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4. 変化
対抗戦の終わり
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「ああ……」
ウォレス先輩の光弾を受けたシルファの薄膜が消え、試合が終わる。シルファがずっと出たいと望んでいた個人対抗戦は、たった一試合で終わってしまった。
「そうなるよなぁ」
「結構粘ってたけどね」
「それもウォレス先輩が本気出してないからだろ」
「まあまあ、一年生にしたら頑張ってた方じゃん」
同じチームのメンバーなのか、四人で集まっている二年の先輩方が口々に意見を言い合う。僕とユート君は席を立つと、出口へと向かった。
「あ、シルファ!」
控え室に続く通路の近くで待っていると、シルファが姿を見せる。僕たちに気づいたシルファは、自嘲するような笑みを浮かべた。
「無様な試合を見せてしまったわね」
「そ、そんなことないよ! 相手が悪かっただけで、シルファは精一杯やったじゃないか」
「……そうね。私は精一杯だったわ」
う、とシルファのセリフに言葉が詰まる。チーム対抗戦の時と同様、今回もウォレス先輩が本気を出していないことは明らかだったからだ。
「えと、ユート君はどう思った?」
「実力差があり過ぎたな」
辛辣過ぎる!
「い、いやでもほら、ここでこうしたらもしかしたら、とかあったりしない?」
「……ないな。多分俺がシルファでも同じような動きになってたと思う。あの時ああすればってのはあるけど、それも策ってよりは選択肢の一つだし、正直どうあがいても結果は変わらなかったと思う」
冷静を通り越して冷酷にすら思えるユート君の言葉に、だけどシルファも同意するように頷いた。
「一対一じゃ実力差がもろに出るから、仕方ないわよ。それでも油断しているならチャンスはあると思ってたけど……」
「いや、ウォレス先輩は油断しているというより、余裕を持ってるって感じだったな。シルファの魔法への対処も淀みなかったし、いっそ本気で挑んでくれた方が隙ができるかもしれない」
「……先ずはウォレス先輩が脅威に思えるくらいにならないといけないってことね」
「まあまあ! とりあえず今日はもう休もうよ。シルファはこの三日間ずっと試合に出てたんだからさ!」
何だか暗い空気を吹き飛ばすように声を張り上げる。シルファはそれでようやく、肩から力を抜いたみたいだった。
「……そうね。私はこれから寮で休むことにするわ。あなたたちは?」
「俺は試合を観に戻るかな」
「僕は、シルファに付き添うよ」
「……子供じゃないのだけど。まあ好きにしなさい」
「うん、好きにするよ」
そこでユート君とは別れ、魔法競技場を出た僕はシルファと並んで寮へと向かう。予定があるのか目当ての試合が終わったのか、僕たちの他にも外に出た一般の人が、何人か前を歩いていた。
「ねえ」
「ん?」
前を歩く人がどんな人なのか想像していると、横から声をかけられる。
「私は、甘くなったと思う?」
「どうしたの? 突然」
「いえ、実は昨日アクアたちと話をしてね」
そして僕は、アクアたちがシルファをどう思っていたのかを簡単に聞かされた。話が終わる頃には、寮へと向かう僕たちの前を歩く人はいなくなっていた。
「それで思ったの。シイキとフルルは昨日、私のお陰で強くなれたって言ってくれたけど、本当はもっと強くなれたんじゃないかって。そのところ、シイキはどう思う?」
「えぇ、僕に訊くの? ユート君じゃなくて?」
「ええ、あなたに答えてほしいの。私から言い出すまで、チームから離れなかったあなたに」
僕を見るシルファの目は真剣そのものだった。まさかシルファが僕の意見を聞きたいだなんて。どこか照れ臭く感じつつも、僕はどう答えようか、自分なりに真剣に考えて答えを出す。
