物理重視の魔法使い

東赤月

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3. 秘密

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「却下よ」

 冬はとっくに終わっているのに、相変わらずシルファは冷たかった。

「そこをなんとか!」

 寮の外に呼び出したシルファに、深く頭を下げて再度頼む。いつもならここで退くんだけど、今回ばかりは退けない。

「しつこいわね。今のあなたの実力なら、私たちのチームじゃなくてもどこかに入れるでしょ」
「他のチームじゃダメなんだよ。サクラさ、チトセさんと約束しちゃったんだ。ユート君と同じチームになるって」

 僕がユート君とチームを組んでいないことは、ユート君の口から明かされたんだけど、それを聞いたサクラ様の威圧感は半端じゃなかった。笑顔のままなのに、背中に炎が見えたもん。あのサクラ様を前にしたら、当てのない約束をしてしまうのも仕方ない。うん。
 そして、すぐに行動しなさいというサクラ様の命を受けて、僕たちは大急ぎで学園に戻ってきたのだった。これで、やっぱり無理でした、なんて報告をする羽目になったら、どんな折檻を受けることになるか……。想像しただけでも背筋が震えた。
 それに……本戦に出場できるようなチームは、既に四人揃っているところばかりだ。今から僕なんかが加入できるとは思えなかった。本戦出場が狙えて、かつチームメンバーがまだ四人揃っていないチーム。そんなの、シルファのところ以外知らない。

「勝手な約束をしたのはあなたよ。私たちがそれに付き合う義理はないわ」
「後生ですシルファ様! 何卒、何卒!」
「……ふん。今更下手に出ても遅いわよ」
「今更って、前に何かあったのか?」

 僕たちのやり取りを見ていたユート君が疑問を投げ掛けた。

「それは、その……」

 珍しくシルファが口ごもる。流石はシルファの太陽。氷のように冷たかった表情が見る見るうちに変わっていく。これを利用しない手はない。

「実は、僕とシルファは前に二人でチームを組んでいたんだ。けど反りが合わなくて、喧嘩して……」
「そうだったのか……」

 みなまで言わずともユート君は察してくれた。シルファはバツが悪そうに顔を背ける。僕は苦笑いしながら続けた。

「僕が悪かったんだ。シルファの指示を聞かないで、大きな魔法を放とうとして失敗して。今でも、どうしてあんなことをしちゃったんだろうって思ってる」
「シイキ……」

 ユート君が同情的な目で僕を見る。よし、この際だ。あの時のことを改めて謝罪しよう。

「シルファ、ごめん」
「そ、その件はもうお互いに許し合ったでしょ! 今更蒸し返さなくていいわよ!」

 焦るように言うシルファは、僕とユート君とを交互に見た。

「なあシルファ、シイキもこう言ってるんだし、またチームを組んでもいいんじゃないか?」

 やった! ユート君からその言葉を引き出すことができた僕は、内心でほくそ笑む。

「だ、駄目よ。それとこれとは話が違うわ。互いに許しはしたけれど、性格の違いからチームを組むには向いてないって結論になったでしょ」

 けれどシルファもすぐには折れないようだった。むう、強情だな。

「……確かにあの時はそういう結論になったけど、今はそうは思わない。お互い大人になってるし、多少の性格の違いは寧ろ必要でしょ? ユート君やフルルとだってきっとうまくやっていけるはずだし、ね?」
「ああ。俺もシイキなら問題ないと思うぞ」
「う……」

 ユート君も巻き込んだ僕の力説にシルファは反論できずにいる。畳みかけるならここだ!

「お願いだ、シルファ。もう一度だけチャンスが欲しい。この通りだ!」
「もう、そんなに何度も頭を下げないで!」

 三度頭を下げると、今度は冷たくあしらわれるなんてことはなく、動揺したような声が聞こえる。多分ユート君を気にしているんだろうな。彼を連れてきて本当に良かった。

「……そこまで言うなら分かったわ。あなたの望み通り、チャンスをあげる」
「本当に!?」

 顔を上げると、シルファは渋々といったような表情をしていた。

「嘘なんてつかないわよ。あなたをチームに入れるわ」
「シルファ……」
「良かったな、シイキ!」
「ただし!」

 シルファの人差し指が僕の目の前に突きつけられる。

「た、ただし?」
「チャンスと言ったでしょう? チームには入れてあげるけど、あくまで仮よ。あなたが相応の実力を見せられなかったら、対抗戦前でも躊躇なくメンバーから外すからね」
「ええっ!? さっきは僕の実力を認めてくれたのに!?」
「ええ、確かにあなたは成長したわ。けれど授業中の様子を見るに、魔術式の大きさ以外はまだまだ平均より少し上程度。今のままじゃ、普通のチームには入れるかもしれないけど、私のチームには入れられないわ」

 うぐぐ……。大きさ以外平均より少し上ってのは認めるけど、せめてチーム対抗戦までは同じチームにしてくれてもいいじゃないか! シルファのケチ!

「それを言われたら、俺の立つ瀬が無いんだが……」
「ユートは逆に、魔術式の大きさ以外は平均以上どころか、先生に迫る程だもの。私のチームになくてはならない存在よ。何度も言うようだけど、もう少し自信を持ちなさい」
「魔術式の大きさって、一番大事な部分だと思うんだけどな……」

 ユート君はいまいち納得できてないようだったけど、その点については僕もシルファと同意見だった。

「まあいいか。それで実力を見せろって言うけれど、具体的にシイキはどうすればいいんだ?」
「簡単よ。早く正確な魔術式の形成ができるようになればいいわ。大きな魔術式を形成できても、あまりに時間がかかるようじゃ対策をとられやすくなるし。何より形成が早ければ、個人戦でも勝ちやすくなるしね」
「ああ、そう言えばシイキって、一対一の戦いは苦手みたいだよな」
「うっ」

 痛いところを突かれてしまった。魔術式の形成がそこまで早くない僕は後手に回ることもあるから、ユート君の言う通り一対一の戦いは得意じゃない。一昨日の授業でも何度か負けることがあった。

「納得したかしら? そういうわけだから、追い出されたくなかったら対抗戦までに成長することね。それと、も」
「あ……」

 そうか。曖昧な条件は建前で、シルファはそのことを……。

「あのこと?」
「昔した約束みたいなものよ。それで? 答えを聞いてないのだけど」
「ああ、えっとその、ちゃんと答えを出すよ、うん」

 僕は曖昧に了承した。歯切れの悪い回答に、シルファは少し眉を動かしたけど、特に何も言わなかった。
 うん、とりあえず今は、仮とは言え加入できただけでも御の字だろう。あのことに関しては……追々考えよう。

「きっと大丈夫だ、シイキ。俺も協力するから、一緒に成長していこう」
「ユート君……!」

 親友の眩しすぎる笑顔に泣きそうになる。やむを得なかったとは言え、こんな優しいユート君を利用するなんて、僕はなんてひどいことをしてしまったんだ。心の中で大いに反省しないと!
 ……でもまあ、どうしようもなくなったら、また頼らせてもらおうかな。うん。

「……随分とシイキの肩を持つのね、ユート」
「そうか? 同じチームの仲間になったんだし、これくらい普通だと思うけど」
「……それもそうね。なら私も、全力で応援するわ」

 笑みを浮かべるシルファ。でもその目は全く笑ってない。怖い。

「丁度明日は魔法競技場の予約をしていたし、あなたにも参加して貰うわよ、シイキ。朝迎えに行くから、準備しておきなさい」
「う、うん」
「それじゃあ、また明日」

 僕が頷くと、シルファは踵を返す。

「シルファ、もう部屋に戻るのか?」
「そのつもりだけど、まだ何かあるの?」
「この後、チトセさんと一緒にお昼ごはんを食べる予定でさ。シルファも来ないか?」

 シルファは一瞬迷う素振りを見せてから、首を横に振った。

「遠慮するわ。突然人が増えて迷惑になるといけないし、私にはやることがあるから」
「やること? ああ、依頼中にあった授業の課題か」

 あ。

「ええ。報告書をまとめる必要のなかったシイキも、当然終わらせているわよね?」
「いや、その、あはは……」
「……終わらせていないのね」
「……はい」

 誤魔化せなかった僕は俯く。にこっと笑うシルファの額に青筋が浮かんだ。
 られる。そう判断した僕は慌ててユート君の後ろに隠れた。

「ユート、昼食にはシイキも誘われたの?」
「ああ。けど俺と同じチームに入れなかったら来なくていいって言われてたな」
「ユート君! どうしてそれを言うんだ!」
「そう。ならチームに入れる条件に、課題を終わらせることを加えるわ」

 けれどユート君は僕をシルファに突き出すように背中を押してきた。嘘だ、親友だって信じてたのに!

「ごめんな。でもあれ、明後日までに出さなきゃいけないものだろ? やるべきことを残してると、ずっとそのことに気をかけなくちゃならなくなるから、そっちを優先した方がいい。チトセさんたちには俺から謝っておくからさ」

 ユート君は申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。うう、優しすぎるよ、ユート君。何も言えないじゃないか。

「流石ねユート。さあシイキ、どれだけ残っているかは知らないけど、明日の練習に差し支えないよう、今日中に全部終わらせて貰うわよ」

 シルファは楽しそうに暗い笑みを浮かべる。うう、怖すぎるよ、シルファ。何も言えないじゃないか。

「相手を待たせても悪いし、ユートは早く行きなさい。シイキは私が責任を持って見ておくから」
「分かった。課題頑張ってな」
「待って! できればその、ユート君が戻ってきてから三人で勉強したいなぁ、なんて」
「でも俺、いつ戻れるか分からないしな。その間何もしないってのは勿体なくないか?」
「そうよ。それにユートにだって、他にもやりたいことがあるかもしれないんだから。これ以上あなたの都合でユートを振り回そうっていうなら、チーム加入の件を白紙に戻すわよ」
「そんなぁ……」
「それじゃ、俺はこれで」
「ああ!」

 どうにか引き留めようと手を伸ばすも、ユート君は走り去ってしまった。宙に浮いたままの手を、シルファの冷たい手が掴む。

「さあシイキ、二人で楽しくお勉強しましょう?」
「あ、ああ……」

 チームへの加入を盾にとられた僕は、ろくに抵抗もできぬままシルファに引きずられた。
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