15 / 15
夢の終わり③
しおりを挟む
「大丈夫よ、ルース。ただのカゼだもの。もう平気よ」
私はルースの天使のように愛らしい顔を見下ろして答えた。かわいい、私のルース。天使の化身のようなこの弟が、一週間も寝込んでいた姉を心配しないはずがないのだ。
(私の心配をしてくれているのね!なんて、なんて優しい子……!きっと、この一週間、ずっと私の心配をしていたに違いないわ!きっと、私のことをずっと考えてたのよ!)
そう思うと胸に熱いものがこみ上げて、潤む目を弟の顔から引きはがした。自分の心臓の音がうるさい。
(落ち着きなさい!エラノーラ!ルースが見てるのよ!ちゃんとレディとして振る舞いなさい!)
自分に言い聞かせても、胸の動機は収まらない。
【ルースが私の心配をしていた。ルースが私の心配をしていた】
自分の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
目が潤み、視界がぼやけ、体が小刻みに震える。
ルースが私の体を案じてくれているのは、なんともいえない、良い気分だった。しかし、私は弟の前では常に強くて頼もしい姉でありたいのだ。
【魔力保持者との接触厳禁。今が大事なときですよ】
医師の声が脳裏によみがえる。
(これは、いつもの症状よっ!ルースが可愛すぎるだけの問題よ!なんの問題もないわ!)
軽く頭を振って、私は医師の言葉を振り払った。
そして母と弟を食堂へ促した。
私たちはそこで、朝食をとるはずだった。
しかしその時、あの男がやってきたのだ。
無作法で、醜い、父とは似ても似つかぬ男。
父の兄。
グスタフ・ロードヴィス。
☆☆☆☆
一週間前、父ヴァルターが急に戻ってきたと思ったら、私は例の執務室に呼ばれた。行くと部屋には、父の他に見知らぬ人男が一人いた。
「エラノーラ、情勢が変わった。お前の魔力を封じる」
開口一番に父はそう言った。私の反応を待たずに、見知らぬ男を紹介する。
「こちらはレクター。魔法療術などしている男だ。信用できる」
レクターと呼ばれた男は、父より背が低いが、蜂蜜色のやや癖のある髪を肩まで垂らした男だった。目じりが下がっていて、腕を組んでいる姿は少しなよっとして見えるが、筋肉はしっかりついており、なかなか良い体格をしている。
「やあ、はじめましてだね。エラノーラちゃん・・・うわあ、ヴァルターそっくり・・・しかも女の子・・・」
「・・・レクター、時間がない」
身をかがめて、私の顔をのぞき込むレクターに、父が咳払いして言う。
「ああ、ごめんよ。なにせ僕の初恋が・・・」
そう言って、私の顔の前で視線を動かしたレスターはそのまま私から離された。父が力づくで私から引きはがしたのだ。
「お父様・・・」
私はようやく口を開いた。見知らぬ、ガタイのいい男に顔を近づけられて、硬直していた体を解き父に向ける。
「私の、魔力を封じるのですか?」
「そうだ。・・・いや、正確にはそうではない」
父はレスターを見た。レスターは、父のせいで乱れた服と髪を整えていたが、促されて頷いた。
「封じるというのは正確じゃないよ。ある一定条件下で、一定条件程度の魔術しか使えないようにするんだ。ある一定条件、というのは例えば魔術の授業のときだけとか。…これの状況設定は難しいけど、当面は家庭教師に照準を合わせておいて、状況が変われば再設定すればいい。一定条件程度の魔術というのは、その通り、君の莫大な魔術は鍵をかけて使えなくする。平均以下、最低レベルの魔力保持者の魔力程度にする。これなら、魔力が使えたり、使えなかったりしてもそんなに違和感はない。」
そう言って、息をついて私の目をしっかり見据えてつづけた。
「この術は、君の同意なしにできないないことだ。無理矢理にすれば、術者である僕も、君もダメージを受ける。正直にいうと、たとえ同意していても無意識に抵抗してしまうものだから、リスクはあるのだけれど、それでも同意して意識的に抵抗を抑えて術を受け入れてもらう必要がある」
「そしてうまくいったとしても、魔力が制限されるというのは、慣れるまでは大変だ。今までのつもりで魔力は使えない。すぐに枯渇するし、それでも無理に使おうとしたら命にかかわる。だから慣れるまでは、魔道具などを装着してもらう。君は、最低レベルでの魔力で最大限の効果を得られるように学ぶ必要がある」
