物理重視の魔法使い

東赤月

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4. 変化

クラス対抗戦に向けて

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 マシ―ナ学院の生徒たちとの、魔導器という新たな武装を相手取った練習試合。この学院の生徒とも遜色ない実力者を相手に有意義な時間を過ごした僕らは、慣れない戦いでいつもよりも疲労が溜まった体と心を休めるべく、折角なので魔法都市グリマールまで足を延ばして、ちょっと高級なカフェで優雅な午後の時間を過ごす――

「シイキ、動きが遅いわよ!」
「うう、だってぇ……」
「言い訳無用!」

 ――なんてことは当然なく、ほんの少しの休憩を挟んだだけでクラス対抗戦を想定した訓練をすることになった。フルルがいないこの機会は確かにクラス対抗戦の練習にはうってつけだけど、今日って本当は休みじゃなかったっけ?

「次! 右に敵影!」
「わわっ!」

 練習場に来たからには甘えは許さんと言わんばかりの軍曹シルファの指示に、慌てて魔術式の形成を始める。ユート君に遅れること約一秒、小さな防御魔法を発現させた。

「構えたまま道を空ける!」

 続くシルファの指示に防御魔法を発現させたまま横に移動する。僕とユート君の間をシルファの魔法が通過する。

「背後から物音!」
「くっ!」

 防御魔法を魔術式ごと転回。それに併せて僕も動き、シルファの後ろに移動しながら体の向きを変える。

「っと」
「あ、ごめん!」

 勢いをつけすぎた防御魔法がユート君のものに当たりそうになった。ユート君は危なげなく防御魔法を動かして衝突を防ぐ。
 ユート君、この前まで防御魔法を動かすこともできなかったのに……。

「相手が退いた! 追撃!」
「っ!」

 反応が遅れた。防御魔法を霧散させて、どうにか攻撃用の魔術式を形成するも、お世辞にも良い魔術式とは言えなかった。

「シイキ、それ」
「……うん。魔力が上に偏っちゃってるね」
「……一先ず、ここまでにしましょうか」

 シルファの言葉に、魔術式への魔力の供給をやめる。魔術式は空気に溶けるように消えていくけれど、予想通り、上の部分は他よりも長く残っていた。

「さて、少人数での基本的な動きをしてみたけど、どうだった?」
「あまり良くはなかったかな」
「……ごめん」

 得意でないとは言え、咄嗟の行動が上手くできなかった僕は謝罪の言葉を口にする。ユート君は首を横に振った。

「いや、シイキが悪いわけじゃないんだ。なんて言うかな、役割が良くない気がする」
「そうね。ユートは素早く防御に移れるから、私やシイキを守るのに向いていると思っていたけど、無理に役に収めるべきじゃなかったわね」

 シルファの言葉に頷く。
 クラス対抗戦はチーム対抗戦とは違い、魔法競技場ではなく学院の敷地の一角で行われるため、チーム対抗戦とはまた別の戦略が必要になってくる。今はその一つを試してみたという形だけど、ユート君には合わなかったみたいだ。僕としても、強みの大規模魔法が使えない役は合ってないと思っていた。

「いっそユート君は機動力があるから一人で偵察に向かわせた方がいいかな? なんて」
「そうね。その方がユートを活かせるわ」
「ああ。そっちの方が役に立てそうだ」
「いやいやいや!」

 冗談半分のつもりで言うと、まさかの肯定が返ってきた。言い出しっぺの僕は慌てて否定する。

「いくらユート君でも単独行動はまずいって! クラス対抗戦の舞台は森の中だったり起伏のある場所だったりで、見通しが良くないんだ。探知魔法で一方的に見つけられて、待ち伏せからの集中砲火や魔法の罠にかけられでもしたら、いくらユート君でもすぐに退場だよ!」
「そういうものなのか? じゃあ慎重に行動するか」
「単独行動は決定なの!?」
「普通の役割をあてても、ユートの魔術式の大きさじゃ大したことはできないわ。だったら多少危険でも、相手の偵察をしてもらった方がまだ有意義よ」
「その言い分も分かるけどさ……」

 実際、ユート君の運動能力は偵察や攪乱にはうってつけだ。だけどそれをするためには、ユート君が自らの身を危険に晒して、何が潜んでいるか分からない場所に足を踏み入れなきゃいけない。相手の様子が分かっているチーム対抗戦とは違って、相手に悟られずに準備ができるクラス対抗戦じゃ、いきなりすぐ近くから魔法が飛び出してくるということだってある。ユート君の強みを活かしたいという気持ちは理解できるけど、フォローもできない危ない偵察なんかさせるべきじゃない。

「今のユート君は、『盾蹴り』っていう攻撃手段も持ってるんだからさ。一人で行動させるよりも、皆と一緒に戦いに参加させた方がいいんじゃないかな?」
「それは難しいわね。チームとして一緒に練習している私たちとは違って、クラスのほとんどの生徒はユートの動きにまだ慣れてないわ。気にするなと伝えても、ユートを気にして攻撃を躊躇ってしまうかもしれない」
「じゃあ、僕たち三人で行動すれば……いや、何でもない」

 そうだった。その結果、合わないという結論が得られたのだった。

「私たちのクラスは探知魔法を使える生徒が少ないし、情報戦で負けないためにもユートに偵察してもらうのは良い考えだと思うわ。確かに危険かもしれないけど、ユートもそう簡単にはやられたりしないでしょうし。そうよね?」
「ああ。よっぽど上手い攻撃じゃなきゃ、当たることはないはずだ」
「……まあ、それもそうかもね」

 チーム戦でもユート君は、普通じゃ考えられないような防御や回避をして、複数人による攻撃を凌いでいたんだ。多少視界が悪くなったところで易々と倒れることはない、と信じてみてもいいか。

「とは言え、実際にユートがどんな役割に就くかは、アランが決めるのだけどね」
「ああ、クラス代表だからか。アランがどんな作戦を執るのかは興味あるな」
「アランの指揮は、基本に忠実で堅実って感じかな。奇策とかはあまり使わないけど、大負けすることもない……まあ、前回はあれだったけど……」

 魔法を暴走させて味方を離脱させたという苦い思い出が蘇る。シルファも僅かに表情を歪めた。

「ただ頭が固いってわけじゃないから、ちゃんと適材適所を考えてくれるよ」
「そうね。少なくとも、ユートの強みが活かせるような役割に就かせてくれるはずよ」

 気を取り直そうと発した明るい言葉に、シルファも頷いてくれる。

「役割、か……。ところで、クラス対抗戦ってどんな試合なんだ?」

 あ、そっか。ユート君はまだクラス対抗戦を知らないんだ。それじゃあ役割と言われてもあんまりピンと来ないよね。

「一言で言うなら、拠点防衛ね。互いに守らなくちゃいけないオブジェクトがあって、それを守りつつ相手のオブジェクトを攻撃するの」
「ちなみに、破壊されたら相手の得点になるサブオブジェクトが三つと、即刻負けになるメインオブジェクトが一つ、計四つのオブジェクトがあるんだ」
「へえ、チーム対抗戦とは違うんだな」
「チーム対抗戦は魔物の討伐を、クラス対抗戦は町や村の防衛をそれぞれ想定しているの。だからルールも違うってわけ」
「制限時間内にメインオブジェクトを破壊するか相手を全滅させたら勝ち。もし時間内に決着がつかなかったら、サブオブジェクトを多く破壊した方の勝ち。その数も同じだったら脱落者が少ない方の勝ち。それも同じだったら最初に相手を脱落させた方の勝ち。ルールとしては、こんなところかな」
「成程な。それで、靴は?」
「必須よ」
「安全のために、薄膜魔法は必要だから……」
「そうだよな……」

 ユート君が肩を落とす。改めて気づかされたけど、ユート君は学院にいる間、常に実力を制限されているんだよな……。
 大変だな、と同情しつつ、それでいてあれだけ強いということに若干の悔しさも感じる。

「折角だから、クラス対抗戦について説明しましょうか」

 そう言うとシルファは僕たちから少し離れて、右手で魔術式を形成する。間もなく魔術式から大きめの光弾が発現した。

「この光弾がメインオブジェクトだと思って頂戴。メインオブジェクトはお互いのクラスから一番離れた場所にあるわ」

 そしてシルファは右手の魔術式はそのままに、左手で小さな魔術式を三つ、同時に形成し始める。

「シルファ、それって……」
「連成には興味があったの」

 それだけ言って、シルファは魔術式の形成に意識を戻した。流石に難しいのか険しい表情をしているものの、魔術式は確実に形作られていく。
 片手での複数の魔術式の形成……。シルファは連成を身に着けるために、そんなことも練習していたんだ。
 やがて、三つの光弾が発現した。大きな光弾をかなめとした扇のように、メインオブジェクトからの距離が一定となるよう配置されるサブオブジェクトを、しっかりと表している。

「そしてこの三つがサブオブジェクト。メインオブジェクトに向かうための進路上に位置するわ。基本的にメインオブジェクトを破壊する前に、サブオブジェクトのどれか、少なくとも一つを破壊することになるわね」
「となると、クラス対抗戦もチーム対抗戦みたいに、半球状の障壁魔法の中で行われるのか?」
「ええ。と言っても障壁魔法のように壁ができるわけじゃなくて、地上に描かれた線の外に出てはいけないってルールを守らせるといった形だけど」
「じゃあ魔法が外に飛んでいくこともあるのか?」
「あるわ。といっても、試合を行う場所は直径が一キロもある円の中よ。意図的でない限り滅多に起こらないわ」
「一キロって千メートルか……。随分と広いみたいだな」
「そうね。オブジェクト同士も、それぞれが大体三百メートルほど離れているわ」

 四つの光弾を維持しながら、シルファは淡々と説明を続ける。

「初期位置はメインオブジェクトとサブオブジェクトで形成される扇形の範囲内よ。それ以外は大体チーム対抗戦と同じね。薄膜が消えたら戦闘不能で脱落するわ。何か質問はあるかしら?」
「そうだな……。今まであった試合の流れを教えてくれないか?」
「分かったわ。シイキ、説明して」
「ええっ!? 僕が!?」

 もう僕の出る幕は無いと思っていたら、突然話を振られてしまった。

「ええ。前回のクラス対抗戦について、詳しくね」
「うっ……」

 ……成程。本番を前に、改めて前回の反省点を思い直せってことか。
 僕は軽く息を吐く。大丈夫。僕はもう過去から、かつての過ちから逃げないって決めたんだ。

「分かった。けど僕一人じゃ全部は説明しきれないから、足りないところはシルファに任せてもいい?」
「ええ。そのつもりよ」

 シルファは躊躇いなく頷く。どうやら尋ねるまでもなかったみたいだ。

「良かった。それじゃあ先ずは、ジェンヌ先生のクラスとの試合について話すね」
「ああ。よろしく頼む」

 そして、僕とシルファの反省会が始まった。


 ◇ ◇ ◇


「ありがとう。これでクラス対抗戦については、一通り理解できたと思う」

 説明を聞き終えたユート君は腕を組んで目を閉じた。何かを考えているのかな、と思った矢先に目が開く。

「やっぱり俺は偵察係に就いた方が良さそうだな」
「そうだね……。振り返って見たら、前回は結構奇襲を受けてたし」
「その辺りは、探知魔法を使える味方が早々に脱落してしまったことも原因の一つだけど、相手の動きを捉えられる目が増えるのに越したことはないわね」

 三人の意見が一致する。後はアランが納得してくれればいいんだけど、その点は多分大丈夫だろう。

「シルファとシイキは、今回も前回と同じ役割になるのか?」
「そうね……。アランから何も言われなければ、私は今回も攻撃係になるでしょうね」
「僕もそうかな。僕の大規模魔法は形成に時間がかかるから、防衛係を任せられると思う」
「じゃあ皆バラバラになるのか。そうか……」

 そう呟くと、ユート君は何かを確かめるかのように何度か頷く。

「ユート、どうかしたの?」
「ああいや、なんか新鮮でさ。今まで俺たちはチームとして一緒に行動してきただろ? だけどクラス対抗戦では離れ離れになって、遠くにいる仲間を信頼して自分の役割をこなすことになるからさ。そういうの、ちょっといいなって」
「ユート君……」

 屈託のない笑みを浮かべるユート君を見ていると、前のクラス対抗戦を思い出して生まれた不安や緊張が和らいでいくようだった。

「信頼……。そうね」

 シルファも微笑みを見せる。クラス対抗戦の前にしては珍しい表情だ。

「なら信頼に応えるためにも、練習しないとね」
「げっ」
「げっ、て何よ。休憩はもう充分とったでしょう? 各々の役割を確認できたことだし、それに応じた練習をしていくわよ」

 そう言うシルファは、既に軍曹の表情に戻っていた。僕は無駄と知りつつ、せめてもの抵抗を試みる。

「はーい! 休みを返上してるんだから、何か旨みがあってもいいと思いまーす!」
「旨み? 例えば?」
「え? 例えば?」

 一蹴されるかと思ったら、まさかの反応が返ってきた。
 例えば、甘い物とか? いや、そのくらいなら自分でも買えるしな。折角だし……。

「グリマール芸術劇場の入場チケットとか?」
「そんなの用意できるわけないでしょ」
「だよね……」

 そりゃそうだ。欲張ったりなんかしなければよかった。

「シイキは何か見たい劇とかあるのか?」
「あ、うん! いや、普段はあまり興味ないんだけどね。でもほら、今回急にグリマールで公演するなんていうサプライズがあったからさ。是非ともこの機会に、生で見てみたいんだ」

 まあ一年ぶりの復活ライブのチケットなんて、即刻完売するだろうけど。

「グリマールで公演? 誰のことを言っているの?」
「え、シルファ知らないの? まあ僕も知ったのは昨日の夜なんだけどさ。伝説のアイドルのツアーライブだよ!」
「ああ、そう言えばあなた、以前そんな話をしてたわね」
「アイドル? 何だそれ?」
「あ、ユート君はアイドル自体知らないんだ」

 まあ山で暮らしてたら知らなくて当然か。僕は一つ咳払いしてから説明を始める。

「アイドルってのは、歌と踊りを組み合わせたパフォーマンスで観客を沸かせるスーパースターさ! 可愛くて、声が綺麗で、踊りもキレッキレ。さらにその人は魔法まで使って会場を盛り上げる、とんでもない存在だよ!」
「魔法を使ったパフォーマンスをするのか。曲芸師とは違うのか?」
「まあ似てないこともないけど、より観客と近いって言うのかな? アイドルの歌や踊りはただ聞いたり見てたりするだけじゃなくて、観客も応援したりするから、より一体感があるんだ。ここら辺は、実際に体感してもらった方が分かりやすいと思うけど」
「へえ、何だか興味が出てきたな」
「ホント!? じゃあ今度一緒にライブを見に行こうよ! グリマール芸術劇場以外でも、駆け出しのアイドルのライブなんかが公演したりするからさ」

 パン、と手を叩く音が響いた。見ると、シルファが冷たい視線を向けてきている。

「無駄話はそこまでよ。早く練習に移りなさい」
「……はい」
「ああ、悪い」

 もう少し融通利かせてくれてもいいのに、と思いつつ、首から提げた魔法石に魔力を込めて薄膜を発現させる。練習の準備ができた僕は、防衛係に就くことを想定して、大規模魔法を発現させるための魔術式を形成し始める。
 ああ、でも本当に見たかったな……。
 魔術式に意識を向けながらも、僕は熱狂の渦に包まれるであろうライブに思いを馳せた。
 ミリア・プリズムのツーリズム!
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