112 / 139
4. 変化
チーム・アクア戦
しおりを挟む
「第三試合、チーム・シルファ対チーム・アクア!」
審判のフィディー先生の声に、歓声が上がる。大きな魔法競技場の観客席をほぼ埋め尽くすほどの数の人は、まるでそれが一つの生き物のようで、その迫力に自然と体が震えた。
「ユート、大丈夫?」
「ああ。いつもより調子がいいくらいだ」
「そう。頼もしいわね」
笑みを返すと、シルファも頬を上げる。お互いに、いい緊張感を持てているようだ。
曲芸師の真似事をしていた時にも味わった、命懸けの戦いとは違う独特の雰囲気に、気分が高揚しているのを感じる。体は早く動きたいとばかりに熱を上げ、魔力は使われるのを待ちわびているように存在感を強める。試合が始まるのが待ち遠しい。
「調子が良さそうで何よりだわ。後で言い訳されることもなさそうだし」
解説のディーネ先生によるメンバー紹介の最中、向かい合ったアクアが会話に入ってくる。
「言い訳なんてするつもり、毛頭ないわ」
「そ。良かった。二人くらい調子が悪そうに見えたけど、シルファがそこまで言うなら大丈夫そうね」
視線を向けられたシイキが、う、と声を詰まらせる。フルルも僅かに視線を落とした。なんとなく、空気が重くなったように感じる。
「両者、礼!」
「よろしくお願いします!」
俺はそんな空気を吹き飛ばすように声を張り上げ、頭を下げた。顔を上げると、チーム・アクアのメンバーだけでなくフィディー先生も驚いているようだったけど、特に気にしない。
「いい試合にしましょう」
「え、ええ」
最後にそれだけ言葉を交わすと、お互いに背を向けて、開始位置まで歩き出す。少しして、隣を歩くシイキが大きく息を吐いた。
「もう、いきなり大声出すからびっくりしたよ」
「悪い。ちょっと気合いが入りすぎちゃってな」
「でも、お陰で少し気持ちが軽くなりました」
「ええ、私もよ。ありがとうユート」
良かった、と軽く笑って返す。二人の雰囲気も暗くなくなったし、上手くいったみたいだ。
きっとあれはこっちの士気を下げるための策だろう。相手もそれだけ勝ちにきてるってことだ。そう考えると、一層負けられないって気持ちが強くなる。
「あ」
障壁魔法の発現にシイキが声を上げる。予選のものより更に大きい本戦用の障壁魔法が地面から高く伸びていき、半球の形を成していく。
「フルルー! 頑張れー!」
天辺が閉じ、周りの音が遠ざかる直前、微かにフルルを応援する声が聞こえた。
「今の声……」
「フルルにも聞こえたか?」
「はい。……不思議です。何だか今なら、すごく頑張れそうです!」
クラスメイトの誰かだろうか? 応援を受けたフルルは、いつも以上にはりきっているようだった。
「頼もしいね。僕も負けてられないや」
「シイキ、分かってると思うけど」
「うん、無理だけはしないよ」
フルルの変化は、シイキにもいい影響を与えたみたいだ。気づけばすっかり、雰囲気は明るくなっていた。
もう言葉はいらないな。俺は軽く頬を上げると、合図を待つ。
そして、
パアン!
試合開始の宣誓と同時に両手を鳴らした俺は、チーム・アクアに向かって全速力で駆け出した。
◇ ◇ ◇
「っと」
二度で終わりかと思いきや三度軌道を変えたキーラの光弾を避ける。その先を狙って放たれたアクアの光弾は防御魔法で防ぐ。そのすぐ後に真横から飛んできたキーラの光弾を退いてかわす。防御魔法が消えたことで押し寄せてくるアクアの追撃は横に動いてやりすごす。
試合が始まってからおよそ一分、開始位置から少し前に出た程度の場所に陣取るチーム・アクアの攻撃に対し、俺は早くも凌ぎきれなくなってきた。まだ余裕はあるけれど、一度空いてしまった距離を詰められなくなってしまっている。危険を冒せばもう一度近づくこともできそうだけど、既にマリンが魔術式を完成させつつあった。
潮時か。俺はその場に留まることを諦めると、様子を窺いながら徐々に後退する。それを受けて、アクアは魔術式をかき消すと新たな魔術式を形成し始めた。俺が前に進もうとする素振りを見せてもまるで動じない。エリスも味方の攻撃の邪魔にならないよう防御魔法を広げているし、俺がまた近づいたところで脅威にはならないってところか。
更に距離をとると、キーラも魔術式を作り直した。俺を迎撃するためのものでなく、シルファたちを攻撃するためのものに変えているんだろう。そろそろ本格的に攻勢をかけてきそうだ。
「間に合ったか?」
「ええ、十分よ」
だけど、シルファたちも何もしてなかったわけじゃない。こっちの攻撃が届く距離、大体八十メートルくらいまで詰め、魔法の準備も進めている。
それでも、先に魔法を発現させたのは向こうだった。
「穿て! 『ウォーター・ランス!』」
アクアが叫ぶのと同時に、細い水流が凄まじい速さで飛来する。クラス対抗戦で俺を脱落させた、アクアとマリンの合成魔法だ。マリンの押し出す水をアクアが一点に集中させて放つその魔法は、射程も速度も並の魔法を凌駕する。相手は機動力のある俺の存在を考慮した魔法の選択をしたようだ。
シルファの読み通りに。
「はぁあっ!」
それを受けるのは、フルルの防御魔法だ。翼を使ってもなお時間をかけて発現させた半透明でない防御魔法は、攻撃を受ける側が球面になっていて、アクアたちの魔法の勢いを受け流すことを目的としたものだ。その想定通り、球面に弾かれた水は俺たちの横や上に逸れていく。その間にシルファは魔術式を完成に近づけ、シイキは防御魔法を屋根のようにし、上からの攻撃に備えた。
ボン! ボボン!
そして側面と背面から軌道を変えて向かってくるキーラの光弾を防ぐのが俺の役目だ。右から一つ、少し遅れて後ろと左から来た二つの光弾をどうにか防ぐ。
「ユート君、大丈夫!?」
「ああ。この程度なら防ぎきれるさ」
シイキにはそう言ってみたものの、正直そこまで自信はなかった。位置の関係上、左右からほぼ同時に光弾が飛んできたら、俺自身はともかく他の三人を守りきるのは難しい。光弾の形からなんとなくどの方向に軌道が変わるのか判断できるとはいえ、いつまでも防御を続けられるとは思えなかった。フルルの防御魔法のお陰で、向こうは俺たちの配置を見ることができないからもう少しは粘れそうだけど、問題はそれだけじゃない。
「攻撃が止まりました!」
フルルが叫ぶ。早くも今の『ウォーター・ランス』じゃ倒せないと判断したアクアたちが別の大規模魔法、『ウォーター・キャノン』の準備を始めたんだろう。上から落ちてくる巨大な水の塊を防ぎきるのは至難の業だ。今からそれを防ぐ魔法の用意をするのは間に合わない。
間に合うとするならシルファの攻撃だけだ。
「できたわ!」
シルファの声を聞いた俺は即座に、魔術式を構えながら防御魔法の陰から飛び出す。
「今だ!」
「はい!」
キーラの光弾が近くまで飛んできていないことを報せると、フルルが防御魔法を破棄して道を空ける。
そして、自分の身長を優に越える大きさの魔術式を構えたシルファが、魔法を発現させた。
「突き進め、『アイス・ピラー』!」
その言葉と共に、巨大な氷塊が放たれる。今見たところだと、防御魔法の準備をしているのはエリスだけのようだった。探知魔法が得意だというエリスだけど、防御魔法はアラン並というわけじゃないというし、魔術式の大きさもシルファ程じゃなかった。それならシルファの魔法を、正面から防ぎきることはできない。避けようとすれば、魔術式を放棄する必要がある。
さあ、果たして――!
ドゴッ!
「っ! やっぱり……!」
「相手もか」
シルファを狙う光弾を防ぎながら言葉を引き継ぐ。俺たちがアクアたちの魔法に合わせた防御をしたように、アクアたちもシルファの魔法に合わせた防御をしたらしい。それもシルファが想定していたことではあるけれど、まさか本当に防がれるのか?
「ぐぅ、う、ぁあああ!」
シルファは魔術式に目一杯魔力を注ぎ込むも、魔術式ごと魔法の向きを逸らされる。シルファの魔法の進行方向に対し、防御魔法の面を斜めに構えていたんだろう。俺もよく使う、力を受け流す守り方だった。
「手応えは?」
「ないわ!」
シルファは魔術式と魔法の接続を切ると、数歩下がってもう一度魔法を発現させようとする。
「あ」
ドッバァン!
だけど暫くもしないうちに、空から大量の水が一つの塊となって落ちてきた。形のない水は地面に触れると同時に弾け、波となって周囲にも影響を与える。残存魔力により形を残していた『アイス・ピラー』も、当たった箇所から砕け散っていった。
『ウォーター・キャノン』か。大規模魔法という言葉に相応しい威力と範囲だ。薄膜の消えたシルファを見ながら、そんなことを思った。
だけど、全滅したわけじゃない。俺はその奥、シルファの魔法が発現したのと同時に、後方に退避したフルルとシイキを見る。フルルの防御魔法に守られていたシイキは、大きな魔術式を構えていた。
「ウソ!? さっきまでシルファの近くにいたはずなのに!?」
「暴発覚悟で早さを優先した? 愚かしいわね」
「でもあたしの魔法じゃもうムリよ!?」
「援護するわ! マリン、手伝って!」
「ええ。キーラはあの二人を」
防御魔法の上に立つキーラが無言で頷く。俺が『アイス・ピラー』の陰に隠れて近づこうとしていたら、集中砲火を浴びせるつもりだったんだろう。前を向いたままなのも、空気に溶け始めた氷塊の陰から俺が飛び出してくるのを警戒しているからだ。他の三人も、防御の準備に集中している。
ボボボン!
「え」
だから、氷塊の中を通って背後に回った俺には気づけなかった。至近距離から放たれた威力偏重の光弾を受け、アクア、マリン、エリスの薄膜が消える。
「何故っ」
その間に状況を理解したキーラが光弾を放った。元々近づいてくる俺を想定した魔術式だったのだろう、発現してすぐ軌道が変わる光弾は長く俺たちの間の空間に留まり、接近を妨げる。
けれどもう十分に近づけた。俺は魔術式を作り直すと、普通の光弾をキーラに向けて放つ。
「くっ」
攻撃したばかりのキーラは迎撃することができず、防御魔法の上で大きく体勢を崩す。それでも、二つの魔術式は維持して俺に向けたままだった。
来る。魔術式が光り出すのを見た俺は身構えた。
「あっ」
しかし次の瞬間、重心の崩れが決定的なものになる。足場にしていた防御魔法が、魔力の供給が止まったことで空気に溶け始めたためだ。キーラは体勢を立て直す暇もなく、背中から落ちていく。
「危ない!」
俺は即座に強化魔法を発現させると、キーラとの最短距離を駆けた。
バリィン!
消えかけの防御魔法を蹴破り、その勢いのままキーラの下に滑り込む。
パアン
そしてその体を受け止めると、お互いの薄膜が干渉し合い、強く光って消えた。体重を感じたのはそれからだった。
そうか、薄膜があるから要らない手助けだったかな。
「えっと、大丈夫か?」
そんなことを思いながら声をかける。
「……あ、りがと」
キーラは状況が呑み込めないのか、目を大きくしていた。一先ず怪我がないようで安心する。
「そ、そこまで!」
そしてフィディー先生が試合終了を宣言する。ただ、どっちが勝ったのかは言わなかった。
あれ、そう言えばこの場合、どうなるんだ?
