物理重視の魔法使い

東赤月

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4. 変化

チーム・アクア戦

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「第三試合、チーム・シルファ対チーム・アクア!」

 審判のフィディー先生の声に、歓声が上がる。大きな魔法競技場の観客席をほぼ埋め尽くすほどの数の人は、まるでそれが一つの生き物のようで、その迫力に自然と体が震えた。

「ユート、大丈夫?」
「ああ。いつもより調子がいいくらいだ」
「そう。頼もしいわね」

 笑みを返すと、シルファも頬を上げる。お互いに、いい緊張感を持てているようだ。
 曲芸師の真似事をしていた時にも味わった、命懸けの戦いとは違う独特の雰囲気に、気分が高揚しているのを感じる。体は早く動きたいとばかりに熱を上げ、魔力は使われるのを待ちわびているように存在感を強める。試合が始まるのが待ち遠しい。

「調子が良さそうで何よりだわ。後で言い訳されることもなさそうだし」

 解説のディーネ先生によるメンバー紹介の最中、向かい合ったアクアが会話に入ってくる。

「言い訳なんてするつもり、毛頭ないわ」
「そ。良かった。二人くらい調子が悪そうに見えたけど、シルファがそこまで言うなら大丈夫そうね」

 視線を向けられたシイキが、う、と声を詰まらせる。フルルも僅かに視線を落とした。なんとなく、空気が重くなったように感じる。

「両者、礼!」
「よろしくお願いします!」

 俺はそんな空気を吹き飛ばすように声を張り上げ、頭を下げた。顔を上げると、チーム・アクアのメンバーだけでなくフィディー先生も驚いているようだったけど、特に気にしない。

「いい試合にしましょう」
「え、ええ」

 最後にそれだけ言葉を交わすと、お互いに背を向けて、開始位置まで歩き出す。少しして、隣を歩くシイキが大きく息を吐いた。

「もう、いきなり大声出すからびっくりしたよ」
「悪い。ちょっと気合いが入りすぎちゃってな」
「でも、お陰で少し気持ちが軽くなりました」
「ええ、私もよ。ありがとうユート」

 良かった、と軽く笑って返す。二人の雰囲気も暗くなくなったし、上手くいったみたいだ。
 きっとあれはこっちの士気を下げるための策だろう。相手もそれだけ勝ちにきてるってことだ。そう考えると、一層負けられないって気持ちが強くなる。

「あ」

 障壁魔法の発現にシイキが声を上げる。予選のものより更に大きい本戦用の障壁魔法が地面から高く伸びていき、半球の形を成していく。

「フルルー! 頑張れー!」

 天辺が閉じ、周りの音が遠ざかる直前、微かにフルルを応援する声が聞こえた。

「今の声……」
「フルルにも聞こえたか?」
「はい。……不思議です。何だか今なら、すごく頑張れそうです!」

 クラスメイトの誰かだろうか? 応援を受けたフルルは、いつも以上にはりきっているようだった。

「頼もしいね。僕も負けてられないや」
「シイキ、分かってると思うけど」
「うん、無理だけはしないよ」

 フルルの変化は、シイキにもいい影響を与えたみたいだ。気づけばすっかり、雰囲気は明るくなっていた。
 もう言葉はいらないな。俺は軽く頬を上げると、合図を待つ。
 そして、

 パアン!

 試合開始の宣誓と同時に両手を鳴らした俺は、チーム・アクアに向かって全速力で駆け出した。


 ◇ ◇ ◇


「っと」

 二度で終わりかと思いきや三度軌道を変えたキーラの光弾を避ける。その先を狙って放たれたアクアの光弾は防御魔法で防ぐ。そのすぐ後に真横から飛んできたキーラの光弾を退いてかわす。防御魔法が消えたことで押し寄せてくるアクアの追撃は横に動いてやりすごす。
 試合が始まってからおよそ一分、開始位置から少し前に出た程度の場所に陣取るチーム・アクアの攻撃に対し、俺は早くも凌ぎきれなくなってきた。まだ余裕はあるけれど、一度空いてしまった距離を詰められなくなってしまっている。危険を冒せばもう一度近づくこともできそうだけど、既にマリンが魔術式を完成させつつあった。
 潮時か。俺はその場に留まることを諦めると、様子を窺いながら徐々に後退する。それを受けて、アクアは魔術式をかき消すと新たな魔術式を形成し始めた。俺が前に進もうとする素振りを見せてもまるで動じない。エリスも味方の攻撃の邪魔にならないよう防御魔法を広げているし、俺がまた近づいたところで脅威にはならないってところか。
 更に距離をとると、キーラも魔術式を作り直した。俺を迎撃するためのものでなく、シルファたちを攻撃するためのものに変えているんだろう。そろそろ本格的に攻勢をかけてきそうだ。

「間に合ったか?」
「ええ、十分よ」

 だけど、シルファたちも何もしてなかったわけじゃない。こっちの攻撃が届く距離、大体八十メートルくらいまで詰め、魔法の準備も進めている。
 それでも、先に魔法を発現させたのは向こうだった。

「穿て! 『ウォーター・ランス!』」

 アクアが叫ぶのと同時に、細い水流が凄まじい速さで飛来する。クラス対抗戦で俺を脱落させた、アクアとマリンの合成魔法だ。マリンの押し出す水をアクアが一点に集中させて放つその魔法は、射程も速度も並の魔法を凌駕する。相手は機動力のある俺の存在を考慮した魔法の選択をしたようだ。
 シルファの読み通りに。

「はぁあっ!」

 それを受けるのは、フルルの防御魔法だ。翼を使ってもなお時間をかけて発現させた半透明でない防御魔法は、攻撃を受ける側が球面になっていて、アクアたちの魔法の勢いを受け流すことを目的としたものだ。その想定通り、球面に弾かれた水は俺たちの横や上に逸れていく。その間にシルファは魔術式を完成に近づけ、シイキは防御魔法を屋根のようにし、上からの攻撃に備えた。

 ボン! ボボン!

 そして側面と背面から軌道を変えて向かってくるキーラの光弾を防ぐのが俺の役目だ。右から一つ、少し遅れて後ろと左から来た二つの光弾をどうにか防ぐ。

「ユート君、大丈夫!?」
「ああ。この程度なら防ぎきれるさ」

 シイキにはそう言ってみたものの、正直そこまで自信はなかった。位置の関係上、左右からほぼ同時に光弾が飛んできたら、俺自身はともかく他の三人を守りきるのは難しい。光弾の形からなんとなくどの方向に軌道が変わるのか判断できるとはいえ、いつまでも防御を続けられるとは思えなかった。フルルの防御魔法のお陰で、向こうは俺たちの配置を見ることができないからもう少しは粘れそうだけど、問題はそれだけじゃない。

「攻撃が止まりました!」

 フルルが叫ぶ。早くも今の『ウォーター・ランス』じゃ倒せないと判断したアクアたちが別の大規模魔法、『ウォーター・キャノン』の準備を始めたんだろう。上から落ちてくる巨大な水の塊を防ぎきるのは至難の業だ。今からそれを防ぐ魔法の用意をするのは間に合わない。
 間に合うとするならシルファの攻撃だけだ。

「できたわ!」

 シルファの声を聞いた俺は即座に、魔術式を構えながら防御魔法の陰から飛び出す。

「今だ!」
「はい!」

 キーラの光弾が近くまで飛んできていないことを報せると、フルルが防御魔法を破棄して道を空ける。
 そして、自分の身長を優に越える大きさの魔術式を構えたシルファが、魔法を発現させた。

「突き進め、『アイス・ピラー』!」

 その言葉と共に、巨大な氷塊が放たれる。今見たところだと、防御魔法の準備をしているのはエリスだけのようだった。探知魔法が得意だというエリスだけど、防御魔法はアラン並というわけじゃないというし、魔術式の大きさもシルファ程じゃなかった。それならシルファの魔法を、正面から防ぎきることはできない。避けようとすれば、魔術式を放棄する必要がある。
 さあ、果たして――!

