図書館の最上階及び総館長作業部屋の絨毯を思い出し、思わずとケルッツアの袖を引く。



「ドクター、みて下さい。あの衣装」

「これ、は……!!!」



 ソフィレーナは、貴方の好きな色ですね、と言おうかと思ったが、その衣装を見咎めたケルッツアのあまりの驚きようにやめた。

 ケルッツアはしげしげとその蒼い衣装を見つめている。その灰色の三白眼は、驚愕に見開かれていた。

 と、店の奥から恰幅の良い女性が愛想よく出てきた。彼女は流暢なソフィレーナの国の言葉で、良いものに目を止めたねえ、と話しだす。

「これは、蒼の流砂の使途っていう珍しい流民の、花嫁衣装だよ」

 花嫁衣裳という言葉に、ソフィレーナはまじまじと目の前の衣装を見やった。なるほど、確かにそう聞くと、その衣装には何か神聖な、儀式めいた雰囲気があった。この賑やかなバザールには似つかわしくない程、凛とした美しさに包まれている衣装だった。



「お嬢さん、着てみるかい?」

「いいや、止めておくよ」



 言われて、ソフィレーナが反応するより早く、ケルッツアが言葉を返した。恰幅の良い女性は目を見開いたが、まあ、父親同伴じゃあねえ、と苦笑していた。

 父親、という言葉に、ソフィレーナは一瞬何を、と思ったが、改めて年齢差と身長差を鑑みるに仕方のない事だとも思った。ケルッツアと肌の色は違うが、養子とでも思われたのかもしれない。けれどそれが哀しいとも思った。悔しいとも思った。自分とケルッツアとでは年齢も身長も釣り合わない事は、ソフィレーナは良く判っているつもりだった。けれどそれが、旅行先の、見ず知らずの相手に突き付けられたことが、とても悲しくて、辛い。

 客にならないと思われたか、恰幅の良い女性は又中に引っ込んだ。

 ソフィレーナは、そんな感慨から無理やりに立ち直り、ケルッツアが未だに蒼い衣装をまじまじ見て、次第斜め下手をすがめ睨んでいる様を不思議に思った。流民、蒼の流砂の使途の花嫁衣裳だというそれは、相も変わらず美しくその場にある。

 ソフィレーナが声をかけると、ケルッツアは、ごめん、と急に情けない顔になった。

「あまりに珍しい衣装だったから。

 勝手に断っちゃってごめんね。もしかして……き、…着てみたかった?」

 ソフィレーナは、ケルッツアの情けない顔が、どこか、去年までの淋しい微笑みに似ているように見えた。それがまた不思議で、少し歯がゆくなる。

「いいえ、私も断るつもりだったんです。

 けど、確かに美しい衣装ですけど……そんなに珍しいものなの?」

 思わず聞くと、ケルッツアはどこか遠いものを見るような顔になった。

「うん。とても珍しいよ。……僕も、実物を見たのはこれで二回目だから」

 その顔が余りに切なそうで、ソフィレーナは思わず、一回目はどこで、と口走っていた。ケルッツアはちょっと驚いた顔をしたが、苦笑気味に、昔ね、と教えてくれた。

「僕は……僕の母親は、蒼き流砂の使途でね。その母親の知り合いの結婚式の時、見たんだよ。もう四十年前位。まだ僕が砂漠に居た時の話だ」

 そう言って歩き出したケルッツアに続き、ソフィレーナも歩き出した。歩き出しながら、ケルッツアの母親が、その珍しい流民であるという蒼き流砂の使途だという事に驚いていた。同時、あの衣装を見た時のケルッツアの驚きように納得もした。



(そう聞くと……ちょっとだけ、惜しい事をしたかな……)



 ケルッツアの母親が蒼き流砂の使途だというのなら、その子であるケルッツアも半分は蒼き流砂の使途ではないのか。それならば。

 ソフィレーナは、急にあの花嫁衣裳を着てみたくなった。あの衣装を着こなしていたマネキンは背が高くて、身長の低い自分が着ても不格好になってしまうだろうという事は想像に難くない。それでも。



(ドクターの……半分だけど、ドクターの民族の、花嫁衣装)



 着てみたかったな、と。ソフィレーナは少しだけ思った。
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