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4. 変化
本気で勝負、です
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「やっと戻ってこれたね。本当にありがとう、フルル」
「いえ、こちらこそ、ずっと後ろを警戒してくれて、ありがとうございました」
センターオブジェクトまで私を運んでくれたフルルは、流石に息を切らしてはいたものの、疲れきっているわけではなさそうだった。どうやらフルルは見た目以上に体力があるみたいだ。
「エルナ、フルル、無事だったか」
センターオブジェクトの防衛係を任されている、顔には見覚えのある男子が話しかけてくる。
「なんとかね。二人やられちゃったけど」
「こっちは三人倒せたんですけど、カーラさんとグレイスさんが脱落してしまったんです」
ああ、そう言えばそんな名前だった。カインもそうだけど、よく他人の名前を覚えていられるなぁ。コツがあったら教えてもらいたいくらいだ。
私が感心している間に、フルルが私たちに起きたことを男子に説明し終える。
「そうか……奴ら、かなり攻勢を強めてきているな」
「そっちはどんな感じ?」
「この辺りにはまだ姿を見せていないが、レフトとライトの近くには敵が潜んでいるみたいだ」
「そうですか……」
確かその辺りは路地が入りくんでるんだったっけ。確実にフルルを意識しているね。私の迎撃を警戒して真っ直ぐ追って来なかったとはいえ、私を担いだフルルの足は決して速くはなかった。左右から回り込んでいたとしたら……もう配置につく頃かな。
「そろそろ一斉に攻めてくるかもね」
「そ、そうなんですか?」
『こちらライト!』
噂をすれば、というやつか。ライトオブジェクトの防衛係から通信が入る。
『こちら三人に対し敵は五人! 至急応援を求む!』
『レフトが攻められている! 敵は四人で一人はユー』
通信はそこで途絶えた。
「合計九人か。私たちを包囲しようとした奴らが丸々攻めてきたって感じだね」
「このままですと、挟み撃ちにされますね……」
こっちは私たちを含めて六人。単純な頭数でも負けてるし、二方向から挟撃されるというかなり悪い状況だ。これは落とされるのを覚悟しとくかな。
「フルルはライト側お願い。私はレフト側でユートを抑えておくから」
「分かりました!」
元気な返事をしたフルルは早速移動すると魔術式の準備を始める。頼もしい限りだね。
「俺たちは何をしたらいい?」
「ん? ああ、じゃあ探知魔法はそのままで、ライト側に二人、レフト側に一人の配置かな。最悪オブジェクトは守らなくていいから、とにかくやられないように」
「分かった」
残りの四人も指示通り配置につく。さてと、どれだけもつかな。
「あ、来た!」
「みたいだね」
レフトオブジェクトへと続く幅の広い道、緩く左へカーブしているその道の外側に面した建物の屋根を渡ってユートが近づいてきているのが見えた。どうやら姿を隠す気はないみたいだ。
探知魔法で位置は知られると開き直ってるのかな。いい度きょ
「うん?」
ユートが足を止めた。まだ百メートルくらいは離れている。そして何か動きを――
「まずい!」
「え?」
私は作りかけの魔術式をかき消すと、体を低くして防御魔法の準備を急ぐ。ユートの手が高く上がるのが見えた。
ドゴッ!
「うわぁっ!」
「……外した?」
ユートが投げた石、恐らくどこかの戦いで剥がれた、道に敷き詰められていたものは、左隣に立つ男子の左前方約一メートルの場所に当たった。破片がいくつか男子の薄膜に当たるも、その程度では破られはしない。けれどもし直接当たったら、間違いなく破られると確信できる威力だ。
「なにぼさっとしてんの! 早く私の後ろで低くなってて!」
「は、はい!」
男子が移動を終えたのとほぼ同時に、ユートが二撃目を放つ。
ドゴッ!
今度は私の右後方へと着弾する。仮に当たっても私の防御魔法は破られはしないけど、これで迂闊には動けなくなってしまった。
「防御魔法は?」
「え?」
「防御魔法の準備はできたのかって訊いてるの!」
「あ、うん。ちょっと待ってて」
男子は慌てて魔術式の形成を始める。全く、一々行動が遅いなぁ。おっと、ぼやくなぼやくな。
しかし、困った。まさかユートの射程がここまでとは。防御をこの男子に任せたとしても、これだけ距離があると攻撃魔法を向こうに届かせるのも一苦労だ。できなくはないけど、連射性に難があるから十分な牽制にはならない。いっそユートは無視する? ……いや、これだけの射程を持つ攻撃手段を持つ相手から目を離していたら、今度は別の味方が狙われる。攻撃を防ぐだけじゃなくて、あれ以上近づけさせないよう牽制もしないと。
それができるとしたら……。
「エルナさん!」
「フルル!」
頭に思い浮かべた相手が、応援にやってくる。
「そっちは!?」
「まだ来てません。今なら力になれると思って」
その臨機応変さ、最高!
「まさに力が欲しかったとこだよ。フルルの魔法、あの建物の上にいるユートまで届く?」
「やってみます!」
言うが早いか、フルルは翼も利用して魔術式の形成を始める。白と黒の羽が入り混じった翼から魔力の光が滲み出る光景は、何度見ても幻想的だった。
「行って、『アロー』!」
早くも形成が終わった魔術式から、光の矢が放たれる。ユートの攻撃が終わった直後、防御魔法の陰から飛び出したフルルの魔法は、遠くにいるユートに向かって真っすぐ飛んでいく。ユートは攻撃動作を止めると、離れて身を低くした。
隠れられたか……。でもこれで、暫く攻撃は来ない。
「探知魔法使ってる男子、レフト側に探知範囲を絞って! そこの男子は防御魔法でフルルを守ること!」
「はい!」
「フルル、悪いけどこっちは任せる。あそこまで離れられると私は何もできないから」
「分かりました!」
フルルの快諾に満足して頷きを返すと、早速ライト側の方へと向かう。
いやー、フルル本当にすごいな。前の試合でも大活躍だったし、もっと早くからあの翼を見せてくれればよかったのに。
「……そりゃ無理か」
呟いて、自嘲する。飛び級って肩書きだけ見て、翼を出せないでいたフルルには目もくれなかったのが私たちだ。気にかけていたのはクラスのリーダーであるカインと、担任のジェンヌ先生くらいだっただろう。副リーダーとして支えてあげるべきだった私は、名前すらうろ覚えだった。
本来なら味方であるはずのクラス内にほとんど味方がいない状態じゃ、コンプレックスらしい翼を曝け出すだなんて到底無理な話だ。
だと言うのに、フルルは自分から翼を見せて、これまで実力を隠していたことを謝った。初めて聞いた時は怒りが湧いたけど、ジェンヌ先生の話を聞いているうちに、矛先が自分に向いた。実力を発揮できないフルルを、『お荷物』と蔑み、それを黙認した私たちこそ、謝るべきだった。
だけどフルルは、一度も私たちを責めたりしなかった。私が謝った時も、笑顔で許してくれた。天使だと思った。
そして今度こそ、フルルの、そしてクラスの皆の力になろうと思った。副リーダーとして相応しい存在になろうと思った。甘えるような奴は好きになれないけど、非力でもそれを自覚して成長しようと思う奴なら認めようと思えた。
だから、以前の私なら投げやりになりそうな状況でも、多少はやる気を持って臨めた。
「ここは死守するよ!」
「おう!」
連成した魔術式を構えながら、道路の先に見えるシルファたちにも聞こえるように、声を張り上げた。
◇ ◇ ◇
「フルル、二つ右の路地、そこからもうすぐ敵が顔を出す。引きつけてから攻撃してくれ」
「はい!」
デールさんの指示に、私は魔術式を維持しながらゆっくり移動を始めます。ジェフさんの防御魔法からは離れてしまいますが、建物の陰に隠れているここならユートさんも攻撃できません。
位置についた私はデールさんを振り返ります。デールさんは閉じていた目を開けると、大きく頷きました。
「『アロー』!」
「げっ!」
それほど広くはない道の脇を歩いていた相手の方に向かって魔法を放ちます。相手の方は魔術式を構えていましたが、横に動いてかわしました。
退こうとする相手の方に追撃し、四射目が当たりました。やっと一人です。
「来た!ユートだ!」
「っ!」
ほっと一息つく間もなく、デールさんがユートさんの接近を報せます。私は建物の陰に隠れて今ある魔術式を霧散させると、左右の手それぞれに魔術式を形成し始めました。ユートさんに近づかれてしまっては、『アロー』はあまり有効じゃありませんから。
「こっちも来たよ!」
レフトオブジェクトに続く道を見ているジェフさんも声を上げます。……困りました。『アロー』の魔術式が残っていれば迎撃できたのですが……。
「ジェフさん、相手が攻撃の準備を始めたら教えてください! デールさん、ユートさんはどこから!?」
「丁度フルルの正面方向から、建物の上を移動してきている!」
「ありがとうございます」
私は建物から離れると、出来上がった二つの魔術式を屋根の上の方に向けました。これですぐに迎撃できます。
「今九つ先の建物から、八つ、七つ先の建物に」
ふう、と息を吐きます。大丈夫です。倒せなくても、近づけさせなければ……。
「五、四、三、二、」
大丈夫です。魔術式にも問題ありません。
「一!」
魔力を注いだ魔術式が、光ります。
「なっ、方向を変えた! 左に!」
左!? ということは――
「ジェフさん!」
「え、あ!」
屋根から飛び出したユートさんは、壁を蹴ってほぼ真っ直ぐジェフさんに向かって落ちていきました。私の放った光弾は間に合わず、ユートさんがいたところを通り抜けていくだけです。
ボボボン! パアン!
ユートさんはジェフさんの右隣に着地すると、勢いそのままジェフさんを跳び越えて、頭上から光弾を放ちました。戸惑った様子のジェフさんの薄膜は破れ、脱落してしまいました。
ジェフさんから見えていなければ、ユートさんはジェフさんの位置が分からなかったはずです。多分、ジェフさんが見た他の相手の方が、何か合図をしてユートさんに報せていたのでしょう。
「くう!」
私は左手の魔術式から放つ光弾で、ユートさんがライト側に行かないよう牽制しつつ、右手の魔術式から放つ光弾で、直接ユートさんを狙います。我ながらかなりの数の光弾だと思いましたが、ユートさんは全て防ぐかかわすかしてやり過ごしてしまいます。
「あっ!」
僅かな攻撃の合間に、ユートさんが石を投げて反撃しました。どうにか撃ち落とせましたが、その隙に体を低くしたユートさんが近づいてきます。
ダッガッ!
ユートさんに魔術式を向けた時には、ユートさんは地を蹴って跳んでいました。それを追った先では、壁を蹴ってさらに高く――
ボボボン! ボボボン!
