物理重視の魔法使い

東赤月

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2. 依頼

もう一つの依頼

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「いやあ、色々にゃことが起こったけれど、最終的にみんにゃ大事がにゃくて良かったにゃ」

 馬車に揺られながら、俺の正面に座るヌヌが笑う。その後ろ、窓の外からはすれ違う別の馬車が見えた。そろそろ町が近づいてきた頃だろう。……潮時か。

「なあ、ヌヌ」
「ん? どうしたのにゃ? ボルド」
「山の上で敵と戦った時のこと、改めて教えてくれないか?」
「分かったにゃ」

 続いたヌヌの説明は、竜との戦いの後、合流した時に聞かされたものとほぼ同じだった。竜が飛び立った後に会敵し、以降は敵が逃げるまで足止めされていたという内容を一通り話し終えてから、ヌヌは首を傾げた。

「気ににゃることでもあったかにゃ?」
「ああ。あんた、一体何者だ?」

 単刀直入に聞くと、ヌヌはにやりと笑う。

何者にゃにものと聞かれてもにゃあ。パーティーの魔導士とでも答えればいいかにゃ?」

 ……すぐには答えない、か。俺は仕方なく順序だてて話す。

「竜から聞いた話じゃ、あんたを足止めした奴は、あの竜ともやりあえる実力者だったらしい。そんな相手が、ことが終わるまでDランクの魔導士一人を相手にしていたなんて、変だと思わないか?」
「それも説明したはずにゃ。洞窟のにゃかで襲われた竜と違って、私は自由に動けたにゃ。私が単独行動を買って出たのも、逃げ足には自信があったからで、ボルドもそれに納得にゃっとくしてたにゃ?」
「ああ。そこについては納得、というか信頼はした。そこまで言うなら、命を落とすことはないだろうとな。だから変だと思ったんだ」
「ふむ、言ってみるにゃ」
「足止めされた、とはどういうことだ?」
「………………」

 ヌヌは微笑んだまま答えない。構わず続けた。

「必死に逃げていた、なら理解できる。死に物狂いで相手を足止めしていた、でも、まあ納得しただろう。だが、足止めされたというのは解せない」
「別におかしにゃことじゃにゃいにゃ。私がみんにゃの元に戻ろうとしたのを邪魔されたってだけにゃ」
「それは何故だ?」
「さてにゃあ。単に私を、竜との戦いに参加させたくにゃかったんじゃにゃいかにゃ?」

 その言葉に、強く頷く。

「だろうな。俺もそう思う」
「分かってるのに聞いたのかにゃ?」
「あんたの意見が聞きたかったんだ。これでようやくはっきりした」
「勿体振らずに早く教えてほしいにゃ。にゃにがはっきりしたのかにゃ?」
「この事件の黒幕が、今回の依頼に参加した他の魔導士全員よりも、あんた一人を優先した。少なくとも、あんたはそう捉えていることがだ」

 俺の言葉を受けたヌヌは、一瞬目を大きくして、笑みを深めた。

「んー、どうしてそうにゃるのかにゃ?」
「黒幕が竜の行動を邪魔されたくなかったんだとしたら、あんた一人に拘る必要はない。さっさと麓に降りて、竜と一緒に俺たちを相手にするほうが確実だ。しかしそうはならなかった。他にも仲間がいるような話もあったが、結局妨害らしい妨害もないまま竜との戦いは終わったしな」
「先に私を倒してから、みんにゃを不意打ちするつもりだった、というのはどうにゃ?」
「だったら『足止め』にはならないな。それに少しやりあって簡単には倒せないと分かったら、無視して下山するって選択もとれたはずだ。あんたが余程の脅威じゃなければな」
「………………」
「なあヌヌ、俺たちが竜と戦っていた時、山の上では何があったのか、もっと詳しく教えてくれないか?」


 ◇ ◇ ◇


 これ以上は誤魔化しきれにゃいだろうにゃあ。私は諦めて両手を上げたにゃ。

「それは、嘘をついていたと認めたってことでいいのか?」
「嘘はついてにゃいにゃ。隠し事はあったけどにゃ」
「話してくれ」
「にゃはは、怖い顔だにゃ。もう依頼は終わったんだし、少し肩の力を抜くにゃ」
「それはあんたの話の内容次第だ」
「今更だと思うにゃ。私のはにゃしがにゃんであっても、終わったことは変えられにゃい。だったらどーんと構えているべきにゃ。折角ここまで、にゃにかあったときにすぐ他の魔導士が駆けつけられる場所まで我慢してきたのに、その余裕のにゃさにつけこまれたら元も子もにゃいにゃ」