「……うん。チームの雰囲気は、今のままでいいと思う」
「理由は?」
「実績、かな。やっぱり前みたいな雰囲気じゃ、フルルが翼を出すなんてことなかったと思うんだ。いや、出せたかもしれないけれど、多分今ほど使いこなせなかった気がする。だからもうしばらくは今みたいな感じでいいんじゃないかな」
「あなたはそれでいいの?」
「そうだね。僕の場合は今の体制だと、新しい魔法だったりは簡単には習得できなくても、今まで誤魔化してた部分にちゃんと向き合えれるって思うんだ。ああいうのは焦っちゃうとどうしても疎かになっちゃうからさ」
「それはあなただけでしょう」
笑って見せる僕に、シルファも表情を柔らかくする。
うん、今なら言えるかな。
「でも、シルファに関しては、このままじゃ良くないよ」
「えっ?」
表情を硬くしたシルファに、真剣な面もちで語り掛けた。
「これは今のチームになる前から、ずっと思ってたことなんだけどね。シルファはいつも、チームのリーダーとして働きすぎてる。僕たちのことを気にかけるあまり、自分のために使う時間が減っているんじゃないかって思うんだ」
「それは……」
シルファはその続きを言えなかった。僕は言えなかった言葉を続ける。
「元々人数が少なかったり、アクアたちのこととかを反省していたりってのもあるんだろうけど、傍から見たら痛々しいくらい頑張りすぎてたよ。軽い口調で手伝いを申し出ても、自分のことを何とかしてからにしなさいって、取りつく島もなかったし」
正論ではあるけどね、と苦笑いする僕に、シルファは黙ったままだった。
「今のチームにしたってそう。学外の依頼や対抗戦への参加申し込みだったりも全部シルファがやってくれてるでしょ? 問題を抱えてる僕やフルルへの心配りも欠かさないし、練習メニューの組み立てや作戦の立案なんかもほとんどシルファが取り仕切ってる。僕らからしたらただただありがたいけど、こんなの不公平もいいところだよ。仮にシルファが病気か何かで休んだら、僕たちはチームとして活動できなくなるくらいにまで、シルファに依存しきっちゃってるんだから」
「……私が休んだ時でも動けるよう、簡単なマニュアルなら作ってあるわ」
「流石だね。でも気づいてる? そうして全部自分で決めているのは、チームを自分の思い通りに動かしたいって気持ちがあるからだって」
「っ!」
シルファが息を呑んだ。……ちょっと言い過ぎたかな。
「ごめん、言い方が悪かった。シルファはちゃんと僕たちの意思を尊重して、それに合わせた提案をしてくれるのにね。でもそれ以外の部分は、まだ他人に頼れない、自分の管理下に置きたいって思ってるんじゃないかな?」
「…………そうね」
シルファが重々しく頷く。シルファ自身、薄々と自覚していたことなのかもしれないな。
「あそこで少し、休憩しよっか」
寮まであと五分足らずといったところで、歩道から少し離れた場所にあるベンチを指差した。シルファは無言で足をそちらに向ける。
「……気持ちは分かるけどね。チームの運営に関して、シルファ以上に上手い生徒なんてまずいないし」
ベンチに並んで座って暫く、何も話さないシルファに痺れを切らした僕は口を開く。
「ただ、任せられそうな部分は任せてほしいんだ。チームの方針を決めたりするのはシルファじゃなきゃ無理だけど、そういうの以外はできるだけね。書類仕事とか、ああ、あと練習メニューもきっちり作るんじゃなくて、ユート君みたいにある程度僕たちに任せてみたりさ」
シルファは毎朝、僕やフルルのために練習内容やアドバイスを考えてくれている。僕にとってはすごくありがたいけど、それもシルファにしてみれば大きな負担だろう。
「それは、自分たちの練習内容は自分たちで決めたいから?」
「違、……いや、違うとは言い切れないかもね。さっきも言ったけど、シルファが僕たちのために色々と考えてくれるのは純粋に嬉しいよ。でもいつか僕とシルファは離れる時が来る。そしたら僕は自分で自分を律しないといけない。その時に備えて今のうちに慣れておかなきゃって気持ちはあるかな」
「……成程ね」
はあ、と大きな溜め息が聞こえた。
「結局私は前と大して変わってなかったってわけね。これじゃあアクアたちに向ける顔がないわ」
「ううん、シルファは十分変わったよ。それにチームメンバーのために頑張れるのはとても立派なことなんだから、悪く思うことなんてないさ」
「……そう捉えることも、できるわね」
「そう捉えていいんだよ。そのお陰で僕は強くなれたんだから」
「……善処するわ」
「うん」
一旦口を閉ざして、ゆっくりと顔を上げる。青い空を白い雲が流れていた。穏やかな空気に、ふう、と自分の吐息を混ぜる。
「チームのことをある程度任せてほしいって言ったのは、僕自身のためだけじゃないよ。これも繰り返しになるけど、シルファには時間を作ってほしいんだ。シルファがもっと、強くなるために」
「………………」
シルファは答えない。その必要性は僕なんかよりずっと、シルファの方が分かっているはずだった。それでも何も言わないのは、チームのことを思っているからに違いなかった。
「抵抗感は、強いと思うけどね。シルファがチームにかける思いはとても大きいからさ」
運営を全てシルファ自身が行うのも、昔はともかく今は、チームを支配したいというよりも、二度とチームをバラバラにしたくないという気持ちからのものだろう。そうでなきゃ、メンバーの精神的負担を減らそうと腐心したりなんかしない。
今のシルファは『暴君』なんかじゃない。立派にチームを率いる、頼れるリーダーになったんだ。
「でも、シルファの夢は強いチームを作ることじゃないだろ? それはあくまで手段の一つだ。個人でもチームでも構わない。本戦に出て、全国大会に出場して、有名になって、そして」
「父親に、見つけてもらう」
呟くように、シルファは自分の夢を声に出した。
「ええ、分かっているわ。チーム作りはあくまで手段の一つ。目的と履き違えているわけじゃない。でも……」
そこで再び、シルファは口を閉ざした。シルファには珍しく、迷っているようだった。
僕は黙って空を眺める。目に留まった大きな雲が徐々に小さくなっていき、その間に別の場所から現れた雲は段々と大きくなっていく。
「……最近ね、楽しんでいる自分に気づいたのよ。今までずっと、それこそ目的のための手段として、淡々と日々やるべきことをこなしてきたけれど、ユートに会って、フルルと過ごして、あなたとまたチームを組んで、そうしているうちに、なんて言えばいいかしらね、生き甲斐のようなものを感じるようになったの。本戦に出場したいってだけじゃなくて、このチームで本戦に出場したいって、そう思うようになったの」
「……シルファがそんなこと言うなんて、なんだかくすぐったいね」
「一応言っておくけれど、茶化してるわけじゃないわよ?」
「うん、分かってる」
「ならいいわ。……ただ同時に、このままでいいのかって気持ちも湧いてきたの。今の環境にこだわって、本来の目的から遠ざかるなんてこと、あってはならないって。だから自分に問いかけてみたわ。もし目的を達成するために今の環境を壊さないといけないとしたら、どうするか」
横目に、シルファが顔を上げたのが見えた。ふう、と息を吐く音が耳をくすぐる。
「だけど答えは出なかった。仕方ないから先送りして、目の前のことに集中することにしたの。答えないといけない時が来るまでね」
「……シルファらしくないね」
さっきの言葉もそうだけど、とは言わないでおいた。
「そうね。でもそれももう、終わりよ」
そう言って、シルファは立ち上がった。
