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4. 変化
人間観察です
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「こ、こんなに沢山……」
大通りを行き交う大勢の人を脇道から覗き見た私は、思わず足を止めてしまいました。いつも沢山の人が歩いている印象がありましたが、今日はそれ以上でした。誰かと一緒に来て、もしはぐれたりしたら、もう会えなくなってしまうんじゃないかと思えるほどです。
「………………」
人の多さに圧倒されてしまいましたが、マスターさんのクッキーが入った、肩から提げた鞄を胸に抱いて、気持ちを奮い立たせます。
これだけ人がいるんですから、きっと私なんかを見ている人はいないでしょう。今がチャンスです。
私は脇道の端によって、近くを歩く人を観察しました。
あの女の人は、初めてここに来た人でしょうか? 手元の地図か何かを見ながら歩いては、周りをキョロキョロとしています。
あの男の人は、何だかとても偉い人のような気がします。背が高くて、今日は暖かいのに厚そうなコートを着て真っ直ぐ歩いてます。
あ、あの四人は家族でしょうか? 笑顔の男の子をお父さんが追いかけてます。その後ろをお母さんと、手を繋いだ女の子がついていってます。なんだか微笑ましいです。
「っ!」
突然、誰かから見られているような感覚がありました。慌てて周りを見渡すと、声が聞こえてきます。
「ほらあれ、グリマール魔法学院の制服じゃない?」
「ホントだ! あんなところで何やってんだろ?」
「待ち合わせかな? それとも友達とはぐれたとか?」
恐る恐るそちらを向くと、若い女の人が二人、私を見て話をしていました。
「あ、気づかれた?」
「ほらぁ、そんな大きな声で話すから」
「えー、そんなに大きくなくない? ていうか、このくらいじゃないと周りがうるさくて聞こえないし」
「じゃあ偶然かな?」
「もしかしたら魔法で聞いてたりして!」
「あはは、まっさかぁ。こういうとこで魔法使っちゃいけないんでしょ?」
私は咄嗟に目を逸らしましたが、二人の声はしばらく続きました。やがて声が聞こえなくなると、私はゆっくりと視線を動かしました。
……どうやらもう遠くへ行ってしまったみたいです。私はほっと息をつきます。それでも、他の人に見られることがあると知ったせいか、まだどこからか視線を向けられているような感覚がありました。
制服を着てきたのは失敗だったでしょうか? でも私服で出掛けると、学院の寮に戻るまでの間に沢山の人に見られてしまいます。結局外に出てしまったら、多かれ少なかれ人に見られてしまうようです。
……ごめんなさい、マスターさん。やっぱり、私には無理です。
ここにいるとまた誰かに見られるかもしれないと、脇道の奥へと戻ろうとした時でした。
「ちょっと、そこのあなた」
「ひっ!」
今まさに振り返ろうとした背後から甲高い声をかけられ、思わず声を洩らしてしまいました。
「あ、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「い、いえ、こちらこそ、すみません……」
気を遣わせてしまったようです。いつまでも背中を向けているわけにもいかないので、私は大きく息を吸ってから振り向きます。
そこにいたのは、私よりも背が低い、褐色の肌の女の子でした。旅行しに来たのでしょうか? 車輪のついた大きな鞄を引いています。その鞄にもかかっている、腰の辺りまである長い薄緑色の髪は真っ直ぐで、サラサラとしています。
「え、あれ? それって……」
よく見ると、前髪に隠れて目立ちませんが、額の左右から何かが伸びているようです。まさか、と思うのと同時に、女の子が答えました。
「角のこと?」
「角!? ということは……」
「ええ。あたしは小鬼族よ」
女の子、いえ、小鬼族ですから私より年上かもしれないその女の人は、片手で前髪を持ち上げると、控えめな白い角を晒します。
驚きました。人間族の国にある魔法都市グリマールには、人間族以外の人はほとんどいません。実際私がここに来てからは、グリマール魔法学院の中でしか人間族以外の人を見たことはありませんでした。だけどこの人は私の目の前にいて、あろうことか自分から小鬼族であることを、人間族でないことを明かしました。私も今の見た目は人間族にしか見えないのに……。
「それで、訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「え、あ、はい! な、なんでしょうか……?」