「あ……」
跳び越えざま、ユートさんは光弾を落としていきました。振り返って見ると、折角魔術式を作り直したデールさんもやられてしまいました。
「………………」
私は膝をついてから、その場に座り込みます。少し魔力を使いすぎてしまったようです。脱落者用の薄膜も、なかなか発現させられません。
「大丈夫か?」
「ユートさん……シルファさんたちに加勢しなくていいんですか?」
「ああ。もう終わったみたいだから」
「……そうですか」
私は力なく笑みを浮かべます。やっぱりユートさんたちは強いです。
『そこまで! クラス・ジェンヌの勝利!』
「え?」
「……えへへ」
でも、試合には勝てました。今はそれだけで、満足です。
「いえ、こちらこそ、ずっと後ろを警戒してくれて、ありがとうございました」
センターオブジェクトまで私を運んでくれたフルルは、流石に息を切らしてはいたものの、疲れきっているわけではなさそうだった。どうやらフルルは見た目以上に体力があるみたいだ。
「エルナ、フルル、無事だったか」
センターオブジェクトの防衛係を任されている、顔には見覚えのある男子が話しかけてくる。
「なんとかね。二人やられちゃったけど」
「こっちは三人倒せたんですけど、カーラさんとグレイスさんが脱落してしまったんです」
ああ、そう言えばそんな名前だった。カインもそうだけど、よく他人の名前を覚えていられるなぁ。コツがあったら教えてもらいたいくらいだ。
私が感心している間に、フルルが私たちに起きたことを男子に説明し終える。
「そうか……奴ら、かなり攻勢を強めてきているな」
「そっちはどんな感じ?」
「この辺りにはまだ姿を見せていないが、レフトとライトの近くには敵が潜んでいるみたいだ」
「そうですか……」
確かその辺りは路地が入りくんでるんだったっけ。確実にフルルを意識しているね。私の迎撃を警戒して真っ直ぐ追って来なかったとはいえ、私を担いだフルルの足は決して速くはなかった。左右から回り込んでいたとしたら……もう配置につく頃かな。
「そろそろ一斉に攻めてくるかもね」
「そ、そうなんですか?」
『こちらライト!』
噂をすれば、というやつか。ライトオブジェクトの防衛係から通信が入る。
『こちら三人に対し敵は五人! 至急応援を求む!』
『レフトが攻められている! 敵は四人で一人はユー』
通信はそこで途絶えた。
「合計九人か。私たちを包囲しようとした奴らが丸々攻めてきたって感じだね」
「このままですと、挟み撃ちにされますね……」
こっちは私たちを含めて六人。単純な頭数でも負けてるし、二方向から挟撃されるというかなり悪い状況だ。これは落とされるのを覚悟しとくかな。
「フルルはライト側お願い。私はレフト側でユートを抑えておくから」
「分かりました!」
元気な返事をしたフルルは早速移動すると魔術式の準備を始める。頼もしい限りだね。
「俺たちは何をしたらいい?」
「ん? ああ、じゃあ探知魔法はそのままで、ライト側に二人、レフト側に一人の配置かな。最悪オブジェクトは守らなくていいから、とにかくやられないように」
「分かった」
残りの四人も指示通り配置につく。さてと、どれだけもつかな。
「あ、来た!」
「みたいだね」
レフトオブジェクトへと続く幅の広い道、緩く左へカーブしているその道の外側に面した建物の屋根を渡ってユートが近づいてきているのが見えた。どうやら姿を隠す気はないみたいだ。
探知魔法で位置は知られると開き直ってるのかな。いい度きょ
「うん?」
ユートが足を止めた。まだ百メートルくらいは離れている。そして何か動きを――
「まずい!」
「え?」
私は作りかけの魔術式をかき消すと、体を低くして防御魔法の準備を急ぐ。ユートの手が高く上がるのが見えた。
ドゴッ!
「うわぁっ!」
「……外した?」
ユートが投げた石、恐らくどこかの戦いで剥がれた、道に敷き詰められていたものは、左隣に立つ男子の左前方約一メートルの場所に当たった。破片がいくつか男子の薄膜に当たるも、その程度では破られはしない。けれどもし直接当たったら、間違いなく破られると確信できる威力だ。
「なにぼさっとしてんの! 早く私の後ろで低くなってて!」
「は、はい!」
男子が移動を終えたのとほぼ同時に、ユートが二撃目を放つ。
ドゴッ!