 おっと、ボルドの顔が益々険しくにゃったにゃ。ちょっとからかいすぎたかにゃ? そろそろ怒られそうだし、いい加減はにゃすかにゃ。

「さて、質問に答えるにゃ。先ず、私が何者にゃにものかという問いだったにゃ? それを説明するためには魔導証を取り出す必要があるにゃ。動いてもいいかにゃ?」
「……? ああ」

 今更魔導証を見せられても、という表情だにゃ。分かりやすいにゃあ。にゃんて思いにゃがら、懐から片手で魔導証を取り出すと、ボルドに渡したにゃ。

「ほい。よく見るにゃ」
「魔導証が、二つ……!?」
「どちらも本物にゃ。片方は表向きのもので、もう片方は、こういう時に見せるものにゃ」

 そして予想通り、もう片方の魔導証を見たボルドの目が大きくにゃったにゃ。

「あんた、ナギユ――」
「そこまでにゃ。そのことはあんまり声に出さにゃいでほしいにゃ」

 距離を詰めた私は、ボルドの口を手で塞ぐにゃ。いきにゃり近づいて驚かせたかもしれにゃいけど、許してほしいにゃ。

「ぷはっ。……そういうことだったのか。足止めをされるわけだ」
「理解が早くて助かるにゃ。……捕まえるつもりだったんだけどにゃあ。面目にゃいにゃ」
「いや、相手の強さは竜からも聞いたからな。ヌヌが止めておいてくれなかったらどうなっていたか……」

 それから暫く、馬車の揺れる音が車内に響いたにゃ。

「……なあ、あんたがその、相当な実力者だというのは理解したんだが、どうしてこんな、実力を隠すようなことをしているんだ?」
「その方がにゃにかと都合がいいのにゃ。例えば、あまり大っぴらにできにゃい依頼があったとしたら、有名にゃ魔導士には頼みづらいにゃ? どうしても目立つからにゃあ」
「大っぴらにできない依頼……?」
「密偵とかにゃ」

 あ、これは少し誤解のある言葉だったかにゃ? ボルドの表情は分かりやすすぎるにゃ。

「流石に国家機密に関わるようにゃ仕事じゃにゃいにゃ。国際組織がそんにゃ馬鹿にゃことをするはずにゃいしにゃ」
「ならどういう意味だ?」
「魔導士を内偵するということにゃ。隠れて怪しいことをしていにゃいか、とかにゃ。依頼がきちんとこにゃされたかどうか確認するのとは別に、そういった仕事も協会にはあるのにゃ」
「……なるほどな。と言うことは、今回の依頼の参加者に、怪しい奴がいたってことか?」
「私の裏の仕事についてはあまり言っちゃいけにゃいんだけど、少なくとも今回は、怪しい魔導士がいるから調査するという目的で参加したわけじゃにゃいにゃ。あの村に関する依頼があってにゃあ。魔物討伐はそのついでだったにゃ」
「……それは、聞いてもいいものか?」
「構わにゃいにゃ。隠すほどの仕事じゃにゃいしにゃ。簡単に言うと、竜神様が人間の敵ににゃっていにゃいかどうかという調査依頼にゃ」

 竜神様の存在は、協会もちゃんと把握しているにゃ。こういった調査も長年にゃがねん続けているみたいで、今回も特に問題にゃいはずだったにゃ。……まったくひどいことをする奴らだったにゃ。思い出したらまた怒々ぬぬってきたにゃ。

「そういうことだったのか。疑って悪かったな」
「気にすることにゃいにゃ。リーダーとしては、警戒心が強いほうが向いているからにゃあ。さて、他に聞きたいことはあるかにゃ?」
「いや、大丈夫だ」

 ボルドはにゃがく息を吐いたにゃ。

「今回はとても運が良かったにゃ。いくら操られていたとしても、人を殺めていたら討伐しにゃくちゃにゃらにゃいところだったにゃ。取り返しがつかにゃくにゃる前に解決できて、本当に良かったにゃ」
「……そうだな。振り返ってみれば、どうして上手くいったのかが不思議なくらいだ。奇跡としか言い様がない」
「にゃはは。結果オーライにゃ。奇跡でもにゃんでも、全員が今生きているのはリーダーのお陰にゃ。反省は報告の後にでもして、今は素直に喜ぶのにゃ」
「ああ、そうしよう。色々とありがとう、ヌヌ」
「どういたしまして、にゃ」

