物理重視の魔法使い

東赤月

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4. 変化

クラス・リュード戦、開始

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「ここが会場の一つ、か?」

 金曜日、クラス対抗戦を行う場所に到着して、俺は首を傾げる。クラス内の練習試合では敷地内にある森の一部分を使ったから、本番も森の中だったり実際にある地形だったりを利用するものだと思っていたのだが、目の前に広がる光景はそんな俺の予想とはかけ離れていたからだ。
 一言で言うなら、砂漠だ。
 灰色の砂が一面に広がっているだけで、オブジェクトとかいう球状の目標物も見当たらない。真ん中の辺りだけ、不自然に整った形の大きな岩があって、その上にジェンヌ先生ともう二人、審判役の先生が立っているのが見えた。恐らく初戦の相手、リュード先生のクラスの生徒はあの向こう側にいるのだろう。

「何だか殺風景だな。これじゃあ隠れる場所もないし」
「まあまあ、もう少し待っててよ。ここからがすごいからさ」
「すごい? もしかしてこの砂が何か――」
「ユート。始まるまで近づかないよう言われてたでしょ」
「ああ、うん」

 一歩踏み出した足を戻す。代わりにその場にしゃがみこんで、砂と目との距離を縮めた。
 一見普通の砂に見えるけどな。何か秘密でもあるんだろうか?

「あ、始まる」
「ん?」

 シイキの声に顔を上げると、ジェンヌ先生が足元の岩に手をついているのが見えた。やがてその辺りの地面が光りだす。
 岩だと思ってたけど、まさかあそこに魔法石でも埋まってるのか? そう思った矢先に変化が起きた。

 ズズズズズズ!
「な、何だ!?」

 砂が沈んで、いや、形を変えていく!?
 地鳴りのような音を立てながら、砂漠がまるで大きな生き物のように動き出した。大部分が地面に飲み込まれるように沈んでいくなか、一部の箇所は不自然に尖り、逆に空へと伸びていく。やがてその先は枝分かれしていき、その正体と、そして何が起きようとしているのかが明らかになる。

「あれって、木? まさか、森を造ってるのか!?」
「正解! 勿論、ホントの森じゃないけどね」

 シイキが答えている間にも、灰色の砂漠は森へと姿を変えていく。木には枝葉が生え、色まで変化した。枝が伸びるにつれ沈んでいく地面は見えなくなり、下に支えでもあるのか高さを変えないオブジェクトも姿を隠した。
 やがて、まるで最初からそこにあったかのように、森が出来上がる。

「……これって、魔法石の魔法か?」

 若干震えた俺の声に、シルファが頷いた。

「ええ。ジェンヌ先生が立っていたところに、巨大な魔法石が埋まっているの」
「じゃあジェンヌ先生一人の魔力で、こんな大規模な魔法を!?」

 魔法石による魔法も、複数人の魔力が混ざるとうまくいかないという話だ。魔法石による魔法の発現は普通の魔術式による発現よりも効率が悪いとされているのに、一体どれだけの魔力を……。

「その認識は間違いじゃないけど、ちょっと誤解があるね」
「誤解?」
「ジェンヌ先生は約二ヶ月かけて、あの魔法石に魔力を注ぎ込んだのよ。たった今、この超大規模魔法を発現させるための莫大な魔力を用意できたわけじゃないわ」
「そういうことか……」

 成程、それならまだ納得がいく。本来魔力は体外へと放出したら時間の経過とともに空気に溶けていってしまうけれど、魔法石の中ならそうはならない、もしくはなりにくいんだろうな。
 まあそうだとしても、この規模の魔法を発現させようとしたら、俺なら不眠不休でも一年はかかりそうだ。それを教師の仕事をしつつ二ヶ月で終わらせるなんて……。ここの教師はどれだけすごいんだろう。

『舞台は整ったぞぉ。時間内に準備しろぉ』

 通信魔法か何かだろうか。遠くにいるはずのジェンヌ先生の声に従い、同じクラスの生徒が造られたばかりの森に下りていく。ご丁寧に階段まで造られていた。
 ジェンヌ先生もすごいけど、この魔法石を造った人も只者じゃないよな。もしかしたら複数人での仕事なのかもしれないけど、一度どういう工程で造られるのか見てみたいな。

「ユート君、どうしたの?」
「置いてかれるわよ」
「あ、悪い」

 どうやら俺が最後尾のようだ。二人の背中を追って階段を下りると、クラスのリーダーであるアランと副リーダーのフレイが振り返って、皆と向き合っていた。

「皆、ついにこの時が来たな!」

 おおっ! と声が上がる。既に士気はかなり高まっているみたいだ。そんなことを考えている俺も、声を出した一人だった。

「前のクラス対抗戦は良くない結果に終わってしまったが、そのお陰で俺たちは強くなれたはずだ。成長した俺たちの実力、ナメてかかってくる相手に思い知らせてやろう!」
「よっしゃあ!」
「任せろぉ!」
「各自健闘を祈る! クラス・キース、行くぞぉっ!」
「おおーっ!」