「……あたし、そんなに怖い?」
「い、いえ! そういうつもりじゃ! すみません!」
「落ち着いて。怒ってなんかないわ。……そうね、一度深呼吸しよっか」
慌てる私の前で、女の人は大きく息を吸いました。私もそれにならって、口から息を吸います。
「………………」
「………………」
女の人は随分と長く息を吸っていました。なので私もそれに合わせて、息を吸い続けます。
「……フゥー」
「プハッ! はあ、はあ……」
「あは、あたしに合わせなくても良かったのに」
「あ、す、すみません……」
「もう。一々謝るの禁止!」
目を伏せる私に、女の人は人差し指を立てました。私はまた謝ろうとして、咄嗟に声を飲み込みます。
「は、はい」
「うん、よろしい」
代わりに頷くと、女の人も満足そうに頷きました。私はそこでようやく、肩の力を抜くことができました。
「それじゃあ改めて、訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「はい、なんでしょうか?」
「あなた、こんなところで何をしてたの?」
「……えっと、それは……」
これは何と答えるのがいいでしょうか? 正直に、他の人を見ていましたと言うべきでしょうか? でもそんな怪しいことをグリマール魔法学院の生徒がしていたと噂されたら、すごく迷惑がかかりそうです。かといって嘘をついたら、そのことを深く訊かれたらバレてしまいます。
ならもっと他の言い方、そんなに変じゃない言葉で、私の行動を説明するとしたら……。
「人間観察、です」
「………………」
私の答えを聞いた女の人は、口を閉じたまま何度か瞬きしました。
え、あれ? これも変だったでしょうか? どうしましょう、私のせいで、グリマール魔法学院の評判が……!
焦りが態度に出そうになる直前、女の人はプッと吹き出しました。
「あははっ! 面白いことしてるのね。それで? 成果はあった?」
「せ、成果、ですか? そうですね……色々な人がいるってことが、その、分かりました」
「それは何よりね」
女の人の笑みにつられて、私もぎこちなく笑います。
「あ、そうだ! ねえ、今日この後、もう少し人間観察してみてくれない? 勿論お礼はするから」
「人間観察、ですか?」
「そう。然る大物アイドルの観察よ。元々、その協力をしてくれないか尋ねようとしてたの」
大物、アイドル?
「アイドルって、何ですか?」
「ウソ、アイドルを知らないの? グリマール魔法学院の生徒は俗世に疎いのかな?」
「ど、どうなんでしょう?」
「あ、ごめん、アイドルのことよね。アイドルっていうのは、歌と踊りで大勢の人を幸せにするとってもすごい存在のことよ」
「歌と踊り……。それって、その大勢の人の前でするんですよね?」
「勿論よ」
女の人はどこか誇らしそうに肯定しました。大勢の人の目の前で歌や踊りを披露するなんて、私からしたらとんでもないことです。けれどそのアイドルという、職業? の人はそれができるようです。そんなすごい人を、私が、観察……?
「えと、その、どうして私が?」
「ああ、声をかけた理由? それはあなたがグリマール魔法学院の生徒に見えたからよ。あなたなら、魔法を見慣れてるでしょう?」
「はい……」
「実はそのアイドルも、魔法が使えるの。あなたにはその出来を見てほしいのよ」
「魔法も使えるんですか!?」
歌と踊りだけじゃなくて、魔法までできる人がいるなんて……。魔法しか使えない、その魔法でさえ大勢の人の前では使えない私は、そのアイドルの方と自分との違いに愕然としてしまいます。
世の中にそんなすごい人がいるのなら、私なんかいてもいなくても同じなんじゃ……。
「といっても、パフォーマンスの一環で小さな光の球を浮かべる程度だけどね。そのくらい、あなたならお茶の子サイサイでしょ?」
「そ、そうですね……」
それを聞いて、少しだけ安心します。そしてすぐ、自分のことをすごくちっぽけに感じました。
「ただ規模が小さくても魔法は魔法。公の場で使うにはノーザ魔導士協会の許可がいるし、危ないと判断されたら許可も取り消されるわ。そうならないために、名高いグリマール魔法学院の生徒に一度魔法を見てもらいたいのよ」
「………………」
丁寧な説明のおかげで、私に声をかけた理由は分かりました。今日は予定もありませんし、できるなら力になりたいとも思います。
ですが、本当に私なんかが力になれるのでしょうか? アイドルという多才な方の魔法を見て、ここが変です、なんて指摘が、果たしてできるのでしょうか?
