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5. 欲求
ショーゴさんの言い分
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「圧倒的、だったわね」
試合が終わってから、シルファがぽつりと呟く。僕は頷いて同意した。
「……うん。ユート君の言う通り、あのメイガスト魔法女学院の生徒四人が束になっても敵わなかったね」
「ファリサさんたちも強かったのに、ショーゴさんは何と言うか、次元が違いました……」
「次元の違う強さ、そうね。その表現が一番的を射ていると思うわ」
言って、シルファが立ち上がる。ユート君と合流するつもりだろう。僕もゆっくり腰を上げて、シルファの後に続く。
今の試合を観て、魔術式の小さいユート君が、グリマール魔法学院の生徒たちに物怖じしない理由が分かった気がした。あんな規格外の大きさの魔術式を知っていたら、僕の魔術式でさえ大したものには映らなかっただろう。ユート君にとっては、ショーゴさん以下の大きさの魔術式は常識の範囲内だったってわけだ。あれを知った上で最強の魔法使いを目指しているんだから、やっぱりユート君はすごい。すごいと言うより、恐い。
僕もあのくらい大きな魔術式を見たことはあるけど、勝とうだなんて思ったこともなかった。それでも、少しでも近づこうと努力を重ねてきたつもりだった。
だけど、あの大きさの魔術式を、たった一人で、あんな短時間で形成するなんて。確かにこの目で見たけれど、まだ信じられなかった。
「よぉユート! サイコーの働きだったぜ」
「防御はまだまだなんだろ?」
「それはそれだ」
「あ、ありえませんわ……こんな、こんな……」
舞台に近づくと、ショーゴの喜ぶ声とファリサさんの震える声が聞こえてきた。舞台の端に固まった四人は、さっきとは別人のように顔を暗くしている。
無理もない。端で見ていた僕でさえ、すごいショックを受けたのだから。
その前に立つショーゴさんは、体の周りに漂う魔力の光に照らされた顔に笑みを浮かべていた。
「ま、これが現実ってやつだ。勉強になったな」
「細工……そう、細工ですわ! 何かこの舞台に、大掛かりな仕掛けが!」
「ははっ! 面白い妄想だな。ほれ、もっと吠えてみろ、負け犬」
「なんですって!?」
「言い過ぎだよ、ショーゴ兄さん」
「ああ、悪かったな」
「ファリサさんも、負けを認められない気持ちは分かるけど、悔しくても受け入れなきゃ成長できないぞ」
「黙りなさい! あんな小さな魔術式しか作れない弱い男のくせに――」
あ。
「ショーゴ兄さん!」
「え?」
『弱い』はユート君にとって禁句だ。だからファリサさんに詰め寄るかと思ったのに、ユート君はショーゴさんの前に立ち塞がるように動いた。
「大丈夫、俺は大丈夫だから」
「……止めるなユート。俺様が許せねぇんだ」
「ひっ!」
真顔になったショーゴさんはいつの間にか、上に向けた手の魔術式から頭大の火球を発現させていた。ファリサさんが声を引きつらせる。急変する状況に、僕は口を半開きにすることしかできなかった。
「ショーゴさん。その魔法、消してくれるわよね?」
魔術式を構えるピアサさんが、一段低い声で問いかける。ショーゴさんは振り返らないまま答えた。
「あんたがこいつの口を閉じねぇから、代わりに閉じてやろうってんだ。邪魔すんじゃねぇ」
「……気分を害してしまってごめんなさい。もう余計なことは言わせないから、どうか許してくれないかしら?」
「今更そんな言葉を信用しろって?」