 アランが拳を高く上げ、それに続いて皆も力強く握り拳を天に突き上げる。皆との一体感に、俺の闘志も高まる一方だ。
 チーム戦もいいけど、こういうのもいいな。大勢の味方がついているって実感はすごく新鮮だ。依頼の時は俺たちはお手伝いみたいなものだったし、最後の方はそんなこと考えている余裕もなかったしな。

「それじゃあ皆、急いで配置について。連絡は密に取るように」

 フレイの言葉に、クラスの仲間が素早く動き始める。

「シルファ、シイキ、また後でな!」
「ええ。武運を祈るわ」
「お互い、精一杯頑張ろう!」

 二人に声をかけてから、俺も移動を始める。俺の初期位置は三つのサブオブジェクトの内向かって左にあるもの、レフトオブジェクトと呼ばれるものの辺りだ。
 しっかし、まさか森を造るだなんて、この目で見てもまだ信じられないな。森と言っても自然のそれとはかけ離れた、人が陰に隠れられそうな大きな木がある程度の距離をとって生えている、戦いやすい形をしているものだけど、木自体は本物と言われても違和感がないほどだ。地面も元が砂だとは思えないほどしっかりしてるし、木の根が出てるところもある。雑草こそ生えてないけど、石や枝が落ちてたりもするし、所々には身を隠せそうな茂みもある。試しに枝を踏んでみると、パキ、と乾いた音が鳴るし、軽く木の幹を叩いてみると、確かな感触が返ってきた。

「あ、ユートくん」
「来たな、遊撃係」

 分析しながら走っている内に、先に動き出していたクラスの仲間に追いついた。

「エミリー、ボブ、二人だけか?」

 確か最初は、サブオブジェクトにそれぞれ七人、メインオブジェクトに四人の配置だったはずだけど。

「あとの四人は先に行ったよ」
「ユートも、俺たち足遅い組に合わせなくていいぜ」
「いや、始まる前はどうせ進めないし、試合開始に間に合うなら二人と一緒に行くよ」

 試合開始前はサブオブジェクトより先には行っちゃいけないことになっているから、あまり早く着いてもやることがないんだよな。防衛係ならある程度周りを調べてどう守るかについて考えられるだろうけど。

「でも、最初が森かぁ。見通し悪いから苦手なんだよねぇ」
「ユートは平気か? 練習の時は丘だったけど」
「ああ、問題ないぞ。隠れられるところも沢山あるし、こういう環境には慣れてるからな」
「へえ、流石本戦出場者」
「お前がこんな頼もしく思えるなんてな。悪いけど正直、編入してきた時は戦力外だと思ってた」
「まあ、未だに魔術式は小さいままだしな。クラス対抗戦でも、どこまで役に立てるかは分からないし」
「またまたぁ。練習試合じゃあんなに活躍してたのに」
「少なくとも、俺は期待してるぜ。中にはまだ侮ってる奴もいるかもしれないが、ここらで一発見返してやれ」
「ああ、ありがとう」

 二人の言葉に笑みを返す。アランからも練習試合の時の働きを認められて遊撃係に任命されたんだし、期待に応えないとな。
 話し込んでいる内に、サブオブジェクトを中心に開けた場所に到着する。既に残りの四人は着いていて、その内三人が広場のようになっているこの辺りの外の地形を調べていた。
 木や茂みが生えている場所までそこそこ距離があるな。一番近いところでも、五十メートル、くらいか? これじゃあ奇襲は難しそうだ。

「こちらレフト。ホームへ連絡。全員揃った」
『ホーム了解。薄膜及び信号の準備をし、戦闘開始まで待機せよ』
「レフト了解」

 高い位置にあるサブオブジェクト、それを支える柱の側で、偵察係のチャールズが備え付けられた通信魔法石に話しかける。相手はアランだろう。
 何だか作戦基地って感じでワクワクするな。サブオブジェクトだけしかないから寂しいけど、周りに柵や櫓があったらそれっぽい雰囲気が出そうだ。そんなことを考えながら、チャールズに話しかける。

「お待たせ、チャールズ。今日は一緒に頑張ろうな」
「あ、ああ……」

 チャールズは歯切れ悪そうに応えた。もしかして、まだあの約束のことを気にしているんだろうか? あの時は俺もちょっと冷静じゃなかったし、もう気にするなって言いたいところだけど、それはシルファに止められてるんだよな。うーん、歯痒い。

「サブオブジェクトも、結構高いところにあるんだな」

 気を取り直そうと、サブオブジェクトを見上げながら呟く。俺の身長よりも少し高い柱の上に、柱の高さとほぼ同じくらいの直径を持つ、淡く光る球体が鎮座していた。練習の時はもうちょっと低い位置にそこまで大きくない的があるって形だったけど、それでさえ防御側は苦労していたのに、これじゃ尚更守るのが難しくなるな。

「このくらいの高さじゃないと、上級生の試合が終わらないのよ」
「基本、防御側が有利だからな。攻撃側は自分の身を守りつつオブジェクトを攻撃しなきゃならないけど、防御側は防御に専念するだけでいい。時間さえ稼げれば応援が来るし、待ち構えているから大規模魔法の準備だってできる。結果、突破するには相当の人員が必要になって、その分失敗した時のリスクも膨れ上がって、行動を起こしにくくなる。だからある程度防御がしにくい形にしないと、戦況が硬直して試合が無駄に長引くんだ」
「成程な」

 そういう理由か。実戦でも守りやすい場所に守りたいものがあるとは限らないし、そういった意味でも理に叶っているな。

『両クラス、準備はいいかぁ? そろそろ始めるぞぉ』

 不意に、森の中にジェンヌ先生の声が響いた。一箇所から発せられた大きな声が届いたというより、いくつかの場所からそれなりの大きさの声が同時に上がったという感じだ。これも通信魔法の一種だろう。

『その前に基本的なルールのおさらいだぁ。一つぅ、ここは実際の森の中であると想定することぉ。不必要な環境破壊はしないようにぃ』

 へぇ、擬似的に再現された場所でもそういうことを考えさせてくれるのか。何だか嬉しいな。

『一つぅ、事前に配布された通信魔法石を使ってぇ、常に通信魔法を発現させておくことぉ。途中で魔法を途切れさせてしまった者は脱落となるぅ』

 おっと、そうだった。俺は薄膜を発現させるついでに、懐にある通信魔法石に魔力を込め、クラスメイトたちが信号と呼ぶ魔法を発現させる。審判であるジェンヌ先生が生徒の位置を把握するために必要なものらしい。

『一つぅ、試合の様子を見るためにぃ、森の中を撮影魔法が動き回るがぁ、これに攻撃はしないことぉ。またぁ、故意に撮影魔法に似た形の魔法を発現させることも禁じるぅ』

 撮影魔法? と疑問に思ったところで、ジェンヌ先生のいた方角から何かが飛んできた。それは虹色に光る立方体のようなもので、底に半球状のガラスのようなものがついている。あれが撮影魔法か。試合中驚かないように注意しなきゃな。

『一つぅ、試合中場外に出ないことぉ。またぁ、脱落していないにもかかわらず中央の建物に入らないことぉ』

 中央の建物っていうのは、脱落者が集まる場所のことか。練習試合の時は単に真ん中に集まっただけだったけど、ここには建物があるんだな。

『一つぅ、自分の薄膜が破れたら即座に戦闘行動を止めぇ、脱落者用の薄膜を発現させてからぁ、他の生徒の邪魔にならないよう中央の建物に移動することぉ。またぁ、脱落していないにも関わらずその薄膜を発現させるなどぉ、脱落したかのように見せかける行為も禁止だぁ』

 脱落者用の薄膜、か。懐に入れた手で、通信魔法石の他にもう一つ、配布された魔法石の感触を確かめる。薄膜の色が違うだけらしいけど、それだけで別の魔法石を用意しなくちゃいけないって言うのは少し面倒だな。リンたちに見せてもらった魔導器を使えれば、そういうこともなくなりそうだけど。

『ただしぃ、元の薄膜が破れない限りは魔法石に魔力を注いでぇ、消耗した魔力を回復することは許されるぅ』

 うん、これも結構重要な規則だ。薄膜はちょっとした衝撃とかなら破れないまま防いでくれるけど、それでも魔力は減っちゃうもんな。こういう環境だと枝葉が体に当たったりするし、そういう機会もそこそこある。

『その他のルールは基本的にチーム戦と同様だぁ。薄膜が消えた相手への攻撃やぁ、薄膜の性能を過信した特攻などぉ、命に関わる危険を冒した生徒が出たクラスは即時失格とするぅ。またぁ、一緒に戦う仲間や対戦相手の生徒への礼節は忘れないようにぃ』

 うんうん、とても大事なことだな。

『それと念のためぇ、一部の生徒へ伝えるぅ。靴は脱がないようにぃ』

 練習試合で片方ならと靴を脱いだ一部の生徒を知っている仲間から笑いが漏れた。一部の生徒は両手で顔を覆う。

『それではこれよりぃ、クラス・リュードとクラス・キースのクラス対抗戦を開始するぅ。さぁん、にぃ、いちぃ、スタートぉ!』
 パァン!

 恥ずかしさを忘れようと、合図と同時に手を叩いて駆け出す。

「気をつけてねー!」
「もう靴は脱ぐなよー!」
「分かってるよ!」

 振り返ると、偵察係のチャールズと攻撃係の三人も動き出し、エミリーとボブは魔術式を形成し始めた。
 この六人が、仲間。

「……はは」

 俺は前に向き直ると、頼もしさを背に、速度を速めた。
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