そもそも私なんかが、そんなすごい人の前に立っても、いいんでしょうか?
「どう? もし他に予定があるなら、無理強いはしないけど」
「いえ、予定はありません。……その、一つ訊いてもいいですか?」
「ええ。何かしら?」
「えと、あなたは、どうしてそのアイドルの方のために、こうして私に声をかけたんですか?」
変な言い回しになってしまった質問に、女の人は胸を張って答えました。
「それは勿論、あたしがあの人のファンだからよ」
「ふぁん、ですか?」
「アイドルを応援する人ってこと。まああたしの場合、それだけじゃないんだけどね」
「応援だけじゃ、ない?」
「うん。あの人はあたしの目標なんだ。あたしは魔法は使えないけど、その分歌と踊りに力を入れて、いつかあの人と同じ場所に、ううん、それよりもっと上まで行ってみせる。そしてそのためには、あの人の全力をこの目で、耳で、肌で感じないといけないの」
「……すごい、ですね」
自分の夢を熱く語る女の人を前に、私は思わず気持ちを口に出してしまいました。話を聞いただけでもすごいと思える人を目標にして、自分にはできないことがあると知っていても、他の部分で補って前に進もうとする姿勢に、感動してしまったようです。
その姿は、どこかユートさんに似ているようにも思えました。
「あは、ありがと。ちょっと語りすぎちゃったけど、質問の答えとしてはこれでいいかしら?」
「はい。ありがとうございました。それで、お手伝いのことなんですけど……」
「うん」
「……私で良ければ、力になりたいです。よろしくお願いします」
「ホント!? ありがとう! こちらこそよろしくね!」
「は、はい」
嬉しそうに笑う女の人を見て、私も少し嬉しくなります。同時に、心の中で決心します。
これでもう逃げられません。今度こそこの人や、この人が目標としているアイドルの人を見て、自分が変わるきっかけを掴むんです!
「あ、そう言えばまだ名乗ってなかったわね。あたしはイデアよ」
「あ、私はフルル・ヴァングリューといいます」
「フルル、フルルね。うん、覚えたわ。それじゃフルル、早速行きましょ。ついてきて」
「はい、イデアさん」
歩き出したイデアさんの後に、私も続きました。
大通りを行き交う大勢の人を脇道から覗き見た私は、思わず足を止めてしまいました。いつも沢山の人が歩いている印象がありましたが、今日はそれ以上でした。誰かと一緒に来て、もしはぐれたりしたら、もう会えなくなってしまうんじゃないかと思えるほどです。
「………………」
人の多さに圧倒されてしまいましたが、マスターさんのクッキーが入った、肩から提げた鞄を胸に抱いて、気持ちを奮い立たせます。
これだけ人がいるんですから、きっと私なんかを見ている人はいないでしょう。今がチャンスです。
私は脇道の端によって、近くを歩く人を観察しました。
あの女の人は、初めてここに来た人でしょうか? 手元の地図か何かを見ながら歩いては、周りをキョロキョロとしています。
あの男の人は、何だかとても偉い人のような気がします。背が高くて、今日は暖かいのに厚そうなコートを着て真っ直ぐ歩いてます。
あ、あの四人は家族でしょうか? 笑顔の男の子をお父さんが追いかけてます。その後ろをお母さんと、手を繋いだ女の子がついていってます。なんだか微笑ましいです。
「っ!」
突然、誰かから見られているような感覚がありました。慌てて周りを見渡すと、声が聞こえてきます。
「ほらあれ、グリマール魔法学院の制服じゃない?」
「ホントだ! あんなところで何やってんだろ?」
「待ち合わせかな? それとも友達とはぐれたとか?」
恐る恐るそちらを向くと、若い女の人が二人、私を見て話をしていました。
「あ、気づかれた?」
「ほらぁ、そんな大きな声で話すから」
「えー、そんなに大きくなくない? ていうか、このくらいじゃないと周りがうるさくて聞こえないし」
「じゃあ偶然かな?」
「もしかしたら魔法で聞いてたりして!」
「あはは、まっさかぁ。こういうとこで魔法使っちゃいけないんでしょ?」
私は咄嗟に目を逸らしましたが、二人の声はしばらく続きました。やがて声が聞こえなくなると、私はゆっくりと視線を動かしました。
……どうやらもう遠くへ行ってしまったみたいです。私はほっと息をつきます。それでも、他の人に見られることがあると知ったせいか、まだどこからか視線を向けられているような感覚がありました。
制服を着てきたのは失敗だったでしょうか? でも私服で出掛けると、学院の寮に戻るまでの間に沢山の人に見られてしまいます。結局外に出てしまったら、多かれ少なかれ人に見られてしまうようです。
……ごめんなさい、マスターさん。やっぱり、私には無理です。
ここにいるとまた誰かに見られるかもしれないと、脇道の奥へと戻ろうとした時でした。
「ちょっと、そこのあなた」
「ひっ!」
今まさに振り返ろうとした背後から甲高い声をかけられ、思わず声を洩らしてしまいました。
「あ、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「い、いえ、こちらこそ、すみません……」
気を遣わせてしまったようです。いつまでも背中を向けているわけにもいかないので、私は大きく息を吸ってから振り向きます。
そこにいたのは、私よりも背が低い、褐色の肌の女の子でした。旅行しに来たのでしょうか? 車輪のついた大きな鞄を引いています。その鞄にもかかっている、腰の辺りまである長い薄緑色の髪は真っ直ぐで、サラサラとしています。
「え、あれ? それって……」
よく見ると、前髪に隠れて目立ちませんが、額の左右から何かが伸びているようです。まさか、と思うのと同時に、女の子が答えました。
「角のこと?」
「角!? ということは……」
「ええ。あたしは小鬼族よ」
女の子、いえ、小鬼族ですから私より年上かもしれないその女の人は、片手で前髪を持ち上げると、控えめな白い角を晒します。
驚きました。人間族の国にある魔法都市グリマールには、人間族以外の人はほとんどいません。実際私がここに来てからは、グリマール魔法学院の中でしか人間族以外の人を見たことはありませんでした。だけどこの人は私の目の前にいて、あろうことか自分から小鬼族であることを、人間族でないことを明かしました。私も今の見た目は人間族にしか見えないのに……。
「それで、訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「え、あ、はい! な、なんでしょうか……?」
「……あたし、そんなに怖い?」
「い、いえ! そういうつもりじゃ! すみません!」
「落ち着いて。怒ってなんかないわ。……そうね、一度深呼吸しよっか」
慌てる私の前で、女の人は大きく息を吸いました。私もそれにならって、口から息を吸います。
「………………」
「………………」
女の人は随分と長く息を吸っていました。なので私もそれに合わせて、息を吸い続けます。
「……フゥー」
「プハッ! はあ、はあ……」
「あは、あたしに合わせなくても良かったのに」
「あ、す、すみません……」
「もう。一々謝るの禁止!」
目を伏せる私に、女の人は人差し指を立てました。私はまた謝ろうとして、咄嗟に声を飲み込みます。
「は、はい」
「うん、よろしい」
代わりに頷くと、女の人も満足そうに頷きました。私はそこでようやく、肩の力を抜くことができました。
「それじゃあ改めて、訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「はい、なんでしょうか?」
「あなた、こんなところで何をしてたの?」
「……えっと、それは……」
これは何と答えるのがいいでしょうか? 正直に、他の人を見ていましたと言うべきでしょうか? でもそんな怪しいことをグリマール魔法学院の生徒がしていたと噂されたら、すごく迷惑がかかりそうです。かといって嘘をついたら、そのことを深く訊かれたらバレてしまいます。
ならもっと他の言い方、そんなに変じゃない言葉で、私の行動を説明するとしたら……。
「人間観察、です」
「………………」
私の答えを聞いた女の人は、口を閉じたまま何度か瞬きしました。
え、あれ? これも変だったでしょうか? どうしましょう、私のせいで、グリマール魔法学院の評判が……!
焦りが態度に出そうになる直前、女の人はプッと吹き出しました。
「あははっ! 面白いことしてるのね。それで? 成果はあった?」
「せ、成果、ですか? そうですね……色々な人がいるってことが、その、分かりました」
「それは何よりね」
女の人の笑みにつられて、私もぎこちなく笑います。
「あ、そうだ! ねえ、今日この後、もう少し人間観察してみてくれない? 勿論お礼はするから」
「人間観察、ですか?」
「そう。然る大物アイドルの観察よ。元々、その協力をしてくれないか尋ねようとしてたの」
大物、アイドル?