「私たちの目的は達したわ。今すぐこの学校から立ち去る。それならもう気を悪くさせることもないでしょう?」
「………………」
「ショーゴ兄さん、俺からも頼む」
「……ちっ。ヴィクトル!」
魔法をかき消したショーゴさんは、舞台の下で控えていたヴィクトルさんに声をかける。
「こいつら外に連れてけ」
「はい」
「ありがとう。さ、皆行くわよ」
「………………」
ピアサさんの言葉に、メイガスト魔法女学院の四人は黙ってついていく。その姿が見えなくなるまで、それ以上誰も一言も発さなかった。
「もう行っていいか?」
初めに口を開いたのは、審判をしてくれたパスカル先生だった。それに対しショーゴさんは、さっきまでの調子に戻って答える。
「ああ。ありがとな、パスカル先生」
「なに。いい試合が見れた」
短く言って、パスカル先生も去っていく。
「それではショーゴ様、私も失礼いたします」
「おう。ああそうだ、鐘を支える台について、軽く確認しといてくれ」
「かしこまりました」
「ヤン。モネを手伝ってやってくれ」
「分かったでやんす」
そして、モネさんとヤン君も居なくなる。残ったのは僕たち四人とショーゴさんだけだ。
「さぁて、ようやく話ができるな、ユート。それと、ユートの仲間ども」
舞台の上に立つショーゴさんが僕らを一瞥する。
「そんなところにいたんじゃ話しづれぇ。上がってこい」
「………………」
シルファは無言で舞台に上る。僕とフルルもその後に続いた。既に舞台上にいるユート君はシルファの横に並ぶ。
「余興はどうだった? ちったぁ楽しめたか?」
「……そうですね。興味深い試合を観れて良かったです」
「楽しかったかどうかを聞いたんだが、まあ良かったのならいいか」
はっはっは、と笑ってから、ショーゴさんは笑みを消す。
「ところでお前らは、さっきのクソ女どもより強いのか?」
「はい?」
「観てたろ、試合。あれ見て自分の方が強いって思ったか?」
「………………」
シルファは答えない。僕たちも、下手に答えてはいけない気がして、結局黙ったままになる。
「……成程。あいつらは、お前らよりかは強いのか。そうかそうか」
腕を組んだショーゴさんは何度か頷くと、顔全体で笑みを作る。
「ならなんの問題もねぇな! 今日はお前のために、サイコーの歓迎パーティーを開くぞ、ユート!」
「歓迎、パーティー?」
自分の口で繰り返して、その真意を測る。普通に考えたら、ショーゴさんに会いに来たユート君を迎える催しなんだろうけど、それと僕たちの実力に何の関係が?
「……それはまさか、ユートをあなたが引き取るという意味ではないでしょうね?」
「あっ」
「ええっ!?」
そういうことか。シルファの指摘による気づきは、ショーゴさんが鷹揚に頷くことで正しいことを示される。
「それ以外の意味はねぇだろ。実力不足の奴らが近くに居ちゃあ、ユートにとって良くねぇ。ユートは俺様たちと一緒に居るべきだ」
「それを決めるのはあなたではないわ」
「いいや、俺様が決める。何故なら俺様が気に食わねぇからだ」
「自分の都合で他人を振り回そうと言うの?」
「あぁ? んなもん多かれ少なかれお前らもやってんだろうが。じゃあ訊くがな、目の前で知り合いが死のうとしてたら、お前は黙って見てんのか?」
「随分な極論ね」
「ユートに限っちゃそうでもねぇさ。自分が死にかけても他人を助ける男だ。だからそうならねぇよう、助けもいらねぇくらい強い奴が周りにいなきゃダメなんだ」
「あ……」
僕は遠足と依頼を思い出す。そのどちらでもユート君は、自分の危険も顧みず助けに向かう選択をした。そして、遠足でボロボロになっていたにも関わらず、それから間もない依頼の時も、現役の魔導士の人たちでさえ敵わない竜に立ち向かった。
自分が死にかけても他人を助ける。そのことは否定できなかった。
「そうかも知れないわね。でも私たちはユートの足手まといになるほど弱くは、んんっ、実力で劣っているわけではないわ」
シルファは負けじと言い返す。僕自身も、大きな魔術式を作れるし、一対一ならほとんど負けることもないから、ユート君と比較して圧倒的に劣っているとは思っていない。フルルだって、翼を使えるようになってからはユート君に勝つことも増えてきたから、僕目線では十分実力があるように見える。
でも、
「お前の言う実力ってのは、さっきみたいな遊びの中での話だろ?」
「それは……」
そう。実戦での実力という面では、ユート君が一歩抜きん出ているのは間違いない。それは今日のお昼でも証明された。あの時の僕たちは疑いようもなく、足手まといだった。
「遊びと言うけれど、安全に戦闘経験を積めるよう設計された競技よ。そこでの実力が実戦での能力と無関係だなんて暴論だわ」
「無関係とは言わねぇよ。だがな、安全なところじゃ度胸はつけられねぇんだ。さっきの女どもも、試合が終わる前に諦めてたろ? ああいう奴らは生きるか死ぬかの瀬戸際で心が折れる。そしてユートはそんなクソどもも助けようとしちまう。俺様はそれが我慢できねぇ」
「だから、ユートから離れろと?」
「ああ。理解できたか?」
「実力不足だからという話が、度胸の話にすり替わっているわよ」
「バカか。度胸も含めての実力だろうがよ。度胸だけの死にたがりなんざ論外だ」
ショーゴさんは、難しい言葉は知らないようだったけど、物の考え方はしっかりしていた。揚げ足取りは通じなさそうだ。
しかし正面から反論するとなると、それもまた厳しい。
ショーゴさんの主張は要するに、ユート君は周りに強い人のいる環境に身を置いた方が良い、というものだ。そしてその意見は、安全のためだけじゃない、実力をつけるためという理由でも間違ってないように聞こえる。
加えて、魔法の使用におけるハードルの低さも魅力的だ。ショーゴさんが許可すれば問題ないだなんてとんでもない条件で魔法が使えるなら、時間を問わずに魔法の練習ができる。それだけでなく、学院で指定されている靴を履かなくて済むようにもなるだろう。足からも魔術式を形成できるユート君にとっては、重荷となる靴を脱げることによる恩恵は大きい。
最後に、ユート君の理解者の存在がある。魔術式の小ささを補うために、魔術式を不安定な楕円形にすること、自身の体を使って近距離戦闘をすることに対し、グリマール魔法学院に所属する人はあまりいい顔をしない。危険だし、魔法使いとしての戦い方とはかけ離れているからだ。ユート君のスタイルを受け入れている僕たちは、学院ではまだまだ少数派だ。
だけどここには、以前からユート君と共に過ごしていたショーゴさんがいる。ショーゴさんは間違いなくユート君の戦い方を認めるし、ショーゴさんが認めればこの学校の生徒や制度にも影響が及ぶだろう。ユート君に対する理解は僕たちを凌ぐわけだし、ユート君に合わせて校則の一つや二つ変えることだってできるはずだ。
仲間の実力、練習環境、理解者。ユート君にとってはこれら全てで、フォシュペミ魔法学校はグリマール魔法学院を上回っているように思えるはずだ。
シルファもそれを分かっているのだろう。表現こそ変えないけど、髪を払う手は僅かに震えていた。
「俺は」
その時、今までずっと口を閉ざしていたユート君が声を上げた。
そうだ。肝心のユート君は、ショーゴさんの発言をどう思っているんだろう? 最強の魔法使いになるためには、強い人の傍に居たほうが良いと考えていたりするんだろうか?
