私が悪役令嬢になるまでの物語

千代乃

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夢の終わり③

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「大丈夫よ、ルース。ただのカゼだもの。もう平気よ」
私はルースの天使のように愛らしい顔を見下ろして答えた。かわいい、私のルース。天使の化身のようなこの弟が、一週間も寝込んでいた姉を心配しないはずがないのだ。

(私の心配をしてくれているのね!なんて、なんて優しい子……!きっと、この一週間、ずっと私の心配をしていたに違いないわ!きっと、私のことをずっと考えてたのよ!)

そう思うと胸に熱いものがこみ上げて、潤む目を弟の顔から引きはがした。自分の心臓の音がうるさい。

(落ち着きなさい!エラノーラ!ルースが見てるのよ!ちゃんとレディとして振る舞いなさい!)

自分に言い聞かせても、胸の動機は収まらない。

【ルースが私の心配をしていた。ルースが私の心配をしていた】

自分の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。

目が潤み、視界がぼやけ、体が小刻みに震える。

ルースが私の体を案じてくれているのは、なんともいえない、良い気分だった。しかし、私は弟の前では常に強くて頼もしい姉でありたいのだ。

【魔力保持者との接触厳禁。今が大事なときですよ】

医師の声が脳裏によみがえる。

(これは、いつもの症状よっ!ルースが可愛すぎるだけの問題よ!なんの問題もないわ!)

軽く頭を振って、私は医師の言葉を振り払った。

そして母と弟を食堂へ促した。

私たちはそこで、朝食をとるはずだった。

しかしその時、あの男がやってきたのだ。

無作法で、醜い、父とは似ても似つかぬ男。

父の兄。

グスタフ・ロードヴィス。


☆☆☆☆


一週間前、父ヴァルターが急に戻ってきたと思ったら、私は例の執務室に呼ばれた。行くと部屋には、父の他に見知らぬ人男が一人いた。

「エラノーラ、情勢が変わった。お前の魔力を封じる」

開口一番に父はそう言った。私の反応を待たずに、見知らぬ男を紹介する。

「こちらはレクター。魔法療術などしている男だ。信用できる」

レクターと呼ばれた男は、父より背が低いが、蜂蜜色のやや癖のある髪を肩まで垂らした男だった。目じりが下がっていて、腕を組んでいる姿は少しなよっとして見えるが、筋肉はしっかりついており、なかなか良い体格をしている。

「やあ、はじめましてだね。エラノーラちゃん・・・うわあ、ヴァルターそっくり・・・しかも女の子・・・」

「・・・レクター、時間がない」

身をかがめて、私の顔をのぞき込むレクターに、父が咳払いして言う。

「ああ、ごめんよ。なにせ僕の初恋が・・・」

そう言って、私の顔の前で視線を動かしたレスターはそのまま私から離された。父が力づくで私から引きはがしたのだ。

「お父様・・・」

私はようやく口を開いた。見知らぬ、ガタイのいい男に顔を近づけられて、硬直していた体を解き父に向ける。

「私の、魔力を封じるのですか?」

「そうだ。・・・いや、正確にはそうではない」

父はレスターを見た。レスターは、父のせいで乱れた服と髪を整えていたが、促されて頷いた。

「封じるというのは正確じゃないよ。ある一定条件下で、一定条件程度の魔術しか使えないようにするんだ。ある一定条件、というのは例えば魔術の授業のときだけとか。…これの状況設定は難しいけど、当面は家庭教師に照準を合わせておいて、状況が変われば再設定すればいい。一定条件程度の魔術というのは、その通り、君の莫大な魔術は鍵をかけて使えなくする。平均以下、最低レベルの魔力保持者の魔力程度にする。これなら、魔力が使えたり、使えなかったりしてもそんなに違和感はない。」


そう言って、息をついて私の目をしっかり見据えてつづけた。

「この術は、君の同意なしにできないないことだ。無理矢理にすれば、術者である僕も、君もダメージを受ける。正直にいうと、たとえ同意していても無意識に抵抗してしまうものだから、リスクはあるのだけれど、それでも同意して意識的に抵抗を抑えて術を受け入れてもらう必要がある」

「そしてうまくいったとしても、魔力が制限されるというのは、慣れるまでは大変だ。今までのつもりで魔力は使えない。すぐに枯渇するし、それでも無理に使おうとしたら命にかかわる。だから慣れるまでは、魔道具などを装着してもらう。君は、最低レベルでの魔力で最大限の効果を得られるように学ぶ必要がある」

「繰り返すけど、全てこれは君が同意しないとできないことなんだ」

レクターは真剣な目で私を見た。

私は戸惑い、父を見る。

「お父様・・・」

「エラノーラ、状況が変わった」

父が繰り返した。

「早急にお前の魔力を隠す必要がある。この魔術は時間がかかる上に、俺たちには時間がない。レクターも俺も現場を抜けてきている。今すぐに、取り掛かる必要があるんだ。説明は追ってする。エラノーラ、信じてほしい。お前のためだ」

完全に理解したわけでもない、納得したわけでもなかった。

魔力を封じられるのは嫌に決まっている。例えるなら、無理やり視力を落としたら、筋力をおとしたら、これまで通りに生活はできない。不便になる、時間がかかるようになるに決まっている。

しかし、私は父を信じていた。

父が私を守るために動いてくれているのだと。

「お父様を疑ったことはありません」

私は父の目を見て頷いた。そして、レクターの方を見て

「私は同意します。術をかけてください。よろしくお願いいたします」

と淑女の礼をとって言った。










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