物理重視の魔法使い

東赤月

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3. 秘密

チームの本領

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「次、チーム・セシル、チーム・シルファ、前へ」

 ようやく出番が来た。俺は軽く息をつくと、リュード先生の元へと歩き出す。
 対戦相手は全員女性の先輩だった。午前中に聞こえた会話から察するに、シルファと向かい合っている薄い緑の髪の人がセシル先輩だろう。魔術式はそこまで大きくないけれど、形成の早さと攻撃の正確さが他の三人よりも優れていた。

「これより、チーム・セシルとチーム・シルファの対抗戦を始める。互いに、礼!」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」

 俺たちと同じように、相手も頭を下げて挨拶してくれる。嬉しさを覚えながら、開始位置へと向かった。

「両チーム、準備はいいな?」
「はい」
「はい!」
「それでは、試合、開始!」
 パアン!

 俺が手を打って相手チームへと駆け出すのと同時に、扇形に展開した相手チームの先輩方も、走ってこちらに近づいてくる。今まで見せてこなかった動きだ。

「今よ!」
「はい!」

 あと十歩ほどの距離で同時に止まった先輩たちが、魔術式の形成を始める。やっぱり早いな。一時的に二重強化魔法を使っても間に合いそうにない。このままじゃ弾幕の中に飛び込むことになる。

「チーム・セシルは、形成の早さが武器のチームよ」

 試合前のシルファの言葉だ。

「形成の早さは対応の早さにもつながるわ。今までの試合も、攻守の分担は守りつつも、相手によって戦略を変えてきている。恐らく私たち相手でも戦い方を変えてくるはずよ。そしてそれは、戦闘の最中にも言えるわ。小細工はあまり通用しないでしょうね」
「じゃあ、どうするの?」
「結論から言うと、方針は今までと同じよ。シイキの大規模魔法が完成するまで時間を稼ぐ。相手は今までこれといった大規模魔法をつかってこなかったし、こちらが魔術式を完成させてしまえば押し切れるはずよ。フルル、一緒に防御、頑張るわよ」
「が、頑張ります!」
「シイキは大規模魔法の準備。できるわよね?」
「……多分、いや、絶対大丈夫。けど、本当にそれでいいの?」
「ええ。相手は柔軟な戦い方ができるけど、決定力は持ってないわ。私たちは惑わされず、強みを押しつけるのが一番よ」

 そう言ってシルファは、俺の肩を叩いた。

「そういうわけだから、頼んだわよ、ユート」
「ああ」
「ちょっと待ってよ。ユート君にも同じように、攪乱してもらうの?」
「いいえ、違うわ。攪乱は今まで見せてきたし、すぐに対応されてしまうはず。だから彼にも、防御に回ってもらう」
「防御って……。いや、勿論人数が増えればそのほうが強固になるけど……」
「……ああ。そう言えばあなた、ユートの編入試験、最後まで見てなかったのよね」
「あ、言われてみればあの時から、あそこまでの攻撃を受けたことなかったですよね?」
「え? え? どういうこと?」
「そうか、シイキにはまだ見せてなかったんだな」

 その場で足を止め、楕円形魔術式を形成すると、体を低くする。そして心の中で、さっきの言葉の続きを呟いた。
 ――防御は俺の、一番の得意分野だ。


 ◇ ◇ ◇


「………………」

 シルファとフルルが発現させた、半透明の防御魔法に相手の光弾が当たる。けれどその数は予想よりもずっと少なくて、いくらでも防ぎ続けていられそうだ。
 上級生四人による一斉攻撃。比較的小さな魔術式から放たれたものとは言え、本来この程度であるはずがない。
 そうなった原因は、動かせない視線の先にあった。

「……どうして、無事なの?」

 そこには、こっちとは比べ物にならないほどの数の光弾を向けられて尚、薄膜を纏ったままでいるユート君がいた。その体は常に動いていて、けれど立っている位置はほとんど変わってなかった。
 ユート君は防御魔法が得意なんだってことくらい、僕だって知っているつもりだった。楕円形魔術式から発現させた小さな防御魔法で攻撃を防ぐなんて、普通出来ることじゃないから。
 だけどこの光景を前に、認識の甘さを知った。
 光弾が当たる。その直前に、本当に直前になって、ユート君は防御魔法を発現させてそれを防ぐ。
 それを一体、あの早さで何度繰り返しているんだろう。それを可能にするために、どれだけの技術と集中力が必要だろう。
 僕はユート君の目標を聞いて尚、心のどこかで彼の防御魔法を、機動力を上げたり、避けきれないときの保険に使ったり、強みである高速移動を補佐するものだと思っていた。でも、違ったんだ。
 ユート君はあれだけの防御ができるからこそ、ああして相手に近づけるんだ。

「シイキ、魔術式の形成に集中しなさい!」
「わ、分かってるよ!」

 シルファに言われ、意識を魔術式の形成に戻す。
 そうだ、ああしてユート君が頑張ってくれているんだ。早く形成しないと……。
 でも、もしまた失敗したら?

「っ!」

 頬の内側を強く噛む。余計なことは考えるな。今はただ、無心で魔術式を形成するんだ。そのために皆が頑張ってくれているんだから!

 ボン! ボボン!

 シルファたちの防御魔法に当たる光弾の数が増える。視界の奥で、ユート君が立ち位置を変えながら防御を続けているのが見えた。攻撃がより激しくなって、その場に留まり続けることが難しくなったんだろう。それによりユート君を狙った光弾のいくつかがこっちに飛んできているんだ。

「まだ、もう少し……」

 魔力が円の形を成した。あとは細部を詰めて魔力を込めるだけだ。

「ユートが相打ちしたわ!」
「……!」

 シルファの声が聞こえた直後、前にある防御魔法に光弾が炸裂する音が一気に激しくなる。
 間に合わなかった。いや、違う。まだ間に合う。絶対に間に合わせるんだ!

「あ……?」

 それは不思議な感覚だった。突然目の焦点が近くに定まり、背景が遠ざかった。光弾の炸裂音もどこか間延びして聞こえる。世界から離されたような錯覚に戸惑う中で、美しい魔術式を見た。
 それは大きく、細やかで、だけど小さな綻びも、魔力の偏りもない。とても綺麗な魔術式だった。

「斬り刻め……」

 自然と言葉が口を出た。その意思を乗せた魔力を魔術式に注ぎ込んでいく。

「『ブレイド・ルーツ』!」
 ボッ!

 いつの間にか目の前に迫っていた光弾をかき消しながら、黒い刃の束が真っ直ぐに伸びる。シルファとフルルの間を抜け、大部分が削れた防御魔法を内側から突き破ると、そこから枝分かれを始めた。地を這うように進む黒い刃の群れは、飛来する光弾をものともせずに相手との距離を詰めていく。

 ドドドドドドドドド!

 やがて刃は、全て地面へと突き刺さった。通り抜けざまに先輩方の薄膜を消して。先輩方は未だに、黒い刃に囲まれていた。

「そこまで! チーム・シルファの勝利!」

 試合終了の知らせとともに、黒刃が空気に溶けるように消えていく。その時になってようやく、この魔法を発現させ動かしたのは自分なんだという実感が湧いた。

「し、シイキさん、すごいです!」
「……ええ、すごいわね。やればできるじゃない」
「あ、あはは。いやその、上手くいきすぎて、自分でも驚いてる」

 試合後の挨拶に向かいながら、曖昧な笑みを浮かべる。
 実際、どうやったのかよく覚えていない。何か変な感じがしたと思ったら、後は無意識というか、息するように魔法を発現させて、手足のように自由に操作できた。あの感覚は何だったんだろう?

「両チーム、礼」
「ありがとうございました!」
「ありがとう、ございました……」
「次、チーム・トマス、チーム・ザック、前へ」

 何はともあれ、勝ったことには変わりない。残りはあと一試合。この調子でいけば、きっと――

「うっ、く……!」

 反射的に振り返った僕の目に、泣きじゃくるセシル先輩と、それを慰めるチームメイトの姿が映った。

「……ごめん、皆……。私、リーダーなのに、一番に負けちゃって……」
「あれは仕方ないって。ていうか、セシルじゃなきゃ相打ちにすらもってけなかったっしょ」
「そうそう。うちら四人がかりで倒せなかった相手だよ? 気にしない気にしない」
「でも、最初からもっと時間をかけて魔術式を作るようにしてたら、あんなことには……」
「あの作戦は、私たち皆が納得してた。そういうの、言いっこなし」
「……うん、ごめん……。ありがとう……。ごめんね……」
「まったくもう……。謝るの禁止! あと一試合、残ってるんだからさ」
「まだ三敗だよ。このグループ結構混戦だし、うちらが本戦に行ける確率も残ってるって」
「ほら、行こう」

 チームメイトの肩につかまったセシル先輩が、ゆっくりと歩き去っていく。僕は暫く、その姿から目が離せなかった。

「何してるの、シイキ。次の試合の邪魔よ。早く来なさい」
「あ、うん!」

 前に向き直ると、シルファたちから随分と距離が開いていた。僕は駆け足で皆に追いつく。

「相手チームのことが気になった?」
「う、うん。相手チーム、三年生だったから……」
「あ……」

 フルルが言葉の意味に気づいてか声を落とす。シルファは軽く銀髪を指で払った。

「今更ね。対抗戦に出場している以上、本戦に出たい、勝ちたいって気持ちは皆持っているわ。そしてそれを叶えるためには、勝って対戦相手の望みを妨げるしかないのよ。一々気にしてたらキリがないわ」
「それは、そうだけどさ……」

 さっきユート君にも言われた。周りを気にしてたらキリがないって。でも、どうしても考えてしまう。セシルさんたちも全員三年生だった。対抗戦には今回で最後の参加だというメンバーもいたかもしれない。本戦に出場したいって気持ちも、人一倍あったはずだ。それを、僕たちは、僕は……。

「シイキ」
「あ、な、何?」
「目標は変わってないよな?」

 そう言って僕を見るユート君の目は、どこまでも真っ直ぐだった。脇目も振らず、先を見据えているようだった。

「……うん」
「良かった」

 ユート君は無邪気に笑う。かと思うと、次の瞬間にはその表情に冷静さを滲ませていた。

「俺たちもセシル先輩たちも、本気で戦って勝敗を決めた。それで良かったんだ。相手を思いやって手加減したり試合を譲っても、お互い納得できないだろ?」
「それは、そうだね……」

 ユート君の言葉を飲み込むようにゆっくりと頷いた僕の肩が、軽く叩かれる。

「俺たちにも譲れないものがある。戦う理由なんてそれだけでいいんだ。胸張っていこうぜ」
「……ありがとう」

 そう言われて、ふと肩が軽くなったような気がした。我ながら単純だ。少し認められただけでも、こんなに安心できるなんて。

「ほら、解決したならもうこの話は終わりよ。最後の試合に向けて作戦を立てるわ。ここじゃ聞かれるかもしれないから移動するわよ」

 シルファが心なしか早口で話すと、足早に他のチームがいない場所へと歩き出した。僕は苦笑いを浮かべつつ、シルファの背中を追いかける。
 僕にも譲れないものがある?
 歩きながら自問して、答えはすぐに出た。
 うん。
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