だとしたら、僕は……。
全員の注目が集まる中、ユート君は答えた。
「俺はグリマール魔法学院を、このチームを離れるつもりはないぞ、ショーゴ兄さん」
「ユート……!」
シルファの声が震える。僕も声を上げそうになった。フルルは笑みをこぼす。
そしてショーゴさんは、腕を組んだ。周囲の光が威嚇するように、僅かに強くなる。
「ユートがどう思ってようが関係ねぇよ。こいつらと一緒に居るのを、俺様が認めてねぇんだからな」
「それは、俺が周りにいる誰かを助けようとして危ない状況になるのが嫌だから、なんだよな?」
「ああ」
「けど俺は、相手がたとえショーゴ兄さんでも危なそうだったら助けにいくぞ? 実力があるから助けないなんてことはしないつもりだ」
「分かってるさ、ユート。だが強え奴なら危なくなることも少ねぇだろ。何人かがいっぺんに危なくなって、どっちから助けようって悩むこともねぇ」
「それはどうかな? ショーゴ兄さんほどの実力なら、それに見合った過酷な環境に出向くことも多いはずだ。俺が自分の守りで精一杯になるような、厳しい環境にさ」
「……なるほど。だがそれでもユートは誰かを助けようとしちまう。だったら温い奴らのいる環境の方が安全だと」
「……まあ、そういうことだ」
「意外だな。強くなるためには喜んでそういうところに飛び込むもんだと思ってた」
「俺の考えよりショーゴ兄さんの理論が優先されるんだろ? それに、度胸だけの死にたがりになるつもりはないよ」
……すごい。
相手の言い分に沿った上での、完璧な反論だった。少なくとも、僕はそう思った。
その一方で、ユート君の成長には、ショーゴさんほどの実力者が必要とされる場所が必要なんじゃないか。そういう気持ちが湧いてくる。
ユート君はそこのところ、どう思っているんだろう? 疑問を胸に抱きながら、二人を見る。
反論を受けたショーゴさんはくつくつと笑って、やがて上を向いて大笑した。
「はっはっは! こりゃ一本取られたな。そうなると確かにそっちの方がいいか」
「分かってくれて嬉しいよ」
「だが、それだけじゃトウテー納得できねぇな。モネから伝わってんだろ? 遊んでんじゃねぇってよ。あいつには俺様の知ってるユートの実力を教えてあった。そんでその台詞は、そこから大して成長してねぇと判断したら言えっつったもんだ。お前自身、その自覚はあんだろ?」
「……うん。未だに魔術式は小さいし、魔法だけで戦うことはできない。ショーゴ兄さんの言う通り、足踏みしているのかもしれない」
「だったら」
「けど」
ユート君は、胸を張って言葉を続ける。
「気づけたんだ。俺にはこの足踏みが必要なんだって。遊んでるって伝えられた時は、ショーゴ兄さんの元に身を置くことも考えたけど、今の俺にその気はない」
「……へぇ」
ユート君の意思を確認したショーゴさんは、笑ったまま目を鋭くした。
「そっちで何かは掴めたみてぇだな。だがそれなら尚更、こっちに来るべきだ。ユートが余裕を持てる状況で危険に陥るようなザコがいる環境に身を置いてたら、折角掴んだものも活かせないだろ」
「そんなことはない。それより、いい加減にしてくれ」
「何のことだ?」
「決まってんだろ」
ユート君の声に、明確な怒気が宿る。
「俺の仲間のこと、悪く言うんじゃねぇ」
「っ!」
ユート君……。
「へぇ、仲間ねぇ。俺様から見たら、ユートから一方的に守られるザコにしか見えねぇんだが」
「だったら、そうじゃないことを証明するわ」
ユートの肩に手を置いたシルファが、真っすぐショーゴさんを見る。その手はもう、震えていなかった。
「チーム・シルファは、ショーゴに試合を申し込むわ」
「堂々と四対一の宣言かよ。カッコつかねぇな」
