逃げ出して、その先に

千代乃

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10門戸を説得するのは難しい

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門戸が私を嫌っているだろうということは覚悟していた。
私は冷や汗をかきながら口を開く。
「私の都合の良いように話しているように聞こえたのかもしれませんが、嘘をついているつもりはありません」
歪曲しているのは否定できない悲しみだ。
自分の旗色が絶望的になっていくのを感じる。

門戸は私に刺すような視線をよこしながら、さらに追い打ちをかけてくる。
「以前お前は、俺に貸しを作ったかのように話をしていたが、俺はお前に借りを作った覚えはないし、むしろお前に利用されたと思っている。今お前がどんな状況にいるのか分からんが、同情する気にも、手を貸す気にもなれんな」

「…同情していただく必要はありません」
その気のない相手を説得する術など私には到底持ち得なかったのかもしれない。
「ただ、私が自分の良心に従って・・・・・・・・・あなたに忠告し、あなたとあなたの依頼人の危機を知らせたのは事実です」
「私も、生きていくため不本意ながらも教団に従ってきました。我慢できずに逃げ出し、その結果は自分の選択といわれればそれも仕方がありません」
「ですが、ここでもし助けて頂けるのであれば、私は貴方に感謝します。私は、これからは自分自身に恥じないような生き方をしたいのです」

最後のは自分の本心なのかもしれないと、口にした後で私は思った。
私が口を閉じると部屋に沈黙が落ちる。

「やはり…あの教団に関わる人間が言うことを、簡単に信じることはできないな…実際にお前は自分の仲間を陥れるのに俺を利用している…」

やがて、ため息交じりに門戸が口を開いた。
呪詛返しで、相手に大きなダメージを負わせた手ごたえは門戸も感じていたのだろう。
私は失明した橘乙矢のことを思い浮かべた。以前は心を通わせていたように感じていた相手…だが、心は湖の水面のように平らかで静かだった。もとよりそれで心が動くようなら最初から罠にかけるようなことはしていない…私には迷いも躊躇いもなかった。そういった私の人間性が門戸には受け入れがたいのかもしれない…。

自分が、生きていくための選択が、結果自分の首を絞めるなんて皮肉なものだ。

そして、自分の弱さや醜さを認めなければならないこの状況は、本当に情けない。

(…死にたくはない、教団に戻る気もない、他に選択肢はないのだから)

情けない思いをして、結局何も得られないのなら…、そう考えると奈落に落ちるような思いになる。

「…門戸君には、これから別の用事があるのです」

浦上住職が沈黙を破った。

「そうですね、門戸君」

浦上住職が門戸の方を見て言う。

「…ええ」

門戸は浦上住職の意図を読んだのか、少し困惑したようにうなずいた。

「坂井さん、遠くから来られたのです。お疲れでしょう。お嫌でなければ、こちらにお泊りください。今日の話の続きは明日の朝にしませんか」

「それは…とても助かりますが…」

私は門戸と浦上住職の顔を交互に見る。門戸は嫌そうな顔をしていたが、結局何も言わなかった。





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