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4. 変化
マシ―ナ学院の試合の観戦
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「うわ」
思わず口に出た。
薄膜の光に包まれた、持ち手の長い大きな手鏡のような外見をした杖のような魔導器、地面に突き刺さった石突の逆、その先端に付けられた円盤から見る見る内に魔術式が形成されていく。円盤の三倍ほどの直径となった魔術式は魔力を供給され光り輝き、無数の光弾を発現させた。魔術式の形成から魔法の発現までにかかった時間は、僕とそう変わらない。
「く、この!」
「あいつは俺がやる!」
対するチーム・グレイスのカーラは、防御魔法を発現させて光弾を防ぐ。その後ろから横に飛び出したゲラルドが形成した魔術式から光弾を放つ。
「ふむ、後出しの割にはその程度ですか」
「私に任せて!」
クロムが攻撃を止めると、リンが前に出て傘のような魔導器を構える。既にその先から形成されていた大きな魔術式から防御魔法が発現し、大きな壁が現れる。規模はアランの『ストーン・ウォール』並だ。
「ま、マジかよ……」
「あんなの見た目だけよ! チャールズ、あんたも攻撃に参加しなさい!」
「あ、ああ!」
「行け、『アイス・ソーン』!」
グレイスが発現させた氷の棘が何本も飛んでいく。けれどそれが全て当たってもリンの防御魔法はびくともしなかった。
「援護しましょう」
そこにさっき攻撃していたクロムが、同じ魔導器から形成した魔術式から今度は防御魔法を発現させてみせた。流石に規模は小さいものの、迫る攻撃を確かに防いで見せる。
「ありがとう!」
更にはそれに合わせ、リンの防御魔法が守る範囲を狭め、その分を厚さに還元した。魔法を維持しながらの魔術式の改変までできるなんて。僕は自分でも気づかない内に喉を鳴らしていた。
クロムの攻撃がなくなったことで、カーラを含めた全員が攻撃を続けるも、防御魔法はなかなか破られない。それでも着実に防御魔法を削っていき、もう少しで破れそうな時だった。
「そろそろキツい! ミスティ!」
「任せて」
前衛の二人から結構な距離をとって後ろにいた一人、ミスティが頷く。両腕と肩のベルトで支えられ、腰の高さに構えられた大きな筒のような魔導器、その先から直径一メートル半はありそうな魔術式が形成されていた。
「……降れ、『ライト・シャワー』」
斜め上に向けた魔術式から放たれた光弾は、決して大きくはないけれど、その数が尋常じゃなかった。一秒の間に十個前後の光弾が打ち上げられ、防御魔法の上を通ってグレイスたちに降り注ぐ。
「おわぁ!」
「きゃあ!」
いち早く防御魔法の準備をしていたグレイスとゲラルドは攻撃を防ぐも、形成が遅れたチャールズとカーラは光弾を受けてしまう。
「くっ、まだ……」
「リン! 道を空けろ!」
「なっ……!?」
グレイスが片手で魔法を維持しながら、もう片方の手で新たに魔術式を形成しようとした矢先、カールの声が響く。両手で持った、頭が円盤状の大きな金槌のような魔導器。そこから形成された魔術式を見て絶句した。
直径一メートルほどの魔術式が三つ、中心を通る光の線で繋がって、連なっている。あれは、まさか――
「まさか、魔術式の連成までできるなんて……」
シルファが僕の心を代弁してくれた。
「あれ、連成って言うのか?」
「ええ。本来一つの魔術式に収めている魔法の情報を分割しているの」
そう。魔術式の連成とは、魔力の形質変換や発現の規模、発現してからの振る舞いといった、魔力から魔法を発現させるまでに必要となる決め事を複数の魔術式に分けたものだ。実現するためには複数の魔術式を互いに干渉しないよう配置したりと、普通の魔術式の形成よりも高度な技術が要求される。また、複数の小さな魔術式を保持するのは一つの大きな魔術式を保持するよりも魔力が多く必要になるため、魔力効率が悪い。つまり魔力量が同じなら、普通に大きな一つの魔術式を形成する方が規模が大きい魔法が使えるというわけだ。
しかし、その欠点を補って余りある利点が、魔法を発現するまでにかかる時間の早さだ。
複数の工程を一つの魔術式に収めるのに比べ、連成は一つひとつの魔術式が単純で作りやすいため、慣れてしまえば同じ規模の魔法を発現させるまでにかかる時間は早くなる。それも規模が大きければ大きいほど、その差も大きくなるのだ。さらには魔術式の改変も容易だし、形成のミスも起きにくい。これらのことから、普通の魔術式を形成するよりも実戦向きと言える魔法の発現の手段だった。
ただ、魔術式の連成は簡単なことじゃない。少なくとも僕や、シルファでさえできないことだ。だから昨日試合で見た時も驚いたけれど、今受けた衝撃はその時以上だった。
これじゃあ近い未来、自分で魔術式を形成するなんてことはなくなるんじゃないか?