「あら? 散々コケにした相手に対して、自信がないのかしら?」
「ははっ! 生意気な奴も嫌いじゃねぇぜ。なら四人まとめてかかってきやがれ!」
肉食獣を思わせるショーゴさんの笑みに、僕は一度目を逸らして、
「……逃げるな」
自分にしか聞こえないくらい小さな声で呟いて、それからゆっくり顔を上げて、向かい合った。
試合が終わってから、シルファがぽつりと呟く。僕は頷いて同意した。
「……うん。ユート君の言う通り、あのメイガスト魔法女学院の生徒四人が束になっても敵わなかったね」
「ファリサさんたちも強かったのに、ショーゴさんは何と言うか、次元が違いました……」
「次元の違う強さ、そうね。その表現が一番的を射ていると思うわ」
言って、シルファが立ち上がる。ユート君と合流するつもりだろう。僕もゆっくり腰を上げて、シルファの後に続く。
今の試合を観て、魔術式の小さいユート君が、グリマール魔法学院の生徒たちに物怖じしない理由が分かった気がした。あんな規格外の大きさの魔術式を知っていたら、僕の魔術式でさえ大したものには映らなかっただろう。ユート君にとっては、ショーゴさん以下の大きさの魔術式は常識の範囲内だったってわけだ。あれを知った上で最強の魔法使いを目指しているんだから、やっぱりユート君はすごい。すごいと言うより、恐い。
僕もあのくらい大きな魔術式を見たことはあるけど、勝とうだなんて思ったこともなかった。それでも、少しでも近づこうと努力を重ねてきたつもりだった。
だけど、あの大きさの魔術式を、たった一人で、あんな短時間で形成するなんて。確かにこの目で見たけれど、まだ信じられなかった。
「よぉユート! サイコーの働きだったぜ」
「防御はまだまだなんだろ?」
「それはそれだ」
「あ、ありえませんわ……こんな、こんな……」
舞台に近づくと、ショーゴの喜ぶ声とファリサさんの震える声が聞こえてきた。舞台の端に固まった四人は、さっきとは別人のように顔を暗くしている。
無理もない。端で見ていた僕でさえ、すごいショックを受けたのだから。
その前に立つショーゴさんは、体の周りに漂う魔力の光に照らされた顔に笑みを浮かべていた。
「ま、これが現実ってやつだ。勉強になったな」
「細工……そう、細工ですわ! 何かこの舞台に、大掛かりな仕掛けが!」
「ははっ! 面白い妄想だな。ほれ、もっと吠えてみろ、負け犬」
「なんですって!?」
「言い過ぎだよ、ショーゴ兄さん」
「ああ、悪かったな」
「ファリサさんも、負けを認められない気持ちは分かるけど、悔しくても受け入れなきゃ成長できないぞ」
「黙りなさい! あんな小さな魔術式しか作れない弱い男のくせに――」
あ。
「ショーゴ兄さん!」
「え?」
『弱い』はユート君にとって禁句だ。だからファリサさんに詰め寄るかと思ったのに、ユート君はショーゴさんの前に立ち塞がるように動いた。
「大丈夫、俺は大丈夫だから」
「……止めるなユート。俺様が許せねぇんだ」
「ひっ!」
真顔になったショーゴさんはいつの間にか、上に向けた手の魔術式から頭大の火球を発現させていた。ファリサさんが声を引きつらせる。急変する状況に、僕は口を半開きにすることしかできなかった。
「ショーゴさん。その魔法、消してくれるわよね?」
魔術式を構えるピアサさんが、一段低い声で問いかける。ショーゴさんは振り返らないまま答えた。
「あんたがこいつの口を閉じねぇから、代わりに閉じてやろうってんだ。邪魔すんじゃねぇ」
「……気分を害してしまってごめんなさい。もう余計なことは言わせないから、どうか許してくれないかしら?」
「今更そんな言葉を信用しろって?」
