物理重視の魔法使い

東赤月

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5. 欲求

勉強会です

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「フルル、ちょっといい?」
「へ? は、はい……」

 今日の授業が終わってジェンヌ先生が教室を出た後、図書館に行こうとした私は、エルナさんに声をかけられました。
 茶色っぽい赤紫色の髪が綺麗なエルナさんは、親しい人と話すときは明るいのですが、そうでない人に対しては素っ気ないというか、少し冷たい感じのする人です。以前は私に対してあまり興味を持っていなかったのですが、クラス内の紅白戦で私が翼を見せてから、よく話しかけてくれるようになりました。
 今日はどうしたんでしょうか? もしかしてまだ、翼を隠していたことを怒っているのでしょうか?
 どきどきする私に、エルナさんは真剣な表情で言います。

「実はずっと、言いたいことがあったんだ」
「な、なんでしょう……?」

 エルナさんは何かを抑えているようでした。やっぱり怒られてしまいそうです。私は耳を塞ぎそうになる手をぎゅっと握りしめて、目を離さないよう自分に言い聞かせます。
 悪いのは翼を隠してきた私なんです。だから……!

「ごめんなさい!」
「……え?」

 最初は、私の口から自然に出た言葉かと思いました。ですがその声は間違いなくエルナさんのもので、目の前には頭を下げたエルナさんの姿があります。周りもざわざわとしています。理解が追いつかず目を白黒させる私に、頭を上げないままエルナさんが続けました。

「私、これまでずっとフルルのこと馬鹿にしてた。悪口もたくさん言った。だから、ごめん!」
「あっ、えっ、え? エルナさん、対抗戦の前に謝ってくれたじゃないですか。なのにどうして……」
「あの時のは、とっても軽いやつだったから。だからきちんと、皆の前で謝りたかったんだ。本当に、ごめんなさい」
「そんな……。だって以前の私は弱……実力不足でしたし」
「でも、私たちの誰か一人でもフルルを受け入れていたら、もっと早く翼を使えたでしょ?」
「それは……」

 私からも、周りからも、否定の言葉は出てきませんでした。エルナさんはゆっくりと頭を上げます。

「フルルにはちゃんと実力があって、クラスに貢献しようって気持ちもあって、だけど私はそれを知らずに貶してた。知ろうともせずに、見下してた」
「………………」
「なのにフルルは私たちに力を貸してくれた。チーム対抗戦の本戦前日だったのに、全力で戦ってくれた。とっても嬉しかったし心強かったけど、それ以上に自分のことを情けないって思った。だからずっと謝ろうと思ってたんだ。本当にごめんね、フルル」
「も、もういいです!」

 居たたまれなくなった私は、何度も謝るエルナさんを止めます。

「大丈夫です、エルナさん。私、もう気にしてませんから」
「本当? 私たち、フルルにあんなひどいことしてたのに?」
「確かに、悪いことを言われたときは悲しかったです。でも、もう過ぎたことですから。それに……」

 私は背中に意識を向けて、髪に隠れた翼を大きくします。

「私のこの翼を、怖がらないでくれました。こんな私を受け入れてくれました。そのことが、とても嬉しかったんです。だから……え?」

 私が言い終わる前に、エルナさんは私に抱き着きました。

「フルルー! あなたいい子過ぎるよ! あーもうダメ。これからは私が守る!」
「え、えっと、エルナさん?」

 どう答えていいか分からない私の肩に、エルナさんの両手が置かれます。少し離れたエルナさんが、正面から私を見ました。

「いい? フルル。もしあなたのことをバカにしたり貶したりする奴がいたら、すぐに教えて。私がぶちのめ、じゃなくて、話つけてくるから」
「そ、そんな! 大丈夫です、そんなこと。えっと、どんな人でも嫌われることはありますし、気にしていたらキリがありませんから」
「そっか……。じゃあさ、私に何かできることはない?」
「えと、そうですね……」

 視線を逸らした先に他の人の姿があったので、私は慌てて下を向きます。正直、エルナさんに何かしてほしいなんて気持ちはありませんでしたが、折角なので、その言葉に甘えてみることにしました。

「じゃあ、その、私と、お、お友達になって、くれませんか?」

 恥ずかしかったですけど、なんとか目だけは合わせてそう尋ねると、エルナさんは驚いたような表情をして、また抱き着いてきました。

「フルルー! 心が清すぎるよー! 友達にだなんて、こっちからお願いしたいくらいなのに!」
「あ……」

 どうやら、嫌がられたわけではないようです。安心した私の体から緊張が抜けます。

「良かった、です。これから、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ!」

 エルナさんは満面の笑みを浮かべて右手を差し出します。私は少ししてその意味に気づいて、ゆっくりと右手を出しました。
 私に、お友達が。エルナさんの手の温もりでそれを実感して、胸の奥から嬉しさが溢れてきました。
 勇気を出して、本当に良かった。私は私を変えてくれた皆さんに、心の中で感謝しました。
 ありがとうございます、シルファさん。ユートさん、シイキさん、ミリアさん。
 そして、イデアさん。

「あのさっ」
「はいっ」

 急に声をかけられて、びっくりしてそちらを向くと、声を出したグレイスさんとカーラさんが立っていました。どこか不安そうにしながら、グレイスさんが続けます。

「……私たちも、悪口ばっか言ってたから、その、……ごめんっ」
「ごめんなさいっ」

 二人が揃って頭を下げます。私は益々慌ててしまいます。

「いえっ、あのっ、グレイスさんもカーラさんも、頭を上げてください! 私はそんな、怒ってなんか……」
「それでも、謝らせて」
「身勝手で悪いけど、これだけはさせてっ」
「は、はあ……」

 よく分かりませんでしたけど、お二人がしたいことなら、私には止められませんでした。何だか体がむず痒くなります。

「じゃあ俺も!」
「フルル、ごめんね!」
「今まで悪かった!」
「えっ、えっ」

 すると今度は、教室にいる皆さんが次々に声を上げました。私はどうしていいか分からず、うろたえることしかできません。

「ちょっと! どさくさにまぎれた謝罪なんてする意味ないでしょ。きちんと一人ずつ、自分が何したか懺悔してから謝りなさい」
「……フルル。ずっと見てるだけで、悪かった」
「うわカインいつの間に!? ってか、ちゃんとフルルを庇ってたあんたまで謝ったら私たちの立つ瀬ないでしょ!」
「……あは」

 ですが、嫌な気持ちはありませんでした。エルナさんたちのやり取りを見て、私は笑みをこぼします。

「ふ、フルル? どうかした?」
「いえ。なんだかようやく、皆さんと同じクラスの一員になれた気がして」
「フルル……そうだね」

 エルナさんの言葉に、周りの皆さんも頷きます。翼を広げた私は、皆さんの顔を一通り見てから、頭を下げました。

「私は、クラス・ジェンヌのフルル・ヴァングリューです。改めて、よろしくお願いします!」

 歓迎の言葉が、降り注いできました。


 ◇ ◇ ◇


「成程、そんなことがあったのね」

 昨日よりも広い図書館の中のお部屋で、集合時間に遅れた経緯を話すと、シルファさんは納得したように頷きました。

「良かったわね、フルル。クラスの中にも居場所ができて」
「はい! これもシルファさんたちのお陰です。本当に、本当にありがとうございました!」
「私たちは特に何もしていないわ。あなたが考えて、行動を起こした結果よ」
「いいえ。たとえそうだったとしても、シルファさんたちがいなければ何もできませんでした。だから……」
「……そう。そう言ってくれると、私も嬉しいわ」

 シルファさんは少しだけ笑って、私の髪を撫でてくれました。もしかしたら、グレイスさんとカーラさんもこんな気持ちだったのかもしれません。自分の気持ちを伝えられてほっとした私は、ふとそんなことを考えます。

「でもいい? フルル。もしまたクラスの連中に疎外されるようなことになったら、すぐに教えなさい。私が一人ずつ、話をつけるから」
「えっ、いえそんな、そこまでしていただくことでは……」
「そこまでのことなのよ。簡単に手のひらを返すような奴らは、一度痛い目に遭わないと学習しないわ」
「話すんじゃないんですか!?」
「あはは、シルファは手厳しいねぇ」

 そこでエルナさんが会話に入ってきました。近くにいるアクアさんが、嫌なものを見るみたいにエルナさんを見ます。シルファさんもエルナさんの方を向き、目を細くしました。

「手厳しくもなるわよ。あなたの変わり身の早さを見れば、尚更ね」
「ま、それはその通りだね。私自身、謝ってすぐ馴れ馴れしくするような奴なんか信用できないし」
「分かってるなら、もう少し距離を取ろうと思わないの? フルルの優しさにつけこむような真似をして」
「し、シルファさん!」
「ありがと、フルル。でも大丈夫」

