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幕間

わがまま

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・おくりもの・















「はあ!? ナニソレ。キザッたらしい」



 四月中旬もそろ終わり、下旬に差し掛かかろうというその日、仕事帰りにソフィレーナの家に招かれた彼女の友人は、通された彼女の部屋でそれ、を見つけ、説明を受けるなり憎憎しげに吐き捨てた。国立図書館内でも王都港域でも、誰もが美人の一人としてあげる容姿、緩やかに波をうつ明るいセミロングの金髪、白磁のように白い肌、常時釣り上がり気味の目許の人形の様な顔立ち、を極端に歪めて、招かれた部屋の中で大層丁寧に場を設けられ鎮座ましましている、それ、を翡翠の瞳で穴が開くほど凝視、視線で軽く虫が殺せる程の冷淡さで観察、大した事ない、と、熟れた鶫色の唇から小さく言葉を零す。



 その呟きに部屋の主は小さく苦笑し、良い物じゃないらしいから、と遠目でも間近で見ても惚れ惚れするほど美しい己の友人、レティシア・ド・パレッツィアに好物である炭酸水を勧めた。



 受け取り、透き通ったガラスコップに並々注がれている炭酸水の、その気泡が大気へと逃げてゆくさまに視線を寄越して、レティシアはもう一つ、憎憎しげにコップの中へと囁く。



「良い物じゃ、ない……」



 そんな友人の、百年の恋ならぬ百年の敵を目にしたような態度に苦々しくも笑っているしかなく、ソフィレーナは美しい栗色の短髪を揺らして肩を落し、ダリル直系の証、独特の一等濃い紫水晶に栗色を煙らせた色彩を宿す瞳を閉じると、つい二週間前の記憶に思いを馳せた。







 それは、あまりに唐突な話だった、と、思い出す今でも彼女はそう思う。



 日々の寒さが徐々に和らいでゆく春、四月の中旬の頃。二ヶ月前に受けたプロフェッサー・ディム・ゲール選抜試験の結果待ち、特に殺気立ったものもなく過ごしている博士と助手が迎えた朝の一幕。



『あ、あのね、ソフィレーレンス君。



 君の部屋にさ、ほ、本棚とか……一つぐらい入る隙間ある?』



 国立図書館最上階禁書庫、朝の清掃後に時間があれば設けられる上司と部下のお茶会は、その日も時間があったので設けられた。



 最近どことなく余裕を漂わせ始めた、世間の評価ではまだまだ落ち零れの筆頭格に挙げられている総館長は、自身の作業部屋として使用している部屋の中央、対置きになったソファーに座り、向かいで紅茶を淹れている助手にそう問いかける。



 助手はカップに紅茶を注ぎ終えた後、向かいの灰色の髪の所々に白髪の見える褐色の顔、壮年近い男を見、次いで彼女から見ると部屋の右側にずらりと並んでいる木製作りの本棚の一つを指して、首を傾げ。



『…あそこにある奴くらいでしたら大丈夫ですが……。



 どうしたんです? 急に。』



 入り口と向き合う形で上座に座っている総館長は、彼からは左手に位置する本棚を確認、あれ位かな、と零すと、勧められた紅茶に口を付けてから、彼女に続きを話す。



『ん、うん…工事の時にさ、久しぶりに港の家へ帰ってただろう?



 その時にね、幾つかいらない物が出てきちゃって…捨てるのも、勿体無いから、譲り手を探しているんだけど…?』



 言葉の最後の辺りは首を傾げ、いらない? と視線で訴えている。



 その澄んだ灰色の瞳に少し動揺しつつ、それとなく視線を外して彼女は手元の紅茶を見、降って湧いた話の嬉しさに緩む口元で、是非とも、と少し身を前に乗り出した。



『是非ともです。断る理由なんでありません。



 本棚って結構するんですから……頂けるなんて、凄く美味しいお話ですよ』



 にこにこと嬉しそうに、少しだけ頬を染めて返答を返したソフィレーナにつられたか、にっこり。次いで思い出したようにケルッツアは宙を見る。



『あ、でも……。



 あんまり良いものじゃあ、ないよ?』



 申し訳なさそうに断った彼に、対する彼女は、構いません、と、早くも浮かれて紅茶のカップを胸の前で押し包んでいた。



 実際、ソフィレーナからしてみれば総館長が使っていた、言うなれば尊敬している人物の使用物だったもの、という事を除いても、本棚というお下がりは何物にも変えがたく魅力的だった。