「私たちの目的は達したわ。今すぐこの学校から立ち去る。それならもう気を悪くさせることもないでしょう?」
「………………」
「ショーゴ兄さん、俺からも頼む」
「……ちっ。ヴィクトル!」
魔法をかき消したショーゴさんは、舞台の下で控えていたヴィクトルさんに声をかける。
「こいつら外に連れてけ」
「はい」
「ありがとう。さ、皆行くわよ」
「………………」
ピアサさんの言葉に、メイガスト魔法女学院の四人は黙ってついていく。その姿が見えなくなるまで、それ以上誰も一言も発さなかった。
「もう行っていいか?」
初めに口を開いたのは、審判をしてくれたパスカル先生だった。それに対しショーゴさんは、さっきまでの調子に戻って答える。
「ああ。ありがとな、パスカル先生」
「なに。いい試合が見れた」
短く言って、パスカル先生も去っていく。
「それではショーゴ様、私も失礼いたします」
「おう。ああそうだ、鐘を支える台について、軽く確認しといてくれ」
「かしこまりました」
「ヤン。モネを手伝ってやってくれ」
「分かったでやんす」
そして、モネさんとヤン君も居なくなる。残ったのは僕たち四人とショーゴさんだけだ。
「さぁて、ようやく話ができるな、ユート。それと、ユートの仲間ども」
舞台の上に立つショーゴさんが僕らを一瞥する。
「そんなところにいたんじゃ話しづれぇ。上がってこい」
「………………」
シルファは無言で舞台に上る。僕とフルルもその後に続いた。既に舞台上にいるユート君はシルファの横に並ぶ。
「余興はどうだった? ちったぁ楽しめたか?」
「……そうですね。興味深い試合を観れて良かったです」
「楽しかったかどうかを聞いたんだが、まあ良かったのならいいか」
はっはっは、と笑ってから、ショーゴさんは笑みを消す。
「ところでお前らは、さっきのクソ女どもより強いのか?」
「はい?」
「観てたろ、試合。あれ見て自分の方が強いって思ったか?」
「………………」
シルファは答えない。僕たちも、下手に答えてはいけない気がして、結局黙ったままになる。
「……成程。あいつらは、お前らよりかは強いのか。そうかそうか」
腕を組んだショーゴさんは何度か頷くと、顔全体で笑みを作る。
「ならなんの問題もねぇな! 今日はお前のために、サイコーの歓迎パーティーを開くぞ、ユート!」
「歓迎、パーティー?」
自分の口で繰り返して、その真意を測る。普通に考えたら、ショーゴさんに会いに来たユート君を迎える催しなんだろうけど、それと僕たちの実力に何の関係が?
「……それはまさか、ユートをあなたが引き取るという意味ではないでしょうね?」
「あっ」
「ええっ!?」
そういうことか。シルファの指摘による気づきは、ショーゴさんが鷹揚に頷くことで正しいことを示される。
「それ以外の意味はねぇだろ。実力不足の奴らが近くに居ちゃあ、ユートにとって良くねぇ。ユートは俺様たちと一緒に居るべきだ」
「それを決めるのはあなたではないわ」
「いいや、俺様が決める。何故なら俺様が気に食わねぇからだ」
「自分の都合で他人を振り回そうと言うの?」
「あぁ? んなもん多かれ少なかれお前らもやってんだろうが。じゃあ訊くがな、目の前で知り合いが死のうとしてたら、お前は黙って見てんのか?」
「随分な極論ね」
「ユートに限っちゃそうでもねぇさ。自分が死にかけても他人を助ける男だ。だからそうならねぇよう、助けもいらねぇくらい強い奴が周りにいなきゃダメなんだ」
「あ……」
僕は遠足と依頼を思い出す。そのどちらでもユート君は、自分の危険も顧みず助けに向かう選択をした。そして、遠足でボロボロになっていたにも関わらず、それから間もない依頼の時も、現役の魔導士の人たちでさえ敵わない竜に立ち向かった。
