物理重視の魔法使い

東赤月

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4. 変化

フローラさんとお話しです

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「と、とうとうこの日が来たね……」

 クラス対抗戦の翌朝、魔法競技場を見上げて、シイキさんが声を震わせます。

「うう、緊張してきました……」
「緊張することないさ。練習も実戦もあれだけしてきたんだからな」
「そう思えたら苦労しないよ……」

 ユートさんの言葉に、シイキさんが苦笑します。ユートさんはこんなときでもいつも通りですごいです。

「んー、じゃあこう考えてみたらどうだ? 竜神様と戦ったときよりかはマシだって」
「あー、それはそうだね……」
「ですね……」

 確かに、あの時よりかは緊張してないです。そう考えると、不思議と気持ちが軽くなった気がします。

「だろ?」

 ユートさんが笑います。その笑顔につられて、私たちも、少しだけですが、笑うことができました。

「………………」

 ですが、シルファさんは笑いませんでした。難しそうな顔をして、ずっと黙っています。

「シルファも緊張してるのか?」
「え? ……ええ、そうかもね。本戦に出場するのは初めてだから」
「あはは。シルファも緊張するんだね」
「私を何だと思ってるのよ」

 お二人のお陰でいつもの顔に戻りましたが、その声は少し揺れているようでした。やっぱりどこか無理をしているみたいです。私やシイキさんと同じで、昨日のクラス対抗戦で疲れてしまったのでしょうか?

「それより、早く中に入るわよ。あなたが寝坊したせいで遅くなったんだから。間違いなく最後のチームになったわ

「あー、はは。でもほら、僕以外にも寝坊する人だっているかも」
「本戦に出るチームのメンバーにそんな人――!」
「うお、マジでいるじゃん」

 後ろから、足音と一緒にそんな声が聞こえました。振り向くと、四人の生徒の方々がこちらに向かって走ってきています。

「ほら、僕の言った通りだったろ?」
「分かったから走れ寝坊助! あんたも起きろ!」
「……あと五分」
「とっくに過ぎてるぞー」

 慌ただしくも、どこか明るい雰囲気の方々は、私たちの前で立ち止まって、

「って、えええ!?」
「ももも、もしかして……!?」
「……どうして、ここに?」

 私だけじゃなく、シイキさんやシルファさんも驚いていました。ただ、ユートさんだけが首を傾げます。

「皆、この先輩たちのこと知ってるのか?」
「知ってるも何も! 我が校始まって以来の最強チームとして名高い、チーム・ライトのフルメンバーだよ!?」

 背が高く、ツンツンとした赤い髪を持つウォレスさん。
 そんなウォレスさんに近い身長の、緑髪のフローラさん。
 フローラさんにおんぶされて目を閉じている、青い髪のステラさん。
 そして三人の中心にいる、私よりも明るい金色の髪を持つライトさん。
 シイキさんの言う通り、そこにいたのは以前、とてつもなくすごい試合をして見せた、チーム・ライトの方たちでした。

「ああ、先輩方がそうだったんですね。はじめまして、ユートです」

 ライトさんたちのことを知っても、ユートさんは自然体のままでした。軽く頭を下げるユートさんに、ライトさんが笑います。

「うん、はじめまして。君がユートくんか。それじゃあ僕も改めて自己紹介。僕はライト。ライト・ブライトウェル。よろしくね」
「俺のこと、知ってたんですか」
「勿論! 何を隠そう、僕は編入試験の時からぁ痛っ!」
「話してる場合じゃないでしょ! ごめんね! また今度!」

 にこやかにユートさんと話していたライトさんは、フローラさんに頭を叩かれると、そのまま引っ張られて行きました。

「少しくらいいいじゃないかぁ」
「ダメよ! 私たちは打ち合わせがあるんだから!」
「……五分経った?」
「こいつ、ようやく起きやがったよ」

 ポカンとしている間に、声と足音が遠ざかっていきました。少しの間、静かな時間が流れます。

「……あれがライト先輩、か」
「……ユートさん?」

 そう呟いたユートさんからは、どこか試合の前のような感じがしました。口を結んで、ぎゅっと拳を握っています。

「ユート君、どうかした?」
「いや、何て言うかな、強そうだなって思って」
「今ので分かったんですか?」
「ん、まあ、何となくだけどな」

 どうやらユートさんはライトさんに何かを感じ取っていたみたいでした。やっぱりユートさんはただものじゃありません。

「……とりあえず、いい加減私たちも中に入りましょう」
「あ、うん」
「そ、そうですね」
「そうだな」

 シルファさんに続いて、私たちも魔法競技場の中へと入りました。
 思わぬ出来事もありましたが、そのお陰もあってか、入る前よりも緊張は軽くなってました。


 ◇ ◇ ◇


「宣誓! 我々本戦出場者一同は、学院で培った技能を存分に発揮し、対戦相手への敬意を忘れず、力の限り戦うことを誓います! 出場者代表、ライト・ブライトウェル!」

 ライトさんの宣誓が終わると、大きな拍手が競技場を包み込みました。観客席にはここの生徒さんだけでなく、招待されたお客さんもいますので、その音と迫力に圧倒されてしまいます。
 これが、チーム対抗戦の本戦……。一度だけ、観客席から観たことはありましたが、そことは全然違いました。観客席にいる方全員の視線が、声が、私たちに向けられているのです。そう意識すると、心臓の音がより強くなります。
 私は、この中でちゃんと試合ができるでしょうか? 翼を出して、戦えるでしょうか? もし失敗したら、どうなってしまうんでしょうか?
 したくないのに、怖い想像ばかりしてしまいます。どうしましょう。このままだと本当に……!

「フルル、フルル」
「え」

 後ろから微かにユートさんの声が聞こえました。それと同時に、いつの間にか持ち上げようとしていた両手に気がつきます。

「大丈夫」
「……はい」

 短い言葉でしたが、とても楽になれました。まだ緊張はしていますけど、私は一人じゃないんだって実感できます。
 そのあと、私たちはそれぞれの控え室へと戻りました。扉が閉まると、ようやく緊張がほぐれました。

「いやぁ、緊張したね」
「そ、そうですね。私も、ちょっと怖くなっちゃいました」

 シイキさんの言葉に頷きます。緊張していたのは私だけじゃなかったみたいです。

「観客の数、すごかったもんな。雰囲気に呑まれるのも無理ないさ」
「ユート君は緊張とかしないの?」
「してるぞ。ただ俺の場合、いい緊張って言うのかな? いつもよりも集中できそうで、悪くない感じだ」
「はぁー」
「す、すごいですね……」

 緊張が悪くないだなんて、私には絶対に言えっこありません。一体どうしたらユートさんみたいに考えられるんでしょう?

「あ、そうでした。ユートさん、さっきはありがとうございました」
「え? 何かしたの?」
「ああ。宣誓の時、緊張してたみたいだから声をかけたんだ」
「へえ、流石ユート君。気が回るね。後で僕にも声かけてよ」
「はは、考えとくよ」

 シイキさんとユートさんのお話で、いつもみたいな空気が戻ってきます。

「シルファも必要か?」
「……いえ、平気よ」
「そうか」

 ですが、シルファさんは静かなままでした。ユートさんへの返事も、なんだか元気がありません。
 こういうとき、どうしたらいいんでしょう? 思いきって、訊いてみるべきでしょうか? でもそっとしておいてほしいのかもしれませんし……。

「フルル、どうかした?」
「あ、いえ! 私その、お手洗いに行ってきます!」
「あ、うん……」

 私は変に大きな声を出して、部屋から出ました。歩きはじめてから、恥ずかしくなります。
 本当は、私のせいで空気がまた重くなってしまうのがイヤなだけだったのですが、他のところにいたらそのことがバレてしまうかもしれませんので、お手洗いに向かいます。
 それにしても、本当にシルファさんは大丈夫なんでしょうか? もしかしたら、人に言えない悩みを抱えていたり……。

「……あれ?」

 ここはどこでしょう? こっちにあると思ったのですが、道を間違えてしまったようです。もっと奥に行けばあるでしょうか?

 ガチャ
「あ」
「お? お前は確か……」
「あれ、朝に会った、えっと……」
「フルルちゃんだね。こんなところでどうしたの?」

 突然近くの扉が開いて、中からチーム・ライトの皆さんが出てきました。ここがライトさんたちの控え室だったみたいです。私は慌ててしまいます。

「え、えっと、お手洗いを探していて……」
「そっちは逆方向だぜ」

 通り過ぎようとしましたが、ウォレスさんの言葉で足が止まります。

「もしかして、俺たちの作戦を盗み聞きしにきたのか?」
「い、いえ! そんなことは! ただ道に迷っただけで、それにそういうのは、しちゃいけないって……!」
「はっは、分かってるよ。悪い悪い」
「こらウォレス! 後輩をからかわないの!」
「ごめんね、フルルちゃん」
「あ、は、はあ……」

 どうやら冗談だったようです。それは良かったのですが、どう答えていいか分からず、口ごもってしまいます。

「それより、えっと、フルルちゃんたちの出番は確か三試合目でしょ? まだ時間に余裕はあるけど、迷ってるなら案内するわ」
「え? で、でも……」
「ウォレス、ステラお願い」
「へいへい」
「じゃあ先に行ってるね」

 私が迷っている間に、フローラさんの代わりにステラさんをおぶったウォレスさんとライトさんは、お手洗いとは逆だという方へと歩いていってしまいました。

「それじゃ行こっか」
「は、はい。ありがとうございます……」

 断るタイミングをなくしてしまった私は、フローラさんのあとをついていくしかありません。
 どうしましょう? 今からでも、お手洗いに行きたいというのはウソだったと言うべきでしょうか? でもそうしたら、シルファさんの調子が悪いことも言わないといけませんし……。
 そんなことを考えていると、フローラさんは小さくあくびをしました。

「……フローラさんも、疲れているんですか?」
「あ、うん。あはは、ちょっと気が抜けちゃった」
「それは、その、やっぱり昨日のクラス対抗戦で頑張ったからですか?」

 私やシイキさんと同じように、チーム・ライトの皆さんも昨日の疲れが残っているんでしょうか? 昨日頑張りすぎたせいで、チーム対抗戦で全力を出せないのは良くないことだと思っていましたが、違うのでしょうか? そんな疑問が、私に口を開かせました。

「そうだね。私たちは全員クラスがバラバラでさ。仲間と思いっきり戦えるクラス対抗戦は楽しくて、皆はりきりすぎちゃったんだ」
「……それで、大丈夫なんですか?」
「ああ、平気平気。このくらいいつものことだから」
「そ、そうなんですか……」

 なんでもないことのように言うフローラさんにどこかもやもやします。それからお手洗いに着くまでの間、私もフローラさんも、何も言いませんでした。

「着いたよ」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃ、私はこれで」
「……あの!」

 背中を向けたフローラさんに、私は思いきって声をかけます。

「なに?」
「ひ、一つだけ、教えてください。私は昨日のクラス対抗戦で、その、魔力を使いすぎてしまったんです。そのせいで今日は、あんまり魔力が使えないかもしれなくて、でも、クラス対抗戦も大事で、全力を出さないといけなくて……こんなとき、どうしたらいいですか?」
「ははぁ、成程ね」

 上手く言葉にできませんでしたが、フローラさんは分かったように頷きました。

「つまり、どっちも大事だけど、片方で全力を出したらもう片方では全力を出せないとき、どうするかってこと?」
「そ、そうです! そんなとき、どうすれば……」
「そうだねぇ、場合によるけれど、対抗戦についてだと、クラス対抗戦とチーム対抗戦、あと私たちは個人対抗戦もあるか、その三つを一つにまとめて考えるかな」
「一つにまとめて、ですか?」
「そうそう。例えばクラス対抗戦にしたって、最初から最後まで全力全開で戦えるなんてことないでしょ? だから例えば、始まったばかりで何が起きるか分からないから魔力を温存したりとか、そこを乗りきっちゃえば少しは休めるから大規模魔法を使ったりとか、自分のポテンシャルを考慮して、先のことを想定して試合に臨む。連日の対抗戦も同じでさ、どれも大切だけど全部全力ってわけにはいかないから、ペースを考えるようにしてるかな」
「で、でもそれじゃ、どの対抗戦も全力で戦えないんじゃ」
「そうだね。それは私も無理」

 フローラさんはそう言って、困ったように腕を組みました。

「そもそも私、自分で使っといてなんだけど、全力ってのがよく分かんないんだよね。知ってる? 人の筋肉って普段は全力を出せないようになってるんだって。つまり私たちが全力だって思ってるのは、実は制限された中での全力で、本当の全力じゃないの。あくまでその気になってるだけ。魔法だって例えば、一度に自分の中にある魔力を全部使ったりなんてできないでしょ? もしできたとしても、それを本番でするかどうかは状況次第だしさ」
「それは……」

 それは、そうです。どんなにすごい魔法だって、いつもそれを使うのが正しいわけじゃありません。
 私が言葉を続けられないでいると、フローラさんが照れたように笑います。

「あはは、ちょっと脱線しちゃった。話を戻すけど、多分フルルちゃんの言う全力はこんな小難しいことじゃなくて、体調が良くて魔力も十分ある状態で出せる力のことだよね?」
「は、はい。そうです」
「でもその時使える力を全部、じゃなくても結構使っちゃうと、次の日を万全の状態で迎えられなくなっちゃうと」
「はい……」
「うん、じゃあやっぱり、どっちかを諦めるしかないよ。今のフルルちゃんみたいに、昨日に全力を出して今日出せなくなるか、その逆だね。もしくは、どっちも全力は出さないか」
「……そうですか」

 やっぱり、どちらも全力でというのは無理みたいです。もしそんな方法があっても、今さらどうしようもないのですが……。

「ちなみにフルルはさ、どうして全力を出したいの?」
「え? それは、だって……」

 改めて訊かれると、すぐには答えられませんでした。私は頭の中に思い浮かんだ理由を声に出していきます。

「全力で戦わないと、失礼じゃないですか。仲間の皆さんにも、相手の方たちにも、それに、勝つためには全力じゃなきゃ……」
「んー、私はそうは思わないかな。そりゃ、できることなら毎回全力で戦いたいけどさ。そんなの無理だし」
「でも、じゃあ手加減するってことですか?」
「手加減、ね。まあそういう見方もできるけど、さっき言ったようにペース配分を考えるの。次を見越して、余力を残しておくっていうのかな?」
「それは、失礼じゃないんですか?」
「失礼じゃないよ。ちゃんと本気で戦えばね」
「ほ、本気で、ですか?」

 本気というのは、全力とは違うんでしょうか?

「そう、本気。あ、私の言う本気ってのは、目的のために、今、自分が使える力の範囲内で、最善を尽くすことね」

 そう言うフローラさんの声には、強い信念が宿っているように感じました。本気。私はその言葉を、心の中で繰り返し呟きます。

「次を見越して、どの程度なら魔力を使っていいか考えて、その制限の中での全力を出すって感じかな。まあ時々失敗して余計に魔力を使っちゃったり、実力を発揮できないまま負けちゃったりすることもあるけどね。でもそれも本気でやった結果だから、本当はもっとできたのに、なんて考えたりすることはないんだ」
「うっ……」

 本当はもっとできたのに。その後悔は丁度、昨日の最後の試合でしたものでした。その時も魔力が残ってなくて、ほとんどお役に立てないまま脱落してしまったからです。
 私もペースを考えていたら、昨日悔やむことも、今日悩むこともなかったのでしょうか。

「ま、あくまでこれは私の考え方だけどね。でもこれ、我ながら結構合理的っていうか、魔法使いには合ってると思うんだよね。魔物と戦うときいつも万全の状態でいられるわけじゃないし、依頼だっていつ来るか分からないから、どんなときも余力を残しておかないといけないし。この対抗戦の日程も、実はそういうことを学ばせるためなのかなって思ってたりもするんだ」
「………………」

 フローラさんの言葉は、ほとんど抵抗なく、私の中へと入ってきました。どんなときも余力を残しておく。それは確かに、とても大切なことです。

「あ、また話が逸れちゃった。とにかく、全力を出せないことをそんなに気にしなくてもいいと思うわ。今出せる実力しか出せないんだったら、それを出すことに集中すれば、それでいいのよ」
「……はい。ありがとうございます!」
「ふふ、どういたしまして。それじゃ、試合頑張ってね。期待してるから」
「は、はい! フローラさんも、頑張ってください!」

 フローラさんは笑って手を振ると、元来た道を戻っていきました。
 私はその背中を見送ると、少し迷ってから、フローラさんが案内してくれたお手洗いへと向かいました。
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