 仕事柄もそうだが、読書を趣味とする彼女の家には積読の塔が少なくとも片手の指では足らない程出来上がっている。



 彼女にしてみれば本棚は幾つあっても困らない、むしろ幾つあっても足りないもの。



 早速引き取りに行く、と乗り気な助手に、しかし総館長は何故か配達で送る、の一点張り。国立図書館職員寮と総館長の持ち家は同じ王都港域内にあり、それ程離れているわけでもないのに、いいよ、送る、と利かないケルッツアを不思議に思いながらも、ソフィレーナは到着の日を楽しみにしていた。



 そして、待ちに待ったその日。







『ロークロークッ! ドクター! ドクター話が』



《ローク。良かった。無事届いたみたいだね。本当にごめんね、本棚はお古》



『お古とかそんな問題じゃあないッ! ってかは、話が違いま』



《…本棚だっただろう?》



『そりゃ、本棚も一緒に届きましたけど!! それだけじゃな』



《ソフィーレンス君。



 僕は一度も、だけ、とは、言ってない。》







 図書館業務を無事に終え帰宅。届いた荷物の中身を確認した後半泣きで電話をかけた助手に、答えた博士はそんな事を語っている。







 確かに、本棚だけ、とは、一度も言われていない。思い出す今でも彼女は苦いような甘いような感覚に慣れず、緩みそうになる涙腺と顔を何とか引き締めた。やり方が彼女の友人曰く、キザったらしい、かは、判別出来ないが、卑怯だ、というのがソフィレーナの、事に於ける認識である。



 それ程広くはない部屋の中、ベッドに腰掛けて、いまだ贈られた本棚を凝視しているレティシアの真向かい、床のクッションに座っているソフィレーナは自身の好物であるココアに口を付けた。ドアの近くに座る彼女からは左手、友人からは右手に置かれている本棚を見、頬を赤く染め、軽く前髪を乱す。



 いまだ、慣れない。顔が熱くなって、涙腺が緩む。



 滲みはじめた視界を蹴散らすように瞬き、ちびちびとココアを舐めている。



 それの届いた日の夜、彼女は襲ってくる、謀られたという怒りと上回る喜び、そして少しの困惑にどうしていいか分からず、赤く熟れた果実のような顔を両手で隠して蹲り、泣いた。



 贈られた本棚は良く磨かれた木製の艶が美しい物。高さと長さは丁度床から彼女の足の付け根位まで。奥行きは彼女の指先から肘の間の長さより少しばかりある。四つ、大きく仕切られた仕切りは動かす事は出来ないが、造りはしっかりとしていた。



 その四つに仕切られたスペースの下いっぱいに。







 一週間経ったいまでも、耳朶に響いた低い掠れ声が、彼女の頭から離れない。







《い、今までの感謝をしたいと思ってき、…君が前に欲しいって、言ってた事を思い出したんだ。



 こ、…これ、……これしか思いつかなかったんだけど、



 …よ、よよよよろ!……喜んで、貰える…か、な》



『よ! 喜ばない訳ありませんッッ!!! すご、凄く嬉しいですッッ!! 