今度は私の右後方へと着弾する。仮に当たっても私の防御魔法は破られはしないけど、これで迂闊には動けなくなってしまった。
「防御魔法は?」
「え?」
「防御魔法の準備はできたのかって訊いてるの!」
「あ、うん。ちょっと待ってて」
男子は慌てて魔術式の形成を始める。全く、一々行動が遅いなぁ。おっと、ぼやくなぼやくな。
しかし、困った。まさかユートの射程がここまでとは。防御をこの男子に任せたとしても、これだけ距離があると攻撃魔法を向こうに届かせるのも一苦労だ。できなくはないけど、連射性に難があるから十分な牽制にはならない。いっそユートは無視する? ……いや、これだけの射程を持つ攻撃手段を持つ相手から目を離していたら、今度は別の味方が狙われる。攻撃を防ぐだけじゃなくて、あれ以上近づけさせないよう牽制もしないと。
それができるとしたら……。
「エルナさん!」
「フルル!」
頭に思い浮かべた相手が、応援にやってくる。
「そっちは!?」
「まだ来てません。今なら力になれると思って」
その臨機応変さ、最高!
「まさに力が欲しかったとこだよ。フルルの魔法、あの建物の上にいるユートまで届く?」
「やってみます!」
言うが早いか、フルルは翼も利用して魔術式の形成を始める。白と黒の羽が入り混じった翼から魔力の光が滲み出る光景は、何度見ても幻想的だった。
「行って、『アロー』!」
早くも形成が終わった魔術式から、光の矢が放たれる。ユートの攻撃が終わった直後、防御魔法の陰から飛び出したフルルの魔法は、遠くにいるユートに向かって真っすぐ飛んでいく。ユートは攻撃動作を止めると、離れて身を低くした。
隠れられたか……。でもこれで、暫く攻撃は来ない。
「探知魔法使ってる男子、レフト側に探知範囲を絞って! そこの男子は防御魔法でフルルを守ること!」
「はい!」
「フルル、悪いけどこっちは任せる。あそこまで離れられると私は何もできないから」
「分かりました!」
フルルの快諾に満足して頷きを返すと、早速ライト側の方へと向かう。
いやー、フルル本当にすごいな。前の試合でも大活躍だったし、もっと早くからあの翼を見せてくれればよかったのに。
「……そりゃ無理か」
呟いて、自嘲する。飛び級って肩書きだけ見て、翼を出せないでいたフルルには目もくれなかったのが私たちだ。気にかけていたのはクラスのリーダーであるカインと、担任のジェンヌ先生くらいだっただろう。副リーダーとして支えてあげるべきだった私は、名前すらうろ覚えだった。
本来なら味方であるはずのクラス内にほとんど味方がいない状態じゃ、コンプレックスらしい翼を曝け出すだなんて到底無理な話だ。
だと言うのに、フルルは自分から翼を見せて、これまで実力を隠していたことを謝った。初めて聞いた時は怒りが湧いたけど、ジェンヌ先生の話を聞いているうちに、矛先が自分に向いた。実力を発揮できないフルルを、『お荷物』と蔑み、それを黙認した私たちこそ、謝るべきだった。
だけどフルルは、一度も私たちを責めたりしなかった。私が謝った時も、笑顔で許してくれた。天使だと思った。
そして今度こそ、フルルの、そしてクラスの皆の力になろうと思った。副リーダーとして相応しい存在になろうと思った。甘えるような奴は好きになれないけど、非力でもそれを自覚して成長しようと思う奴なら認めようと思えた。
だから、以前の私なら投げやりになりそうな状況でも、多少はやる気を持って臨めた。
「ここは死守するよ!」
「おう!」
連成した魔術式を構えながら、道路の先に見えるシルファたちにも聞こえるように、声を張り上げた。
◇ ◇ ◇
「フルル、二つ右の路地、そこからもうすぐ敵が顔を出す。引きつけてから攻撃してくれ」
「はい!」
デールさんの指示に、私は魔術式を維持しながらゆっくり移動を始めます。ジェフさんの防御魔法からは離れてしまいますが、建物の陰に隠れているここならユートさんも攻撃できません。
位置についた私はデールさんを振り返ります。デールさんは閉じていた目を開けると、大きく頷きました。
「『アロー』!」
「げっ!」
それほど広くはない道の脇を歩いていた相手の方に向かって魔法を放ちます。相手の方は魔術式を構えていましたが、横に動いてかわしました。
退こうとする相手の方に追撃し、四射目が当たりました。やっと一人です。
「来た!ユートだ!」
「っ!」
ほっと一息つく間もなく、デールさんがユートさんの接近を報せます。私は建物の陰に隠れて今ある魔術式を霧散させると、左右の手それぞれに魔術式を形成し始めました。ユートさんに近づかれてしまっては、『アロー』はあまり有効じゃありませんから。
「こっちも来たよ!」
レフトオブジェクトに続く道を見ているジェフさんも声を上げます。……困りました。『アロー』の魔術式が残っていれば迎撃できたのですが……。
「ジェフさん、相手が攻撃の準備を始めたら教えてください! デールさん、ユートさんはどこから!?」
「丁度フルルの正面方向から、建物の上を移動してきている!」
「ありがとうございます」
私は建物から離れると、出来上がった二つの魔術式を屋根の上の方に向けました。これですぐに迎撃できます。
「今九つ先の建物から、八つ、七つ先の建物に」
ふう、と息を吐きます。大丈夫です。倒せなくても、近づけさせなければ……。
「五、四、三、二、」
大丈夫です。魔術式にも問題ありません。
「一!」
魔力を注いだ魔術式が、光ります。
「なっ、方向を変えた! 左に!」
左!? ということは――
「ジェフさん!」
「え、あ!」
屋根から飛び出したユートさんは、壁を蹴ってほぼ真っ直ぐジェフさんに向かって落ちていきました。私の放った光弾は間に合わず、ユートさんがいたところを通り抜けていくだけです。
ボボボン! パアン!
ユートさんはジェフさんの右隣に着地すると、勢いそのままジェフさんを跳び越えて、頭上から光弾を放ちました。戸惑った様子のジェフさんの薄膜は破れ、脱落してしまいました。
ジェフさんから見えていなければ、ユートさんはジェフさんの位置が分からなかったはずです。多分、ジェフさんが見た他の相手の方が、何か合図をしてユートさんに報せていたのでしょう。
「くう!」
私は左手の魔術式から放つ光弾で、ユートさんがライト側に行かないよう牽制しつつ、右手の魔術式から放つ光弾で、直接ユートさんを狙います。我ながらかなりの数の光弾だと思いましたが、ユートさんは全て防ぐかかわすかしてやり過ごしてしまいます。
「あっ!」
僅かな攻撃の合間に、ユートさんが石を投げて反撃しました。どうにか撃ち落とせましたが、その隙に体を低くしたユートさんが近づいてきます。
ダッガッ!
ユートさんに魔術式を向けた時には、ユートさんは地を蹴って跳んでいました。それを追った先では、壁を蹴ってさらに高く――
ボボボン! ボボボン!
「あ……」
跳び越えざま、ユートさんは光弾を落としていきました。振り返って見ると、折角魔術式を作り直したデールさんもやられてしまいました。
「………………」
私は膝をついてから、その場に座り込みます。少し魔力を使いすぎてしまったようです。脱落者用の薄膜も、なかなか発現させられません。
「大丈夫か?」
「ユートさん……シルファさんたちに加勢しなくていいんですか?」
「ああ。もう終わったみたいだから」
「……そうですか」
私は力なく笑みを浮かべます。やっぱりユートさんたちは強いです。
『そこまで! クラス・ジェンヌの勝利!』
「え?」
「……えへへ」
でも、試合には勝てました。今はそれだけで、満足です。
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