審判のフィディー先生の声に、歓声が上がる。大きな魔法競技場の観客席をほぼ埋め尽くすほどの数の人は、まるでそれが一つの生き物のようで、その迫力に自然と体が震えた。
「ユート、大丈夫?」
「ああ。いつもより調子がいいくらいだ」
「そう。頼もしいわね」
笑みを返すと、シルファも頬を上げる。お互いに、いい緊張感を持てているようだ。
曲芸師の真似事をしていた時にも味わった、命懸けの戦いとは違う独特の雰囲気に、気分が高揚しているのを感じる。体は早く動きたいとばかりに熱を上げ、魔力は使われるのを待ちわびているように存在感を強める。試合が始まるのが待ち遠しい。
「調子が良さそうで何よりだわ。後で言い訳されることもなさそうだし」
解説のディーネ先生によるメンバー紹介の最中、向かい合ったアクアが会話に入ってくる。
「言い訳なんてするつもり、毛頭ないわ」
「そ。良かった。二人くらい調子が悪そうに見えたけど、シルファがそこまで言うなら大丈夫そうね」
視線を向けられたシイキが、う、と声を詰まらせる。フルルも僅かに視線を落とした。なんとなく、空気が重くなったように感じる。
「両者、礼!」
「よろしくお願いします!」
俺はそんな空気を吹き飛ばすように声を張り上げ、頭を下げた。顔を上げると、チーム・アクアのメンバーだけでなくフィディー先生も驚いているようだったけど、特に気にしない。
「いい試合にしましょう」
「え、ええ」
最後にそれだけ言葉を交わすと、お互いに背を向けて、開始位置まで歩き出す。少しして、隣を歩くシイキが大きく息を吐いた。
「もう、いきなり大声出すからびっくりしたよ」
「悪い。ちょっと気合いが入りすぎちゃってな」
「でも、お陰で少し気持ちが軽くなりました」
「ええ、私もよ。ありがとうユート」
良かった、と軽く笑って返す。二人の雰囲気も暗くなくなったし、上手くいったみたいだ。
きっとあれはこっちの士気を下げるための策だろう。相手もそれだけ勝ちにきてるってことだ。そう考えると、一層負けられないって気持ちが強くなる。
「あ」
障壁魔法の発現にシイキが声を上げる。予選のものより更に大きい本戦用の障壁魔法が地面から高く伸びていき、半球の形を成していく。
「フルルー! 頑張れー!」
天辺が閉じ、周りの音が遠ざかる直前、微かにフルルを応援する声が聞こえた。
「今の声……」
「フルルにも聞こえたか?」
「はい。……不思議です。何だか今なら、すごく頑張れそうです!」
クラスメイトの誰かだろうか? 応援を受けたフルルは、いつも以上にはりきっているようだった。
「頼もしいね。僕も負けてられないや」
「シイキ、分かってると思うけど」
「うん、無理だけはしないよ」
フルルの変化は、シイキにもいい影響を与えたみたいだ。気づけばすっかり、雰囲気は明るくなっていた。
もう言葉はいらないな。俺は軽く頬を上げると、合図を待つ。
そして、
パアン!
試合開始の宣誓と同時に両手を鳴らした俺は、チーム・アクアに向かって全速力で駆け出した。
◇ ◇ ◇
「っと」
二度で終わりかと思いきや三度軌道を変えたキーラの光弾を避ける。その先を狙って放たれたアクアの光弾は防御魔法で防ぐ。そのすぐ後に真横から飛んできたキーラの光弾を退いてかわす。防御魔法が消えたことで押し寄せてくるアクアの追撃は横に動いてやりすごす。
試合が始まってからおよそ一分、開始位置から少し前に出た程度の場所に陣取るチーム・アクアの攻撃に対し、俺は早くも凌ぎきれなくなってきた。まだ余裕はあるけれど、一度空いてしまった距離を詰められなくなってしまっている。危険を冒せばもう一度近づくこともできそうだけど、既にマリンが魔術式を完成させつつあった。
潮時か。俺はその場に留まることを諦めると、様子を窺いながら徐々に後退する。それを受けて、アクアは魔術式をかき消すと新たな魔術式を形成し始めた。俺が前に進もうとする素振りを見せてもまるで動じない。エリスも味方の攻撃の邪魔にならないよう防御魔法を広げているし、俺がまた近づいたところで脅威にはならないってところか。
更に距離をとると、キーラも魔術式を作り直した。俺を迎撃するためのものでなく、シルファたちを攻撃するためのものに変えているんだろう。そろそろ本格的に攻勢をかけてきそうだ。
「間に合ったか?」
「ええ、十分よ」
だけど、シルファたちも何もしてなかったわけじゃない。こっちの攻撃が届く距離、大体八十メートルくらいまで詰め、魔法の準備も進めている。
それでも、先に魔法を発現させたのは向こうだった。
「穿て! 『ウォーター・ランス!』」
アクアが叫ぶのと同時に、細い水流が凄まじい速さで飛来する。クラス対抗戦で俺を脱落させた、アクアとマリンの合成魔法だ。マリンの押し出す水をアクアが一点に集中させて放つその魔法は、射程も速度も並の魔法を凌駕する。相手は機動力のある俺の存在を考慮した魔法の選択をしたようだ。
シルファの読み通りに。
「はぁあっ!」
それを受けるのは、フルルの防御魔法だ。翼を使ってもなお時間をかけて発現させた半透明でない防御魔法は、攻撃を受ける側が球面になっていて、アクアたちの魔法の勢いを受け流すことを目的としたものだ。その想定通り、球面に弾かれた水は俺たちの横や上に逸れていく。その間にシルファは魔術式を完成に近づけ、シイキは防御魔法を屋根のようにし、上からの攻撃に備えた。
ボン! ボボン!
そして側面と背面から軌道を変えて向かってくるキーラの光弾を防ぐのが俺の役目だ。右から一つ、少し遅れて後ろと左から来た二つの光弾をどうにか防ぐ。
「ユート君、大丈夫!?」
「ああ。この程度なら防ぎきれるさ」
シイキにはそう言ってみたものの、正直そこまで自信はなかった。位置の関係上、左右からほぼ同時に光弾が飛んできたら、俺自身はともかく他の三人を守りきるのは難しい。光弾の形からなんとなくどの方向に軌道が変わるのか判断できるとはいえ、いつまでも防御を続けられるとは思えなかった。フルルの防御魔法のお陰で、向こうは俺たちの配置を見ることができないからもう少しは粘れそうだけど、問題はそれだけじゃない。
「攻撃が止まりました!」
フルルが叫ぶ。早くも今の『ウォーター・ランス』じゃ倒せないと判断したアクアたちが別の大規模魔法、『ウォーター・キャノン』の準備を始めたんだろう。上から落ちてくる巨大な水の塊を防ぎきるのは至難の業だ。今からそれを防ぐ魔法の用意をするのは間に合わない。
間に合うとするならシルファの攻撃だけだ。
「できたわ!」
シルファの声を聞いた俺は即座に、魔術式を構えながら防御魔法の陰から飛び出す。
「今だ!」
「はい!」
キーラの光弾が近くまで飛んできていないことを報せると、フルルが防御魔法を破棄して道を空ける。
そして、自分の身長を優に越える大きさの魔術式を構えたシルファが、魔法を発現させた。
「突き進め、『アイス・ピラー』!」
その言葉と共に、巨大な氷塊が放たれる。今見たところだと、防御魔法の準備をしているのはエリスだけのようだった。探知魔法が得意だというエリスだけど、防御魔法はアラン並というわけじゃないというし、魔術式の大きさもシルファ程じゃなかった。それならシルファの魔法を、正面から防ぎきることはできない。避けようとすれば、魔術式を放棄する必要がある。
さあ、果たして――!
ドゴッ!
「っ! やっぱり……!」
「相手もか」
シルファを狙う光弾を防ぎながら言葉を引き継ぐ。俺たちがアクアたちの魔法に合わせた防御をしたように、アクアたちもシルファの魔法に合わせた防御をしたらしい。それもシルファが想定していたことではあるけれど、まさか本当に防がれるのか?
「ぐぅ、う、ぁあああ!」
シルファは魔術式に目一杯魔力を注ぎ込むも、魔術式ごと魔法の向きを逸らされる。シルファの魔法の進行方向に対し、防御魔法の面を斜めに構えていたんだろう。俺もよく使う、力を受け流す守り方だった。
「手応えは?」
「ないわ!」
シルファは魔術式と魔法の接続を切ると、数歩下がってもう一度魔法を発現させようとする。
「あ」
ドッバァン!
だけど暫くもしないうちに、空から大量の水が一つの塊となって落ちてきた。形のない水は地面に触れると同時に弾け、波となって周囲にも影響を与える。残存魔力により形を残していた『アイス・ピラー』も、当たった箇所から砕け散っていった。
『ウォーター・キャノン』か。大規模魔法という言葉に相応しい威力と範囲だ。薄膜の消えたシルファを見ながら、そんなことを思った。
だけど、全滅したわけじゃない。俺はその奥、シルファの魔法が発現したのと同時に、後方に退避したフルルとシイキを見る。フルルの防御魔法に守られていたシイキは、大きな魔術式を構えていた。
「ウソ!? さっきまでシルファの近くにいたはずなのに!?」
「暴発覚悟で早さを優先した? 愚かしいわね」
「でもあたしの魔法じゃもうムリよ!?」
「援護するわ! マリン、手伝って!」
「ええ。キーラはあの二人を」
防御魔法の上に立つキーラが無言で頷く。俺が『アイス・ピラー』の陰に隠れて近づこうとしていたら、集中砲火を浴びせるつもりだったんだろう。前を向いたままなのも、空気に溶け始めた氷塊の陰から俺が飛び出してくるのを警戒しているからだ。他の三人も、防御の準備に集中している。
ボボボン!
「え」
だから、氷塊の中を通って背後に回った俺には気づけなかった。至近距離から放たれた威力偏重の光弾を受け、アクア、マリン、エリスの薄膜が消える。
「何故っ」
その間に状況を理解したキーラが光弾を放った。元々近づいてくる俺を想定した魔術式だったのだろう、発現してすぐ軌道が変わる光弾は長く俺たちの間の空間に留まり、接近を妨げる。
けれどもう十分に近づけた。俺は魔術式を作り直すと、普通の光弾をキーラに向けて放つ。
「くっ」
攻撃したばかりのキーラは迎撃することができず、防御魔法の上で大きく体勢を崩す。それでも、二つの魔術式は維持して俺に向けたままだった。
来る。魔術式が光り出すのを見た俺は身構えた。
「あっ」
しかし次の瞬間、重心の崩れが決定的なものになる。足場にしていた防御魔法が、魔力の供給が止まったことで空気に溶け始めたためだ。キーラは体勢を立て直す暇もなく、背中から落ちていく。
「危ない!」
俺は即座に強化魔法を発現させると、キーラとの最短距離を駆けた。
バリィン!
消えかけの防御魔法を蹴破り、その勢いのままキーラの下に滑り込む。
パアン
そしてその体を受け止めると、お互いの薄膜が干渉し合い、強く光って消えた。体重を感じたのはそれからだった。
そうか、薄膜があるから要らない手助けだったかな。
「えっと、大丈夫か?」
そんなことを思いながら声をかける。
「……あ、りがと」
キーラは状況が呑み込めないのか、目を大きくしていた。一先ず怪我がないようで安心する。
「そ、そこまで!」
そしてフィディー先生が試合終了を宣言する。ただ、どっちが勝ったのかは言わなかった。
あれ、そう言えばこの場合、どうなるんだ?
0
お気に入りに追加
215
あなたにおすすめの小説
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
封印されし黒篭手に選ばれた少年【増量版】
えん水無月
ファンタジー
普通とは違った環境で育った元盗賊の少年、ヴェル。
今は村長宅の家で自称召使として暮らしていた。
同じ歳の少女フローレンスお嬢様、さらには、その両親からも家族のような扱いを受けていた。それでもヴェルは一線を引いている。
その村で十年に一度、祭具をだして開催するという村の祭。
その前夜。
彼の運命は二度目の転機に訪れた。
祭具である黒篭手、それは王国を守る聖騎士団がつけている、身体能力を爆発的に上げる白銀の篭手と似ていた。
一夜にして村が滅び、唯一生き残ったヴェル。
偶然居合わせた聖騎士マリエルに助けられ、女性ばかりの聖騎士部隊とともに重要参考人として王都へと行く事に。
マリエルに、かつての思い人を重ねつつ共に行動をする。
散っていく命をみながら、ヴェルに三度目の転機が訪れようとしていた。
『ネット小説大賞7』 一次突破した作品を修復。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
見捨てられた(無自覚な)王女は、溺愛には気付かない
みん
恋愛
精霊に護られた国ルテリアル。精霊の加護のお陰で豊かで平和な国ではあったが、近年ではその精霊の加護も薄れていき、他国から侵略されそうになる。戦いを知らない国王は、スネフリング帝国に助けを求めるが、その見返りに要求されたのは──。
精霊に護られた国の王女として生まれたにも関わらず、魔力を持って生まれなかった事で、母である王妃以外から冷遇されているカミリア第二王女。このカミリアが、人質同然にスネフリング帝国に行く事になり─。
❋独自設定有り。
❋誤字脱字には気を付けていますが、あると思います。すみません。気付き次第修正していきます。
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
150年後の敵国に転生した大将軍
mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。
ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。
彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。
それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。
『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。
他サイトでも公開しています。
冥界の愛
剣
恋愛
ペルセフォネ
私を呼んで ハーデス。
あなたが私の名を呼んでくれるから 私は何度でもあなたの元に戻ってこれる。
いつも側に感じてる。どんな辛い時も あなたとまた会えると信じてるから 私が私でいる事ができる。全てを超えていける。
始まりの水仙の話から
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる