物理重視の魔法使い

東赤月

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4. 変化

本戦の前のお話しです

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「あ、戻ってきたよ」

 お手洗いを済ませて控え室の前まで戻ると、丁度扉を開けたシイキさんと目が合いました。私は部屋に入ると、皆さんへと頭を下げます。

「すみません、遅くなりました」
「まだ時間はあるから大丈夫だよ。それより、フルルは大丈夫? 何か悩んでたりとか?」
「い、いえ! 遅くなってしまったのは、その、フローラさんと話していたからで……」
「ええっ、フローラさんって、チーム・ライトの!?」
「どんな話をしたんだ?」
「えっと、それは……」

 ユートさんに促された私は、そうなる経緯も含めて、フローラさんがしてくれた話を、ゆっくりと自分の言葉で話しました。

「力の使いどころ、ペースを考える、か。流石フローラ先輩だね」

 話をし終えると、シイキさんは感心したようにうんうんと頷きました。

「次に向けて余力を残しておくってのは、やっぱり大切だよな」

 肯定してくれたユートさんの言葉に、少し胸が痛くなります。シイキさんも、う、と言葉を詰まらせました。

「ユートは」

 その時、ずっと静かだったシルファさんが、口を開きました。

「ユートは、いつ、力を残しておこうと思う?」

 そう尋ねるシルファさんの声は、心なしか緊張しているように聞こえました。対するユートさんの声は、いつもと同じです。

「大体いつもかな。フローラ先輩の話にもあったけど、魔物がいつ現れても戦えるように」
「ならあなたも力をセーブしていて、その中で全力を出している、ということ?」
「え?」

 まさか、と思いましたが、同時に、もしかして、とも思ってしまいました。
 ユートさんはこれまでずっと、本当にずっと、どこか余裕を残していたように思えたからです。練習の後も、試合の後も、竜神様と戦った後でさえ、まだ戦う力が残っているように思えました。
 だとするとユートさんは、これまでずっと、力を抑えていたのでしょうか?
 ちらと見ると、シイキさんも気になるようで、ユートさんに目を向けています。
 私たちの注目を集めたユートさんは、ですが、なんでもないように答えました。

「セーブって抑えてるって意味だよな? だったら違う。俺はいつも全力、というか、最善を尽くしてるつもりだ」
「最善?」
「ああ。少なくとも力を出し惜しみしたりなんかはしない」
「でも、それじゃあ疲れちゃわない?」
「多少はな。ただ、疲れて動けなくなるなんてことにならないためにも、ちゃんと考えて動くようにしてる」
「えっと、つまりどういうことですか?」

 シルファさんやシイキさんも、まだ納得できていないようでした。ユートさんは頬をかくと、例えばそうだな、と続けます。

「知らない魔物と戦う時、まずは勝てるかどうかを考えるよな?」
「……そうね」
「それで勝てそうって判断したら、次にどう勝つかを考えるとする。で、思いついた方法の中から一番確実そうなのを選ぶわけだけど、やってみたら上手くいかないかもしれないだろ?」
「まあ、そうだね」
「もし上手くいかなかったとき、力を出しきっちゃってたら終わりだ。そうならないためにも、常に余力は残すようにしてる。もしもの時に逃げるためにもな」
「でも、それはやっぱり、力を抑えているってことじゃ……」

 私の言葉に、ユートさんは首を横に振りました。

「力っていうからややこしくなるのかもな。全力を出さなきゃ倒せないなら全力を出すけど、出さなくても倒せそうなら必要な分の力しか使わなければいいってことだ。油断してとかじゃなくて、このくらいの力なら十分だろうって考えて、余計な力を使わないよう立ち回るって感じかな。無駄に力を入れると、思いもしなかったことが起きたりもするし」

 ほら、文字を書くときにも変に力むと鉛筆が折れたりするだろ? とユートさんは空中で文字を書く振りをします。例えとして合っているかは私には分かりませんでしたが、なんとなく納得できる話でした。

「今回の話だと、フローラ先輩は次の日のことを考えて全力は出さないようにするって考えなわけだろ? だけど俺は昨日、今日のことなんて考えてなかったよ。試合中、次の試合のことを考えることもなかった。戦っている時に考えるのは、その戦いのことだけだ。その時持ってる力の全てを使ってでも、勝つために、いや、負けないために最善を尽くす。それが俺の考え方だ」

 きっぱりとしたユートさんの言葉を、ゆっくり呑み込みます。
 つまりユートさんは、目の前の戦いにだけ集中していて、力を使いきらないのもその戦いのことを考えているから、ということでしょうか?
 でも、それじゃあ、

「フローラさんの考えは、間違ってるということですか?」
「いや、そういう考え方もアリだと思うぞ。先を見越して力を残しておくってのは、考えとしては俺と同じだし。そもそも、戦い方に正解なんてない。どんな策だって、上策か下策か、奇策か愚策かは、戦った後じゃなきゃ分からないしな」

 最後のはじいさんからの受け売りだけど、とユートさんは小さく笑って付け加えます。

「じゃあ僕は、下手をしたってことになるのかな?」

 シイキさんが苦笑いしました。私も心が痛くなります。

「そうなのか?」
「あ、うん……。ちょっと昨日、魔力を使いすぎちゃったからさ。今日はあまり本調子じゃないっていうか……」
「ああ、そういうことか。んー、けどほら、今日の試合はまだ始まってないんだし、後悔するのは早いんじゃないか? 魔力に余裕が無いほうが、集中力は増すかもしれないしさ」
「そ、そうなんですか?」
「結果的に、そうなるかもってだけだけどな。つまりなんて言うかな、シイキが昨日魔力を使いすぎたってことも、試合に勝てれば悪いことにはならないかもしれないってことだ。それにシイキが頑張ってくれてなきゃクラス対抗戦の結果も変わってたし、後悔なんてすることないさ」
「え、でも……」
「まあとにかく、何がどうあれ俺たちのすることは変わらない。勝つために全力を、今の自分たちにできる最善を尽くすだけだ。だよな? シルファ」
「……ええ、そうね」

 シルファさんは、柔らかく微笑みました。

「勝てば官軍、といったところかしら。……各々思うところもあるみたいだけれど、今は目の前の試合に集中しましょう。どうにもならないことを振り返るのは禁止よ。一戦一戦、全力で勝ちに行くわ。いいわね?」
「ああ」
「う、うん!」
「はい!」

 いつもの表情に戻ったシルファさんの声に、少し安心しながら返事をします。
 私は今まで失敗ばかりでした。でも、もし今日の試合に勝てたら、その失敗も良かったと思えるのでしょうか?
 そんな小さな期待をしながら、私はシルファさんの話す作戦に耳を傾けました。

「……力を残す、か」

 その前にふと、ユートさんが何かを呟いたような気がしましたが、すぐに忘れてしまいました。
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