「今回の対抗戦で思い知ったわ。私はもっと強くならないといけない。そのためには今以上の努力が必要になる。だからチーム運営にかける時間を減らす。その分チームメンバーには負担をかけることになるけれど、そこは我慢してもらう」
ここまでが、私個人が強くなるための方針。そう断ってから、シルファが続ける。
「それとチームメンバーには全員、次の対抗戦で担任の教師から個人対抗戦に推薦されることを目標に定めさせる。どうしたら推薦されるようになるかは、まず自分で考えてもらう。当然チームとしての活動も疎かにさせない」
これが、チームとして強くなるための方針。そう言って、シルファは振り返った。
「今の環境も、先の目標も、どっちも諦めたりなんかしない。個人でも、チームでも、私は全国大会に出て見せる。それが私の答え。どうかしら?」
「欲張りだなぁ」
『暴君』時代を思わせる発言に、笑って返す。
「でもシルファはこれまでずっと、それを目標にやってきたんだもんね。うん、僕は賛成。長期的な目標ならチームの雰囲気もそこまでピリピリしないだろうし」
「そう、良かったわ。ところで今の方針とは別に、あなたに頼みたいことがあるの」
「僕に?」
「ええ」
シルファが僕を真っすぐに見る。何を頼まれるんだろう? 少し緊張しながらシルファを待つ。
「もし私が『暴君』に戻っていると思った時は、あなたが止めてちょうだい」
「え?」
シルファが、『暴君』に戻る?
「答えが決まった以上、私は迷ったりしないわ。目標のために最善を尽くすつもりよ。でももしかしたらまた、行き過ぎてしまうかもしれない。気づいたらチームがバラバラになってしまっているかもしれない。そうならないために、あなたに見張っていてほしいの。……請け負ってくれるかしら?」
「えっと、僕でいいの? 他の二人じゃなくて」
「ユートは私以上に努力してきているから、行きすぎかどうかは判断しにくいと思うわ。フルルはもし高すぎる目標を定められても、マリンと同じで私に悪いところを見せないように振る舞う気がする。これに関しては、長い間私とチームを組んできたシイキ以上の適任は居ないわ」
「……そっか。そうかもね」
そうだよ。僕は誰よりも知っているはずじゃないか。シルファが長い間、チームについて悩んできたことを。僕たちを試合に勝たせるために、僕たち以上に努力してきたことを。
そんなシルファが、自分が間違ってたら止めてくれと言ってくれているんだ。答えなんて、一つしかないじゃないか。
「うん、分かった」
僕はベンチから腰を上げると、笑みを浮かべた。
「もしシルファが『暴君』に戻ったら、ひっぱたいてでも元に戻してあげる。だから安心して厳しくしていいよ」
「……ありがとう」
それだけ言って、シルファは背を向けた。僕もそれ以上は言わずに隣に並ぶ。
「ちょっと早いけど、お昼にする?」
「そうね。もう少ししたら、対抗戦を見ている生徒が来るかもしれないし」
「オッケー。ふふ、久しぶりに二人だけの食事だね」
「また変な噂が立たないといいのだけれど」
とりとめのない会話をしながら、寮までの道を歩く。一度はもう二度とできないと思っていたシルファとの散歩を楽しみながら、この関係がこの先も続くよう、静かに決意を固めた。
「そう言えばさ、シルファは知ってるの?」
「何のこと?」
「あ、ごめん。フルルが今日会ってる相手のこと」
「いいえ、知らないわ。知り合ったのは最近だそうだし」
「ふうん? 会ってすぐ仲良くなれたってことかな。ちょっと意外」
「確かにそうね。それだけ信頼できる相手だったってことかしら?」
「信頼できる相手? 例えば?」
「例えば、社会的地位のある人物、いえ、一目でそうと分かるとは限らないわね。となると、有名人かしら?」
「有名人って言うと、それこそ、ミリア・プリズムとか?」
「可能性はあるわね」
「あはは、ないない!」
僕はシルファの仮説を笑い飛ばす。