「ぶった斬れ! 『魔刃』!」
気づいた時には、カールは防御魔法を霧散させたリンの前に立ち、体の横に構えた魔導器をその場で薙ぎ払うように振るった。その動きに合わせ、連なった魔術式の先から赤く光る刃が伸びる。
バキィン!
「うおっ!」
「ああっ!」
カールの魔法は二つの防御魔法を破り、二人の薄膜を消し去った。薄膜に触れた部分から先が無くなった刀身は、カールが振りきると同時に霧散する。
「そこまで! マシーナ学院の勝利!」
「よっしゃあ!」
「やった、勝てたぁ!」
「……うん」
「魔導器も期待通りに動作しましたし、言うことなしですね」
細目が特徴的なフィディー先生の宣言に、マシーナ学院の生徒たちから歓声が上がる。一方、負けたチーム・グレイスの面々は、この結果が信じられないのか、ほとんど動きを見せなかった。
「チーム・グレイス、早く来なさい」
「……はい」
フィディー先生の言葉で我に返ったのか、試合後の礼をするために障壁魔法の中心に向かい始めるも、その足取りも重そうで、辿り着いても相手と中々正面から向き合おうとしない。
「おいおい、礼の一つもできないのかよ」
「こらカール! そういうこと言わない!」
「いえ、仰る通りです。チーム・グレイス、最低限の礼節は尽くしなさい」
「………………」
フィディー先生に注意され、チーム・グレイスの四人はようやく相手と顔を合わせた。
「両チーム、礼」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました……」
下がった頭が上がると同時に、障壁魔法が霧散する。マシ―ナ学院の四人は外で見ていたアンソニーというらしい教師の元へと集まる。遠くからでも、彼らが笑っているのが分かった。
そしてチーム・グレイスの四人は、とぼとぼとその場を離れていく。
「いい試合だったな」
「えっ」
マズい、と思った時にはもう、グレイスがこちらに向かってきていた。黒に近い灰色の髪で見え隠れするその表情は、隠しきれない苛烈な感情が滲みだしている険しいものだった。僕は思わず、一歩後ずさる。
「これで満足!?」
「満足って?」
「とぼけないでよ! 調子に乗ってハンデを認めた挙句ボロ負けして、いい気味だって思ってんでしょ!?」
凄まじい剣幕で詰め寄るグレイスを前にしても、ユート君は自然体だった。
「そんなこと思ってないぞ」
「っ……! じゃあ何!? 自然と嫌味が口に出てたわけ? 最低ね!」
「……嫌味のつもりはなかったんだけど、そう思わせたのなら、ごめん。俺まだ、こっちの常識に疎いみたいでさ」
「な、何なのよ……!? もう! ホントにムカつく!」
「グレイス、落ち着け!」
頭を下げたユート君にいきり立つグレイスを、ゲラルドが肩に手をやって止める。
「……あれのどこがいい試合だったっていうわけ?」
その後ろに控えていたカーラがボソッと言った。それは僕も気になっていた。頭を上げたユート君は、的外れだったら悪いけど、と断ってから続ける。
「今の試合は、お互いにある程度の実力を発揮できていただろ? 実力差もそこまでなかったし、悪い試合には見えなかった。現状どれだけやれるか確かめるって意味でも、試合をした意義はあったと思ったし」
「……実力差、か」
「ふざけないでよ! 私たちがあいつらよりも劣ってるって言うの!?」
チャールズの言葉に被せるようにグレイスが吠える。ユート君は首を横に振った。
「劣ってるとは思わないけど、実力が近いとは思うかな。不意打ちされたんならまだしも、ある程度条件を整えたうえで戦って負けたんだし」
「……そ、それは、あんなのと戦うのは初めてだし、もう一度戦えば――!」
「もうよせよ、グレイス」
「……悔しいけど、負けは負けだ。受け止めようぜ」
「……ふん。まあ別に? 道具頼りの奴らに負けたって何でもないけどね」
「何でもないで済ましているから、強くなれないのよ」
こっちに歩いてくるシルファがカーラを一喝する。その言葉は僕にも効く。
「あれ? シルファ、どこか行ってたの?」
「マシ―ナ学院の生徒と交渉してきたのよ。私たちも彼らと練習試合、するわよ」
「本当か!? やった!」
「え、本当にするの?」
魔導器の性能を目の当たりにした僕は及び腰になる。だけどシルファは容赦なく頷いた。
「勿論よ。相手は実力もあるし、あんな珍しい道具の使い手と戦える機会なんて、そうそうないしね」
「でもさ、僕たち三人しかいないよ?」
「その程度、いいハンデじゃない」
出たぁ。中等部にいた時、チームメンバーが二人だけだった頃によく言っていた強がりだ。この言葉が出ると、それ以上の言い訳は禁じられたも同然だった。
「……そうだね」
諦めの息をつきつつ、まあ何とかなるかなと思っている自分に気づく。確かに相手はグリマールの学院生と同等以上の魔法を使えるし、人数的にもこちらが不利だけど、そんな状況は慣れっこだ。寧ろそれを前提にした魔法の練習ばかりしていたと言ってもいい。
それに何より、今は二人だけじゃない。
「もう始めるのか?」
「ええ。向こうはいつでも構わないそうよ。フィディー先生も、準備ができ次第始めていいって」
「よっし! じゃあ早速試合しよう!」
意気揚々とフィディー先生の元に向かうユート君の背中を見て、自然と頬が緩む。
「シイキ、準備はいい?」
「うん」
僕とシルファは頷き合うと、ユート君の後に続いた。
思わず口に出た。
薄膜の光に包まれた、持ち手の長い大きな手鏡のような外見をした杖のような魔導器、地面に突き刺さった石突の逆、その先端に付けられた円盤から見る見る内に魔術式が形成されていく。円盤の三倍ほどの直径となった魔術式は魔力を供給され光り輝き、無数の光弾を発現させた。魔術式の形成から魔法の発現までにかかった時間は、僕とそう変わらない。
「く、この!」
「あいつは俺がやる!」
対するチーム・グレイスのカーラは、防御魔法を発現させて光弾を防ぐ。その後ろから横に飛び出したゲラルドが形成した魔術式から光弾を放つ。
「ふむ、後出しの割にはその程度ですか」
「私に任せて!」
クロムが攻撃を止めると、リンが前に出て傘のような魔導器を構える。既にその先から形成されていた大きな魔術式から防御魔法が発現し、大きな壁が現れる。規模はアランの『ストーン・ウォール』並だ。
「ま、マジかよ……」
「あんなの見た目だけよ! チャールズ、あんたも攻撃に参加しなさい!」
「あ、ああ!」
「行け、『アイス・ソーン』!」
グレイスが発現させた氷の棘が何本も飛んでいく。けれどそれが全て当たってもリンの防御魔法はびくともしなかった。
「援護しましょう」
そこにさっき攻撃していたクロムが、同じ魔導器から形成した魔術式から今度は防御魔法を発現させてみせた。流石に規模は小さいものの、迫る攻撃を確かに防いで見せる。
「ありがとう!」