 ドゴッ!
「っ! やっぱり……!」
「相手もか」

 シルファを狙う光弾を防ぎながら言葉を引き継ぐ。俺たちがアクアたちの魔法に合わせた防御をしたように、アクアたちもシルファの魔法に合わせた防御をしたらしい。それもシルファが想定していたことではあるけれど、まさか本当に防がれるのか?

「ぐぅ、う、ぁあああ!」

 シルファは魔術式に目一杯魔力を注ぎ込むも、魔術式ごと魔法の向きを逸らされる。シルファの魔法の進行方向に対し、防御魔法の面を斜めに構えていたんだろう。俺もよく使う、力を受け流す守り方だった。

「手応えは?」
「ないわ!」

 シルファは魔術式と魔法の接続を切ると、数歩下がってもう一度魔法を発現させようとする。

「あ」
 ドッバァン!

 だけど暫くもしないうちに、空から大量の水が一つの塊となって落ちてきた。形のない水は地面に触れると同時に弾け、波となって周囲にも影響を与える。残存魔力により形を残していた『アイス・ピラー』も、当たった箇所から砕け散っていった。
『ウォーター・キャノン』か。大規模魔法という言葉に相応しい威力と範囲だ。薄膜の消えたシルファを見ながら、そんなことを思った。
 だけど、全滅したわけじゃない。俺はその奥、シルファの魔法が発現したのと同時に、後方に退避したフルルとシイキを見る。フルルの防御魔法に守られていたシイキは、大きな魔術式を構えていた。

「ウソ!? さっきまでシルファの近くにいたはずなのに!?」
「暴発覚悟で早さを優先した? 愚かしいわね」
「でもあたしの魔法じゃもうムリよ!?」
「援護するわ! マリン、手伝って!」
「ええ。キーラはあの二人を」

 防御魔法の上に立つキーラが無言で頷く。俺が『アイス・ピラー』の陰に隠れて近づこうとしていたら、集中砲火を浴びせるつもりだったんだろう。前を向いたままなのも、空気に溶け始めた氷塊の陰から俺が飛び出してくるのを警戒しているからだ。他の三人も、防御の準備に集中している。

 ボボボン!
「え」

 だから、背後に回った俺には気づけなかった。至近距離から放たれた威力偏重の光弾を受け、アクア、マリン、エリスの薄膜が消える。

「何故っ」

 その間に状況を理解したキーラが光弾を放った。元々近づいてくる俺を想定した魔術式だったのだろう、発現してすぐ軌道が変わる光弾は長く俺たちの間の空間に留まり、接近を妨げる。
 けれどもう十分に近づけた。俺は魔術式を作り直すと、普通の光弾をキーラに向けて放つ。

「くっ」

 攻撃したばかりのキーラは迎撃することができず、防御魔法の上で大きく体勢を崩す。それでも、二つの魔術式は維持して俺に向けたままだった。
 来る。魔術式が光り出すのを見た俺は身構えた。

「あっ」

 しかし次の瞬間、重心の崩れが決定的なものになる。足場にしていた防御魔法が、魔力の供給が止まったことで空気に溶け始めたためだ。キーラは体勢を立て直す暇もなく、背中から落ちていく。

「危ない!」

 俺は即座に強化魔法を発現させると、キーラとの最短距離を駆けた。

 バリィン!

 消えかけの防御魔法を蹴破り、その勢いのままキーラの下に滑り込む。

 パアン

 そしてその体を受け止めると、お互いの薄膜が干渉し合い、強く光って消えた。体重を感じたのはそれからだった。
 そうか、薄膜があるから要らない手助けだったかな。

「えっと、大丈夫か?」

 そんなことを思いながら声をかける。

「……あ、りがと」

 キーラは状況が呑み込めないのか、目を大きくしていた。一先ず怪我がないようで安心する。

「そ、そこまで!」

 そしてフィディー先生が試合終了を宣言する。ただ、どっちが勝ったのかは言わなかった。
 あれ、そう言えばこの場合、どうなるんだ?
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