自分が死にかけても他人を助ける。そのことは否定できなかった。
「そうかも知れないわね。でも私たちはユートの足手まといになるほど弱くは、んんっ、実力で劣っているわけではないわ」
シルファは負けじと言い返す。僕自身も、大きな魔術式を作れるし、一対一ならほとんど負けることもないから、ユート君と比較して圧倒的に劣っているとは思っていない。フルルだって、翼を使えるようになってからはユート君に勝つことも増えてきたから、僕目線では十分実力があるように見える。
でも、
「お前の言う実力ってのは、さっきみたいな遊びの中での話だろ?」
「それは……」
そう。実戦での実力という面では、ユート君が一歩抜きん出ているのは間違いない。それは今日のお昼でも証明された。あの時の僕たちは疑いようもなく、足手まといだった。
「遊びと言うけれど、安全に戦闘経験を積めるよう設計された競技よ。そこでの実力が実戦での能力と無関係だなんて暴論だわ」
「無関係とは言わねぇよ。だがな、安全なところじゃ度胸はつけられねぇんだ。さっきの女どもも、試合が終わる前に諦めてたろ? ああいう奴らは生きるか死ぬかの瀬戸際で心が折れる。そしてユートはそんなクソどもも助けようとしちまう。俺様はそれが我慢できねぇ」
「だから、ユートから離れろと?」
「ああ。理解できたか?」
「実力不足だからという話が、度胸の話にすり替わっているわよ」
「バカか。度胸も含めての実力だろうがよ。度胸だけの死にたがりなんざ論外だ」
ショーゴさんは、難しい言葉は知らないようだったけど、物の考え方はしっかりしていた。揚げ足取りは通じなさそうだ。
しかし正面から反論するとなると、それもまた厳しい。
ショーゴさんの主張は要するに、ユート君は周りに強い人のいる環境に身を置いた方が良い、というものだ。そしてその意見は、安全のためだけじゃない、実力をつけるためという理由でも間違ってないように聞こえる。
加えて、魔法の使用におけるハードルの低さも魅力的だ。ショーゴさんが許可すれば問題ないだなんてとんでもない条件で魔法が使えるなら、時間を問わずに魔法の練習ができる。それだけでなく、学院で指定されている靴を履かなくて済むようにもなるだろう。足からも魔術式を形成できるユート君にとっては、重荷となる靴を脱げることによる恩恵は大きい。
最後に、ユート君の理解者の存在がある。魔術式の小ささを補うために、魔術式を不安定な楕円形にすること、自身の体を使って近距離戦闘をすることに対し、グリマール魔法学院に所属する人はあまりいい顔をしない。危険だし、魔法使いとしての戦い方とはかけ離れているからだ。ユート君のスタイルを受け入れている僕たちは、学院ではまだまだ少数派だ。
だけどここには、以前からユート君と共に過ごしていたショーゴさんがいる。ショーゴさんは間違いなくユート君の戦い方を認めるし、ショーゴさんが認めればこの学校の生徒や制度にも影響が及ぶだろう。ユート君に対する理解は僕たちを凌ぐわけだし、ユート君に合わせて校則の一つや二つ変えることだってできるはずだ。
仲間の実力、練習環境、理解者。ユート君にとってはこれら全てで、フォシュペミ魔法学校はグリマール魔法学院を上回っているように思えるはずだ。
シルファもそれを分かっているのだろう。表現こそ変えないけど、髪を払う手は僅かに震えていた。
「俺は」
その時、今までずっと口を閉ざしていたユート君が声を上げた。
そうだ。肝心のユート君は、ショーゴさんの発言をどう思っているんだろう? 最強の魔法使いになるためには、強い人の傍に居たほうが良いと考えていたりするんだろうか?
