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5. 欲求
一歩動かせ
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「俺様がお前らを倒すまでの間に、俺様を一歩動かすことができたら、お前らの勝ちにしてやるよ」
魔力の光を纏うショーゴはそんな提案をしてから、舞台の中央に位置取る。薄膜すら使おうとしない彼からは、絶対的な自信が窺えた。
気に食わない。しかしそれだけの実力があるのも事実だ。その余裕につけこまなければ勝機はない。
私は意識して息を吐くと、チームメンバーに向き直った。
「付き合わせてしまって悪いわね、シイキ、フルル」
「ううん。僕も言われっぱなしじゃ嫌だったからね」
「わ、私も、ユートさんほど強くはないですけど、守られるだけじゃないんだって、示したいです」
「ありがとう、二人とも。それとユートも。私たちのために怒ってくれたこと、嬉しかったわ」
「当たり前だろ。大事な仲間なんだから」
ユートの言葉に、自分の表情が綻ぶのを感じる。
「私も、いえ、私たちも同じ気持ちよ、ユート。その大事な仲間と別れるなんてこと、あってはならないわ。私たちの実力、ショーゴに認めさせてやりましょう」
三人が頷く。全員、やる気は十分だ。
「さて、そうなるとまず戦い方を決めないとね。ユート、ショーゴの戦闘スタイルを教えてくれる?」
「戦いの特徴だよな? ショーゴ兄さんは防御の達人だから、最初は身の守りを優先することが多い。それで防御魔法を上手く使って、相手の動きを操るんだ」
「あ、操る、ですか?」
フルルが疑問を口にする。同じ疑問を抱いた私も、視線で説明を求めた。
「っと悪い。ショーゴ兄さんは、ただ防ぐだけじゃ防御とは呼べない、相手を御してこその防御だって言うんだ。その言葉通り、魔法を使って相手の攻撃を誘導したり、時には騙したりする。さっきの試合でも、とっても大きな防御魔法があるように見せてただろ?」
「え、違うの?」
「ああ。あの魔術式は魔法で見せてたもので、実際はもっと小さかったはずだ。防御魔法もそれなりに大きかったとは思うけど、相手が思っていたほどじゃなかったと思う。多分、攻撃を受ける部分は分厚いけど、端の方は薄いみたいに厚さも調整して防いでたんじゃないかな」
シイキへの答えに、驚きより納得が先に来た。いくら規格外の魔法の使い手だと言っても、あの短時間であれだけの魔術式を用意できたのには違和感があったためだ。
シイキも似たような疑念を抱いていたようで、やっぱりそうだよね、と安堵したような表情で頷いている。
「つまり張りぼてだったってことね。大きい口を叩いていた割には、やることが小さいわ」
「あー、そう考えちゃうとショーゴ兄さんの思う壺だな。実力を勘違いしている奴が一番御しやすいって言ってたし」
「……そう。気をつけるわ」
そうだった。小さな魔術式しか使えないという理由でユートを侮った相手がどうなるか、私は知っているはずじゃないか。しっかりしろ。
「じゃあ正面は狙わずに、上や横から攻撃すればいいってこと?」
「どうかな。正面を厚く見せて、その実周りを固めているってこともあるし」
「え、え? ならやっぱり、正面に集中させた方が?」
「裏の読み合いになるのは避けたいわね。ユートの言う通り相手が御すことに長けているなら、勝ち目は薄いわ」
「おいお前ら! いつまで待たせる気だ? 先に始めてていいのか?」
ショーゴが口を挟んできた。堪え性がないわね。
とは言え、本当に先に始められたらまず勝てない。まだ練りきれていないけど、この思い付きに賭けてみよう。
「作戦を説明するわ」
私は手短に作戦を伝えると、魔法石に魔力を込めた。ここも本当はもっと時間をかけたかったけど仕方がない。
「ようやくかよ」
薄膜を発現させた私たちを見て、ショーゴは魔力の光を纏う。
「薄膜はいらないのかしら?」
「いらねぇよ。無駄口叩いてねぇで、とっととかかってこい」
パァン!
ユートが手を叩く。しかしすぐに飛び出したりはしない。右手に普通の魔術式、左手に楕円形魔術式を形成する。
右手の魔術式から拳大の球、球状にした防御魔法を発現させたユートは、それを手にした右腕に左手で強化魔法を付与し、
「ふっ!」
ガァン!
ショーゴに向かって投げるも、見えない壁に阻まれる。流石に向こうも発現が早い。
だけど、魔法を一度発現させた。それで十分だ。
「フルル!」
「はい! 『アロー』!」
今度は翼を出したフルルに声をかけ、ユートと同時に攻撃させる。
バキィン!
「ほぉ」
フルルの魔法を防いだ防御魔法が割れ、その姿を現す。よく見ると一つは貫通し、その奥にあるもう一つの防御魔法にヒビを入れたところで止まっているようだった。
ユートの攻撃を止めたところは、相変わらず何もないように見える。どうやらヘクターと同様、一つの魔術式で複数の防御魔法を操っているらしい。
なら丁度いい。私は形成が終わった大きな魔術式に魔力を込める。
「啼け、『ブリザード』!」
魔法が発現し、広範囲に氷のつぶてが放たれた。それらは簡単に防がれてしまうが、長く維持するよう調整された氷は、ショーゴを守る防御魔法の位置を徐々に浮かび上がらせていく。思った通り、ショーゴ自身を守るものの他にも複数の防御魔法が存在していた。
っ! 防御魔法の一つがこちらに向かってきている!?
「ユート!」
「分かってる!」
私の後ろを回ったユートは、大規模魔法の準備をしているシイキの前に躍り出た。
ゴゴン!
ユートの防御魔法に阻まれた透明な球体は地面に落下し、中から光を洩らすようにして空気に溶けていく。無事防げたようだ。
もう攻撃を仕掛けてくるなんて。あと少し遅かったら危なかったわね。
「ありがとう、ユート君」
「おう。魔術式はどうだ?」
「もう少しってところかな」
「了解」
だけど結果的にシイキの魔法も妨害されず、ショーゴの防御を一つ消すことにもなった。ここまでは完璧……。
……本当に?
いや、迷うな。作戦は順調だ。透明な魔法は雪化粧で見えるようになり、逆にショーゴの方はこちらが何をしているか分からなくなった。あとは相手の攻撃に注意しつつ牽制を続けて、その間に大規模魔法を準備できればいい。
この戦いは負けられないんだ。どんな手段を使ってでも、勝ちを取りに行く。
もう少しでシイキの魔法が完成する。私の魔法は間に合わないだろうけど問題ない。フルルが正面に圧力をかけ、ユートは高く跳んで注意を引く。
そしてシイキの『ブレイド・ルーツ』で全方位攻撃。そう思わせて、さっきの戦いでできた地面の穴に刃の大半を向かわせる。ショーゴの位置に近い穴を通じて下から攻撃すれば、倒せずとも動かすことくらいは――
「あ」
――違う!
「プランBよ!」
「え?」
「ええっ!?」
「っ、分かった!」
突然の作戦変更にシイキとフルルが動揺を見せる。それでも二人とも了承してくれたようだった。
ごめんなさい。ありがとう。
「ユート、防御お願い!」
「ああ!」
私は最後に『ブリザード』を上に向けて放つと、魔術式を放棄して新たな魔法の準備に移る。シイキも魔術式を改変し、フルルも大規模魔法の準備を始めた。これでもう、後戻りはできない。腹を据えるしかない。迷う必要もない。
そう、迷うことなんてなかった。私たちは四人で、あのライト先輩にも勝ったんだ。このチームにはそれだけの実力がある。一歩動かすだけでいいなんて言う相手の甘言などに乗せられず、自信を持って正面から全力をぶつけてやればいいんだ。そしてショーゴの守りを打ち破ってこそ、ユートに守られるだけじゃないという証明になる!
ゴゴッ! ゴゴン!
早く攻撃してこいと挑発するように、透明な魔法が飛んでくる。飛来するそれらはユートが防いだ。しかしそれもまだ『ブリザード』の氷が残っているからだ。いくらユートでも見えない魔法は防げないだろう。
「おいおい、晴らして良かったのか?」
姿を消しつつある防御魔法の奥でショーゴが何かを言ってるようだが、気にしている余裕はない。あと二つ……。
ゴゴゴゴッ!