「アイドルって、何ですか?」
「ウソ、アイドルを知らないの? グリマール魔法学院の生徒は俗世に疎いのかな?」
「ど、どうなんでしょう?」
「あ、ごめん、アイドルのことよね。アイドルっていうのは、歌と踊りで大勢の人を幸せにするとってもすごい存在のことよ」
「歌と踊り……。それって、その大勢の人の前でするんですよね?」
「勿論よ」
女の人はどこか誇らしそうに肯定しました。大勢の人の目の前で歌や踊りを披露するなんて、私からしたらとんでもないことです。けれどそのアイドルという、職業? の人はそれができるようです。そんなすごい人を、私が、観察……?
「えと、その、どうして私が?」
「ああ、声をかけた理由? それはあなたがグリマール魔法学院の生徒に見えたからよ。あなたなら、魔法を見慣れてるでしょう?」
「はい……」
「実はそのアイドルも、魔法が使えるの。あなたにはその出来を見てほしいのよ」
「魔法も使えるんですか!?」
歌と踊りだけじゃなくて、魔法までできる人がいるなんて……。魔法しか使えない、その魔法でさえ大勢の人の前では使えない私は、そのアイドルの方と自分との違いに愕然としてしまいます。
世の中にそんなすごい人がいるのなら、私なんかいてもいなくても同じなんじゃ……。
「といっても、パフォーマンスの一環で小さな光の球を浮かべる程度だけどね。そのくらい、あなたならお茶の子サイサイでしょ?」
「そ、そうですね……」
それを聞いて、少しだけ安心します。そしてすぐ、自分のことをすごくちっぽけに感じました。
「ただ規模が小さくても魔法は魔法。公の場で使うにはノーザ魔導士協会の許可がいるし、危ないと判断されたら許可も取り消されるわ。そうならないために、名高いグリマール魔法学院の生徒に一度魔法を見てもらいたいのよ」
「………………」
丁寧な説明のおかげで、私に声をかけた理由は分かりました。今日は予定もありませんし、できるなら力になりたいとも思います。
ですが、本当に私なんかが力になれるのでしょうか? アイドルという多才な方の魔法を見て、ここが変です、なんて指摘が、果たしてできるのでしょうか?
そもそも私なんかが、そんなすごい人の前に立っても、いいんでしょうか?
「どう? もし他に予定があるなら、無理強いはしないけど」
「いえ、予定はありません。……その、一つ訊いてもいいですか?」
「ええ。何かしら?」
「えと、あなたは、どうしてそのアイドルの方のために、こうして私に声をかけたんですか?」
変な言い回しになってしまった質問に、女の人は胸を張って答えました。
「それは勿論、あたしがあの人のファンだからよ」
「ふぁん、ですか?」
「アイドルを応援する人ってこと。まああたしの場合、それだけじゃないんだけどね」
「応援だけじゃ、ない?」
「うん。あの人はあたしの目標なんだ。あたしは魔法は使えないけど、その分歌と踊りに力を入れて、いつかあの人と同じ場所に、ううん、それよりもっと上まで行ってみせる。そしてそのためには、あの人の全力をこの目で、耳で、肌で感じないといけないの」
「……すごい、ですね」
自分の夢を熱く語る女の人を前に、私は思わず気持ちを口に出してしまいました。話を聞いただけでもすごいと思える人を目標にして、自分にはできないことがあると知っていても、他の部分で補って前に進もうとする姿勢に、感動してしまったようです。
その姿は、どこかユートさんに似ているようにも思えました。
「あは、ありがと。ちょっと語りすぎちゃったけど、質問の答えとしてはこれでいいかしら?」
「はい。ありがとうございました。それで、お手伝いのことなんですけど……」
「うん」
「……私で良ければ、力になりたいです。よろしくお願いします」
「ホント!? ありがとう! こちらこそよろしくね!」
「は、はい」
嬉しそうに笑う女の人を見て、私も少し嬉しくなります。同時に、心の中で決心します。
これでもう逃げられません。今度こそこの人や、この人が目標としているアイドルの人を見て、自分が変わるきっかけを掴むんです!
「あ、そう言えばまだ名乗ってなかったわね。あたしはイデアよ」
「あ、私はフルル・ヴァングリューといいます」
「フルル、フルルね。うん、覚えたわ。それじゃフルル、早速行きましょ。ついてきて」
「はい、イデアさん」
歩き出したイデアさんの後に、私も続きました。
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