更にはそれに合わせ、リンの防御魔法が守る範囲を狭め、その分を厚さに還元した。魔法を維持しながらの魔術式の改変までできるなんて。僕は自分でも気づかない内に喉を鳴らしていた。
クロムの攻撃がなくなったことで、カーラを含めた全員が攻撃を続けるも、防御魔法はなかなか破られない。それでも着実に防御魔法を削っていき、もう少しで破れそうな時だった。
「そろそろキツい! ミスティ!」
「任せて」
前衛の二人から結構な距離をとって後ろにいた一人、ミスティが頷く。両腕と肩のベルトで支えられ、腰の高さに構えられた大きな筒のような魔導器、その先から直径一メートル半はありそうな魔術式が形成されていた。
「……降れ、『ライト・シャワー』」
斜め上に向けた魔術式から放たれた光弾は、決して大きくはないけれど、その数が尋常じゃなかった。一秒の間に十個前後の光弾が打ち上げられ、防御魔法の上を通ってグレイスたちに降り注ぐ。
「おわぁ!」
「きゃあ!」
いち早く防御魔法の準備をしていたグレイスとゲラルドは攻撃を防ぐも、形成が遅れたチャールズとカーラは光弾を受けてしまう。
「くっ、まだ……」
「リン! 道を空けろ!」
「なっ……!?」
グレイスが片手で魔法を維持しながら、もう片方の手で新たに魔術式を形成しようとした矢先、カールの声が響く。両手で持った、頭が円盤状の大きな金槌のような魔導器。そこから形成された魔術式を見て絶句した。
直径一メートルほどの魔術式が三つ、中心を通る光の線で繋がって、連なっている。あれは、まさか――
「まさか、魔術式の連成までできるなんて……」
シルファが僕の心を代弁してくれた。
「あれ、連成って言うのか?」
「ええ。本来一つの魔術式に収めている魔法の情報を分割しているの」
そう。魔術式の連成とは、魔力の形質変換や発現の規模、発現してからの振る舞いといった、魔力から魔法を発現させるまでに必要となる決め事を複数の魔術式に分けたものだ。実現するためには複数の魔術式を互いに干渉しないよう配置したりと、普通の魔術式の形成よりも高度な技術が要求される。また、複数の小さな魔術式を保持するのは一つの大きな魔術式を保持するよりも魔力が多く必要になるため、魔力効率が悪い。つまり魔力量が同じなら、普通に大きな一つの魔術式を形成する方が規模が大きい魔法が使えるというわけだ。
しかし、その欠点を補って余りある利点が、魔法を発現するまでにかかる時間の早さだ。
複数の工程を一つの魔術式に収めるのに比べ、連成は一つひとつの魔術式が単純で作りやすいため、慣れてしまえば同じ規模の魔法を発現させるまでにかかる時間は早くなる。それも規模が大きければ大きいほど、その差も大きくなるのだ。さらには魔術式の改変も容易だし、形成のミスも起きにくい。これらのことから、普通の魔術式を形成するよりも実戦向きと言える魔法の発現の手段だった。
ただ、魔術式の連成は簡単なことじゃない。少なくとも僕や、シルファでさえできないことだ。だから昨日試合で見た時も驚いたけれど、今受けた衝撃はその時以上だった。
これじゃあ近い未来、自分で魔術式を形成するなんてことはなくなるんじゃないか?
「ぶった斬れ! 『魔刃』!」
気づいた時には、カールは防御魔法を霧散させたリンの前に立ち、体の横に構えた魔導器をその場で薙ぎ払うように振るった。その動きに合わせ、連なった魔術式の先から赤く光る刃が伸びる。
バキィン!