四つかそれ以上の音が同時に響く。私たち全員を一度に狙った攻撃を、維持される時間を長くした防御魔法を事前に用意して防いだのだろう。頼もしい彼への礼の言葉を呑み込み、魔法の準備に集中する。あと一つ。
「ほぉら、見えなくなったぞ」
どうやら完全に雪が解けたようだ。不可視の攻撃が今まさに迫ってきていることだろう。
でも、あと一度だけなら……。
「見えた!」
打ち上げていた『ブリザード』が時間差で降り注ぐ。上空の風により多少ずれただろうが、それにより僅かながら相手の魔法が再び見えるようになったはずだ。小さな魔法ならそのまま落とすこともできただろう。
ゴゴゴッ!
残った魔法をユートが防ぐ。そして、魔術式も完成した。
「シイキ!」
「うん! 切り結べ、『ブレイド・バド』!」
直径二メートルはあろうかというシイキの魔術式が光り輝き、六つの黒い刃が飛び出す。刃は一度広がってから、渦を巻くようにして寄り集まると、螺旋を描いて直進した。ガギギギ、と刃同士が当たる音が響く。
ガリィン!
ネジのようになった黒刃は、ショーゴの防御魔法に半ば食い込む形で止まった。何も無いように見えた空間にヒビが入るも、ショーゴとの間にはまだ距離がある。
相手の防御魔法は相当な厚さと硬さだ。シイキの魔法だけで突破できるとは思っていなかったけど、もう少し詰められるとは期待していたのに。
ただ、楔は打ち込めた。
「ごめん……ここまでだ」
「十分よ。ユート!」
「ああ!」
魔術式を構えた私をユートが運ぶ。シイキの魔法は魔術式に近い方から消えていき、頑丈な先端だけが残るようになっている。私はシイキの正面に立つと、今まさにシイキが攻撃した箇所へと追撃を仕掛けた。
三つに連なった、魔術式を以て。
「突き進め、『アイス・ピラー』!」
詠唱と同時に、意思の力が込められた魔術式が光り、円柱状の氷塊が出現した。以前のものより速度と強度を増した魔法が直進し、漆黒の杭を打ちつける――!
パギィン!
甲高い音が響き、防御魔法に走るヒビが深くなった。しかし未だに防御魔法は崩れない。
くっ、これでも足りないの!? でも!
「『ブレイク』っ!」
ボボボボボボボォン!
魔術式の一つに魔力を注ぎ、氷塊の中に仕込んでいた魔力を手前から順に炸裂させる。氷の欠片が舞い上がり、崩壊させる力が杭を押し込んだ。
「フルル!」
「はい! 行って、『トリプル・アロー』!」
そして、自力で私の前に移動したフルルが、翼と手で支えた魔術式を輝かせる。そこから飛び出した三本の矢は、氷の柱が通った軌跡を辿り、最後の一押しを――!
バァン! ガラガラガラガラ!
「っ……!」
……防御魔法は、確かに破った。一本目で貫き、二本目が押し込んだ。予想以上に大きなガラスのような防御魔法が崩れるのが見えた。
しかしその先、何もない空間に飛び出たシイキの魔法は落下し、三本目の矢が奥にあったもう一つの防御魔法に突き刺さった。
届かなかった。私たちの全力は、あと一歩足りなかった。
「残念だったな」
ショーゴの声が届く。本当に、その通り。とても残念だ。
――結局、ユートを頼ることになるなんて。
◇ ◇ ◇
「連成よ、ユート」
ライト先輩方との四対一の試合を終えた日の翌朝、私はユートにそう言った。日が長くなったお陰で、彼の困惑する表情はよく見えた。
「連成って、複数の魔術式を繋げるやつだよな? マシーナ魔法学院のカールが使ってた」
「ええ」
「いや、でもあれ、普通に作るよりも魔術式を維持する魔力が多く必要なんだろ? だったら余計規模が小さくなるんじゃ」
「そうね。でももし、維持する魔力が不要だとしたら?」
ユートの目が大きくなる。そんなことがありうるのか。視線での問いに、頷いて返す。
「不要というのは、少し大げさだけどね。ただ、維持のための魔力を考慮する必要がなくなるのは確かよ」
「どうやって!?」
「落ち着いて」
ユートが顔を近づけたので、自分にも言い聞かせるつもりで口にする。ユートは小さく唸って元の位置に戻った。私は軽く耳にかかった髪を払う。
「先ずは、そもそもどうして維持するのに魔力が必要になるか、という話からね」
「それは、魔力が空気に溶けるからだろ?」
「正解よ。体外に放出された魔力は、そのままでは消えてしまうわ。それで?」
「それで、って言われてもそれだけだな。だから魔術式を形成するにしても、多少空気に溶けても問題ないよう、必要以上の魔力を使わないといけない。ある程度形になれば溶けにくくなるけど、やっぱり維持するためには魔力が必要になる。……合ってるよな?」
「合ってるわ」
魔力は氷のようなものだ。そのままでは溶けて消えてしまう。魔術式も、最低限の魔力しか使ってなければすぐに形を崩す。だから維持するための魔力が別途必要になる。
「なら次、魔力を使うのは前提条件として、その魔力をどうやって維持に利用するのか」
「うーん、外から注ぎ続けるか、中に維持用の魔力を溜め込んでおくか、魔術式自体の線を太くするか、かな」
「そうね。どれも正解」
「けど、どの方法でもその分の魔力を考えなきゃいけないぞ」
「ええ。どれも意識して魔力を扱わなければ実現できない方法だわ」
魔衣の維持は少し例外的だけど、今はややこしくなるから言及しない。
「なら、」
「それ以外の方法で、維持できればいい」
そして、言葉尻に被せるように言い放つ。ユートは口を閉じて、暫く考えてから首を横に振る。
「駄目だ、分からない。他に維持する方法があるのか?」
「あるわ。とても難しいでしょうし非効率的だけど、あなたにならできるかもしれない方法が」
問題は氷が解けること。ならば、氷を厚くする以外にも対処方法はある。
「魔術式の周りに、魔力を留めておくのよ」
氷が解けないよう、周囲の温度を下げればいい。
◇ ◇ ◇
振り向くと、中腰になり体の前で両手を向かい合わせているユートの姿が見えた。全身から漏れ出る魔力の淡い光が、体の周りを漂っては消えていく。
その手の間には、魔力を供給されて光る五つの魔術式が連なっていた。
パァン! ドォッ!
強化魔法を発現させた魔術式が消えるのと、ユートが手を叩くのはほぼ同時だった。一拍置いて、全身に強化魔法の光を纏ったユートが飛び出していく。足場として発現した防御魔法が、ユートの蹴りで変形するのが辛うじて見えた。
「なっ!?」
ショーゴの声に初めて動揺が混じる。地面にも透明な魔法を潜めていたのか、氷の欠片を持ち上げたそれらがユートの迎撃に向かった。しかしユートの驚異的な速さには追いつかない。
バリィン!
「……やっぱお前はサイコーだな、ユート」
「……そんな」
フルルの矢に蹴りを入れた形で、ユートは静止していた。その薄膜が一瞬強く光って消える。ショーゴの魔法が当たったのだろう。
ユートが足を下ろす。ショーゴを守る魔法は消えていた。しかしフルルの放った矢も存在しない。衝撃に耐えきれず、折れて消えてしまったのか。
ショーゴはその場に留まったままで――
「え?」
敗北を確信した時、ショーゴが一歩後ろに下がった。直後、空から何かが落ちてきて、大きな音を立てる。
あれはまさか、ユートの防御魔法? 連成の前に投げていたの?
「ドンピシャだったな。よく俺様の立ち位置に落とせたもんだ」
「運が良かっただけだ。シルファが魔法を空に打ち上げた時と、風の向きが変わってなかった」
「それは運が良いとは言わねぇよ」
「まあ、そこはどっちでもいいんだけどな。それより、俺の仲間たちは強かっただろ?」
「ああ、認めてやる」
そう言って、ショーゴは背後に倒れた。
魔力の光を纏うショーゴはそんな提案をしてから、舞台の中央に位置取る。薄膜すら使おうとしない彼からは、絶対的な自信が窺えた。
気に食わない。しかしそれだけの実力があるのも事実だ。その余裕につけこまなければ勝機はない。
私は意識して息を吐くと、チームメンバーに向き直った。
「付き合わせてしまって悪いわね、シイキ、フルル」
「ううん。僕も言われっぱなしじゃ嫌だったからね」
「わ、私も、ユートさんほど強くはないですけど、守られるだけじゃないんだって、示したいです」
「ありがとう、二人とも。それとユートも。私たちのために怒ってくれたこと、嬉しかったわ」
「当たり前だろ。大事な仲間なんだから」
ユートの言葉に、自分の表情が綻ぶのを感じる。
「私も、いえ、私たちも同じ気持ちよ、ユート。その大事な仲間と別れるなんてこと、あってはならないわ。私たちの実力、ショーゴに認めさせてやりましょう」
三人が頷く。全員、やる気は十分だ。
「さて、そうなるとまず戦い方を決めないとね。ユート、ショーゴの戦闘スタイルを教えてくれる?」
「戦いの特徴だよな? ショーゴ兄さんは防御の達人だから、最初は身の守りを優先することが多い。それで防御魔法を上手く使って、相手の動きを操るんだ」
「あ、操る、ですか?」
フルルが疑問を口にする。同じ疑問を抱いた私も、視線で説明を求めた。
「っと悪い。ショーゴ兄さんは、ただ防ぐだけじゃ防御とは呼べない、相手を御してこその防御だって言うんだ。その言葉通り、魔法を使って相手の攻撃を誘導したり、時には騙したりする。さっきの試合でも、とっても大きな防御魔法があるように見せてただろ?」
「え、違うの?」
「ああ。あの魔術式は魔法で見せてたもので、実際はもっと小さかったはずだ。防御魔法もそれなりに大きかったとは思うけど、相手が思っていたほどじゃなかったと思う。多分、攻撃を受ける部分は分厚いけど、端の方は薄いみたいに厚さも調整して防いでたんじゃないかな」
シイキへの答えに、驚きより納得が先に来た。いくら規格外の魔法の使い手だと言っても、あの短時間であれだけの魔術式を用意できたのには違和感があったためだ。
シイキも似たような疑念を抱いていたようで、やっぱりそうだよね、と安堵したような表情で頷いている。
「つまり張りぼてだったってことね。大きい口を叩いていた割には、やることが小さいわ」
「あー、そう考えちゃうとショーゴ兄さんの思う壺だな。実力を勘違いしている奴が一番御しやすいって言ってたし」
「……そう。気をつけるわ」
そうだった。小さな魔術式しか使えないという理由でユートを侮った相手がどうなるか、私は知っているはずじゃないか。しっかりしろ。
「じゃあ正面は狙わずに、上や横から攻撃すればいいってこと?」
「どうかな。正面を厚く見せて、その実周りを固めているってこともあるし」
「え、え? ならやっぱり、正面に集中させた方が?」
「裏の読み合いになるのは避けたいわね。ユートの言う通り相手が御すことに長けているなら、勝ち目は薄いわ」
「おいお前ら! いつまで待たせる気だ? 先に始めてていいのか?」
ショーゴが口を挟んできた。堪え性がないわね。
とは言え、本当に先に始められたらまず勝てない。まだ練りきれていないけど、この思い付きに賭けてみよう。
「作戦を説明するわ」
私は手短に作戦を伝えると、魔法石に魔力を込めた。ここも本当はもっと時間をかけたかったけど仕方がない。
「ようやくかよ」
薄膜を発現させた私たちを見て、ショーゴは魔力の光を纏う。
「薄膜はいらないのかしら?」
「いらねぇよ。無駄口叩いてねぇで、とっととかかってこい」
パァン!
ユートが手を叩く。しかしすぐに飛び出したりはしない。右手に普通の魔術式、左手に楕円形魔術式を形成する。
右手の魔術式から拳大の球、球状にした防御魔法を発現させたユートは、それを手にした右腕に左手で強化魔法を付与し、
「ふっ!」
ガァン!
ショーゴに向かって投げるも、見えない壁に阻まれる。流石に向こうも発現が早い。
だけど、魔法を一度発現させた。それで十分だ。
「フルル!」
「はい! 『アロー』!」
今度は翼を出したフルルに声をかけ、ユートと同時に攻撃させる。
バキィン!
「ほぉ」
フルルの魔法を防いだ防御魔法が割れ、その姿を現す。よく見ると一つは貫通し、その奥にあるもう一つの防御魔法にヒビを入れたところで止まっているようだった。
ユートの攻撃を止めたところは、相変わらず何もないように見える。どうやらヘクターと同様、一つの魔術式で複数の防御魔法を操っているらしい。
なら丁度いい。私は形成が終わった大きな魔術式に魔力を込める。
「啼け、『ブリザード』!」
魔法が発現し、広範囲に氷のつぶてが放たれた。それらは簡単に防がれてしまうが、長く維持するよう調整された氷は、ショーゴを守る防御魔法の位置を徐々に浮かび上がらせていく。思った通り、ショーゴ自身を守るものの他にも複数の防御魔法が存在していた。
っ! 防御魔法の一つがこちらに向かってきている!?
「ユート!」
「分かってる!」
私の後ろを回ったユートは、大規模魔法の準備をしているシイキの前に躍り出た。
ゴゴン!
ユートの防御魔法に阻まれた透明な球体は地面に落下し、中から光を洩らすようにして空気に溶けていく。無事防げたようだ。
もう攻撃を仕掛けてくるなんて。あと少し遅かったら危なかったわね。
「ありがとう、ユート君」
「おう。魔術式はどうだ?」
「もう少しってところかな」
「了解」
だけど結果的にシイキの魔法も妨害されず、ショーゴの防御を一つ消すことにもなった。ここまでは完璧……。
……本当に?
いや、迷うな。作戦は順調だ。透明な魔法は雪化粧で見えるようになり、逆にショーゴの方はこちらが何をしているか分からなくなった。あとは相手の攻撃に注意しつつ牽制を続けて、その間に大規模魔法を準備できればいい。
この戦いは負けられないんだ。どんな手段を使ってでも、勝ちを取りに行く。
もう少しでシイキの魔法が完成する。私の魔法は間に合わないだろうけど問題ない。フルルが正面に圧力をかけ、ユートは高く跳んで注意を引く。
そしてシイキの『ブレイド・ルーツ』で全方位攻撃。そう思わせて、さっきの戦いでできた地面の穴に刃の大半を向かわせる。ショーゴの位置に近い穴を通じて下から攻撃すれば、倒せずとも動かすことくらいは――
「あ」
――違う!
「プランBよ!」
「え?」
「ええっ!?」
「っ、分かった!」
突然の作戦変更にシイキとフルルが動揺を見せる。それでも二人とも了承してくれたようだった。
ごめんなさい。ありがとう。
「ユート、防御お願い!」
「ああ!」
私は最後に『ブリザード』を上に向けて放つと、魔術式を放棄して新たな魔法の準備に移る。シイキも魔術式を改変し、フルルも大規模魔法の準備を始めた。これでもう、後戻りはできない。腹を据えるしかない。迷う必要もない。
そう、迷うことなんてなかった。私たちは四人で、あのライト先輩にも勝ったんだ。このチームにはそれだけの実力がある。一歩動かすだけでいいなんて言う相手の甘言などに乗せられず、自信を持って正面から全力をぶつけてやればいいんだ。そしてショーゴの守りを打ち破ってこそ、ユートに守られるだけじゃないという証明になる!
ゴゴッ! ゴゴン!
早く攻撃してこいと挑発するように、透明な魔法が飛んでくる。飛来するそれらはユートが防いだ。しかしそれもまだ『ブリザード』の氷が残っているからだ。いくらユートでも見えない魔法は防げないだろう。
「おいおい、晴らして良かったのか?」
姿を消しつつある防御魔法の奥でショーゴが何かを言ってるようだが、気にしている余裕はない。あと二つ……。
ゴゴゴゴッ!
四つかそれ以上の音が同時に響く。私たち全員を一度に狙った攻撃を、維持される時間を長くした防御魔法を事前に用意して防いだのだろう。頼もしい彼への礼の言葉を呑み込み、魔法の準備に集中する。あと一つ。
「ほぉら、見えなくなったぞ」
どうやら完全に雪が解けたようだ。不可視の攻撃が今まさに迫ってきていることだろう。
でも、あと一度だけなら……。
「見えた!」
打ち上げていた『ブリザード』が時間差で降り注ぐ。上空の風により多少ずれただろうが、それにより僅かながら相手の魔法が再び見えるようになったはずだ。小さな魔法ならそのまま落とすこともできただろう。
ゴゴゴッ!
残った魔法をユートが防ぐ。そして、魔術式も完成した。
「シイキ!」
「うん! 切り結べ、『ブレイド・バド』!」
直径二メートルはあろうかというシイキの魔術式が光り輝き、六つの黒い刃が飛び出す。刃は一度広がってから、渦を巻くようにして寄り集まると、螺旋を描いて直進した。ガギギギ、と刃同士が当たる音が響く。
ガリィン!
ネジのようになった黒刃は、ショーゴの防御魔法に半ば食い込む形で止まった。何も無いように見えた空間にヒビが入るも、ショーゴとの間にはまだ距離がある。
相手の防御魔法は相当な厚さと硬さだ。シイキの魔法だけで突破できるとは思っていなかったけど、もう少し詰められるとは期待していたのに。
ただ、楔は打ち込めた。
「ごめん……ここまでだ」
「十分よ。ユート!」
「ああ!」
魔術式を構えた私をユートが運ぶ。シイキの魔法は魔術式に近い方から消えていき、頑丈な先端だけが残るようになっている。私はシイキの正面に立つと、今まさにシイキが攻撃した箇所へと追撃を仕掛けた。
三つに連なった、魔術式を以て。
「突き進め、『アイス・ピラー』!」
詠唱と同時に、意思の力が込められた魔術式が光り、円柱状の氷塊が出現した。以前のものより速度と強度を増した魔法が直進し、漆黒の杭を打ちつける――!
パギィン!
甲高い音が響き、防御魔法に走るヒビが深くなった。しかし未だに防御魔法は崩れない。
くっ、これでも足りないの!? でも!
「『ブレイク』っ!」
ボボボボボボボォン!
魔術式の一つに魔力を注ぎ、氷塊の中に仕込んでいた魔力を手前から順に炸裂させる。氷の欠片が舞い上がり、崩壊させる力が杭を押し込んだ。
「フルル!」
「はい! 行って、『トリプル・アロー』!」
そして、自力で私の前に移動したフルルが、翼と手で支えた魔術式を輝かせる。そこから飛び出した三本の矢は、氷の柱が通った軌跡を辿り、最後の一押しを――!
バァン! ガラガラガラガラ!
「っ……!」
……防御魔法は、確かに破った。一本目で貫き、二本目が押し込んだ。予想以上に大きなガラスのような防御魔法が崩れるのが見えた。
しかしその先、何もない空間に飛び出たシイキの魔法は落下し、三本目の矢が奥にあったもう一つの防御魔法に突き刺さった。
届かなかった。私たちの全力は、あと一歩足りなかった。
「残念だったな」
ショーゴの声が届く。本当に、その通り。とても残念だ。
――結局、ユートを頼ることになるなんて。
◇ ◇ ◇
「連成よ、ユート」
ライト先輩方との四対一の試合を終えた日の翌朝、私はユートにそう言った。日が長くなったお陰で、彼の困惑する表情はよく見えた。
「連成って、複数の魔術式を繋げるやつだよな? マシーナ魔法学院のカールが使ってた」
「ええ」
「いや、でもあれ、普通に作るよりも魔術式を維持する魔力が多く必要なんだろ? だったら余計規模が小さくなるんじゃ」
「そうね。でももし、維持する魔力が不要だとしたら?」
ユートの目が大きくなる。そんなことがありうるのか。視線での問いに、頷いて返す。
「不要というのは、少し大げさだけどね。ただ、維持のための魔力を考慮する必要がなくなるのは確かよ」
「どうやって!?」
「落ち着いて」
ユートが顔を近づけたので、自分にも言い聞かせるつもりで口にする。ユートは小さく唸って元の位置に戻った。私は軽く耳にかかった髪を払う。
「先ずは、そもそもどうして維持するのに魔力が必要になるか、という話からね」
「それは、魔力が空気に溶けるからだろ?」
「正解よ。体外に放出された魔力は、そのままでは消えてしまうわ。それで?」
「それで、って言われてもそれだけだな。だから魔術式を形成するにしても、多少空気に溶けても問題ないよう、必要以上の魔力を使わないといけない。ある程度形になれば溶けにくくなるけど、やっぱり維持するためには魔力が必要になる。……合ってるよな?」
「合ってるわ」
魔力は氷のようなものだ。そのままでは溶けて消えてしまう。魔術式も、最低限の魔力しか使ってなければすぐに形を崩す。だから維持するための魔力が別途必要になる。
「なら次、魔力を使うのは前提条件として、その魔力をどうやって維持に利用するのか」
「うーん、外から注ぎ続けるか、中に維持用の魔力を溜め込んでおくか、魔術式自体の線を太くするか、かな」
「そうね。どれも正解」
「けど、どの方法でもその分の魔力を考えなきゃいけないぞ」
「ええ。どれも意識して魔力を扱わなければ実現できない方法だわ」
魔衣の維持は少し例外的だけど、今はややこしくなるから言及しない。
「なら、」
「それ以外の方法で、維持できればいい」
そして、言葉尻に被せるように言い放つ。ユートは口を閉じて、暫く考えてから首を横に振る。
「駄目だ、分からない。他に維持する方法があるのか?」
「あるわ。とても難しいでしょうし非効率的だけど、あなたにならできるかもしれない方法が」
問題は氷が解けること。ならば、氷を厚くする以外にも対処方法はある。
「魔術式の周りに、魔力を留めておくのよ」
氷が解けないよう、周囲の温度を下げればいい。
◇ ◇ ◇
振り向くと、中腰になり体の前で両手を向かい合わせているユートの姿が見えた。全身から漏れ出る魔力の淡い光が、体の周りを漂っては消えていく。
その手の間には、魔力を供給されて光る五つの魔術式が連なっていた。
パァン! ドォッ!
強化魔法を発現させた魔術式が消えるのと、ユートが手を叩くのはほぼ同時だった。一拍置いて、全身に強化魔法の光を纏ったユートが飛び出していく。足場として発現した防御魔法が、ユートの蹴りで変形するのが辛うじて見えた。
「なっ!?」
ショーゴの声に初めて動揺が混じる。地面にも透明な魔法を潜めていたのか、氷の欠片を持ち上げたそれらがユートの迎撃に向かった。しかしユートの驚異的な速さには追いつかない。
バリィン!
「……やっぱお前はサイコーだな、ユート」
「……そんな」
フルルの矢に蹴りを入れた形で、ユートは静止していた。その薄膜が一瞬強く光って消える。ショーゴの魔法が当たったのだろう。
ユートが足を下ろす。ショーゴを守る魔法は消えていた。しかしフルルの放った矢も存在しない。衝撃に耐えきれず、折れて消えてしまったのか。
ショーゴはその場に留まったままで――
「え?」
敗北を確信した時、ショーゴが一歩後ろに下がった。直後、空から何かが落ちてきて、大きな音を立てる。
あれはまさか、ユートの防御魔法? 連成の前に投げていたの?
「ドンピシャだったな。よく俺様の立ち位置に落とせたもんだ」
「運が良かっただけだ。シルファが魔法を空に打ち上げた時と、風の向きが変わってなかった」
「それは運が良いとは言わねぇよ」
「まあ、そこはどっちでもいいんだけどな。それより、俺の仲間たちは強かっただろ?」
「ああ、認めてやる」
そう言って、ショーゴは背後に倒れた。
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