「賭けてもいいね。フルルがミリア様と知り合いだなんてありえないよ!」
ウォレス先輩の光弾を受けたシルファの薄膜が消え、試合が終わる。シルファがずっと出たいと望んでいた個人対抗戦は、たった一試合で終わってしまった。
「そうなるよなぁ」
「結構粘ってたけどね」
「それもウォレス先輩が本気出してないからだろ」
「まあまあ、一年生にしたら頑張ってた方じゃん」
同じチームのメンバーなのか、四人で集まっている二年の先輩方が口々に意見を言い合う。僕とユート君は席を立つと、出口へと向かった。
「あ、シルファ!」
控え室に続く通路の近くで待っていると、シルファが姿を見せる。僕たちに気づいたシルファは、自嘲するような笑みを浮かべた。
「無様な試合を見せてしまったわね」
「そ、そんなことないよ! 相手が悪かっただけで、シルファは精一杯やったじゃないか」
「……そうね。私は精一杯だったわ」
う、とシルファのセリフに言葉が詰まる。チーム対抗戦の時と同様、今回もウォレス先輩が本気を出していないことは明らかだったからだ。
「えと、ユート君はどう思った?」
「実力差があり過ぎたな」
辛辣過ぎる!
「い、いやでもほら、ここでこうしたらもしかしたら、とかあったりしない?」
「……ないな。多分俺がシルファでも同じような動きになってたと思う。あの時ああすればってのはあるけど、それも策ってよりは選択肢の一つだし、正直どうあがいても結果は変わらなかったと思う」
冷静を通り越して冷酷にすら思えるユート君の言葉に、だけどシルファも同意するように頷いた。
「一対一じゃ実力差がもろに出るから、仕方ないわよ。それでも油断しているならチャンスはあると思ってたけど……」
「いや、ウォレス先輩は油断しているというより、余裕を持ってるって感じだったな。シルファの魔法への対処も淀みなかったし、いっそ本気で挑んでくれた方が隙ができるかもしれない」
「……先ずはウォレス先輩が脅威に思えるくらいにならないといけないってことね」
「まあまあ! とりあえず今日はもう休もうよ。シルファはこの三日間ずっと試合に出てたんだからさ!」
何だか暗い空気を吹き飛ばすように声を張り上げる。シルファはそれでようやく、肩から力を抜いたみたいだった。
「……そうね。私はこれから寮で休むことにするわ。あなたたちは?」
「俺は試合を観に戻るかな」
「僕は、シルファに付き添うよ」
「……子供じゃないのだけど。まあ好きにしなさい」
「うん、好きにするよ」
そこでユート君とは別れ、魔法競技場を出た僕はシルファと並んで寮へと向かう。予定があるのか目当ての試合が終わったのか、僕たちの他にも外に出た一般の人が、何人か前を歩いていた。
「ねえ」
「ん?」
前を歩く人がどんな人なのか想像していると、横から声をかけられる。
「私は、甘くなったと思う?」
「どうしたの? 突然」
「いえ、実は昨日アクアたちと話をしてね」
そして僕は、アクアたちがシルファをどう思っていたのかを簡単に聞かされた。話が終わる頃には、寮へと向かう僕たちの前を歩く人はいなくなっていた。
「それで思ったの。シイキとフルルは昨日、私のお陰で強くなれたって言ってくれたけど、本当はもっと強くなれたんじゃないかって。そのところ、シイキはどう思う?」
「えぇ、僕に訊くの? ユート君じゃなくて?」
「ええ、あなたに答えてほしいの。私から言い出すまで、チームから離れなかったあなたに」
僕を見るシルファの目は真剣そのものだった。まさかシルファが僕の意見を聞きたいだなんて。どこか照れ臭く感じつつも、僕はどう答えようか、自分なりに真剣に考えて答えを出す。
「……うん。チームの雰囲気は、今のままでいいと思う」
「理由は?」
「実績、かな。やっぱり前みたいな雰囲気じゃ、フルルが翼を出すなんてことなかったと思うんだ。いや、出せたかもしれないけれど、多分今ほど使いこなせなかった気がする。だからもうしばらくは今みたいな感じでいいんじゃないかな」
「あなたはそれでいいの?」
「そうだね。僕の場合は今の体制だと、新しい魔法だったりは簡単には習得できなくても、今まで誤魔化してた部分にちゃんと向き合えれるって思うんだ。ああいうのは焦っちゃうとどうしても疎かになっちゃうからさ」
「それはあなただけでしょう」
笑って見せる僕に、シルファも表情を柔らかくする。
うん、今なら言えるかな。
「でも、シルファに関しては、このままじゃ良くないよ」
「えっ?」
表情を硬くしたシルファに、真剣な面もちで語り掛けた。
「これは今のチームになる前から、ずっと思ってたことなんだけどね。シルファはいつも、チームのリーダーとして働きすぎてる。僕たちのことを気にかけるあまり、自分のために使う時間が減っているんじゃないかって思うんだ」
「それは……」
シルファはその続きを言えなかった。僕は言えなかった言葉を続ける。
「元々人数が少なかったり、アクアたちのこととかを反省していたりってのもあるんだろうけど、傍から見たら痛々しいくらい頑張りすぎてたよ。軽い口調で手伝いを申し出ても、自分のことを何とかしてからにしなさいって、取りつく島もなかったし」
正論ではあるけどね、と苦笑いする僕に、シルファは黙ったままだった。
「今のチームにしたってそう。学外の依頼や対抗戦への参加申し込みだったりも全部シルファがやってくれてるでしょ? 問題を抱えてる僕やフルルへの心配りも欠かさないし、練習メニューの組み立てや作戦の立案なんかもほとんどシルファが取り仕切ってる。僕らからしたらただただありがたいけど、こんなの不公平もいいところだよ。仮にシルファが病気か何かで休んだら、僕たちはチームとして活動できなくなるくらいにまで、シルファに依存しきっちゃってるんだから」
「……私が休んだ時でも動けるよう、簡単なマニュアルなら作ってあるわ」
「流石だね。でも気づいてる? そうして全部自分で決めているのは、チームを自分の思い通りに動かしたいって気持ちがあるからだって」
「っ!」
シルファが息を呑んだ。……ちょっと言い過ぎたかな。
「ごめん、言い方が悪かった。シルファはちゃんと僕たちの意思を尊重して、それに合わせた提案をしてくれるのにね。でもそれ以外の部分は、まだ他人に頼れない、自分の管理下に置きたいって思ってるんじゃないかな?」
「…………そうね」
シルファが重々しく頷く。シルファ自身、薄々と自覚していたことなのかもしれないな。
「あそこで少し、休憩しよっか」
寮まであと五分足らずといったところで、歩道から少し離れた場所にあるベンチを指差した。シルファは無言で足をそちらに向ける。
「……気持ちは分かるけどね。チームの運営に関して、シルファ以上に上手い生徒なんてまずいないし」
ベンチに並んで座って暫く、何も話さないシルファに痺れを切らした僕は口を開く。
「ただ、任せられそうな部分は任せてほしいんだ。チームの方針を決めたりするのはシルファじゃなきゃ無理だけど、そういうの以外はできるだけね。書類仕事とか、ああ、あと練習メニューもきっちり作るんじゃなくて、ユート君みたいにある程度僕たちに任せてみたりさ」
シルファは毎朝、僕やフルルのために練習内容やアドバイスを考えてくれている。僕にとってはすごくありがたいけど、それもシルファにしてみれば大きな負担だろう。
「それは、自分たちの練習内容は自分たちで決めたいから?」
「違、……いや、違うとは言い切れないかもね。さっきも言ったけど、シルファが僕たちのために色々と考えてくれるのは純粋に嬉しいよ。でもいつか僕とシルファは離れる時が来る。そしたら僕は自分で自分を律しないといけない。その時に備えて今のうちに慣れておかなきゃって気持ちはあるかな」
「……成程ね」