 エルナさんの声音が、少し変わりました。その表情もどこか真剣なものになります。エルナさんを見るアクアさんも、なんとなく雰囲気が変わったようでした。

「都合のいい振る舞いをしてる自覚はあるよ。でも私、こういう人付き合いの仕方しか知らないんだ。人に信用されたいのに自分を隠すなんてことできないし。だからもしフルルが嫌だったら、今すぐにでも離れるよ」
「い――」
「そうやって、フルルの同情を誘うつもり?」

 嫌だなんて、そんなこと。そう答えるより先に、シルファさんが厳しい言葉を口にしました。
 エルナさんは声を出しかけて、でも視線を落として、それからまたシルファさんと向き合うと、ゆっくりと頷きました。

「……そうかもね。そういう気持ちが無いと言えば、嘘になるかな」
「正直ね」

 それからしばらく、いえ、もしかしたらほんの少しの間だったかもしれませんが、シルファさんとエルナさんは静かに目を合わせていました。そしてシルファさんは、ふう、と息をつきます。

「あなたがどう振る舞おうと勝手だけど、フルルを悲しませたら黙っていない人がいるってこと、覚えておきなさい」
「分かってる」
「ならいいわ。……少し言葉が過ぎたかしらね。ごめんなさい」
「えっ……」

 頭を下げるシルファさんに、エルナさんは目をパチパチとします。アクアさんはびっくりしていました。

「な、なんでシルファが謝るの? 正論しか言ってないのに」
「そうよシルファ。悪いのは100パーこいつでしょ?」
「関係ない人は口出ししないでくれるかなぁ?」
「あぁらごめんなさい。二人の会話に口出しする人がいたから、自分も口出しされたいのかと思ったわ」
「オゥケィ半人前。その喧嘩買ったよ」
「今、私の地雷を踏んだわね? 顔中涙で濡らしてやるから覚悟しなさい」
「そこまでにしてくれるかしら?」

 今にも喧嘩しそうな二人を、シルファさんが止めてくれました。ですが睨み合いは続いています。シルファさんはため息をついて、謝った理由を話しました。

「フルルが許しているのに私が蒸し返すのは、少し違うと思ったのよ。言いたいことは言えたし、これからは同じフルルの友達同士、仲良くしましょう」
「シルファ……!」

 エルナさんが笑みを浮かべます。アクアさんは口を尖らせます。私は、驚きに目を開きます。

「と、友達……? シルファさんと、私が……?」
「あら、違ったかしら?」
「いえ! で、でもその、恐れ多いというか、その……」
「……そういうことなら、無理に友達と思わなくてもいいわ。フルルがそう思えた時、教えてちょうだい」
「あ、は、はい……」

 上手く言葉を返せない私に、シルファさんは安心させてくれるように笑いかけてくれます。やっぱり、シルファさんはいい人です。それにとても頼もしくて、友達というよりかは、お姉さんって感じです。
 いつか、お友達と呼べる日が来るのでしょうか? 全然想像ができませんが……。

「シルファ大丈夫? 元チームメンバーが慰めてあげようか?」
「からかわないで、アクア。……このやり取りも懐かしいわね」
「そうだね。私がふざけて、エリスがそれに乗って、キーラとシルファがたしなめる。……本当、懐かしいわ」

 シルファさんとアクアさんが、柔らかな笑みを浮かべます。きっとあれが、友達の姿なのでしょう。私とシルファさんがああして笑い合うというのは、少し変に思えます。
 でも、誰となら私はああして笑い合えるでしょうか? エルナさん? 何だか違うように思います。エルナさんとは、まだお友達になったばかりですし。シイキさんやユートさんも、お友達という感じはしません。
 じゃあ、やっぱり……。

「それじゃあ私たちも、勉強を始めましょうか。フルルはどこか、今回の試験範囲で不安な箇所はあるかしら?」

 シルファさんに尋ねられて、ハッとします。

「えっ、と、そうですね……。古典文学が少し、自信ないです。登場人物の心情が、上手く理解できなくて……」
「古典文学ね、分かったわ。それなら当時の時代背景を踏まえつつ進めていきましょうか」
「はい!」
「あ! 私も古典分かんない! 教えて!」
「あなたとフルルじゃレベルが違い過ぎるのだけど……。まあいいわ」
「よしっ! フルル、一緒に頑張ろうね」
「はい、エルナさん」
「久しぶりにシルファの講義が聞けるわね。置いてけぼりにしないでよ?」
「あら、こう言って欲しいのかしら? 追いついてみなさい、アクア」
「ふふっ、上等」

 沢山の人と、一緒にお勉強。初めての経験に、私は胸が高鳴るのを感じました。
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