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3. 秘密
今の望み
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「沢山の人に迷惑をかけたくせに、肝心の僕はこの様さ。毎日毎日自分を偽って、馴れ馴れしく親友と呼んだ相手を騙して、果てには仲間を攻撃して、……もうこれ以上、耐えられないんだよ……」
話し終えて、僕は涙を流しながら笑った。
ここに来たばかりの時は、まだ夢を見ていた。誰よりも強い魔法使いになって、一流の魔導士になるって気張っていた。
でも、ここにはもっとすごい魔法使いが居た。僕より早く魔術式を形成できる生徒も、僕より大きな魔術式を形成できる生徒も、数えきれないほどいた。
僕は、特別なんかじゃなかった。
現実を知って、期待は焦燥に変わった。こんな場所で一定以上の成績を収めるために、実家にいる時以上に魔法の練習に精を出した。一人だけだったら挫けてたかもしれないけれど、シルファと一緒にいることで続けることができた。
だけどある日、僕が隠してきた事実をシルファが知ることになった。
「約束を破ったわね」
聞いていて震え上がりそうな冷たい声から、シルファの怒りが始まった。丁度その日が、チーム対抗戦の予選が散々な結果で終わったばかりだったっていうのも関係していたかもしれない。
やがて、シルファは走り去っていった。チーム解散の瞬間だった。
そして一週間後のクラス対抗戦で仲間を攻撃した時、目の前が真っ暗になった。裏切り者。暗闇の中で、そんな声が木霊した。
僕は、僕を信じてここに送ってくれたお父様の信頼さえも、裏切ってしまったんだ。
罪を犯して、焦燥は後悔に変わった。
僕がここに来なければ、クラスメイト達が仲間に裏切られることはなかった。
僕が分不相応な夢を語らなければ、ただでさえ忙しいお父様の仕事を増やすことはなかった。
僕が学校に行きだしたいと言わなければ、ストレイトさんが追い出されることもなかった。
……僕が生まれさえしなければ、お母様が亡くなることもなかった。
その日から何度も何度も、自責の念が浮かび上がってきた。
眠れない夜があった日だって、指の数じゃ足りないほどだ。
それでもずっと耐えてきた。ここまでお膳立てしてもらったのに、逃げ出すことなんてできやしないから。僕が両親に、ストレイトさんに報いるためには、立派な魔導士になる他なかったから。
けれど、もう、限界だ。
これ以上、誰かの重荷になりたくない。
僕は大人しく、求められた姿を演じれば良かったんだ。
そういう意味では、退学の件は渡りに船だった。最初からその条件を受け入れれば良かったのに、変に抵抗するから、今もこうしてユート君たちに迷惑をかけている。自分はどこまで疫病神なんだろう。
「……今の話、学院内で知ってるのは?」
「一部の先生方と、シルファ。シルファは特例として許してもらったよ。けれど二度はないってさ。はは。だからこれで終わり」
嘘だった。だけどそれを聞いたユート君にとっては真実だ。自分で自分を追い詰めて、逃げ道をつぶす。
「分かったでしょ? 僕はもうこの学院に留まる気はない。こうして君に秘密を打ち明けたのが何よりの証さ。だからもう、僕のことは放っておいて」
そして笑って、ユート君を突き放した。
「俺が黙ってればいいんじゃないか?」
なのに、ユート君はちっとも離れてくれなかった。
「だ、だとしても、僕がそのことを伝えれば終わりさ! そもそも、本戦に出られない時点で退学なんだし……」
「まだ予選は終わってないだろ」
「ていうか、話聞いてたの!? 僕は今まで皆を、ユート君を騙したんだよ!? 親友って言っておきながら、裏ではずっと――」
「その事情は今聞いたしな。別に怒ってないぞ」
「なんでだよ……」
怒れよ。
罵れよ。
恵まれた環境に甘えて、本気で頑張っている君たちを邪魔した僕を、許さないでくれよ……!
「なんでって、俺はシイキのこと、好きだからな」
「ふぁっ!?」
突然の告白に混乱する。え、ユート君が、僕を? 好き? ダメだよ。ユート君にはシルファがいるのに……。
「会ってからそこまで経ってないけど、シイキのことは信頼できるって思ってるし」
真っすぐとこちらを見るユート君を見てようやく悟る。今の「好き」は、恋してるとかそういうものじゃなくて、友情とかそっちの方面みたいだ。
感情の整理がつかないうちに、ユート君が言葉を続けた。
「それにほら、村に向かう途中の旅館で、夜話しただろ? たとえ秘密を打ち明けられても、俺を信じての行動だって分かるから、それで嫌いになったりはしないってさ」
「……僕は別に、何かを信じてってわけじゃ……」
「そうか? まあ何にしろ、この程度でシイキを嫌いになったりしないさ」
「……ユート君は、本当に優しいね」
本当は、心のどこかでそんな予感はあった。ユート君なら、僕の秘密を打ち明けても、笑って許してくれるって。
けど、それで許されちゃダメなんだ。これ以上ユート君の優しさにつけこむようなこと、しちゃいけないんだ。
「でもね、さっきも言ったけど、僕自身が僕を許せないんだ。ユート君が良くても、僕が納得できない。こんな奴がのうのうと皆と同じ場所にいちゃいけないんだ」
「どうして?」
「だから! 僕の存在は皆に迷惑で――!」
「言いたいこと三つ目」
僕の言葉を遮るように、ユート君が指を三本立てる。
「何事も決めつけるのは良くないと思うぞ」
「決めつけるって……」
「これは一つ目にも繋がるんだけどな。俺は別にシイキのこと迷惑になんか思ってないって言っただろ? なのにシイキは俺が迷惑だと思ってるって決めつけた。そういうのは良くない」
思い込みで行動して何度裏をかかれたか、とユート君はしみじみと続ける。
「……でも、普通仲間を攻撃したら、迷惑だって思うでしょ?」
「普通ってのがよく分からないけど、俺の場合は状況によるかな。故意に攻撃してきたんだとしたら許せないけど、今回は仕方ないことだと思ってるし、気にするなとも言っただろ? シルファやフルルだって、別にシイキを責めてたわけじゃないし」
「……けど、心の中では、違うかも……」
「なら訊いてみたらいいんじゃないか? 迷惑に思っているのかって」
「そ、そんなこと! 面と向かって、訊けるわけないじゃないか!」
「だったらもう、割り切るしかないな。シイキがいくら悩んだところで相手の気持ちなんか分からないし、ましてや相手の気持ちを変えることなんてできないんだから」
「でも、でも……」
そんなのまるで、反省してないみたいじゃないか……。
「言いたいこと四つ目」
上手く答えを返せない僕に構わず、ユート君は小指を伸ばす。
「あまり周りを気にしすぎるなよ。迷惑なんかかけて当たり前なんだから。これも、夜に話した時に似たようなことを言ったっけかな」
「………………」
他人に嫌われるのなんか当たり前。そんなユート君の言葉を思い出した。
「例えばご飯を食べるのだって、他の生き物に迷惑をかけてするもんだろ? 感謝は大切だけど、一々それを負い目に感じてたんじゃキリがない。大事なのは、色んなものに支えられてここにいる自分が、何をしたいかだ」
「何を、したいか……? すべきか、じゃなくて?」
「ああ。すべきなんてのは、何かに強制されてるようなもんだろ。時には必要になるけど、根幹はそれじゃいけない。恵まれた環境にいる自分が望みを叶えること、それが人生で一番大事なことだ」
って、今のはじいさんからの受け売りなんだけどな。そう言ったユート君は、そのじいさんって人を懐かしんでいるのか、目を閉じて笑みを浮かべた。
「ただ、俺の意見も概ね同じだ。周りのことなんか気にしないで、シイキはシイキのしたいことをすればいいと思う」
「……僕の、したいこと……」
それは強くて、でも自由な魔導士になって、周りの皆を笑顔にすること。だけど、僕は……。
「俺のしたいことは、今はシイキと一緒に本戦に行くことだ」
「なっ……!」
「ああ、勿論シルファやフルルも一緒にな。俺たち四人なら、上級生相手ともいい試合ができたし、どこまで行けるか試してみたい。それに確か、本戦でいい結果を残せば、全国大会ってところにも行けるんだろ? そこでもっと沢山の魔法使いと会って、色々な魔法を知ることができれば、すごくいい刺激になりそうだからな」
目を輝かせながら言うユート君は、さながら、夢を見ていたかつての僕のようだった。
「……ユート君はさ、苦しくないの?」
「ん? 何がだ?」
「最強の魔法使いになる、なんて言ってたよね」
「ああ。その目標は今でも変わってない」
「確かにユート君はすごいよ。あの早さで正確な楕円形魔術式を作れる人なんて、ユート君くらいのものだと思う。けどさ、魔術式の大きさじゃあ、ユート君はここにいる他の誰よりも劣っている。そうでしょ?」
「………………」
とても嫌な言葉をぶつけている自覚はあった。それでも、言わずにいられなかった。
「この後ユート君の魔術式が多少大きくなったところで、もっと大きな魔術式を作れる人は絶対に現れる。ううん、それだけじゃない。もしかしたら、ユート君以上に早く、正確に魔術式を形成できる人もいるかもしれない。そんな人たちがいるかもしれない場所で努力を続けるなんて、苦しくない?」
ずっと、不思議だった。
魔法を使うにあたって、とても重要になる魔術式の大きさ。それが明らかに周りより劣っているユート君は、どうしてそんなに前向きでいられるのか。僕の憧れたサクラ様みたいに、周りに笑顔を見せることができるのか。
その理由を聞かずには、いられなかった。
「まあ、全く苦しくないって言ったら嘘になるな。未だに魔力放出量は少ないままだし、もしかしたらずっと大したことないままかもしれない」
「じゃあ、どうして?」
僕の問いに、ユート君は軽く笑って答えた。
「ずっと大したことないままかもしれないけど、そうじゃないかもしれないからな」
「……は?」
「だってそうだろ? 一生このままかもしれないけどさ、逆の可能性も考えられるじゃないか。もしかしたら、明日突然魔力放出量が増えるかもしれない。だから俺は続けられる」
「そ、そんなの変だよ! 今までずっと少ないままだったんでしょ? だったらいきなり増えるなんて、そんなことあるわけがないじゃないか!」
「そうか? これでも少しずつは増えてきてるから、絶対にありえないってことはないと思うぞ」
「………………」
そりゃ、皆無ってことはないかもだけど、全然現実的じゃない。妄想みたいなものじゃないか。ユート君は今まで、そんなのに縋っていたの?
「それに俺の目指す最強の魔法使いは、別に魔術式の大きさが誰よりも大きくないとなれないわけじゃないからな」
「え? そう、なの?」
元々漠然としていたけど、ユート君の目指しているものが益々分からなくなった。最強の魔法使いだなんていうくらいだから、誰よりも大きな魔術式で誰よりもすごい魔法を発現させる魔法使いとか、そんな目標を持っているものだと思っていたのに。
だけどユート君にははっきりと分かっているようで、頷きに躊躇いは見られなかった。
「ああ。大きいほうが色々とできるから、なりやすくはなるんだけどな。でもそれは手段の一つで、絶対に必要な条件じゃない」
手段の一つ。その言葉に、心が揺れた。
「……ユート君がなりたい最強の魔法使いって、何なの?」
「それは――」
ユート君はそこで言葉を止めると、少しの間目を閉じた。そして目を開くのと同時に、答えを告げる。
「絶対に敗けない魔法使いだ」
「絶対に、敗けない……?」
絶対に勝つ、じゃなくて?
「魔法使いってさ、誰かの希望になるような、そんな存在だと思うんだ。その人がいてくれれば、どんなに強い魔物が現れても大丈夫だって」
「………………」
それを聞いて、竜を倒して見せたお父様の姿を思い出す。
「じゃあどうすればそうなれるか、俺なりに考えてみた。それで思ったんだ。勝てなくてもいい。けれど絶対に敗けない魔法使いになればいいんだって。敗けさえしなければ、ずっと誰かを守り続けることができる。そうすれば、勝てない相手でも諦めて退いてくれるかもしれないし、その誰かも絶望しないで済むはずだ」
「……そう、だったんだ」
だからユート君は、あれだけ防御魔法が上手いんだ。自分の望む理想の姿に近づくために、気の遠くなるような努力ができたんだ。
そして、昔の僕も、きっと……。
「さて、次はシイキの番だな」
「え?」
「シイキのしたいこと、なりたいもの、教えてくれないか?」
「ど、どうして、こんな時に……」
「こんな時だからこそだろ。何度も言うけど、俺はシイキのことを迷惑に思ってなんかいない。シルファやフルルだってそうだ。そういう周りのことは無視して、改めてシイキの望むことを考えてみてくれ」
「そんな……」
あれだけ失敗して、現実を思い知った僕なんかが、今更望みだなんて……。
「もしこのままここに居続けることが今のシイキの望みなら、それでも構わない。前の目標を諦めることも、別に悪いことだとは思わないしな。けれどもしそれが自分を騙して出した結論だったら、たとえどんな答えを出したとしても、絶対に後悔すると思う。だから、シイキの正直な気持ちを聞かせてくれ。俺はそれを尊重する」
「ぼ、僕は……」
真正面から僕を見据えたユート君の迫力に答えあぐねていると、遠くから鐘の音が聞こえた。もうすぐ昼休みが終わる。予選が、再開する。
けれどユート君は、全く動じることなく、僕のことを見続けていた。
「……行かなくて、いいの?」
「ああ。まだシイキの気持ちを聞いてないからな」
「で、でも、もうすぐ試合が」
「試合なんかより、シイキの方が大事だ」
「っ……」
ずるいよ、ユート君。僕はもう、誰にも迷惑をかけたくないって言ったのに。そんなこと言われたら、答えないわけにはいかないじゃないか。
僕は考えて、考えて、考えて、やがて絞り出すように答えた。
「……ごめん。今は、一人に、なりたい」
「………………」
「本当に、ごめん。でも、絶対に答えを出すから、だから……」
「分かった」
ユート君は立ち上がると、僕に背を向けた。
「待ってるからな」
「……うん」
僕の言葉を聞き終えてから、ユート君は走り出した。小さな足音はすぐに聞こえなくなって、ユート君の姿も見えなくなる。
僕は望み通り、一人きりになった。
「……僕は」
僕は、どうなりたい?
僕は、強くて自由な魔導士になりたい。
僕は、どうなりたい?
僕は、一人で竜も倒せるような実力を持つ、けれど厳格な規則に縛られない自由な魔法使いになりたい。
僕は、どうなりたい?
僕は、自分の大規模魔法でチームの仲間を救えるような、グリマール魔法学院の生徒として恥ずかしくない存在になりたい。
僕は、どうなりたい?
僕は――
「……逃げない人に、なりたい」
怖がってもいい。避けてもいい。でも決して目を逸らさず、背を見せない。
どんなに恐ろしい魔物からも、目を覆いたくなるような失敗からも、叶わないかもしれない自分の夢からも。
そんな人に、僕はなりたい。
「………………」
僕は目を閉じると、ずっと逃げ続けてきた過去と向かい合った。
◇ ◇ ◇
「明日突然、魔力放出量が増えるかも、か」
今まで放出量を増やすために努力してきた過去を思い出して、俺は自嘲する。
「そんなこと、あるわけないのにな」
話し終えて、僕は涙を流しながら笑った。
ここに来たばかりの時は、まだ夢を見ていた。誰よりも強い魔法使いになって、一流の魔導士になるって気張っていた。
でも、ここにはもっとすごい魔法使いが居た。僕より早く魔術式を形成できる生徒も、僕より大きな魔術式を形成できる生徒も、数えきれないほどいた。
僕は、特別なんかじゃなかった。
現実を知って、期待は焦燥に変わった。こんな場所で一定以上の成績を収めるために、実家にいる時以上に魔法の練習に精を出した。一人だけだったら挫けてたかもしれないけれど、シルファと一緒にいることで続けることができた。
だけどある日、僕が隠してきた事実をシルファが知ることになった。
「約束を破ったわね」
聞いていて震え上がりそうな冷たい声から、シルファの怒りが始まった。丁度その日が、チーム対抗戦の予選が散々な結果で終わったばかりだったっていうのも関係していたかもしれない。
やがて、シルファは走り去っていった。チーム解散の瞬間だった。
そして一週間後のクラス対抗戦で仲間を攻撃した時、目の前が真っ暗になった。裏切り者。暗闇の中で、そんな声が木霊した。
僕は、僕を信じてここに送ってくれたお父様の信頼さえも、裏切ってしまったんだ。
罪を犯して、焦燥は後悔に変わった。
僕がここに来なければ、クラスメイト達が仲間に裏切られることはなかった。
僕が分不相応な夢を語らなければ、ただでさえ忙しいお父様の仕事を増やすことはなかった。
僕が学校に行きだしたいと言わなければ、ストレイトさんが追い出されることもなかった。
……僕が生まれさえしなければ、お母様が亡くなることもなかった。
その日から何度も何度も、自責の念が浮かび上がってきた。
眠れない夜があった日だって、指の数じゃ足りないほどだ。
それでもずっと耐えてきた。ここまでお膳立てしてもらったのに、逃げ出すことなんてできやしないから。僕が両親に、ストレイトさんに報いるためには、立派な魔導士になる他なかったから。
けれど、もう、限界だ。
これ以上、誰かの重荷になりたくない。
僕は大人しく、求められた姿を演じれば良かったんだ。
そういう意味では、退学の件は渡りに船だった。最初からその条件を受け入れれば良かったのに、変に抵抗するから、今もこうしてユート君たちに迷惑をかけている。自分はどこまで疫病神なんだろう。
「……今の話、学院内で知ってるのは?」
「一部の先生方と、シルファ。シルファは特例として許してもらったよ。けれど二度はないってさ。はは。だからこれで終わり」
嘘だった。だけどそれを聞いたユート君にとっては真実だ。自分で自分を追い詰めて、逃げ道をつぶす。
「分かったでしょ? 僕はもうこの学院に留まる気はない。こうして君に秘密を打ち明けたのが何よりの証さ。だからもう、僕のことは放っておいて」
そして笑って、ユート君を突き放した。
「俺が黙ってればいいんじゃないか?」
なのに、ユート君はちっとも離れてくれなかった。
「だ、だとしても、僕がそのことを伝えれば終わりさ! そもそも、本戦に出られない時点で退学なんだし……」
「まだ予選は終わってないだろ」
「ていうか、話聞いてたの!? 僕は今まで皆を、ユート君を騙したんだよ!? 親友って言っておきながら、裏ではずっと――」
「その事情は今聞いたしな。別に怒ってないぞ」
「なんでだよ……」
怒れよ。
罵れよ。
恵まれた環境に甘えて、本気で頑張っている君たちを邪魔した僕を、許さないでくれよ……!
「なんでって、俺はシイキのこと、好きだからな」
「ふぁっ!?」
突然の告白に混乱する。え、ユート君が、僕を? 好き? ダメだよ。ユート君にはシルファがいるのに……。
「会ってからそこまで経ってないけど、シイキのことは信頼できるって思ってるし」
真っすぐとこちらを見るユート君を見てようやく悟る。今の「好き」は、恋してるとかそういうものじゃなくて、友情とかそっちの方面みたいだ。
感情の整理がつかないうちに、ユート君が言葉を続けた。
「それにほら、村に向かう途中の旅館で、夜話しただろ? たとえ秘密を打ち明けられても、俺を信じての行動だって分かるから、それで嫌いになったりはしないってさ」
「……僕は別に、何かを信じてってわけじゃ……」
「そうか? まあ何にしろ、この程度でシイキを嫌いになったりしないさ」
「……ユート君は、本当に優しいね」
本当は、心のどこかでそんな予感はあった。ユート君なら、僕の秘密を打ち明けても、笑って許してくれるって。
けど、それで許されちゃダメなんだ。これ以上ユート君の優しさにつけこむようなこと、しちゃいけないんだ。
「でもね、さっきも言ったけど、僕自身が僕を許せないんだ。ユート君が良くても、僕が納得できない。こんな奴がのうのうと皆と同じ場所にいちゃいけないんだ」
「どうして?」
「だから! 僕の存在は皆に迷惑で――!」
「言いたいこと三つ目」
僕の言葉を遮るように、ユート君が指を三本立てる。
「何事も決めつけるのは良くないと思うぞ」
「決めつけるって……」
「これは一つ目にも繋がるんだけどな。俺は別にシイキのこと迷惑になんか思ってないって言っただろ? なのにシイキは俺が迷惑だと思ってるって決めつけた。そういうのは良くない」
思い込みで行動して何度裏をかかれたか、とユート君はしみじみと続ける。
「……でも、普通仲間を攻撃したら、迷惑だって思うでしょ?」
「普通ってのがよく分からないけど、俺の場合は状況によるかな。故意に攻撃してきたんだとしたら許せないけど、今回は仕方ないことだと思ってるし、気にするなとも言っただろ? シルファやフルルだって、別にシイキを責めてたわけじゃないし」
「……けど、心の中では、違うかも……」
「なら訊いてみたらいいんじゃないか? 迷惑に思っているのかって」
「そ、そんなこと! 面と向かって、訊けるわけないじゃないか!」
「だったらもう、割り切るしかないな。シイキがいくら悩んだところで相手の気持ちなんか分からないし、ましてや相手の気持ちを変えることなんてできないんだから」
「でも、でも……」
そんなのまるで、反省してないみたいじゃないか……。
「言いたいこと四つ目」
上手く答えを返せない僕に構わず、ユート君は小指を伸ばす。
「あまり周りを気にしすぎるなよ。迷惑なんかかけて当たり前なんだから。これも、夜に話した時に似たようなことを言ったっけかな」
「………………」
他人に嫌われるのなんか当たり前。そんなユート君の言葉を思い出した。
「例えばご飯を食べるのだって、他の生き物に迷惑をかけてするもんだろ? 感謝は大切だけど、一々それを負い目に感じてたんじゃキリがない。大事なのは、色んなものに支えられてここにいる自分が、何をしたいかだ」
「何を、したいか……? すべきか、じゃなくて?」
「ああ。すべきなんてのは、何かに強制されてるようなもんだろ。時には必要になるけど、根幹はそれじゃいけない。恵まれた環境にいる自分が望みを叶えること、それが人生で一番大事なことだ」
って、今のはじいさんからの受け売りなんだけどな。そう言ったユート君は、そのじいさんって人を懐かしんでいるのか、目を閉じて笑みを浮かべた。
「ただ、俺の意見も概ね同じだ。周りのことなんか気にしないで、シイキはシイキのしたいことをすればいいと思う」
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「ああ、勿論シルファやフルルも一緒にな。俺たち四人なら、上級生相手ともいい試合ができたし、どこまで行けるか試してみたい。それに確か、本戦でいい結果を残せば、全国大会ってところにも行けるんだろ? そこでもっと沢山の魔法使いと会って、色々な魔法を知ることができれば、すごくいい刺激になりそうだからな」
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「……ユート君はさ、苦しくないの?」
「ん? 何がだ?」
「最強の魔法使いになる、なんて言ってたよね」
「ああ。その目標は今でも変わってない」
「確かにユート君はすごいよ。あの早さで正確な楕円形魔術式を作れる人なんて、ユート君くらいのものだと思う。けどさ、魔術式の大きさじゃあ、ユート君はここにいる他の誰よりも劣っている。そうでしょ?」
「………………」
とても嫌な言葉をぶつけている自覚はあった。それでも、言わずにいられなかった。
「この後ユート君の魔術式が多少大きくなったところで、もっと大きな魔術式を作れる人は絶対に現れる。ううん、それだけじゃない。もしかしたら、ユート君以上に早く、正確に魔術式を形成できる人もいるかもしれない。そんな人たちがいるかもしれない場所で努力を続けるなんて、苦しくない?」
ずっと、不思議だった。
魔法を使うにあたって、とても重要になる魔術式の大きさ。それが明らかに周りより劣っているユート君は、どうしてそんなに前向きでいられるのか。僕の憧れたサクラ様みたいに、周りに笑顔を見せることができるのか。
その理由を聞かずには、いられなかった。
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「じゃあ、どうして?」
僕の問いに、ユート君は軽く笑って答えた。
「ずっと大したことないままかもしれないけど、そうじゃないかもしれないからな」
「……は?」
「だってそうだろ? 一生このままかもしれないけどさ、逆の可能性も考えられるじゃないか。もしかしたら、明日突然魔力放出量が増えるかもしれない。だから俺は続けられる」
「そ、そんなの変だよ! 今までずっと少ないままだったんでしょ? だったらいきなり増えるなんて、そんなことあるわけがないじゃないか!」
「そうか? これでも少しずつは増えてきてるから、絶対にありえないってことはないと思うぞ」
「………………」
そりゃ、皆無ってことはないかもだけど、全然現実的じゃない。妄想みたいなものじゃないか。ユート君は今まで、そんなのに縋っていたの?
「それに俺の目指す最強の魔法使いは、別に魔術式の大きさが誰よりも大きくないとなれないわけじゃないからな」
「え? そう、なの?」
元々漠然としていたけど、ユート君の目指しているものが益々分からなくなった。最強の魔法使いだなんていうくらいだから、誰よりも大きな魔術式で誰よりもすごい魔法を発現させる魔法使いとか、そんな目標を持っているものだと思っていたのに。
だけどユート君にははっきりと分かっているようで、頷きに躊躇いは見られなかった。
「ああ。大きいほうが色々とできるから、なりやすくはなるんだけどな。でもそれは手段の一つで、絶対に必要な条件じゃない」
手段の一つ。その言葉に、心が揺れた。
「……ユート君がなりたい最強の魔法使いって、何なの?」
「それは――」
ユート君はそこで言葉を止めると、少しの間目を閉じた。そして目を開くのと同時に、答えを告げる。
「絶対に敗けない魔法使いだ」
「絶対に、敗けない……?」
絶対に勝つ、じゃなくて?
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「………………」
それを聞いて、竜を倒して見せたお父様の姿を思い出す。
「じゃあどうすればそうなれるか、俺なりに考えてみた。それで思ったんだ。勝てなくてもいい。けれど絶対に敗けない魔法使いになればいいんだって。敗けさえしなければ、ずっと誰かを守り続けることができる。そうすれば、勝てない相手でも諦めて退いてくれるかもしれないし、その誰かも絶望しないで済むはずだ」
「……そう、だったんだ」
だからユート君は、あれだけ防御魔法が上手いんだ。自分の望む理想の姿に近づくために、気の遠くなるような努力ができたんだ。
そして、昔の僕も、きっと……。
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「ど、どうして、こんな時に……」
「こんな時だからこそだろ。何度も言うけど、俺はシイキのことを迷惑に思ってなんかいない。シルファやフルルだってそうだ。そういう周りのことは無視して、改めてシイキの望むことを考えてみてくれ」
「そんな……」
あれだけ失敗して、現実を思い知った僕なんかが、今更望みだなんて……。
「もしこのままここに居続けることが今のシイキの望みなら、それでも構わない。前の目標を諦めることも、別に悪いことだとは思わないしな。けれどもしそれが自分を騙して出した結論だったら、たとえどんな答えを出したとしても、絶対に後悔すると思う。だから、シイキの正直な気持ちを聞かせてくれ。俺はそれを尊重する」
「ぼ、僕は……」
真正面から僕を見据えたユート君の迫力に答えあぐねていると、遠くから鐘の音が聞こえた。もうすぐ昼休みが終わる。予選が、再開する。
けれどユート君は、全く動じることなく、僕のことを見続けていた。
「……行かなくて、いいの?」
「ああ。まだシイキの気持ちを聞いてないからな」
「で、でも、もうすぐ試合が」
「試合なんかより、シイキの方が大事だ」
「っ……」
ずるいよ、ユート君。僕はもう、誰にも迷惑をかけたくないって言ったのに。そんなこと言われたら、答えないわけにはいかないじゃないか。
僕は考えて、考えて、考えて、やがて絞り出すように答えた。
「……ごめん。今は、一人に、なりたい」
「………………」
「本当に、ごめん。でも、絶対に答えを出すから、だから……」
「分かった」
ユート君は立ち上がると、僕に背を向けた。
「待ってるからな」
「……うん」
僕の言葉を聞き終えてから、ユート君は走り出した。小さな足音はすぐに聞こえなくなって、ユート君の姿も見えなくなる。
僕は望み通り、一人きりになった。
「……僕は」
僕は、どうなりたい?
僕は、強くて自由な魔導士になりたい。
僕は、どうなりたい?
僕は、一人で竜も倒せるような実力を持つ、けれど厳格な規則に縛られない自由な魔法使いになりたい。
僕は、どうなりたい?
僕は、自分の大規模魔法でチームの仲間を救えるような、グリマール魔法学院の生徒として恥ずかしくない存在になりたい。
僕は、どうなりたい?
僕は――
「……逃げない人に、なりたい」
怖がってもいい。避けてもいい。でも決して目を逸らさず、背を見せない。
どんなに恐ろしい魔物からも、目を覆いたくなるような失敗からも、叶わないかもしれない自分の夢からも。
そんな人に、僕はなりたい。
「………………」
僕は目を閉じると、ずっと逃げ続けてきた過去と向かい合った。
◇ ◇ ◇
「明日突然、魔力放出量が増えるかも、か」
今まで放出量を増やすために努力してきた過去を思い出して、俺は自嘲する。
「そんなこと、あるわけないのにな」
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