81 / 139
4. 変化
補習と自己紹介
しおりを挟む
「こうして五十年前、ノーザ大陸全体を巻き込んだ大討伐戦が終息したの」
いつもとは違う教室、いつもとは違う景色の中で、人魚族のディーネ先生の柔らかな声が響く。青みがかった肌の色や青魚の胸びれを思わせる形の耳が特徴的だけれど、何より目を引くのはその下半身を沈めている、宙に浮かぶ球状の水だ。両脇に教室の色を取り込んだ水の球、その中で揺蕩う長い白のスカートとそこから伸びる尾びれは動くごとに姿を変え、穏やかな波を連想する青色の長髪、水に浸かったその毛先を遊ばせている。
っと、変に文学的な表現をしてしまった。一時限目の国語の授業の影響だろうか。その時もずっとあの水を発現させたままだったけれど……まさか一日中発現させているわけじゃない、よな?
歴史の授業も終わりに差し掛かっている現在、未だにその形を全く崩さない水の球に、ディーネ先生の底知れなさを感じた。
「その後、大討伐戦で実現した種族間の協力を今後も続け、ノーザ大陸から魔物という脅威を退けようという方針の元、ノーザ魔導士協会が設立されたわ。そしてようやく、この世界に魔導士が誕生したの」
ゆったりとしたディーネ先生の言葉に、生徒の何人かが頷くのが見えた。他の生徒たちも俺のように課題の成績が悪かったのだろう。教室にいる少なくない人数を見て、少し安心感を覚える。
「けれど、ほとんどの国がこのノーザ魔導士協会の理念に共感し、自国での活動を許可した中、大国でありながら唯一非協力的だった国があるの。それがどこか、そうね、誰かに答えてもらいましょうか。それじゃあ、最後列の――」
俺か?
「エルナちゃん。答えてちょうだい?」
視線を左に向けると、アズキ色、茶色がかった赤紫色の短い髪を持った女子生徒が机に突っ伏していた。エルナと呼ばれたこの子は、以前ジェンヌ先生のクラスと合同授業をした時に会っていて、かなりの実力者だったことを覚えている。
エルナは声をかけられたにもかかわらず、これといった反応を見せない。
「んひゃう!」
そのうなじに、ディーネ先生が魔法で飛ばした水滴が命中する。エルナは素っ頓狂な声を上げて顔を起こした。
「エルナちゃん、答えてちょうだい?」
おっとりとした印象を抱かせる目尻のやや下がった瞳が、すっと細められた。優しげだった雰囲気が一転、獲物を前にした獣のような圧が生じた、ように感じた。
「あーっと、その、それはですねー……」
俺と同じように何かを感じ取ったのか、エルナは焦ったように教科書を持ち上げ視線を動かし――
「え、エクリプス帝国です!」
「……はい、正解です」
ディーネ先生が微笑み、エルナはほっと息をついた。
「極北の国、エクリプス帝国は当時、優秀な魔法使いを何人も抱えていたから、魔物の被害は一番軽微だったと考えられているわ。だから魔物への対応に各国との協力を必要としなかったということもあってか、ノーザ魔導士協会への協力は得られなかったの。そんなエクリプス帝国は、各国が復興に力を入れる代わりに、未だ調査が進んでいない外海へと進出したのだけれど――」
そこまで話したところで、鐘の音が響いた。
「……少し補習の範囲を超えちゃったかしら。それじゃあ、これで歴史の補習は終わりよ。けれど最後に一つだけ。これは物語の中の話なんかじゃなくて、実際に起きたことなの。どうか他人事だとは思わず、自分なりに歴史について考えを巡らせてほしいわ」
そう言って、ディーネ先生は教室から出て行った。室内の空気が弛み、雑然とした話し声が部屋を満たす。特に話し相手がいない俺は、ディーネ先生の言葉に従って今日の授業で触れた内容について考えを巡らせ――
「やあやあ、さっきは助かったよ! ありがとう!」
――ようと思ったが、隣から声がかけられた。そちらを向くと、エルナが満面の笑みを浮かべている。
「ああ、気にするなよ。それより授業はちゃんと聞いていた方がいいぞ」
エルナが指名された時、答えられそうにないと感じた俺は、ノートに大きく質問の答えを書き、それをさりげなくエルナに見せていたのだった。
「いやぁ、一つ前の国語の授業もだけど、さっきの内容は何日か前の授業でやった範囲だったからね。退屈でつい」
「授業でやった? 授業に出られなかったから課題を提出して、その答えが良くなかったから補習を受けているんじゃないのか?」
尋ねると、エルナは小さく首を傾げた。
「え? あー、ユートくんは転入してきたんだもんね。そりゃ知らないか」
「俺のこと覚えててくれたんだな」
「そりゃああれだけ面白い魔法を使うんだもん。忘れるほうが難しいって」
面白い、か。まあそうとも捉えられるか。
「それに、アランたちからも話を聞いているしね」
「アランって、俺のクラスの代表の?」
「そうそう。あれ? アランたちから私のことを聞いてたわけじゃないんだ」
「ああ。特に聞いてはいないな」
「ふうん。まあ同じクラスってだけであんまり話したりはしないか」
エルナは納得するようにうんうんと頷く。
「それじゃあ改めて、私はエルナ。エルナ・マーゼ。エルナでいいよ。よろしくね」
「俺はユートだ。よろしくな。俺のこともユートでいいぞ、エルナ」
「分かったよ、ユート」
「それで、補習の話なんだが」
「あ、そうだったね。えっとね、依頼を受けて授業に出られなかった時、課題はせずに補習を受けるって選択もできるんだ。あんまり長く依頼を受けていると、課題しか選択肢がないってこともあるけれど」
「へえ、そうなのか」
つまりここにいるのは俺のように課題の出来が悪かった生徒だけじゃないってことか。
「そうそう。だからユートみたいに、課題をしたけどその答えが悪くて補習にまで出るって生徒はすごく珍しいよ」
「そ、そうなのか……」
つまりここにいる生徒はほぼ全員課題の代わりに補習を受けている生徒ってことか。安心感が一転、魔法の実力だけでなく勉学でも敵わないという劣等感に変わる。
っと、弱気になるな、俺。大事なのは実学だってじいさんも言ってたじゃないか! 勉強も大事だけれど、俺は強くなるためにここに来たんだ。本質は見失っちゃいけない。
「あれ? けどそれじゃあ結局、エルナが補習を受ける理由はないんじゃないか?」
「ふっふっふ、私が補習を受けている理由は、別にあるのさ」
腕を組み、重々しく話すエルナ。それを受けた俺の声も低くなる。
「別にある理由って、なんなんだ?」
「授業中寝てたんだ」
「おい」
勿体ぶっておいてそんな理由かよ。しかも今も寝てたし、反省してないじゃないか。
「ていうか、寝てたんなら授業の内容なんか覚えてないんじゃないか?」
「いや違うんだよ。こういう補習は期末テストの成績が悪くても受けなくちゃいけないんだけどさ、そんなことにならないよう張り切って予習をしたんだ。偉いでしょ?」
「予習っていうと、先に教科書の内容を読んでおくことだっけか。偉いかどうかは分からないけど、まあ悪いことじゃないな」
シルファは予習よりも復習をしろって言ってたけれど。
「でしょ? それでいざ授業を受けてみたら、予習でやってたことをそのままなぞるわけ」
「まあ、そうなるか」
「だからさ、私からしてみたらもう知っていることの繰り返しなわけだよ。だからその授業も今日の補習と同じで退屈でさ、つい、すやぁ、と」
「そういうことか……」
眠ってしまったことを表現しているのか、合わせた両手の右手の甲に頬を押し当てて目を閉じるエルナの言い分に、小さく頷いて見せる。予習してきたせいで新しい刺激が得られなくて、緊張感が薄くなったってところか。そう考えるとチンプンカンプンな教科以外は予習をしないほうがいいのかもしれない。シルファの助言にはそういう意味もあったのかもな。
「それでも、寝ている間に知らない範囲を触れるかもしれないだろ? 授業自体が復習にもなるし、退屈でも起きていた方がいいと思うぞ」
「おー、ユートは真面目だねぇ。いや私も分かってるよ? わざわざ先生方が授業してくれているのに寝ちゃうのはいけないって。でもやっぱりつまらないものはつまらなくて、どうしても睡魔に負けちゃうんだよね」
「だったら、前日にちゃんと寝ておけばいいんじゃないか?」
何の気もなしに放った俺の言葉に、エルナは驚いたような表情になる。
「え、あ、悪い。何か気に障るようなこと言ったか?」
「……あー、いや、あはは、大丈夫大丈夫。なるほどなるほど。アランが言ってたのはこういうことか」
最後の方は天井を向いて呟くように言うエルナ。アランから何を聞かされたんだろう? そう不思議に思っていると、エルナは俺に向き直る。
「うん、ユート、キミは何も間違ったことは言ってないよ。まさに正論その通り。ぐうの音も出ないとはこのことだよ」
「え、ああ、それなら――」
「ただ、正しいことが何か分かっていても、それができない人もいるんだ。面倒だったり他の用事にかまけていたりしてね」
この私のように、とエルナは胸を張ってそこに手をやった。それって自慢の意味がなかったか? と思いつつ黙って先を促す。
「でね、そういう人たちに今みたいに正論をぶつけられると、結構応えるわけだよ。分かっててできなかったっていう負い目を突かれちゃうとさ」
「負い目、か……」
それを聞いて思い出したのは、以前の依頼で竜に攫われたアイの救出に積極的じゃなかった竜人族のゴラさんだった。あの後援軍として来てくれたし、ゴラさんも本心では見捨てたくなんてなかったのは間違いない。そんなゴラさんや他の魔導士に対し、俺は自分の理想を押しつけた。
さっきの俺の言葉も、それと同じだったのかもな。
「ごめん、無神経なこと言っちゃったみたいだ」
「いやいや、ユートは間違ってないんだって! 謝る必要なんてないよ! ユートに謝られると、私の立場がなくなっちゃう!」
「そうなのか?」
「そうだよ! 極論言っちゃうとさ、痛いところ突かれて不機嫌になるとかただの逆ギレだし。あ、でもあまりいじられるのは嫌だし、少しは優しくしてほしかったりもするけど……」
とにかく、とエルナは一息置いて続けた。
「ユートが言ってることは正しい。けれどその伝え方には少し気を遣った方がいいよ」
まあ今のままでも全然いいと思うけど、とエルナは笑う。
「うん、分かった。教えてくれてありがとな」
「いや、お礼を言われるようなことじゃないよ。ユートに悪気はないんだし、気遣い過ぎて言いたいことも言えないよりかはよっぽどマシだと思うからさ」
「……難しいんだな」
「そうだね、こういうのは文化によるし。とりあえずは、正論をぶつけられるとブチ切れる人も居るんだってくらいの認識でいいと思う」
「ん、分かった」
ちゃんと覚えておこう。
「ところで、アランとは仲が良かったりするのか?」
「ありゃ、やっぱり私たちのこと知ってたわけじゃないんだ。まあ合同授業の時はチームを組んでなかったし、知らなくても仕方ないのかな」
エルナは苦笑いすると、椅子から立ち上がって手を差し出した。
「それじゃ改めて、チーム対抗戦本戦参加予定、チーム・アランのメンバー、エルナ・マーゼだよ。よろしくね、チーム・シルファのユート」
いつもとは違う教室、いつもとは違う景色の中で、人魚族のディーネ先生の柔らかな声が響く。青みがかった肌の色や青魚の胸びれを思わせる形の耳が特徴的だけれど、何より目を引くのはその下半身を沈めている、宙に浮かぶ球状の水だ。両脇に教室の色を取り込んだ水の球、その中で揺蕩う長い白のスカートとそこから伸びる尾びれは動くごとに姿を変え、穏やかな波を連想する青色の長髪、水に浸かったその毛先を遊ばせている。
っと、変に文学的な表現をしてしまった。一時限目の国語の授業の影響だろうか。その時もずっとあの水を発現させたままだったけれど……まさか一日中発現させているわけじゃない、よな?
歴史の授業も終わりに差し掛かっている現在、未だにその形を全く崩さない水の球に、ディーネ先生の底知れなさを感じた。
「その後、大討伐戦で実現した種族間の協力を今後も続け、ノーザ大陸から魔物という脅威を退けようという方針の元、ノーザ魔導士協会が設立されたわ。そしてようやく、この世界に魔導士が誕生したの」
ゆったりとしたディーネ先生の言葉に、生徒の何人かが頷くのが見えた。他の生徒たちも俺のように課題の成績が悪かったのだろう。教室にいる少なくない人数を見て、少し安心感を覚える。
「けれど、ほとんどの国がこのノーザ魔導士協会の理念に共感し、自国での活動を許可した中、大国でありながら唯一非協力的だった国があるの。それがどこか、そうね、誰かに答えてもらいましょうか。それじゃあ、最後列の――」
俺か?
「エルナちゃん。答えてちょうだい?」
視線を左に向けると、アズキ色、茶色がかった赤紫色の短い髪を持った女子生徒が机に突っ伏していた。エルナと呼ばれたこの子は、以前ジェンヌ先生のクラスと合同授業をした時に会っていて、かなりの実力者だったことを覚えている。
エルナは声をかけられたにもかかわらず、これといった反応を見せない。
「んひゃう!」
そのうなじに、ディーネ先生が魔法で飛ばした水滴が命中する。エルナは素っ頓狂な声を上げて顔を起こした。
「エルナちゃん、答えてちょうだい?」
おっとりとした印象を抱かせる目尻のやや下がった瞳が、すっと細められた。優しげだった雰囲気が一転、獲物を前にした獣のような圧が生じた、ように感じた。
「あーっと、その、それはですねー……」
俺と同じように何かを感じ取ったのか、エルナは焦ったように教科書を持ち上げ視線を動かし――
「え、エクリプス帝国です!」
「……はい、正解です」
ディーネ先生が微笑み、エルナはほっと息をついた。
「極北の国、エクリプス帝国は当時、優秀な魔法使いを何人も抱えていたから、魔物の被害は一番軽微だったと考えられているわ。だから魔物への対応に各国との協力を必要としなかったということもあってか、ノーザ魔導士協会への協力は得られなかったの。そんなエクリプス帝国は、各国が復興に力を入れる代わりに、未だ調査が進んでいない外海へと進出したのだけれど――」
そこまで話したところで、鐘の音が響いた。
「……少し補習の範囲を超えちゃったかしら。それじゃあ、これで歴史の補習は終わりよ。けれど最後に一つだけ。これは物語の中の話なんかじゃなくて、実際に起きたことなの。どうか他人事だとは思わず、自分なりに歴史について考えを巡らせてほしいわ」
そう言って、ディーネ先生は教室から出て行った。室内の空気が弛み、雑然とした話し声が部屋を満たす。特に話し相手がいない俺は、ディーネ先生の言葉に従って今日の授業で触れた内容について考えを巡らせ――
「やあやあ、さっきは助かったよ! ありがとう!」
――ようと思ったが、隣から声がかけられた。そちらを向くと、エルナが満面の笑みを浮かべている。
「ああ、気にするなよ。それより授業はちゃんと聞いていた方がいいぞ」
エルナが指名された時、答えられそうにないと感じた俺は、ノートに大きく質問の答えを書き、それをさりげなくエルナに見せていたのだった。
「いやぁ、一つ前の国語の授業もだけど、さっきの内容は何日か前の授業でやった範囲だったからね。退屈でつい」
「授業でやった? 授業に出られなかったから課題を提出して、その答えが良くなかったから補習を受けているんじゃないのか?」
尋ねると、エルナは小さく首を傾げた。
「え? あー、ユートくんは転入してきたんだもんね。そりゃ知らないか」
「俺のこと覚えててくれたんだな」
「そりゃああれだけ面白い魔法を使うんだもん。忘れるほうが難しいって」
面白い、か。まあそうとも捉えられるか。
「それに、アランたちからも話を聞いているしね」
「アランって、俺のクラスの代表の?」
「そうそう。あれ? アランたちから私のことを聞いてたわけじゃないんだ」
「ああ。特に聞いてはいないな」
「ふうん。まあ同じクラスってだけであんまり話したりはしないか」
エルナは納得するようにうんうんと頷く。
「それじゃあ改めて、私はエルナ。エルナ・マーゼ。エルナでいいよ。よろしくね」
「俺はユートだ。よろしくな。俺のこともユートでいいぞ、エルナ」
「分かったよ、ユート」
「それで、補習の話なんだが」
「あ、そうだったね。えっとね、依頼を受けて授業に出られなかった時、課題はせずに補習を受けるって選択もできるんだ。あんまり長く依頼を受けていると、課題しか選択肢がないってこともあるけれど」
「へえ、そうなのか」
つまりここにいるのは俺のように課題の出来が悪かった生徒だけじゃないってことか。
「そうそう。だからユートみたいに、課題をしたけどその答えが悪くて補習にまで出るって生徒はすごく珍しいよ」
「そ、そうなのか……」
つまりここにいる生徒はほぼ全員課題の代わりに補習を受けている生徒ってことか。安心感が一転、魔法の実力だけでなく勉学でも敵わないという劣等感に変わる。
っと、弱気になるな、俺。大事なのは実学だってじいさんも言ってたじゃないか! 勉強も大事だけれど、俺は強くなるためにここに来たんだ。本質は見失っちゃいけない。
「あれ? けどそれじゃあ結局、エルナが補習を受ける理由はないんじゃないか?」
「ふっふっふ、私が補習を受けている理由は、別にあるのさ」
腕を組み、重々しく話すエルナ。それを受けた俺の声も低くなる。
「別にある理由って、なんなんだ?」
「授業中寝てたんだ」
「おい」
勿体ぶっておいてそんな理由かよ。しかも今も寝てたし、反省してないじゃないか。
「ていうか、寝てたんなら授業の内容なんか覚えてないんじゃないか?」
「いや違うんだよ。こういう補習は期末テストの成績が悪くても受けなくちゃいけないんだけどさ、そんなことにならないよう張り切って予習をしたんだ。偉いでしょ?」
「予習っていうと、先に教科書の内容を読んでおくことだっけか。偉いかどうかは分からないけど、まあ悪いことじゃないな」
シルファは予習よりも復習をしろって言ってたけれど。
「でしょ? それでいざ授業を受けてみたら、予習でやってたことをそのままなぞるわけ」
「まあ、そうなるか」
「だからさ、私からしてみたらもう知っていることの繰り返しなわけだよ。だからその授業も今日の補習と同じで退屈でさ、つい、すやぁ、と」
「そういうことか……」
眠ってしまったことを表現しているのか、合わせた両手の右手の甲に頬を押し当てて目を閉じるエルナの言い分に、小さく頷いて見せる。予習してきたせいで新しい刺激が得られなくて、緊張感が薄くなったってところか。そう考えるとチンプンカンプンな教科以外は予習をしないほうがいいのかもしれない。シルファの助言にはそういう意味もあったのかもな。
「それでも、寝ている間に知らない範囲を触れるかもしれないだろ? 授業自体が復習にもなるし、退屈でも起きていた方がいいと思うぞ」
「おー、ユートは真面目だねぇ。いや私も分かってるよ? わざわざ先生方が授業してくれているのに寝ちゃうのはいけないって。でもやっぱりつまらないものはつまらなくて、どうしても睡魔に負けちゃうんだよね」
「だったら、前日にちゃんと寝ておけばいいんじゃないか?」
何の気もなしに放った俺の言葉に、エルナは驚いたような表情になる。
「え、あ、悪い。何か気に障るようなこと言ったか?」
「……あー、いや、あはは、大丈夫大丈夫。なるほどなるほど。アランが言ってたのはこういうことか」
最後の方は天井を向いて呟くように言うエルナ。アランから何を聞かされたんだろう? そう不思議に思っていると、エルナは俺に向き直る。
「うん、ユート、キミは何も間違ったことは言ってないよ。まさに正論その通り。ぐうの音も出ないとはこのことだよ」
「え、ああ、それなら――」
「ただ、正しいことが何か分かっていても、それができない人もいるんだ。面倒だったり他の用事にかまけていたりしてね」
この私のように、とエルナは胸を張ってそこに手をやった。それって自慢の意味がなかったか? と思いつつ黙って先を促す。
「でね、そういう人たちに今みたいに正論をぶつけられると、結構応えるわけだよ。分かっててできなかったっていう負い目を突かれちゃうとさ」
「負い目、か……」
それを聞いて思い出したのは、以前の依頼で竜に攫われたアイの救出に積極的じゃなかった竜人族のゴラさんだった。あの後援軍として来てくれたし、ゴラさんも本心では見捨てたくなんてなかったのは間違いない。そんなゴラさんや他の魔導士に対し、俺は自分の理想を押しつけた。
さっきの俺の言葉も、それと同じだったのかもな。
「ごめん、無神経なこと言っちゃったみたいだ」
「いやいや、ユートは間違ってないんだって! 謝る必要なんてないよ! ユートに謝られると、私の立場がなくなっちゃう!」
「そうなのか?」
「そうだよ! 極論言っちゃうとさ、痛いところ突かれて不機嫌になるとかただの逆ギレだし。あ、でもあまりいじられるのは嫌だし、少しは優しくしてほしかったりもするけど……」
とにかく、とエルナは一息置いて続けた。
「ユートが言ってることは正しい。けれどその伝え方には少し気を遣った方がいいよ」
まあ今のままでも全然いいと思うけど、とエルナは笑う。
「うん、分かった。教えてくれてありがとな」
「いや、お礼を言われるようなことじゃないよ。ユートに悪気はないんだし、気遣い過ぎて言いたいことも言えないよりかはよっぽどマシだと思うからさ」
「……難しいんだな」
「そうだね、こういうのは文化によるし。とりあえずは、正論をぶつけられるとブチ切れる人も居るんだってくらいの認識でいいと思う」
「ん、分かった」
ちゃんと覚えておこう。
「ところで、アランとは仲が良かったりするのか?」
「ありゃ、やっぱり私たちのこと知ってたわけじゃないんだ。まあ合同授業の時はチームを組んでなかったし、知らなくても仕方ないのかな」
エルナは苦笑いすると、椅子から立ち上がって手を差し出した。
「それじゃ改めて、チーム対抗戦本戦参加予定、チーム・アランのメンバー、エルナ・マーゼだよ。よろしくね、チーム・シルファのユート」
0
お気に入りに追加
215
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ドラゴン王の妃~異世界に王妃として召喚されてしまいました~
夢呼
ファンタジー
異世界へ「王妃」として召喚されてしまった一般OLのさくら。
自分の過去はすべて奪われ、この異世界で王妃として生きることを余儀なくされてしまったが、肝心な国王陛下はまさかの長期不在?!
「私の旦那様って一体どんな人なの??いつ会えるの??」
いつまで経っても帰ってくることのない陛下を待ちながらも、何もすることがなく、一人宮殿内をフラフラして過ごす日々。
ある日、敷地内にひっそりと住んでいるドラゴンと出会う・・・。
怖がりで泣き虫なくせに妙に気の強いヒロインの物語です。
この作品は他サイトにも掲載したものをアルファポリス用に修正を加えたものです。
ご都合主義のゆるい世界観です。そこは何卒×2、大目に見てやってくださいませ。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
転生して一歳児の俺が未来の大魔王として担ぎ上げられたんだけどこれなんて無理ゲー?
東赤月
ファンタジー
高校生の竜胆兼は、ある日自宅で眠りにつくと、いつの間にか生まれたばかりの赤ん坊になっていた。
転生した先の世界、カンナルイスには魔法が存在するということを知った兼は、ゲームの主人公のように魔法が使えることに憧れる。
しかし魔族として生まれ落ちた兼は、魔族社会の貴族が集まる社交パーティーで、なんと伝説の大魔王と契約を交わしてしまう。
一歳児にして大魔王になるという未来が決められてしまった兼は、ファンタジー世界を自由気ままに楽しく過ごすという目標のため、どうにかその地位から抜け出そうとするのだが……?
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる