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試合
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Q:ここに二人の人間がいます。どちらが強いでしょう?
A:二人に戦わせた結果、勝った方です。
うん、間違いじゃない。間違いじゃないんだけれども。
「なあ、やっぱりやめないか?」
館から少し離れた場所にある、木々に囲まれた土がむき出しの広場。師匠が屋外実験場と定めているその場所で、俺はイクシアと向かい合う。
「なら、服を着ないで館の中を歩いてもいいのね?」
「それも困るけどさ、わざわざ戦う必要なんてないだろ。そもそも俺が貴女を襲う気だったら、こんな正面から挑んだりしない」
「あなたが私を襲う可能性は低いと判断している。でも無いわけじゃない。その時のためにあなたの手の内を把握しておきたい」
疑ってはないけれど、念のためってことか。
「それに、あなた程度に負けるようなら、日常的に警戒していないと生き残れないから。そうでないことの確認」
「……へえ」
イクシアは何とも思ってないんだろうけど、その言い分には少しカチンときた。
「参考までに訊いておきたいんだが、イクシアは俺の実力をどの程度のものだと考えているんだ?」
「不明。でも、戦闘経験は私より少ない」
「成程」
戦闘に不慣れな相手に負けたとあっちゃ、強いだなんて言えないってことかね。
「安心して。私は手加減する。あなたには怪我させない」
「……ふうん。じゃあこっちも手加減するよ。お客様に怪我させるわけにもいかないし」
「駄目。それじゃあ意味がない。手加減したら、あなたは嘘をついたということになる」
「嘘って、大げさだな」
まあ、強いだなんて言っておいていざ戦いになったら手加減するってのは、あまり誠実とは言えないのかもしれないけど。
「魔法でも、道具でも、好きに使っていい。本気でかかってきて」
「やれやれ、分かったよ」
どうしても戦わないと納得してもらえないようだ。説得を諦めた俺は、イクシアと距離を取る。
「ルールは?」
「どちらかが降参するか、私が大怪我をしたら終わり」
「りょーかい」
こっちには本気で来いと言っておいて、イクシアは本当に俺に怪我をさせずに終わらせるつもりらしい。それが自惚れなんかじゃないことが理解できてしまう俺は、余計に腹立たしい気持ちになる。
ああ、ああ、そうだよ。俺はお前に勝てずに逃げ出した腰抜けさ。お前にとっちゃ取るに足らない小物で、勝って当然の相手なんだろうさ。
「私はすぐには攻撃しないから。いつでも好きな時に攻めてきて」
「……もう始めていいってことか?」
「ええ」
「そーかい」
けどな、戦う前から負けを受け入れるほど、大人しくなったつもりはねえ。
「じゃあ、やるぞ」
屈んで地面に両手をつく。
ドドドドドド!
「ん」
直後、実験場内の地面が揺れる。イクシアは腰を低くしてバランスをとるも、その場からは動かず、剣を抜こうともしない。
宣言通り、まだこっちを攻めるつもりはないだようだ。なら、存分に準備させてもらおう。
その後、揺れが続くことおよそ一分。
「む」
イクシアがこちらに向かって動き出す。察しがいいな。もう少し準備したかったけど、やむを得ない。
「ふん!」
魔力を送ると、地面が不自然に隆起し、俺とイクシアの間にいくつもの柱が出現する。土でできているとは言え、魔力の込められたそれはかなりの硬度を持つ。二メートルはある列柱を前にイクシアは――
「ふっ」
「なっ」
義足で跳んだ。ちゃんと膝を曲げ、且つ魔法による補助もしたのか、まだ距離のある柱を飛び越せるほどの跳躍だ。あと一歩踏み込んでいれば、落とし穴にはまっていたのに。
「この」
不要になった柱を崩し、イクシアが越えようとする柱を伸ばす。
「はっ」
残った二本の柱、その間からイクシアが剣を抜こうとしているのが見えた。
「うわ」
迎撃のために更なる備えをしようとして、柱を構成している土、その上半分が操作できないことを悟る。そしてイクシアがぶつかることで崩れたそれは、四度斬られていたことが明らかになった。
「風よ」
そして落下途中のイクシアが下に手をかざすと、猛烈な風が真下に吹き下りた。落とし穴を隠していた土は全て剥がされ、俺も目を守ることを余儀なくされる。
「……まいった」
そう言って見上げると、イクシアが剣を鞘に戻していた。
「納得はできたか?」
「ええ。ありがとう」
「どういたしまして」
下を向いた俺は、めちゃくちゃにした実験場の後片付けを始める。そこまで急ぐ必要は無いので、地面の揺れを最小限にすることを優先して、元の姿へと戻していく。
「でも、これじゃあ私の思う強さには程遠い」
「……どういうことだ?」
顔を上げないで尋ねる。ハンデをつけて戦って、それでも満足していないと?
「今の勝負、私から攻めた。あなたの準備が整ったらマズいと思ったから。それじゃあ駄目。相手の準備が万端であっても、状況が最悪であっても、危なげなく勝利しなくてはならない。それが実現できることが、私にとっての強さだから」
「だから最初動かなかったのか。けど普通、そんな状態になる前にどうにかできるだろ」
「できないわ」
「どうして?」
「フロンティアは、入ってみるまでどんなところか分からないから」
……そういうことか。疲れたところを狙われるのも、数で攻められるのも、フロンティアの中じゃ日常茶飯事だしな。
「だがいくらフロンティアと言えども、本当に何も分からないなんてことないと思うけどな。いきなり現れたものでもなければ、それなりに情報もあるだろうし」
「その情報がいつまでも正しいという保証はないわ。誤った情報を信じて、知らないでいた時よりも悪い状況に陥ることだってある」
「……まさか、その足」
「………………」
やっと見上げることができたイクシアの顔には、心なしか影が差しているような気がした。
A:二人に戦わせた結果、勝った方です。
うん、間違いじゃない。間違いじゃないんだけれども。
「なあ、やっぱりやめないか?」
館から少し離れた場所にある、木々に囲まれた土がむき出しの広場。師匠が屋外実験場と定めているその場所で、俺はイクシアと向かい合う。
「なら、服を着ないで館の中を歩いてもいいのね?」
「それも困るけどさ、わざわざ戦う必要なんてないだろ。そもそも俺が貴女を襲う気だったら、こんな正面から挑んだりしない」
「あなたが私を襲う可能性は低いと判断している。でも無いわけじゃない。その時のためにあなたの手の内を把握しておきたい」
疑ってはないけれど、念のためってことか。
「それに、あなた程度に負けるようなら、日常的に警戒していないと生き残れないから。そうでないことの確認」
「……へえ」
イクシアは何とも思ってないんだろうけど、その言い分には少しカチンときた。
「参考までに訊いておきたいんだが、イクシアは俺の実力をどの程度のものだと考えているんだ?」
「不明。でも、戦闘経験は私より少ない」
「成程」
戦闘に不慣れな相手に負けたとあっちゃ、強いだなんて言えないってことかね。
「安心して。私は手加減する。あなたには怪我させない」
「……ふうん。じゃあこっちも手加減するよ。お客様に怪我させるわけにもいかないし」
「駄目。それじゃあ意味がない。手加減したら、あなたは嘘をついたということになる」
「嘘って、大げさだな」
まあ、強いだなんて言っておいていざ戦いになったら手加減するってのは、あまり誠実とは言えないのかもしれないけど。
「魔法でも、道具でも、好きに使っていい。本気でかかってきて」
「やれやれ、分かったよ」
どうしても戦わないと納得してもらえないようだ。説得を諦めた俺は、イクシアと距離を取る。
「ルールは?」
「どちらかが降参するか、私が大怪我をしたら終わり」
「りょーかい」
こっちには本気で来いと言っておいて、イクシアは本当に俺に怪我をさせずに終わらせるつもりらしい。それが自惚れなんかじゃないことが理解できてしまう俺は、余計に腹立たしい気持ちになる。
ああ、ああ、そうだよ。俺はお前に勝てずに逃げ出した腰抜けさ。お前にとっちゃ取るに足らない小物で、勝って当然の相手なんだろうさ。
「私はすぐには攻撃しないから。いつでも好きな時に攻めてきて」
「……もう始めていいってことか?」
「ええ」
「そーかい」
けどな、戦う前から負けを受け入れるほど、大人しくなったつもりはねえ。
「じゃあ、やるぞ」
屈んで地面に両手をつく。
ドドドドドド!
「ん」
直後、実験場内の地面が揺れる。イクシアは腰を低くしてバランスをとるも、その場からは動かず、剣を抜こうともしない。
宣言通り、まだこっちを攻めるつもりはないだようだ。なら、存分に準備させてもらおう。
その後、揺れが続くことおよそ一分。
「む」
イクシアがこちらに向かって動き出す。察しがいいな。もう少し準備したかったけど、やむを得ない。
「ふん!」
魔力を送ると、地面が不自然に隆起し、俺とイクシアの間にいくつもの柱が出現する。土でできているとは言え、魔力の込められたそれはかなりの硬度を持つ。二メートルはある列柱を前にイクシアは――
「ふっ」
「なっ」
義足で跳んだ。ちゃんと膝を曲げ、且つ魔法による補助もしたのか、まだ距離のある柱を飛び越せるほどの跳躍だ。あと一歩踏み込んでいれば、落とし穴にはまっていたのに。
「この」
不要になった柱を崩し、イクシアが越えようとする柱を伸ばす。
「はっ」
残った二本の柱、その間からイクシアが剣を抜こうとしているのが見えた。
「うわ」
迎撃のために更なる備えをしようとして、柱を構成している土、その上半分が操作できないことを悟る。そしてイクシアがぶつかることで崩れたそれは、四度斬られていたことが明らかになった。
「風よ」
そして落下途中のイクシアが下に手をかざすと、猛烈な風が真下に吹き下りた。落とし穴を隠していた土は全て剥がされ、俺も目を守ることを余儀なくされる。
「……まいった」
そう言って見上げると、イクシアが剣を鞘に戻していた。
「納得はできたか?」
「ええ。ありがとう」
「どういたしまして」
下を向いた俺は、めちゃくちゃにした実験場の後片付けを始める。そこまで急ぐ必要は無いので、地面の揺れを最小限にすることを優先して、元の姿へと戻していく。
「でも、これじゃあ私の思う強さには程遠い」
「……どういうことだ?」
顔を上げないで尋ねる。ハンデをつけて戦って、それでも満足していないと?
「今の勝負、私から攻めた。あなたの準備が整ったらマズいと思ったから。それじゃあ駄目。相手の準備が万端であっても、状況が最悪であっても、危なげなく勝利しなくてはならない。それが実現できることが、私にとっての強さだから」
「だから最初動かなかったのか。けど普通、そんな状態になる前にどうにかできるだろ」
「できないわ」
「どうして?」
「フロンティアは、入ってみるまでどんなところか分からないから」
……そういうことか。疲れたところを狙われるのも、数で攻められるのも、フロンティアの中じゃ日常茶飯事だしな。
「だがいくらフロンティアと言えども、本当に何も分からないなんてことないと思うけどな。いきなり現れたものでもなければ、それなりに情報もあるだろうし」
「その情報がいつまでも正しいという保証はないわ。誤った情報を信じて、知らないでいた時よりも悪い状況に陥ることだってある」
「……まさか、その足」
「………………」
やっと見上げることができたイクシアの顔には、心なしか影が差しているような気がした。
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