 けど! こ、んな…』







 携帯電話の向こうの声は焦ったように掠れてはいたが、痛いほどに真剣だった。その声を聞きながら、その時の彼女は届いたばかりの荷物の前で、ぺたんと床にへたり込み、殆ど叫んでいる。











「ココア、零れるわよ?」



 向かいから落とされた重い溜息と声に、ソフィレーナは追憶から引き戻された。慌てて傾げていたカップを元に戻す。



 彼女の友人のスリッパを履いた奇麗な形の踵は、一定のリズムで軽く床を叩いて否、蹴っていた。



 苛ついている時の癖を無意識に行いながら、レティシアは今まで口を付けなかった炭酸水を豪快に呷り飲み干す。一つ息をつき、氷のような視線を僅か緩めて、空になったコップの底を見つめ、次いでソフィレーナへと視線を寄越した。



「アンタ……。こっちが馬鹿らしくなる位顔真っ赤にしちゃって、まぁ……。



 そんなに嬉しいんだ?」



 揶揄する響きになった友人の声に、ソフィレーナは動揺、頬を押し包もうとした手にココア入りのカップを持っている事に気づき、仕方なく肩を丸める形で俯くと、一つ、首を縦に振る。



 レティシアは空になったコップ越し、総館長が助手に贈った本棚を、もう一度見た。



 その下の段いっぱい。







「・・・・・・図鑑…ねぇ……」







 一週間前、携帯電話から聞こえてきた声の続きは、電話の向こうにいる者が今まで真剣だった顔を破顔させたような、破裂するような喜びの言葉と一緒にソフィレーナの内に蘇る。







《良かったあ……!!!!! 喜んでもらえなかったら、ど、どうしようかと…ッ!》



『よろ!!! 喜んでますけどこんな高価なモッッ!』







 人の話を聞いてくれ、とばかり、歓喜と困惑と怒りにぐちゃぐちゃにされた頭で抗議の声を上げる助手へ、とどめと押し付けられた事は。







《ソフィーレンス君。



 …僕が、君に、あげたいと思ったんだ。



 君が、僕に、自信を持てと、言ったのと同じ事なんだよ。



 ……わがまま以外何者でもないんだ、けど、う…受け入れて、くれる・・・?》







 裏を返せば、ソフィレーナがケルッツアに言った事もまた我がままだと、総館長ははっきりと言い切った。



 それを推してでも自分は受け入れたのだから、今度は自分の我がままもうけいれて欲しいと。







総額百万以上の菌類図鑑一式を貰ってもらう事が……わがまま・・・・・・・・。







 名と歴史のある菌類額の研究施設がその都度の完全版として三十年周期で出版する、今までに見つかった全ての菌類を網羅し尽くした図鑑全十巻と索引二冊。確かに我がままだが、押し付けられた者が望んでいた物を押し付ける、贈るのは、わがままの範疇に入るのだろうか。



 菌類を研究するものならば例え値が張ろうとも版が一つ位古くとも、咽から手が出るほど欲しいその図鑑は国立図書館でもつい最近、一つ昔の版が入ってきたばかりだった。



 一説では、とある研究者内で内輪に受注発注が回されて、次の版が出るまで表には出てこないとまで言われている図鑑の最新版をプレゼントされて、喜ばない菌類研究者はいない。



 どうやって手に入れたのか、助手として当たり前の事をやているだけですそんな感謝される事ではない、金額の負担を全ては無理でも少し持たせて下さいと言い募る助手に一切合切取り合わず。



 ケルッツアは。







《こんな、形で言うものじゃあ、ないかもしれないんだけど……



 そ、ソフィ……ソフィレーナさん。



 …………僕の助手でいてくれて、ありがとう。》







 ここまで言われてしまっては、最早断る事こそ恩知らず、無碍な行動の何ものでもない。







ああ、もう、本当に・・・。



なんて、ずるい







 感動と羞恥と歓喜と、あるいは怨嗟もか。携帯を耳に押し当てたまま崩れ落ちる輪郭、奔流する熱い感情の高まりは逃げ場を求めて頬を伝い、重力に任せてただ、ソフィレーナの膝を濡らしてゆく。







『そんなこッッ!! ぁ、あたり前のこッ、ぁあッ!!!!!



…ッッなだ……どこのッ……ぁ、…ぁくッ、ぎょッ』







 搾り出せた言葉は、圧倒的な重苦しく熱い感情に負けない為か、皮肉めいて、半分は彼女の嘘偽りない本音だった。







《え? あ! だ、な、ななな泣いてる?!!? あ、あああああああのな、なか、…泣かしたかったわけじゃ》



『ぅえッ! うれしな、ぃッ、てるのッッッ!!!



 うけぃッぇな、わッッッ! ッッぃいッッッ!!!!!!』







 言葉の前に嗚咽が出る。



 これ以上は喋れないと殆ど意味を成さない音で感謝を述べ、通話を切り電源まで切り。



 一晩中、泣き疲れて眠るまで号泣に体力を使い果たした彼女は、起き抜け、眠りの世界から帰ってきても本棚と図鑑が消えていない事に更に泣き、頬を抓って痛い事を五回確認、本棚に触れる事にも泣き、それも一通り治まった頃にやっと、図鑑に手を伸ばす事が出来た。



 震える手で触って以下、一動作につき一度は涙ぐむといった具合で中身を確認してゆく。







『ら、ラスムル菌が載ってる! うそ、ぺクチデロスも仲間はずれにされてない!!



 や、だぁ……ナダラメ研究、こんな事までちゃんと載って・・・詳細・・・・・』







 かえすがえすもこの日が休日で本当に良かった、と。一週間経った今でもソフィレーナは偶然に感謝を禁じえなかった。



 あの、彼女からすれば今も昔も天才博士が、助手の見せる反応をある程度見越して休日の前日に届けたなどとは、とりあえず心の平穏の為考えないようにしている。











 目の前で顔を赤くしてへたりこむ同僚、友人の姿を見ながら、レティシアは痛むこめかみをゆっくりとほぐし始めた。全く、この子は、とうっかり滑りそうになる己の形の良い唇を噤んで、痛みを訴える胃の辺りに自然手をやっている。



 自分の友人は、王族リザ家と共に国を支えているとまで言われる皇家ダリルの直系、庶民とは比べられないほど尊い血を受け継ぐ姫君である。



 が、何がいけないのか出生時より王の家臣から除外されているらしく、この国では唯一王の臣下でも奴隷でもない。貴族にして庶民と同じ納税に喘ぎ、こうしてせっせと日々の糧を稼ぐ身分にある。



 幸いにして国の治安は姫君が姫君の身分を隠さなくても庶民に混じる事が出来る程には安定。王、貴族と下々の関係も納税はあるものの名君のお陰、支配と窃取という間柄にはなっていない為、良好そのものだった。第一、ダリル家の者に犯罪的な意味で手を出すと、恐ろしく割に合わない結果になる事ぐらいは国民の誰もが知っている。



 以上の理由で特に身の危険もなく、末の皇女は国立図書館の最上階、落ち零れ学者の助手として日々を過ごしているのだが、何故、国立図書館などと言う裏寂れた偏狭の地、変わり者の巣窟の親玉ともいうべき落ち零れ総館長なんぞの助手として付く事に落ち着いたのか。



 レティシアはこの事に関しては偶然を考えても詮無い、と深く考えた事はない。



 貴族出の筈なのに恐ろしく普通か、まあ少し良い、くらいの容姿を持っているソフィレーナという少女のような女性は、彼女からしてみるとどうも危なっかしい所のある正にオヒメサマ、世間知らずな友人以外の何者でもなかった。



 従って、今レティシアの胃の辺りをしくしく痛ませている原因は、その危なっかしい友人が総館長に、毒牙を持っているかもしれない者にのめり込んでゆく姿にこそある。







この子ってば、どーも惚れ方が危なっかしいのよねぇ……。







 思い込んだら一直線。どこまでも深く深くのめり込んで出られなくなる、正に信仰のような、危険な恋。



 学者の中には己の才能を鼻にかけて、やたらと服従やら従順やらを強いてくる者や、取り入って貢がせる者、酷くなればストレスを人への暴力や言葉で散らす者等も少なくないという。