「繰り返すけど、全てこれは君が同意しないとできないことなんだ」
レクターは真剣な目で私を見た。
私は戸惑い、父を見る。
「お父様・・・」
「エラノーラ、状況が変わった」
父が繰り返した。
「早急にお前の魔力を隠す必要がある。この魔術は時間がかかる上に、俺たちには時間がない。レクターも俺も現場を抜けてきている。今すぐに、取り掛かる必要があるんだ。説明は追ってする。エラノーラ、信じてほしい。お前のためだ」
完全に理解したわけでもない、納得したわけでもなかった。
魔力を封じられるのは嫌に決まっている。例えるなら、無理やり視力を落としたら、筋力をおとしたら、これまで通りに生活はできない。不便になる、時間がかかるようになるに決まっている。
しかし、私は父を信じていた。
父が私を守るために動いてくれているのだと。
「お父様を疑ったことはありません」
私は父の目を見て頷いた。そして、レクターの方を見て
「私は同意します。術をかけてください。よろしくお願いいたします」
と淑女の礼をとって言った。
私はルースの天使のように愛らしい顔を見下ろして答えた。かわいい、私のルース。天使の化身のようなこの弟が、一週間も寝込んでいた姉を心配しないはずがないのだ。
(私の心配をしてくれているのね!なんて、なんて優しい子……!きっと、この一週間、ずっと私の心配をしていたに違いないわ!きっと、私のことをずっと考えてたのよ!)
そう思うと胸に熱いものがこみ上げて、潤む目を弟の顔から引きはがした。自分の心臓の音がうるさい。
(落ち着きなさい!エラノーラ!ルースが見てるのよ!ちゃんとレディとして振る舞いなさい!)
自分に言い聞かせても、胸の動機は収まらない。
【ルースが私の心配をしていた。ルースが私の心配をしていた】
自分の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
目が潤み、視界がぼやけ、体が小刻みに震える。
ルースが私の体を案じてくれているのは、なんともいえない、良い気分だった。しかし、私は弟の前では常に強くて頼もしい姉でありたいのだ。
【魔力保持者との接触厳禁。今が大事なときですよ】
医師の声が脳裏によみがえる。
(これは、いつもの症状よっ!ルースが可愛すぎるだけの問題よ!なんの問題もないわ!)
軽く頭を振って、私は医師の言葉を振り払った。
そして母と弟を食堂へ促した。
私たちはそこで、朝食をとるはずだった。
しかしその時、あの男がやってきたのだ。
無作法で、醜い、父とは似ても似つかぬ男。
父の兄。
グスタフ・ロードヴィス。
☆☆☆☆
一週間前、父ヴァルターが急に戻ってきたと思ったら、私は例の執務室に呼ばれた。行くと部屋には、父の他に見知らぬ人男が一人いた。
「エラノーラ、情勢が変わった。お前の魔力を封じる」
開口一番に父はそう言った。私の反応を待たずに、見知らぬ男を紹介する。
「こちらはレクター。魔法療術などしている男だ。信用できる」
レクターと呼ばれた男は、父より背が低いが、蜂蜜色のやや癖のある髪を肩まで垂らした男だった。目じりが下がっていて、腕を組んでいる姿は少しなよっとして見えるが、筋肉はしっかりついており、なかなか良い体格をしている。
「やあ、はじめましてだね。エラノーラちゃん・・・うわあ、ヴァルターそっくり・・・しかも女の子・・・」
「・・・レクター、時間がない」
身をかがめて、私の顔をのぞき込むレクターに、父が咳払いして言う。
「ああ、ごめんよ。なにせ僕の初恋が・・・」
そう言って、私の顔の前で視線を動かしたレスターはそのまま私から離された。父が力づくで私から引きはがしたのだ。
「お父様・・・」
私はようやく口を開いた。見知らぬ、ガタイのいい男に顔を近づけられて、硬直していた体を解き父に向ける。
「私の、魔力を封じるのですか?」
「そうだ。・・・いや、正確にはそうではない」
父はレスターを見た。レスターは、父のせいで乱れた服と髪を整えていたが、促されて頷いた。
「封じるというのは正確じゃないよ。ある一定条件下で、一定条件程度の魔術しか使えないようにするんだ。ある一定条件、というのは例えば魔術の授業のときだけとか。…これの状況設定は難しいけど、当面は家庭教師に照準を合わせておいて、状況が変われば再設定すればいい。一定条件程度の魔術というのは、その通り、君の莫大な魔術は鍵をかけて使えなくする。平均以下、最低レベルの魔力保持者の魔力程度にする。これなら、魔力が使えたり、使えなかったりしてもそんなに違和感はない。」
そう言って、息をついて私の目をしっかり見据えてつづけた。
「この術は、君の同意なしにできないないことだ。無理矢理にすれば、術者である僕も、君もダメージを受ける。正直にいうと、たとえ同意していても無意識に抵抗してしまうものだから、リスクはあるのだけれど、それでも同意して意識的に抵抗を抑えて術を受け入れてもらう必要がある」
「そしてうまくいったとしても、魔力が制限されるというのは、慣れるまでは大変だ。今までのつもりで魔力は使えない。すぐに枯渇するし、それでも無理に使おうとしたら命にかかわる。だから慣れるまでは、魔道具などを装着してもらう。君は、最低レベルでの魔力で最大限の効果を得られるように学ぶ必要がある」
「繰り返すけど、全てこれは君が同意しないとできないことなんだ」
レクターは真剣な目で私を見た。
私は戸惑い、父を見る。
「お父様・・・」
「エラノーラ、状況が変わった」
父が繰り返した。
「早急にお前の魔力を隠す必要がある。この魔術は時間がかかる上に、俺たちには時間がない。レクターも俺も現場を抜けてきている。今すぐに、取り掛かる必要があるんだ。説明は追ってする。エラノーラ、信じてほしい。お前のためだ」
完全に理解したわけでもない、納得したわけでもなかった。
魔力を封じられるのは嫌に決まっている。例えるなら、無理やり視力を落としたら、筋力をおとしたら、これまで通りに生活はできない。不便になる、時間がかかるようになるに決まっている。
しかし、私は父を信じていた。
父が私を守るために動いてくれているのだと。
「お父様を疑ったことはありません」
私は父の目を見て頷いた。そして、レクターの方を見て
「私は同意します。術をかけてください。よろしくお願いいたします」
と淑女の礼をとって言った。
0
お気に入りに追加
26
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
愛するオトコと愛されないオンナ~面食いだってイイじゃない!?
ルカ(聖夜月ルカ)
恋愛
並外れた面食いの芹香に舞い込んだ訳ありの見合い話…
女性に興味がないなんて、そんな人絶対無理!と思ったけれど、その相手は超イケメンで…
闇夜の姫は、破壊王子に溺愛される。
カヨワイさつき
恋愛
物心ついた時から眠ると、うなされる女の子がいた。
目の下には、いつもクマがある、オリービア。
一方、デルラン王国の第4王子。
ヴィルは、産まれた時から魔力量が多く、
いつも何かしら壊していた。
そんなある日、貴族の成人を祝う儀が
王城で行われることになった。
興味はなかったはずが……。
完結しました❤
お気に入り登録、投票、ありがとうございます。
読んでくださった皆様に、感謝。
すごくうれしいです。😁
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
世界を救いし聖女は、聖女を止め、普通の村娘になり、普通の生活をし、普通の恋愛をし、普通に生きていく事を望みます!
光子
恋愛
私の名前は、リーシャ=ルド=マルリレーナ。
前職 聖女。
国を救った聖女として、王子様と結婚し、優雅なお城で暮らすはずでしたーーーが、
聖女としての役割を果たし終えた今、私は、私自身で生活を送る、普通の生活がしたいと、心より思いました!
だから私はーーー聖女から村娘に転職して、自分の事は自分で出来て、常に傍に付きっ切りでお世話をする人達のいない生活をして、普通に恋愛をして、好きな人と結婚するのを夢見る、普通の女の子に、今日からなります!!!
聖女として身の回りの事を一切せず生きてきた生活能力皆無のリーシャが、器用で優しい生活能力抜群の少年イマルに一途に恋しつつ、優しい村人達に囲まれ、成長していく物語ーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる