物理重視の魔法使い

東赤月

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4. 変化

悔しさの向け先

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「少しは頭も冷えたかしら?」

 朝のランニングの終着点、高台の小さな休憩所まで歩いてきた私は、さっきからずっと黙っているカールに声をかける。幸い私たちの他に人影はなく、周りを気にせず質問を投げかけることができた。

「………………」
「カール……」

 入場許可証を握って立ち尽くしたまま、相変わらず何も口にしないカールに、私はため息をつく。

「ならそうね、あなたの気持ちを代弁してみましょうか」
「はっ?」
「魔導器さえあれば勝てる、最低でもいい勝負ができるだろうと高を括っていたら、挑発した相手にボロ負けして、あまつさえ頼みの魔導器にすらダメ出しされて、悔しさを抑えきれずに逃げ出したのに、どうしてその元凶がつきまとってくるんだ。負け犬なんか放っておけよ。……なんて、そんなところかしら?」
「お前……!」
「ちょ、カール! やめて!」

 図星だったのか、カールは空いている手で私の首の近く、ブレザーの上衿うわえりを掴んでくる。止めようとするリンに悪いと思いつつ、私はせせら笑った。

「暴力にでも訴えるつもり? だとしたら救いようがないわね。せめて理性ある人間らしい反応が欲しかったわ」
「っ!」
「カール!」

 魔導器を持っている方の腕をリンが掴む。振り上げるとでも思ったのだろう。流石にそこまでされたらこちらとしても防衛行動をとらざるを得なかったけれど、カールも理性を失っているわけではなさそうで、握る力が強くなっただけだった。

「……お前に何が分かるんだ」
「あなたがどんな思いであんな態度をとっていたのかなんて、私に分かるわけがないわ。けれどああいう態度が、自分も周りも不幸にするってことくらいは分かっているつもりよ」
「シルファ……」
「………………」

 カールは暫く私を睨みつけると、やがてブレザーから手を離した。

「……説教のつもりかよ」
「説教。そうね、そう捉えてもらって構わないわ。我ながら押し付けがましいとは思うけど、勝者からの言葉ならあなたも素直に聞けるでしょう?」
「チッ」

 カールは舌打ちしてそっぽを向いた。正面から言い返してこないあたり、ある程度は私の言葉を呑み込んだようだ。

「……シルファ、怒ってる?」

 口を閉ざしたカールに代わり、今度はリンが控えめに声を発した。

「怒ってる? 何に?」
「えっと、ほら、折角案内してもらったのに、カールはその、憎まれ口たたいたじゃん? その時のこと、怒ってるのかなって……」

 ああ、そんなこともあったわね。私は軽く目を閉じて、案内していたときのことを思い出す。

「……それもあるかもしれないわね。あの場で謝るべきだったカールがだんまりでいたことには、多少ムッときたわ」
「ご、ごめんなさい! ほら、カールも謝って!」
「俺は事実を言っただけだ」
「カール!」
「リン、大丈夫よ。無理に謝ってほしいわけじゃないわ。寧ろ本人が悪く思ってないのに形だけの謝罪をされても、尚更こちらの気分が悪くなるだけよ」
「あう……ごめんなさい……」
「あなたが謝ることじゃないわ」

 リンの表情がどんどん暗くなっていく。……悪いわね、リン。あなたを困らせるのは本意じゃないのだけど、でも――

「……偉そうにしやがって。グリマール魔法学院の奴らは、負けた相手には何言っても許されるって考えなのか?」
「そんなわけないでしょう? それを言うなら、マシーナ学院の生徒は、訪問先の学院の生徒に喧嘩腰で接してもいいって考えなのかしら?」
「ぐっ……この……!」
「もうやめて!」

 ついにリンが私たちの間に入り、制止の声を上げた。そしてすがるような視線をこちらに向ける。

「お願い、シルファ。気分を悪くさせちゃったなら、いくらでも謝るから、だから、もうやめて、ください」
「………………」

 悲痛さを滲ませた声に、カールも視線を落とす。その雰囲気は、話を切り上げさせるには十分だった。

「……ごめんなさい、リン」

 深く頭を下げる。ほっとリンが息をついたのが分かった。

「ううん、こっちこそ――」
「そうじゃないわ」
「え」

 私は顔を上げて、声を詰まらせるリンを正面から見つめ、はっきりと声に出す。

「有耶無耶にしたまま、口論を終わらせる気はないってことよ」
「そんな……!」
「……何だってんだよ。俺に土下座でもさせたいってのか?」

 カールが声を荒げる。私は首を横に振った。

「謝ってほしいわけじゃないと言ったでしょう?」
「じゃあ何がしたいんだよ!」
「これもさっき言ったことだけど、説教よ。続きがあるから、黙って聞きなさい」
「………………」

 ようやく二人が口を閉じた。私は小さく息を吐いてから言葉を紡ぐ。

「カール、繰り返しになるけど、私はあなたが私たちに対してどういう気持ちを抱いているかなんて分からないわ。だけどそれを態度や行動に出すのはやめなさい。特に今のように、よく知らない場所で悔しさを隠さずに単独行動するなんてもっての他よ」
「……大袈裟なんだよ。魔物が出るわけでもないだろ」
「そうね。だけど問題はそこじゃないわ。チームのメンバーに迷惑をかけていることが問題なのよ」
「迷惑だと?」
「ええ。自覚がないとは言わせないわよ。マシーナ学院の品位を貶めるような発言をして、他のチームメンバーに謝らせて、挙げ句の果てには感情のままに姿をくらませようとする。あなたのそういった言動が、周りにどんな目で見られるか、他のチームメンバーにどんな影響を与えるか、想像してみたことはある?」
「………………」

 カールが視線を落とす。多少は後ろめたい気持ちもあるようだ。それについては指摘しないまま言葉を続ける。

「私たち魔法使いがチームとしての行動を推奨されている理由の一つは、身の安全のためよ。一人では対処できない魔物が現れた時も、他のチームメンバーがいれば対処できる。不意に命の危機に晒された時も、仲間が助けてくれる。そういった助け合いがあるから、半人前の私たちでも大きな怪我をすることなく成長できるの。だけどその助け合いも、互いの信頼関係があってこそ。あなたの傍若無人な振る舞いからは、信頼関係を築こうという意思が感じられないわ」
「……俺は別に、一人でも平気だ」
「カール……」
「ふざけないで」

 自分でも冷えきった声だと思った。リンの肩が震えるのが見える。落ち着け、私。

「一人でも平気? よく言えたものね。本気でそう思っているのなら、一人でチームを相手に勝ってみなさい。なんなら、私やユートと一対一タイマンでもしてみる?」
「それは……」
「あなたが大規模魔法を連成するまでに時間を稼いでくれたのは誰? そもそもその魔導器自体、完全にあなた一人で造ったものなの? あなたはこれまで誰からも支えられてこなかったの? ……今私が言った質問を、自分自身に問いかけたことはある?」
「……っ!」

 カールは何か言おうとして、けれど結局何も口にしなかった。そんなカールを見て、リンは眉根を寄せて視線を落とす。

「あなたの傲慢な態度は、チームメンバーからの信頼を失わせるだけじゃない。私のように、他の魔法使いを不快にさせることだってある。もしそれが複数のチームで受けている依頼の最中に起きたとしたら、空気の悪さから生じる連携の不足が依頼の失敗に、ひいては何の関係もない一般人の被害につながるかもしれないわ。そうなったら、あなた責任とれる?」
「………………」

 カールは黙って俯いた。その表情は悔しさよりも反省の色が強いように見える。少しは心に響いてくれただろうか。もしそうなら、慣れないことをした甲斐も少しはあったかな。私は小さくため息をつく。

「以上、とりあえず説教は終わりよ。何か言いたいことはあるかしら?」

 私の問いかけに、カールは俯いたまま反応さず、リンも無言のまま首を横に振った。

「そう。それならそろそろ戻りましょう。これ以上他の皆に心配をかけるのは良くないわ」

 私は先導するように来た道を引き返す。ついてこなかったらどうしようかと思ったけど、二人の足音が続いてきたので内心ホッとした。

「……シルファ、その、ありがとう」

 隣に並んだリンが感謝を口にする。私は軽く髪を払った。

「お礼を言われるようなことはしてないわ。差し出がましい真似をして悪く思っているくらいよ」
「そんなことないよ! こっちこそ、ホントならあたしたちが言うべきことなのに、シルファに言わせちゃって、……ごめん」
「構わないわ。私は私の言いたいことをぶつけただけだから」
「……そっか」

 私の言葉をどう受け取ったのか、リンは困ったような笑みを浮かべた。
 恐らくリンは、チーム内の空気を必要以上に悪くしたくなかったのだろう。私とカールの口喧嘩を止めようとしたことからも、チーム内に不和が生じることを嫌う性格のように思える。チームとして行動する上でそういった姿勢は悪くないのだけれど、そのせいかチームの誰もカールと本気でぶつかったことはないようだった。その証拠に、案内の時、カールに身内からの言葉はあまり響いていなかった。ムードを険悪にさせないための優柔不断な態度が、カールを増長させてしまったのだ。
 多分今まで、カールの態度はそこまで大きな問題にまでは発展しなかったのだろう。だけど発展してからでは遅い。だからこそ、今ここで部外者の私がぶつからないといけなかった。同年代の、目の敵にされている私が、勝者として上に立ち、説教する必要があった。
 傲慢な考えだと思う。けれどきっと、これで良かったはずだ。

「……どうしてわざわざ、説教なんかしに来たんだよ。優越感にでも浸りたかったのか?」
「カール、いい加減に――!」
「リン。……私は平気よ」

 立ち止まって、振り返る。カールは睨みつけるように、上目でこちらを見ていた。
 つくづく、似ているわね。
 その目には見覚えがあった。心を落ち着かせるためにゆっくりと息を吐いてから、質問に答える。

「……あなたみたいな奴を知っているのよ」
「俺みたいな、奴?」
「ええ。自分に落ち度はない。自分は一人でもできる。そんな考えで自分勝手に振る舞って、いつしか仲間にも見放され、一人で受けた依頼で命を落としかけた、そんな愚か者のことよ」
「……それって、まさか……」

 リンが視線でも向けたのか、その言葉でカールも理解したようだった。私は気にせず続ける。

「今のあなた、そいつにそっくりなの。だから同じような失敗をする前に教えておこうか、なんて気まぐれを起こした。ただそれだけよ」

 話し終えた私は背中を向け、歩みを進めた。ややあって、二人の足音がついてくる。
 それから戻るまでの間、誰も言葉を発することはなかった。
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