 ありゃ、もう寝たのかにゃ? まあ無理もにゃいかにゃ。昨日からずっと気を張ってたみたいだしにゃあ。最後の懸念だった私の疑いが晴れて、ようやく肩の力が抜けたようにゃ。ゆっくりおやすみにゃ。

「………………」

 さて、また考えをまとめるかにゃ。
 奴らの目的はにゃんだったのか、結局よく分からにゃかったにゃ。人攫いするにしても、わざわざ竜を操る必要はにゃいしにゃあ。逆に竜を意のままに操るのが目的にゃら、人攫いにゃんてしにゃくてもいいにゃ。竜の実力を見たかったんだとしても、魔導士と戦うリスクを冒さずに、オオアリグモと戦わせれば良かったわけだしにゃあ。
 あの魔法石で竜を完全に操った気ににゃっていた、とかにゃらいいんだけど、そんにゃ甘い相手じゃにゃさそうだしにゃあ。
 それに、にゃ。怪しい奴がいると事前に分かっていたわけじゃにゃいけど、魔導士の中に明らかに怪しい奴らがいたにゃ。そうと分かった行動の後は大人おとにゃしくしてたみたいだけど、あの夜一体にゃにをしていたのか、聞く前に逃げられてしまったにゃ。
 竜を操って見せたのは陽動で、他に別の目的があったということかにゃ? だとするとそれは一体――

「……うにゃあ」

 駄目にゃ。これ以上は情報が足りにゃすぎて、どうしても憶測の域を出にゃいにゃ。結論を出すのは、協会の魔導士を連れて戻って、現場を洗った後にゃ。

「今は休むにゃ」

 目を閉じると、ふとニャギユキ一家のメンバーを思い出したにゃ。最近会ってにゃかったしにゃあ。久しぶりに会ってみたくにゃったにゃ。
 ……ユートちゃんと会ったって言ったら、みんにゃ一体どんにゃ顔をするかにゃあ?


 ◇ ◇ ◇


 透き通る程の青空の下、わたくしは飛んでいってしまいそうなくらい軽い足取りで草原を歩いてゆきます。
 思い返すのは、お世話になった村の方々や、魔導士の皆様の笑顔でした。
 ああ、良かった。本当に良かった。
 誰かが命を落とすこともなく、これ以上ないくらい、全員が幸せな結末でした。竜神様が村を襲った時はどうなるかと思いましたけれど、あの時勇気を出したのは大正解でした。
 一時は見捨てられてしまうことも覚悟しましたが、わたくしを救うために行動していただいた魔導士の皆様には、本当に感謝してもし足りません。
 特に、わたくしと同じくらいの年なのに、竜神様と対峙することも厭わず、いち早くかけつけてくれたユートさんたちには、いつか改めて、ちゃんとしたお礼がしたいわ。
 実はあの時、こっそりと戦いの様子を見に行っていたのだけれど、大勢がいる中で隠していた翼を見せたフルルちゃんの姿には、とても感動しました。フルルちゃんが回復魔法を使う前に、翼を隠していた理由は聞いていましたから、リズさんのために心の傷を乗り越えたんだって伝わってきて、思わず声を上げそうになりましたもの。
 ユートさんの魔法もすごかったわ。魔法を使うとあんなこともできるのね。それに、魔導士の方でもできなかった、角を砕くこともして見せてくれたわ。気絶していたわたくしを安全な場所まで運んでくれたのも彼だったというし、まるでお伽噺に出てくる王子様のよう。是非ともまたお会いしてみたいわ。

「うふふ!」

 沢山の土地を訪れてきたけれど、あの村は今までで最高の場所だったわ。今度はどこに行こうかしら? 次もこんな素敵な物語に出会えるような地だと良いのだけれど。

「あら?」

 あれは何かしら? 銀色の、兵隊さん?


 ◇ ◇ ◇


「今回はご苦労だったな、フェイク、ミミック」

 私は魔法石を通じて、エイク、マイクとして潜入していた二人をねぎらった。

『本当ですよ。次からは男装なんてしなくていい依頼を所望します』
『フェイクは元々人間族だからまだいいぜ。俺なんて種族を偽らないといけなかったんだからな』
『それに、あんな化け猫がいるなんて聞いていませんでしたよ?』
『ああ。確実にバレていただろうな。いつ襲われるか気が気じゃなかったぜ』

 二人が愚痴をこぼす。あのヌヌとかいう魔導士のことだろう。確かに奴は別格だった。運良く私が干渉できる場所に来てくれたことは僥倖だったが、正直、抑えるだけで精一杯だった。

「そこについては私も想定外だった。奴も今回の件でお前たちを覚えただろう。暫くはお前たちへの依頼は控える。ゆっくり休むがいい」
『ふむ、そう考えると悪くはないですね』
『休暇が貰えるのか!? そりゃいいや。頑張った甲斐があったぜ』
「帝様も大いに満足しておられるはずだ。改めて、二人とも良くやった。先に戻っていろ」
『将軍様はまだ戻らないので?』
「最後の仕事がある」
『なら俺たちは早速休暇を頂きますぜ』
「好きにしろ」

 通信を切ったところで、目的の人物が現れた。軽い足取りでこちらに向かってくる。

「こんにちは。こんなところで何をしているのですか?」

 その屈託のない笑顔を見て、私もつい笑みをこぼしそうになる。
 私はそんな彼女に近づいて――

 ザッ!

 跪いた。

「御迎えに上がりました、帝様」
「……あら、もう終わり? もう少し余韻に浸っていたかったのだけれど」

 少女の口調が変わる。これは、レイ様のものだ。

「申し訳ありません」
「ふふ、まあいいわ。ワタクシもアイも、十分満足できたし。ね?」「ええ、レイ。最高でしたわ」

 一つの口から、二人の声が紡がれる。どうやらお二方とも満足されたようだ。心中で一息つく。

「念のために聞くけれど、二人の『エキストラ』は脇役に徹していたのよね?」

 しかしその直後、射殺されそうなほど鋭い視線が向けられた。同時に、あのヌヌとかいう魔導士以上の魔力がその小さな体から膨れ上がる。私は無意識に身を強張らせた。

「……はい。特に、最初に救出に向かった八人は、紛れもなくその場に居合わせただけの魔導士たちです」
「そう。ならいいわ」「ええ、良かったです」

 押し潰されそうな重圧から解放される。私は冷や汗をかきながら、今回の劇の主役たちに感謝した。
 エキストラの二人に悪役を演じさせ、竜と戦うことから真っ先に逃げさせることで、他の奴らにその逆の行動をとらせようともしたが、冷静だったのか腑抜けだったのか、殆どが抜けようとしたらしい。あの八人がいてくれなかったらどうなっていたことか。

「村を襲った相手が竜だと知って怖じ気づく魔導士たち。そんな中、拐われたワタクシを救い出さんとする八人の勇敢な戦士が立ち上がる。彼らは劣勢に立たされるも、後から駆けつけた仲間と共に、見事に竜を退けた。ふふ! 言葉にしたらありきたりな劇だったけど、長年語り継がれるのも分かるわ。渦中にいるとこうも大きな感動が得られるのね」「もう、レイったら。わたくしの中で見ていただけですのに」「いいじゃない。アイはアイで楽しめたでしょう?」
「ご満足頂けたようで、何よりです」

 歩き出される帝様の後を、立ち上がって追う。

「あの出来損ないの魔法石も、再利用できて良かったわ」「そうね。自分で魔法石に魔力を込めるよう暗示するまでは良かったのですけど、まさか魔法が使えなくなってしまうなんて思わなかったわ」「まあそのお陰で手加減を命じる必要もなかったし、敵役としては丁度良かったわね」

 帝様がこちらを振り返った。

「貴方も、よくヌヌさんを抑えておいてくれました」「危うく、一番盛り上がるシーンが台無しになるところだったわ」
「光栄の至りです」

 下げた頭に、帝様が手を置かれた。体が歓喜に震える。

「これからも、わたくしたちに尽くしてくださいね」「期待してるわ」
「はっ!」

 帝様の手が離れた後も、私は暫く頭を上げず、喜びを噛み締めた。そんな私の耳に、帝様の楽しげなお声が届く。

「それにしても、本当に良かったわ。あの人」「あら、アイもそう思えた人がいたの?」「レイも? ふふ、もしかしたら同じ人だったりして」「ならアイが先に言って」「分かったわ」

 顔を上げると、帝様はまるで花のように笑顔を咲かせながら、歌うように言葉を紡いだ。

「ユートさん」「ユート。……ふふ、彼は是非とも招待しないとね」
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