「うおっ!」
「ああっ!」
カールの魔法は二つの防御魔法を破り、二人の薄膜を消し去った。薄膜に触れた部分から先が無くなった刀身は、カールが振りきると同時に霧散する。
「そこまで! マシーナ学院の勝利!」
「よっしゃあ!」
「やった、勝てたぁ!」
「……うん」
「魔導器も期待通りに動作しましたし、言うことなしですね」
細目が特徴的なフィディー先生の宣言に、マシーナ学院の生徒たちから歓声が上がる。一方、負けたチーム・グレイスの面々は、この結果が信じられないのか、ほとんど動きを見せなかった。
「チーム・グレイス、早く来なさい」
「……はい」
フィディー先生の言葉で我に返ったのか、試合後の礼をするために障壁魔法の中心に向かい始めるも、その足取りも重そうで、辿り着いても相手と中々正面から向き合おうとしない。
「おいおい、礼の一つもできないのかよ」
「こらカール! そういうこと言わない!」
「いえ、仰る通りです。チーム・グレイス、最低限の礼節は尽くしなさい」
「………………」
フィディー先生に注意され、チーム・グレイスの四人はようやく相手と顔を合わせた。
「両チーム、礼」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました……」
下がった頭が上がると同時に、障壁魔法が霧散する。マシ―ナ学院の四人は外で見ていたアンソニーというらしい教師の元へと集まる。遠くからでも、彼らが笑っているのが分かった。
そしてチーム・グレイスの四人は、とぼとぼとその場を離れていく。
「いい試合だったな」
「えっ」
マズい、と思った時にはもう、グレイスがこちらに向かってきていた。黒に近い灰色の髪で見え隠れするその表情は、隠しきれない苛烈な感情が滲みだしている険しいものだった。僕は思わず、一歩後ずさる。
「これで満足!?」
「満足って?」
「とぼけないでよ! 調子に乗ってハンデを認めた挙句ボロ負けして、いい気味だって思ってんでしょ!?」
凄まじい剣幕で詰め寄るグレイスを前にしても、ユート君は自然体だった。
「そんなこと思ってないぞ」
「っ……! じゃあ何!? 自然と嫌味が口に出てたわけ? 最低ね!」
「……嫌味のつもりはなかったんだけど、そう思わせたのなら、ごめん。俺まだ、こっちの常識に疎いみたいでさ」
「な、何なのよ……!? もう! ホントにムカつく!」
「グレイス、落ち着け!」
頭を下げたユート君にいきり立つグレイスを、ゲラルドが肩に手をやって止める。
「……あれのどこがいい試合だったっていうわけ?」
その後ろに控えていたカーラがボソッと言った。それは僕も気になっていた。頭を上げたユート君は、的外れだったら悪いけど、と断ってから続ける。
「今の試合は、お互いにある程度の実力を発揮できていただろ? 実力差もそこまでなかったし、悪い試合には見えなかった。現状どれだけやれるか確かめるって意味でも、試合をした意義はあったと思ったし」
「……実力差、か」
「ふざけないでよ! 私たちがあいつらよりも劣ってるって言うの!?」
チャールズの言葉に被せるようにグレイスが吠える。ユート君は首を横に振った。
「劣ってるとは思わないけど、実力が近いとは思うかな。不意打ちされたんならまだしも、ある程度条件を整えたうえで戦って負けたんだし」
「……そ、それは、あんなのと戦うのは初めてだし、もう一度戦えば――!」
「もうよせよ、グレイス」
「……悔しいけど、負けは負けだ。受け止めようぜ」
「……ふん。まあ別に? 道具頼りの奴らに負けたって何でもないけどね」
「何でもないで済ましているから、強くなれないのよ」
こっちに歩いてくるシルファがカーラを一喝する。その言葉は僕にも効く。
「あれ? シルファ、どこか行ってたの?」
「マシ―ナ学院の生徒と交渉してきたのよ。私たちも彼らと練習試合、するわよ」
「本当か!? やった!」
「え、本当にするの?」
魔導器の性能を目の当たりにした僕は及び腰になる。だけどシルファは容赦なく頷いた。
「勿論よ。相手は実力もあるし、あんな珍しい道具の使い手と戦える機会なんて、そうそうないしね」
「でもさ、僕たち三人しかいないよ?」
「その程度、いいハンデじゃない」
出たぁ。中等部にいた時、チームメンバーが二人だけだった頃によく言っていた強がりだ。この言葉が出ると、それ以上の言い訳は禁じられたも同然だった。
「……そうだね」
諦めの息をつきつつ、まあ何とかなるかなと思っている自分に気づく。確かに相手はグリマールの学院生と同等以上の魔法を使えるし、人数的にもこちらが不利だけど、そんな状況は慣れっこだ。寧ろそれを前提にした魔法の練習ばかりしていたと言ってもいい。
それに何より、今は二人だけじゃない。
「もう始めるのか?」
「ええ。向こうはいつでも構わないそうよ。フィディー先生も、準備ができ次第始めていいって」
「よっし! じゃあ早速試合しよう!」
意気揚々とフィディー先生の元に向かうユート君の背中を見て、自然と頬が緩む。
「シイキ、準備はいい?」
「うん」
僕とシルファは頷き合うと、ユート君の後に続いた。
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