はあ、と大きな溜め息が聞こえた。
「結局私は前と大して変わってなかったってわけね。これじゃあアクアたちに向ける顔がないわ」
「ううん、シルファは十分変わったよ。それにチームメンバーのために頑張れるのはとても立派なことなんだから、悪く思うことなんてないさ」
「……そう捉えることも、できるわね」
「そう捉えていいんだよ。そのお陰で僕は強くなれたんだから」
「……善処するわ」
「うん」
一旦口を閉ざして、ゆっくりと顔を上げる。青い空を白い雲が流れていた。穏やかな空気に、ふう、と自分の吐息を混ぜる。
「チームのことをある程度任せてほしいって言ったのは、僕自身のためだけじゃないよ。これも繰り返しになるけど、シルファには時間を作ってほしいんだ。シルファがもっと、強くなるために」
「………………」
シルファは答えない。その必要性は僕なんかよりずっと、シルファの方が分かっているはずだった。それでも何も言わないのは、チームのことを思っているからに違いなかった。
「抵抗感は、強いと思うけどね。シルファがチームにかける思いはとても大きいからさ」
運営を全てシルファ自身が行うのも、昔はともかく今は、チームを支配したいというよりも、二度とチームをバラバラにしたくないという気持ちからのものだろう。そうでなきゃ、メンバーの精神的負担を減らそうと腐心したりなんかしない。
今のシルファは『暴君』なんかじゃない。立派にチームを率いる、頼れるリーダーになったんだ。
「でも、シルファの夢は強いチームを作ることじゃないだろ? それはあくまで手段の一つだ。個人でもチームでも構わない。本戦に出て、全国大会に出場して、有名になって、そして」
「父親に、見つけてもらう」
呟くように、シルファは自分の夢を声に出した。
「ええ、分かっているわ。チーム作りはあくまで手段の一つ。目的と履き違えているわけじゃない。でも……」
そこで再び、シルファは口を閉ざした。シルファには珍しく、迷っているようだった。
僕は黙って空を眺める。目に留まった大きな雲が徐々に小さくなっていき、その間に別の場所から現れた雲は段々と大きくなっていく。
「……最近ね、楽しんでいる自分に気づいたのよ。今までずっと、それこそ目的のための手段として、淡々と日々やるべきことをこなしてきたけれど、ユートに会って、フルルと過ごして、あなたとまたチームを組んで、そうしているうちに、なんて言えばいいかしらね、生き甲斐のようなものを感じるようになったの。本戦に出場したいってだけじゃなくて、このチームで本戦に出場したいって、そう思うようになったの」
「……シルファがそんなこと言うなんて、なんだかくすぐったいね」
「一応言っておくけれど、茶化してるわけじゃないわよ?」
「うん、分かってる」
「ならいいわ。……ただ同時に、このままでいいのかって気持ちも湧いてきたの。今の環境にこだわって、本来の目的から遠ざかるなんてこと、あってはならないって。だから自分に問いかけてみたわ。もし目的を達成するために今の環境を壊さないといけないとしたら、どうするか」
横目に、シルファが顔を上げたのが見えた。ふう、と息を吐く音が耳をくすぐる。
「だけど答えは出なかった。仕方ないから先送りして、目の前のことに集中することにしたの。答えないといけない時が来るまでね」
「……シルファらしくないね」
さっきの言葉もそうだけど、とは言わないでおいた。
「そうね。でもそれももう、終わりよ」
そう言って、シルファは立ち上がった。
「今回の対抗戦で思い知ったわ。私はもっと強くならないといけない。そのためには今以上の努力が必要になる。だからチーム運営にかける時間を減らす。その分チームメンバーには負担をかけることになるけれど、そこは我慢してもらう」
ここまでが、私個人が強くなるための方針。そう断ってから、シルファが続ける。
「それとチームメンバーには全員、次の対抗戦で担任の教師から個人対抗戦に推薦されることを目標に定めさせる。どうしたら推薦されるようになるかは、まず自分で考えてもらう。当然チームとしての活動も疎かにさせない」
これが、チームとして強くなるための方針。そう言って、シルファは振り返った。
「今の環境も、先の目標も、どっちも諦めたりなんかしない。個人でも、チームでも、私は全国大会に出て見せる。それが私の答え。どうかしら?」
「欲張りだなぁ」
『暴君』時代を思わせる発言に、笑って返す。
「でもシルファはこれまでずっと、それを目標にやってきたんだもんね。うん、僕は賛成。長期的な目標ならチームの雰囲気もそこまでピリピリしないだろうし」
「そう、良かったわ。ところで今の方針とは別に、あなたに頼みたいことがあるの」
「僕に?」
「ええ」
シルファが僕を真っすぐに見る。何を頼まれるんだろう? 少し緊張しながらシルファを待つ。
「もし私が『暴君』に戻っていると思った時は、あなたが止めてちょうだい」
「え?」
シルファが、『暴君』に戻る?
「答えが決まった以上、私は迷ったりしないわ。目標のために最善を尽くすつもりよ。でももしかしたらまた、行き過ぎてしまうかもしれない。気づいたらチームがバラバラになってしまっているかもしれない。そうならないために、あなたに見張っていてほしいの。……請け負ってくれるかしら?」
「えっと、僕でいいの? 他の二人じゃなくて」
「ユートは私以上に努力してきているから、行きすぎかどうかは判断しにくいと思うわ。フルルはもし高すぎる目標を定められても、マリンと同じで私に悪いところを見せないように振る舞う気がする。これに関しては、長い間私とチームを組んできたシイキ以上の適任は居ないわ」
「……そっか。そうかもね」
そうだよ。僕は誰よりも知っているはずじゃないか。シルファが長い間、チームについて悩んできたことを。僕たちを試合に勝たせるために、僕たち以上に努力してきたことを。
そんなシルファが、自分が間違ってたら止めてくれと言ってくれているんだ。答えなんて、一つしかないじゃないか。
「うん、分かった」
僕はベンチから腰を上げると、笑みを浮かべた。
「もしシルファが『暴君』に戻ったら、ひっぱたいてでも元に戻してあげる。だから安心して厳しくしていいよ」
「……ありがとう」
それだけ言って、シルファは背を向けた。僕もそれ以上は言わずに隣に並ぶ。
「ちょっと早いけど、お昼にする?」
「そうね。もう少ししたら、対抗戦を見ている生徒が来るかもしれないし」
「オッケー。ふふ、久しぶりに二人だけの食事だね」
「また変な噂が立たないといいのだけれど」
とりとめのない会話をしながら、寮までの道を歩く。一度はもう二度とできないと思っていたシルファとの散歩を楽しみながら、この関係がこの先も続くよう、静かに決意を固めた。
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「何のこと?」
「あ、ごめん。フルルが今日会ってる相手のこと」
「いいえ、知らないわ。知り合ったのは最近だそうだし」
「ふうん? 会ってすぐ仲良くなれたってことかな。ちょっと意外」
「確かにそうね。それだけ信頼できる相手だったってことかしら?」
「信頼できる相手? 例えば?」
「例えば、社会的地位のある人物、いえ、一目でそうと分かるとは限らないわね。となると、有名人かしら?」
「有名人って言うと、それこそ、ミリア・プリズムとか?」
「可能性はあるわね」
「あはは、ないない!」
僕はシルファの仮説を笑い飛ばす。
「賭けてもいいね。フルルがミリア様と知り合いだなんてありえないよ!」
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