だとしたら、僕は……。
全員の注目が集まる中、ユート君は答えた。
「俺はグリマール魔法学院を、このチームを離れるつもりはないぞ、ショーゴ兄さん」
「ユート……!」
シルファの声が震える。僕も声を上げそうになった。フルルは笑みをこぼす。
そしてショーゴさんは、腕を組んだ。周囲の光が威嚇するように、僅かに強くなる。
「ユートがどう思ってようが関係ねぇよ。こいつらと一緒に居るのを、俺様が認めてねぇんだからな」
「それは、俺が周りにいる誰かを助けようとして危ない状況になるのが嫌だから、なんだよな?」
「ああ」
「けど俺は、相手がたとえショーゴ兄さんでも危なそうだったら助けにいくぞ? 実力があるから助けないなんてことはしないつもりだ」
「分かってるさ、ユート。だが強え奴なら危なくなることも少ねぇだろ。何人かがいっぺんに危なくなって、どっちから助けようって悩むこともねぇ」
「それはどうかな? ショーゴ兄さんほどの実力なら、それに見合った過酷な環境に出向くことも多いはずだ。俺が自分の守りで精一杯になるような、厳しい環境にさ」
「……なるほど。だがそれでもユートは誰かを助けようとしちまう。だったら温い奴らのいる環境の方が安全だと」
「……まあ、そういうことだ」
「意外だな。強くなるためには喜んでそういうところに飛び込むもんだと思ってた」
「俺の考えよりショーゴ兄さんの理論が優先されるんだろ? それに、度胸だけの死にたがりになるつもりはないよ」
……すごい。
相手の言い分に沿った上での、完璧な反論だった。少なくとも、僕はそう思った。
その一方で、ユート君の成長には、ショーゴさんほどの実力者が必要とされる場所が必要なんじゃないか。そういう気持ちが湧いてくる。
ユート君はそこのところ、どう思っているんだろう? 疑問を胸に抱きながら、二人を見る。
反論を受けたショーゴさんはくつくつと笑って、やがて上を向いて大笑した。
「はっはっは! こりゃ一本取られたな。そうなると確かにそっちの方がいいか」
「分かってくれて嬉しいよ」
「だが、それだけじゃトウテー納得できねぇな。モネから伝わってんだろ? 遊んでんじゃねぇってよ。あいつには俺様の知ってるユートの実力を教えてあった。そんでその台詞は、そこから大して成長してねぇと判断したら言えっつったもんだ。お前自身、その自覚はあんだろ?」
「……うん。未だに魔術式は小さいし、魔法だけで戦うことはできない。ショーゴ兄さんの言う通り、足踏みしているのかもしれない」
「だったら」
「けど」
ユート君は、胸を張って言葉を続ける。
「気づけたんだ。俺にはこの足踏みが必要なんだって。遊んでるって伝えられた時は、ショーゴ兄さんの元に身を置くことも考えたけど、今の俺にその気はない」
「……へぇ」
ユート君の意思を確認したショーゴさんは、笑ったまま目を鋭くした。
「そっちで何かは掴めたみてぇだな。だがそれなら尚更、こっちに来るべきだ。ユートが余裕を持てる状況で危険に陥るようなザコがいる環境に身を置いてたら、折角掴んだものも活かせないだろ」
「そんなことはない。それより、いい加減にしてくれ」
「何のことだ?」
「決まってんだろ」
ユート君の声に、明確な怒気が宿る。
「俺の仲間のこと、悪く言うんじゃねぇ」
「っ!」
ユート君……。
「へぇ、仲間ねぇ。俺様から見たら、ユートから一方的に守られるザコにしか見えねぇんだが」
「だったら、そうじゃないことを証明するわ」
ユートの肩に手を置いたシルファが、真っすぐショーゴさんを見る。その手はもう、震えていなかった。
「チーム・シルファは、ショーゴに試合を申し込むわ」
「堂々と四対一の宣言かよ。カッコつかねぇな」
「あら? 散々コケにした相手に対して、自信がないのかしら?」
「ははっ! 生意気な奴も嫌いじゃねぇぜ。なら四人まとめてかかってきやがれ!」
肉食獣を思わせるショーゴさんの笑みに、僕は一度目を逸らして、
「……逃げるな」
自分にしか聞こえないくらい小さな声で呟いて、それからゆっくり顔を上げて、向かい合った。
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しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
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