 そんな人種に、ソフィレーナのような人間は餌食にしかならならす、落ち零れ総館長がそういった種の人間でないとは、レティシアには言い切れない。







まあ、根拠なんかないけど。







 昔バケモノと呼ばれていたらしい元天才だ、何をしても可笑しくない。



 男というだけで三割増厳しくなる見方を更に三割足して厳しくしながら、レティシアは総館長という人物を見ていた。



 どこかでそれが、天が落ちてくる事を考え怯えるほど馬鹿げた心配だとは悟り、単なる当り散らしかもしれないという自覚はありながら。











そんな、向かいのレティシアの胸中など知る由もなく追憶に浸っていたソフィレーナ、はた、と現状を思い出し、固まった。



 両手で押し包むようにして持っているカップは既に僅かしか温かみがない。中身はきっと冷めている。何より、何を目的として友人を家へと招いたのか。



 間違いなく本棚には関係が無いと彼女は勢いよく左右に首を振り、ぼやけた頭に活を入れるべくカップの中身を一気に呷った。口中に残る冷めたココアの不味さに不快を覚えながらも、気を取り直してレティシアに問いかける。



「ごめんレティー。本題に入る。



 あ、でもその前にお代わりいらない?」



 軽い謝罪と共にそう問いかけると、レティシアは本棚から視線を外し、何事もなかったかのように空のコップを差し出してきた。



「ええ、お願い。



にしても……疑うわけじゃないけど。



本当に発光するカビ如きで、ヒカリウオと同じ光度が得られるの?」



 ソフィレーナとレティシア。如何に電気を使わず自然の発光要素を照明として使うか、を個人的な課題としている二人の研究員は、こうして時々互いの研究成果を見せ合うために互いの家を訪れていた。レティシアの扱う深海生物、通称ヒカリウオの光彩は実用化されてはいるものの短命が欠点であり、ソフィレーナの扱う発光菌種は、実用化されては居ないものの極めて永続的に光を放ち続けるが、どうも光度が低すぎる事が弱点。



 光度の違いが寿命を決めているという論が破られてからは、世の海洋学者や菌類学者の興味の何割かを占める事柄、専ら、レティシアはヒカリウオの光彩の延命を、ソフィレーナは発光菌種の光度を上げる事を課題としている。



 渡されたガラスのコップにお代わりの炭酸水を注ぐと、レティシアの明らかに信じていない顔と声に、にっこりと笑みとコップを返して、ソフィレーナは近くに手繰り寄せていた丸い形のランプを座り込む自身の膝の間に置いた。



「ばっちりよ。



 ナダラメゲルゾガークラル菌と、ナダラメガルグシャ―ル菌の間の子、ナダラメ・アルファーを馬鹿にしないで。」



 ランプの上部を外し、おもむろにポケットから取り出した黒い粉をランプの中に一振り。



 と。







「なによ、何にもないじゃない」



「せっかちレティー。少し待ってて。……あ、ほら!」







 こうして、研究者達、否、学者の卵達の時間は過ぎてゆく。



 大まか招いた友人に時間を割きつつ、視界の隅っこで堂々と存在を主張している本棚に、ソフィレーナはそれでも本当に時折、意識を割いた。











 届けられた日の、携帯電話越しに。



 あんな事を言われたら、もう何もいえなくなる。自分が好きでやっている事にあれだけも感謝してもらえるなど、狂喜以外の何をもたらすというのか。



 ランプの明かりを見やりながら、彼女はそっと、恥ずかしさで本人にはどうにも伝えられない言葉を反芻していた。







いいえ、感謝するのはこっちなんです。







『僕の助手でいてくれて、ありがとう。』







そう思って下さって、ありがとうございます。



親愛なる、ケルッツア博士。
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